作品タイトル不明
第二十八話「デザート作り」
一月二十八日の午後。
シーウェル城の地下室の視察を行った後、街に繰り出すことになった。
俺たちザックセクステットと弟たち、そしてルナの他にはエザリントン公爵令嬢二人が同行する。
護衛はエザリントン騎士団の騎士二名とシーウェル騎士団の騎士二名だけだ。安全な街の中ということもあるが、護衛より俺たちの方が遥かに腕が立つため、ローレンシアがクレメント・シーウェル侯爵に断ったのだ。
「この街は安全だと聞いていますわ。それにザカライアス卿がいらっしゃれば必ず 私(わたくし) たちのことは守ってくださいます。ゆっくりと街を見るためにも護衛の人数を減らしていただけませんこと」
それに対し、シーウェル侯は「確かにそうですな」と言って、案内役の騎士一名と連絡役一名だけが同行することになった。ちなみにエザリントン騎士団の騎士は荷物持ちとして指名され、侍女すら同行していない。
午後三時前ということで、一時間ほど散策してから、城に戻る予定だ。
シーウェル城はシーウェル市の北西部にあり、商業地区は南西部にある。
とは言っても一キロ四方の小さな街であり、ローレンシアたちの足を考慮しても片道十五分ほどで移動できる。当初は馬車が用意される予定だったが、これもローレンシアが断っていた。
「折角ですから歩いていきませんこと? 私(わたくし) でもこのくらいの距離は歩けましてよ」
ローレンシアは今回の目的を理解しているようで、できる限り一緒にいるところを市民や旅行者に見せようとしている。
この街は帝国南部域の主要街道の一つであり、帝都があるウェール半島の西側と農業が盛んな東側を結ぶラングトン街道にある。そのため帝都に向かう商隊が多く、噂を広めるには最適な場所と言えるだろう。また、時間帯的にも商隊が到着する時間であり、商業地区には多くの商人たちがいるはずだ。
(さすがはエザリントン公の娘だな。今回の目的をきちんと理解している……)
俺が内心で感心していると、ローレンシアは俺の左腕を取り、「では、参りましょう」と言って歩き始めた。もう一人の令嬢プリムローズが反対側の腕を取ろうとした。
「駄目よ、ローズ」と言ってローレンシアが止める。
「どうしてですか?」とプリムローズが不満そうに言うと、
「ザカライアス卿は護衛でもあるのよ。護衛の利き腕は自由に動かせるようにしておかないといけないわ」
そのもっともらしい説明に、プリムローズは不満気な表情を浮かべながらも後ろに下がる。
「では参りましょう」ともう一度いい、シーウェル騎士団の案内役アイザック・レイヴァースに「案内を頼みますわ」と鷹揚に命じた。
レイヴァースは二十歳前後の若い騎士だが、にきびが多いためか、垢抜けない田舎の若者という感じだ。彼はこの街の下町出身ということで案内役に選ばれている。
話してみると気さくで明るい性格のようだが、公爵令嬢の案内役ということで緊張し、顔が強張っている。
「で、ではこちらへ」と言って先導して歩き始めた。
シーウェル城の南側には百メートル四方の石畳の広場があり、いくつかの露店が商品を広げていた。
露店を覗きつつ、南に向かっていく。東西を貫く大通りに近づくと、徐々に飲食店が増え、肉を焼く香ばしい香りや煮込み料理の芳しい香りが流れてくる。
「この辺りは飲食店が多くございます。シーウェルは昔から“ワインの街”と呼ばれ……」
レイヴァースがいいタイミングで説明を入れていく。
シーウェル市は“ワインの街”とか“美食の街”と呼ばれ、ラングトン街道を旅する者たちの楽しみの一つになっている。特に大通りには帝都にも支店を出すような有名店があり、ラドフォード子爵の行きつけの店が何軒もあるそうだ。
「……特に新酒のこの時期と秋の収穫の時期は、道にテーブルを出さないといけないほど人で溢れます。幸い、大通りは広く作られていますので、通行の支障にはなりません……」
大通りは軍事用の道路でもあるため、幅は十メートル以上ある。そのため、オープンカフェのように道にテーブルと椅子を出し、飲み物や食事を提供している。
「美味そうだね。一杯引っ掛けたいところなんだが……」とベアトリスが呟いている。
「駄目だぞ。買い物を終わらせて城に戻らなきゃならないんだからな」と言って釘を刺しておく。
しかし、「 私(わたくし) も興味がありますわ」とローレンシアまで乗ってきた。
付き人がいないため、羽根を伸ばしたいのだろう。
「明日以降で計画しましょう。イグネイシャス様にいい店を教えていただいた方が美味しいものにありつけますから」
「そうですわね」と納得した。
そんな会話をしながら、商業地区に入っていく。
既に到着した商隊が荷物を慌しく店舗や倉庫に入れ、護衛を終えた傭兵たちが笑顔で宿に向かう姿が多く見られた。
「この辺りが食料関係の店が多いところです。一般市民だけでなく、食堂などが仕入れを行っていますので、食材は豊富にあると思います」
レイヴァースはそういうが、エザリントンのパストン商会ほどの店はなく、どれもちょっと大きめの小売店という感じだ。
何軒か回ってみるが、季節が良くないためか生鮮食品は少なかった。そのため、日持ちがする柑橘類がある程度で、目ぼしい食材は見つからなかったが、考えていた料理に使う物は入手できている。
「必要な物は見つかりましたか?」とプリムローズが聞いてきた。
「ええ。私の方は大丈夫です。プリムローズ様も何か買われていたようですが?」
「はい。美味しい 栗の砂糖漬け(マロングラッセ) がありましたので。店の者に聞きましたが、ラドフォードの名産だそうです……」
そういいながら直径二十センチ、高さ二十五センチほどの大き目の壷を見せてくれる。一人で食べるには多い量だなと思っていたら、それが顔に出ていたらしく、少し非難がましい目をしながら否定してきた。
「一人で食べるわけではありませんわよ。学院のお友達に分けて差し上げようと思っていますの」
「ええ、そうではないかと思っていましたよ」とごまかし、ローレンシアに話を振る。
「ローレンシア様はハーブティ……ローズティですか?」
彼女の前にある茶壷にバラの絵が書いてあり、それで言い直したのだ。
この世界にも茶が存在し、紅茶や緑茶が飲まれている。ただし、茶の生産が行われているのは帝国東部域と南部域の東側だけであり、流通量は極端に少なかった。そのため茶葉は高価で、貴族か裕福な商人しか飲むことはない。
また、トリア大陸の北部に流通することは稀で、アウレラ街道やカウム王国より北の地域では王宮でも香草を使ったハーブティが一般的だ。
「ええ、好みのものが見つからなくて、店主に話をしましたら、ローズティを勧めてまいりましたの。淹れてみないと分かりませんけど、よい香りがしましたので買ってみましたわ」
旅行中に聞いたのだが、上流階級のサロンでは茶を嗜むことが多く、彼女も茶については非常に詳しかった。さすがに公爵令嬢が飲むような紅茶はなかったが、この辺りのバラで作ったローズティを勧められたとのことだった。
公爵令嬢たちだけでなく、俺が買い物をしている間にリディたちもいろいろと買っていた。
リディはいつの間にかチーズを大量に買っていた。更にベアトリスはベーコンのような燻製肉の塊と豚のもも肉の生ハムを丸ごと一本持っていた。俺の収納魔法で保管しておけば劣化しないため、二人は顔が見えないほど買い込んでいる。
(つまみにするんだろうが、俺のインベントリは酒とつまみで一杯だな……)
俺がそんなことを考えていると、二人は「このチーズ、美味しかったわよ」、「こいつはワインにもビールにも合うよ」とすでに試食も終えていることまで教えてくれる。
ベアトリスは自分で運ぶようだが、リディはなぜかダンに荷物を預けている。
メルとシャロンはルナたちと一緒に菓子を見ていた。
素朴な感じの焼き菓子や砂糖をまぶした干果などを選んだようだ。量もリディたちとは違い、小さな袋に入る程度の常識的な量だった。
(セオたちの方が常識的なんだが……リディとベアトリスはいつからこうなったんだろう……)
そんなことが頭に浮かぶが、ルナが思いのほか楽しそうにしているので、それでよしとすることにした。
全員が満足しているので、城に戻ることになった。
城に戻ると午後四時くらいになり、午後の訓練の時間になっていた。そのため、作ろうと思っていたデザートは明日以降に回すことにしたのだが、そのことをプリムローズに告げると、ガーンという効果音が出そうなほど落胆する。
「今日は作られないのですか……楽しみにしていたのですが……」
あまりに落ち込んでいたので、考えていた物のうち、簡単な方を作ることにした。
「訓練が終わった後に作ってみます。準備は簡単ですし、冷やす時間も充分ありますから、食事の最後には間に合うと思いますよ」
そう告げると花が咲いたような笑顔になる。その分かりやすいリアクションにローレンシアが呆れる。
「はしたないですよ、ローズ。ザカライアス卿も妹を甘やかさないでください」
「元々、侯爵閣下に食べていただこうと思っていましたので大丈夫です」
そう言うとローレンシアは「感謝いたしますわ」と言ってニコリと笑った。
俺は大急ぎで厨房にいき、戻ってきた後にすぐに作業に取り掛かれるよう準備を依頼する。
そして、ルナを見つけ、
「訓練の後に手伝ってほしいことがあるんだ。難しいことじゃない。鍋を見ていてくれたり、かき混ぜの手伝いとかだから」
コクリと頷くが、なぜ自分がという表情が浮かんでいる。
「みんな訓練の後はバタバタしているからな」というと納得したのかもう一度頷いてくれた。
その後、帝国軍の駐屯地にある演習場でいつも通りの訓練を行った。ここでも 見物人(ギャラリー) はたくさんいたが、俺は彼らを無視して大急ぎで城に戻っていく。
城に戻り、浴室で汗を流すと、装備の手入れをすることなく、厨房に向かった。もちろん装備の手入れは行うが、今は時間がないためインベントリに放り込み、夕食後にゆっくり行うつもりだ。
厨房の前で所在無げに待つルナが立っていた。
「お待たせ」と言って近づくとニコリと笑ってくれる。
「ワインゼリーを作ろうと思うんだが、ワインゼリーって分かるかい?」
「はい」と小さく答えた。
地球からの転生者であることは分かっていたが、どの国のどの時代から来たのか分からなかったため、ゼリー自体を知らない可能性があった。
この世界にも“ゼラチン”はあり、 ゼリー寄せ(ジュレ) という料理はある。ここに来る途中の街でも食べているし、ラスモア村のロックハート家の食卓でも出されている。
しかし、甘いゼリーは見たことがなかった。
そのため、ワインゼリーというスイーツを知っているか聞いてみたのだ。知っているなら、洋食文化のあるところで生まれていることになる。
甘いゼリーがない理由だが、明確なことは俺にも分からない。あくまで俺の想像に過ぎないが、この世界で使うゼラチンの処理の仕方に問題がある気がしている。
ゼラチンは動物や魚のコラーゲンを抽出して作る物で、この世界では接着剤である 膠(にかわ) として使われることが多い。ラスモア村では豚の皮から抽出することが多く、そのままでは豚の獣臭さが残ってしまう。そのため、だし汁のゼリー寄せのような料理に使う分にはそれほど違和感はないが、デザートに使おうと思うとその匂いを何とかしないといけない。
しかし、俺自身ゼラチンの製造工程を知っているわけではないため、どうやって匂いを取ればいいのか分からない。
なので、俺がやった方法は非常にシンプルだ。
抽出したゼラチンを含水・乾燥という工程を何度も繰り返す。途中で抽出の魔法でカルシウムなどの分かりやすい物質を取りだす。魔法で乾燥させることができるため、割と早く作ることができている。
俺が作ったものはいわゆる板ゼラチンで、半透明のシートのようなものだ。粉砕して粉ゼラチンにしてもよかったのだが、板状の方が保管しやすい。
まず、板ゼラチンを水に浸し、戻しておく。
次にワインのアルコールを飛ばし、甘みをつけていく。
「沸騰しないように火加減を見ながら、ゆっくりとかき混ぜてくれるかな」
俺の指示にコクリと頷き、火加減を気にしながら木ベラで混ぜていく。
ふつふつと鍋の縁が沸き始めた頃、アルコールが飛んだことを確認し、火を弱めて砂糖を入れていく。
「砂糖を入れていくから、固まらないよう混ぜてほしい。できるかい?」
「はい。大丈夫です」といって大きく頷く。
俺が砂糖を入れ始めると、ヘラを前後に動かすようにしてかき混ぜ始めた。
(シャロンやメルの話から料理ができると聞いていたが、ゼリーも作ったことがあるのかもしれないな。板ゼラチンを見ても驚かないし、砂糖の溶かし方も慣れた感じだ。案外日本人かもしれないな……)
彼女の手際を見て任せられると判断し、味の調整に専念する。
用意してもらったレモン汁を少し入れて味を調え、火から下ろす。荒熱を擬似ペルチェ効果の魔法で取り、六十度くらいに冷ましてから、水で戻したゼラチンを混ぜていく。
しかし、俺自身、実際に作ったことがないため、ゼラチンの適量が分からない。ほどほど固まればいいだろうと思い、適当なところで入れるのをやめた。
「これくらいでいいかな」と俺が呟くと、
「ゼラチンが少ないと思います。もう少し入れないと……」
積極的に話しかけてきたことに驚くが、それを顔に出さず、
「そうなのか? じゃあ、任せるよ」と言って戻したゼラチンを渡す。
「グラムが分からないから……このくらいだったかな……」と呟きながらゼラチンを足していく。その顔は真剣だが、楽しげな表情を浮かべている。
ルナはヘラを上げて滴る液体の状態を何度も見ながら混ぜていく。
(板ゼラチンを使ったことがあるようだな。それにしても楽しそうに見える。実際、こういうことが好きなんだろうな……)
そんなことを思いながら温度を調整していく。
「これで大丈夫だと思います」と満足げな顔で言ってきたので、「これに入れてくれるかな」と用意しておいたステンレス製の型を渡す。
ルナは大きく頷くと、お玉で器用に型にゼリーの素を入れていく。その表情は明るく、心から楽しんでいるように見える。
用意してある型では全員分は無理なので、残りはバットに入れて固める。
インベントリに入れて時間を加速させ、出来具合を確認する。
思ったより透明感はなかったが、それでもワインレッドの美しい色は出ている。硬さもちょうどいい柔らかさで、甘さと酸味、ワインの香りもバランスがよく、満足できるものだった。
「ルナのお陰で上手くいったよ。ありがとう」と言って頭を撫でると、「いいえ……」と言って少し恥ずかしそうにしていた。