作品タイトル不明
第六十五話「公爵家での宴:前篇」
二月十二日の夕方。
今からエザリントン公爵家での晩餐会に出席する。
今日の午後にルナが日本人の生まれ変わりという事実が判明した。そして、彼女の生い立ちについて話をしている。
彼女は俺とほぼ同じ時期まで日本にいたらしい。正確な日にちまでは確認できなかったが、同じ年であることは間違いない。
そして、彼女が弓道部にいたことも聞き出している。
いきなり武術の訓練は厳しいと思ったが、自衛のために弓を使えるようにするという名目なら、訓練を始めることができそうだ。
両親と兄夫婦には晩餐会に行く準備の時間に簡単に説明した。
時間がなかったため、詳細は明日以降に説明するつもりだが、概要だけでも説明しておかないと晩餐会で集中力を欠くと思ったからだ。
説明を終えると、父が真剣な表情で聞いてきた。
「つまりだ。お前と同じ時代で同じ国から来たというのだな。ただ、数百 km(キメル) 離れた町だったから面識はないと……で、この先のことはどう考えているのだ?」
「とりあえず、この旅の間は現状のままでいいと思います。訓練は村に戻ってからの方が自然ですし、ようやく明るくなってきたところですから、無理をしたくありません」
「そうね。私もそれがいいと思うわ。まだ、心の傷が癒えたわけではないのだから」
母は俺の考えに賛同した。
「そうだな。旅の間はきちんとした訓練ができない。それならば心の傷を癒すことに専念した方がよいだろう」
「私もそう思うが、村に帰った後はどうするつもりなんだい? 弓だけじゃ神々の敵とは戦えないと思うんだが」
兄の疑問はもっともだ。
「本人に確認したわけではないのですが、彼女には魔法の才能があります。特に闇の精霊との相性は私よりはるかにいいとリディが言っているほどです。それに元の世界の知識があるなら、私と同じように魔法の理論を少し理解すれば使えるようになりますから、その訓練もしようと思っています」
彼女を助けた時、彼女の感情を受けて闇の精霊が暴走している。それほどの親和性を示しているのだから、間違いなく闇属性魔法は使える。
それに肉体年齢はまだ十一歳であり、通常の魔術師より訓練開始の時期は多少遅いものの、問題はないだろう。
「でも、無理は駄目よ。あの子は前の世界の家族と引き離された上に、この世界での家族や友達を失っているの。あなたのように前の世界で大人なら大丈夫なのだろうけど、あなたの世界の十七歳はまだ子供だという話だし」
母の懸念は理解しているので、「分かっています」と言って頷く。
両親たちに話をした後、リディたちにも簡単に説明する。ただほとんど時間がないため、概要しか説明できていない。
そして、エザリントン公爵邸に向かった。
今日の俺のパートナーはリディだ。エザリントン公爵家とは面識もあるし、公爵の目が光っているからリディに言い寄るような不届き者が現れる心配がないことが理由だ。
もっとも今日の晩餐会ですら彼女は来たがらなかった。
「私はどこの晩餐会にも出たくないわ。面倒なんだもの。ベアトリス、あなたに任せるわ」
行く直前までそう言っていたほどだ。
本当は俺自身もリディを人の目が多いところに連れて来たくなかったのだが、第一夫人に当たる彼女がどこの晩餐会にも出席しないのはいささか外聞が悪い。
今日だけ出てくれと頼み込み、何とか引っ張り出すことに成功した。
午後五時半。
馬車に乗り込み、出発する。
エザリントン公爵邸はシーウェル侯爵邸の隣であり、わざわざ馬車で行く必要はないし、護衛も不要なのだが、護衛もなく徒歩で乗り込むというのはマナー的にありえないのだそうだ。
今日は雨が降っているのでちょうどいいが、面倒なことだと思ってしまう。
俺たちはロックハート家の馬車で、両親と兄夫妻、リディと俺が乗っている。
ロックハート家の馬車の前には、シーウェル侯爵夫妻、嫡男ジョナス、ラドフォード子爵夫妻、そして、ダンとラドフォード子爵令嬢フェリシアが乗る馬車が走っている。
本来ならダンは護衛として、シムたちと一緒に歩いているはずだが、エザリントン公爵令嬢ローレンシアの強い要請で出席することになったのだ。
雨は結構本降りで、馬車の屋根を叩く音がうるさいほどだ。護衛のシムたちはずぶ濡れなんだろうと思うと悪い気がする。
エザリントン邸にはすぐに到着する。
元老でもある由緒ある公爵家であるため、シーウェル邸より一回り以上大きく、庭園も広い。ただ厚い雲に覆われた夕方ということで、美しい庭園の全容は見ることができなかった。
馬車の屋根を叩く雨の音が止んだ。その直後、馬車が止まる。
公爵家の屋敷に到着し、車寄せに入ったためだ。車寄せには屋根があるため、雨が降っても濡れない設計になっている。
父が母を、兄が兄嫁ロザリーをエスコートする。
俺もリディの手を取り、馬車を降りていく。その姿を見た他の出席者たちから溜め息が漏れる。
今日の彼女の装いは深いグリーンのドレスに白いケープ。黄金色の髪は結い上げられ、俺が作ったクリスタルの髪留めが光っている。
その他の装飾品はエメラルドの指輪とドワーフたちが贈ってくれたアダマンタイトの指輪だけだが、それが却って彼女の美しさを強調していた。
馬車を降りるとエザリントン公と夫人であるメルセデス、嫡男らしい二十歳くらいの男性とそのパートナーが公爵の後ろに控え、更にその横に次男と思われる十二、三歳くらいの少年がいた。
ローレンシアとプリムローズは夫人の後ろに控え、公爵令嬢らしい上品な笑みを浮かべて俺たちを出迎えてくれた。
「よく参られた、ロックハート卿!」
エザリントン公爵が大きな声で父を歓迎する。玄関ホールにいる他の貴族に聞かせるためだろう。
「本日はお招きいただき、恐悦にございます。大したものではございませんが、我が領内の特産品をお納めください」
そういって馬車の後ろに積んである木箱を示す。この中には俺が作ったクリスタルのグラスとブランデーのボトルが納められている。
簡単な挨拶を交わし、屋敷の中に入っていく。
玄関ホールには既に数人の貴族が会話をしており、屋敷の召使たちに奥の部屋に案内されていく。
パッと見た感じでは知り合いはいないが、エザリントン家の係累なのか、俺たちに好意的な視線を送ってくる者が多かった。
玄関ホールでシーウェル侯と合流する。
嫡男のジョナスとはシーウェル市であって以来だ。
彼はローレンシアと同じ高等学術院の三年で、俺たちがシーウェルでワインの品質向上や蒸留所建設の計画を練っている間に帝都に戻っていたのだ。
ダンはロックハート家の紋章が入った騎士服を身に纏っている。白と金色の肩帯と見事な長剣が凛々しさを強調している。
彼の隣に立つフェリシアは母親であるヴィクトリアに似た美女だ。
鮮やかなレモンイエローのドレスとブルーのケープという派手な色合いだが、スラリと背が高い彼女が着ると、なぜか上品に見える。
はにかんだ感じのダンと堂々としたフェリシアの取り合わせは、招待客からも好意的な視線を受けていた。
シーウェル侯が俺に近づき、ニヤリと笑って話し始めた。
「今宵のワインでアレクシス殿を驚かせてみせるぞ。フォローを頼む」
どうやらエザリントン公にもまだ味見をさせていないらしい。
俺が苦笑していると、ラドフォード子爵が「私もどうかと思うのだが、御館様は意外にこういったいたずらが好きなのだ」と笑っている。
エザリントン公といい、シーウェル侯といい、上級貴族の割にはこういったサプライズが好きなようだ。
黒い正装に身を包んだ召使に案内され、大ホールに入る。
そこは百人以上が一度に会食できるホールで、高い天井と美しいタペストリーが壁を彩っている。
高い天井を支える太い柱には柔らかい光を放つ大型の灯りの魔道具があり、各テーブルにある小型の魔道具の淡い光がキャンドルのようで、テーブルに飾られる花と正装に身を包んだ紳士淑女の姿と相まって、幻想的ともいえる光景を作り出している。
「凄いわね。エザリントン城も凄かったけど、ここの方が凄いわ。どういっていいのか分からないから、凄いとしかいえないけど……」
リディが呟いている。
「そうだな。公爵が帝国の支配者の一人だと納得できるよ」
彼女の呟きに知らず知らずに、そう答えていた。
父を含めロックハート家の六人は立ちすくんでいたが、召使がコホンと咳払いを行い、俺たちの注意を引く。そして、席に着くよう促された。
俺たちの席はエザリントン公爵家と同じテーブルだった。
子爵家になる予定の騎士にしては破格の待遇だが、宰相を始め、多くの公爵家が注目していることを知っているためか、誰も疑問に思っていない。
父と母の正面にエザリントン公爵家夫妻が、兄夫婦の前に嫡男夫妻が、そして俺とリディの前にはローレンシア、プリムローズ、そして次男が座っている。
ローレンシアとプリムローズは華やかなドレスで着飾っており、いつも以上に妖艶な感じがする。次男の少年は美しい金髪でやや女性的な容姿の美少年だが、帝国軍の軍服を模したような青を基調とした服に、肩から斜めに白色の肩帯が飾られ、凛々しさを強く感じる。
笑みを浮かべたローレンシアが話しかけてきた。
「妹が今日もご迷惑を掛けたそうですね」
「いえ、迷惑などとは思っておりません。私の作った物を美味しく召し上がってくださる大切なお客様ですので」
「そうですよ、お姉様。ザカライアス様と私の仲ですもの、何も問題はありませんわ」
エザリントン公爵家の男子の割には次男の少年は引っ込み思案なのか、話に加わってこない。
「ザカライアス・ロックハートと申します。この者は私の妻、リディアーヌです」
自己紹介を行うと、若干オドオドしながら、
「リュシアン・エザリントン。アレクシス・エザリントンの次男だ。よろしく頼む」
「リュシアンは初等科の二年生ですの。将来は帝国軍の将になるために勉強しておりますのよ」
名前だけ言って話が続かない弟を見かねたのか、プリムローズがフォローする。
話を振るためにその話題を利用する。
「なるほど。どのような軍人を目指しておいでですか?」
「父上のような立派な将になれるよう勉強している。まだ、始めたばかりだけど……」
初等科の二年ということは十三歳だ。
弟のセオより一つ年上だが、思った以上に消極的だ。俺たちのような身分の者と付き合ったことがないため、困惑しているのかもしれない。
「ザカライアス卿は軍事についても素晴らしい知識をお持ちよ。あなたも指導していただいたらよいと思うわ」
ローレンシアにそう言われ、「はい」と答えるが、どうも要領を得ない。
敵意を向けられているわけでも、興味がないわけでもない気がする。
(どうも二人の姉に頭が上がらないという感じだから、姉たちの婚約者になるかもしれないから気にしているのかな?)
そんなことを考えていたが、エザリントン公が立ち上がったため、そちらに注目する。
「今宵は勇猛なるロックハート家を歓迎する宴だ。そして、我が一門のみの気楽な宴でもある……」
そこでシーウェル侯に視線を送り、
「シーウェル侯より“至高”のワインを差し入れてもらっている。あのラドフォードが驚愕したという 曰(いわ) く付きの一品だそうだ」
そこでニヤリと笑う。
「大きな声では言えぬが、陛下には明日献上されるとのことだ。つまり、陛下ですらまだ口にされておらぬということだ。今宵はその至高のワインを存分に楽しもうではないか!」
そこで給仕たちが一斉に白ワインを銀のゴブレットに注いでいく。
「まずは我がエザリントンの白ワインで乾杯しよう! 皇帝陛下と帝国に神々の祝福があらんことを! 乾杯!」
公爵の声に出席者の唱和が続く。
「「乾杯!」」
俺も同じように乾杯と言い、ゴブレットを掲げる。
そして、白ワインを口に含むが、絶妙な温度に調整されていた。
乾杯の音頭を終えた公爵が上機嫌で俺を見ている。
「どうかな、今日の温度は?」
「完璧です。エザリントンワインの華やかな香りと爽やかな酸味が絶妙に感じられる温度です」
「ようやく及第点をもらえたな」と相好を崩す。
これは振りだと思い、更にコメントを付け加えた。
「惜しむらくは口が開いたゴブレットではなく、少し口がすぼんだ感じのグラスの方が余韻を楽しめたかもしれません」
俺の言葉に公爵は「これでも満点はもらえぬか」と笑っている。振りで正解だったようだ。
公爵の思惑通り、嫡男夫妻やリュシアン、更にこの会話が聞こえた貴族たちは一様に驚いている。
「父上に対し意見するとは無礼ではないか」とリュシアンが口を出してきたが、すぐに隣にいるプリムローズに窘められる。
「ザカライアス様は酒神の申し子と呼ばれておられるの。お父様もそのことはご存知で、領地のワインの品質向上についてザカライアス様のご意見を全面的に採用されるほどよ。だから今のお言葉も、これからのことをお考えになっておっしゃられているの」
「ローズの言う通りですよ。ザカライアス卿は宰相閣下にすら、お酒の話で意見をされるほどの方。お父様も家臣ではなく、盟友として遇したいと思っておられるわ。そのことは説明したでしょ」
二人の姉に続けざまに叱られ、リュシアンは意気消沈している。
「いえ、今の言葉は少し過ぎました。リュシアン様は公爵閣下の権威をお守りになるためにおっしゃられたのです。何も間違っておりません」
俺がそうフォローすると、ローレンシアから「弟を甘やかさないでください」と注意される。
何となく、彼の立ち位置が分かってきた。
嫡男スティーヴンは宰相の秘書であり、文官としての知識を得た後、公爵家を相続する。
一方、次男のリュシアンは武官として帝国に仕え、上手くいけば将来エザリントン市に駐留している第四軍団長になれるかもしれない。
ただ消極的な性格のため、姉二人が心配し、 発破(プレッシャー) を掛け続けているのだろう。
乾杯の後は和やかな雰囲気で会話が始まり、ガヤガヤという声がホールに響く。
こうしてロックハート家を歓迎する宴が始まった。