軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十七話「貯蔵庫見学」

一月二十八日。

シーウェル市の北にあるウィディアル村の醸造所とブドウ畑の視察を行った。視察自体は二時間ほどで終わり、この後の予定について案内役の文官、バーナード・ダルントンから説明を受ける。

「ここで昼食を摂った後はシーウェル城にお戻りいただき、城内にありますワインの熟成庫のご視察となります。恐らく三時前には終わり、その後は自由時間となりますが、何かご希望はございますでしょうか?」

ローレンシアは「特にございませんわ。ダルントン卿にお任せいたします」と言ったが、すぐに「ザカライアス卿にご意見はございませんこと?」と言い直す。

今日の夜にはラドフォード子爵が帝都から戻ってくる予定であり、明日以降もいろいろなところを回るはずだ。そのため、今日急いで行きたいところはなかったが、彼女から期待するような目で見られていることに気づく。

(何を期待しているんだろうな。エザリントン公から何か指示が出ているんだろうか?……)

アレクシス・エザリントン公爵は二人の娘を使って、公爵家とロックハート家との関係が良好であると見せようとしている。その一環として、ここシーウェルに二人の令嬢が同行しているのだが、どうすべきか思い付かない。

(とりあえず人目に付くところで一緒にいる姿を見せておけばいいか……)

そう考え、ダルントンに提案を行った。

「今日の晩餐に出すデザートを作りたいのですが、買い物に行くことは可能でしょうか」

デザートという言葉にプリムローズが「何を作られるのですか!」と食いついてくる。

「何ができるかは材料を見てみないと……」と苦笑しながら答える。

「そ、そうですわね……すみません」としょんぼりとするが、隣にいたシャロンがすかさずフォローする。

「きっと美味しいものを作ってくださいますよ」

シャロンに続いて、メルもプリムローズを励ます。

「私もそう思います。ザック様が何かおっしゃられる時はある程度お考えがまとまっていますから」

二人の連携に感心するが、メルが言うほどアイデアが固まっているわけではなかった。

(とりあえず、食料品店に何があるか見ないとな。まあ、手持ちでできるものはあるから大丈夫なんだが……)

午前十一時と昼食には少し早い時間であったが、醸造施設の前の広場で食事をすることにした。

元々の予定では村長であるデリックの家で食事をする予定だったが、春を思わせる陽気にローレンシアが「ここで食事をしてはいかがかしら? とても気持ちがよいと思いますわ」と言ったことから急遽変更となったのだ。

デリックの家は醸造所のすぐ裏にあり、そこからテーブルや椅子が持ち出された。

さすがにパラソルはないため、支柱とシーツを使った簡易のテントのようなもので日除けを作る。

六人掛けのテーブルが三つ並べられ、護衛とローレンシアたちの侍女以外が席に着く。

テーブルにはチェック柄のきれいなクロスが掛けられ、用意してあった花が飾られており、目の前に広がるブドウ畑と連なる丘とが相まって、ガーデンレストランのような趣があった。

料理は気合を入れて作ったのか、昨夜から仕込んでいたらしい赤ワインを使った煮込み料理やシーウェル河で獲れるウナギなど、この土地ならではの料理が並ぶ。

更に新酒の赤ワインだけでなく、自家消費用の白ワインもあり、充分に満足できるものだった。

ただ、気になった点があった。それは畑の近くで食事を摂ろうとローレンシアが提案したことだ。

「このような場所で食事をされることがあったのですか?」

俺の問いに「いいえ、ございませんわ」と答え、

「ラスモア村では屋外で宴会をされることが多いと伺いました。それで思い付いたのです」

エザリントンからシーウェルへの移動中、馬車の中でいろいろな話をしていた。ローレンシアは興味があったのか、ラスモア村での生活についてよく聞いてきた。その中にドワーフたちとの宴会の話があり、それを覚えていたらしい。

「このような食事も新鮮でよいですわね、お姉さま」と言ってプリムローズも話に加わってくる。

「そうね。帝都に戻ったら屋敷の庭で食事を摂ることをお父様に提案しましょう……」

こうやって見ると、本当に仲のよい姉妹だと思う。

超大国であるカエルム帝国の公爵家で育っているので、もう少しギスギスした感じがあるのかと思ったが、本当に仲がいい。

前に座る令嬢二人がしゃべっているので、俺は両隣にいるリディとベアトリスと話していた。

「……帝都に向かうって聞いた時は、こんなにのんびりできるとは思わなかったわ。でも、まだこの先があるのね……」

リディがしみじみとそう呟く。

ベアトリスは赤ワインを口にしながら、それに同意する。

「そうだね。あたしもこんな時間がずっと続けばいいと思うよ」

目の前にローレンシアたちがいるため、これ以上踏み込んだ話はできない。

「そうだな。美味い酒に美味い料理。それに魔物や盗賊から襲われる心配もない。こういったのんびりとした土地が理想だな」

空には白い雲が浮かび、BGMである小鳥の声が心地良い。ゆっくりとした時間が流れていた。

メルとシャロンはセオ、セラ、ソフィア、そしてルナの世話を焼いており、話には加わっていない。

ダンだが、なぜかラドフォード子爵夫人であるヴィクトリアに捕まっており、顔を赤くしながら話をしていた。話の内容は聞こえなかったが、何となく俺たちの関係について聞かれているようだ。

午後一時前、昼食を終えてシーウェル市に戻っていく。

酔いが回るほど飲んでいないが、馬車の窓から入る爽やかな風が少し火照った頬に心地いい。

シーウェル城に戻ると、シーウェル侯と文官の代表レドリー・サザーランドが父たちと共に待っていた。

「どうだったかな、醸造所は」と言ってシーウェル侯が話しかけてくる。笑みは浮かんでいるが、目はあまり笑っておらず、結果を聞きたいようだ。

「いくつかの提案はさせていただきました。後ほど報告する予定でしたが、お時間がないようでしたら、すぐに報告しますが?」

「いや、それには及ばん。ダルントン、イグネイシャスが戻ってきたら報告を頼む」

そう命じると、すぐに俺たちの方に向き直り、

「では、貯蔵庫に参ろうか。ここでもよい意見を言ってもらえると助かる」

その言葉に苦笑が浮かぶ。

(ワインはそんなに詳しくないんだけどな……長期熟成であれだけ美味くなったから期待しているのは分かるんだが……)

ダルントンを先頭に地下室に向かう。

ここシーウェルも帝国の標準的な城塞都市であるため、城の構造も標準設計だ。

帝国の城塞都市にある城は防御施設としての機能も持っているが、どちらかといえば行政庁としての色合いが強い。

とは言っても戦闘用の城でもあることから、食料などを保管する地下室や、捕虜を収容する地下牢が整備されている。

地下の貯蔵庫については使っているらしいが、地下牢については本来の目的では使用したことがないそうだ。

牢が使われない理由だが、通常の犯罪者は逮捕された後、守備隊の詰所の牢に収容されるためだ。そして、比較的短期間で裁判が行われ、刑が執行される。

ちなみに懲役刑や禁固刑は存在せず、軽微な犯罪であれば罰金刑や奉仕労働、殺人や強盗などの重度の犯罪は死刑か犯罪奴隷落ちであり、守備隊詰所にある牢もそれほど過密になっていない。

城の奥にある地下室行きの階段を下りていく。階段は二人が並んで歩ける程度の広さがあり、むき出しの石の壁になっている。この部分も城の基礎と同じく、土属性魔法で作られているようだ。

ところどころにある灯りの魔道具によって照らされているものの、外の明るさに慣れた目には薄暗く感じる。真冬ということで涼しいという感覚はなく、逆に少し暖かいと感じる。

七、八メートルほど降りたところで地下室に入るが、数メートル間隔で柱があるものの、アーチ状の天井まで十分な高さがあり、思った以上に広く感じる。

階段を降ったところが保管庫となっているようだが、木箱や麻袋などが疎らに置いてある程度しかない。奥にはワインの樽が数十個並んでいるが、長期熟成用ではなく、城での消費用のものらしい。

(食料が保管されていないな。危機管理として、これで大丈夫なんだろうか?)

そんな疑問が顔に出たのか、サザーランドが説明してくれた。

「緊急時の食料や武具を備蓄するためのものなのですが、緊急時の食料は軍の駐屯地に保管してありますし、武具も騎士団用はこの程度で済むのです……」

シーウェルは帝国建国の初期にできた街で、戦場となったことはなく、東にはラングトン大公領、西にはエザリントン公爵領の大都市があることから、戦闘は想定していない。

更にシーウェル騎士団は規模が小さく、騎士団という名があるだけで実質的には侯爵家の護衛隊に過ぎない。この地域の治安は駐屯する帝国軍が担っているためだ。

帝国では上級貴族の反乱を極度に恐れており、数十万の領民を持つエザリントン公爵家でも二千人程度の兵力しか持っておらず、シーウェル家に至っては三百人しかいない。

うちの場合は自警団なので単純な比較とはならないが、ロックハート家が保有する兵の数と名門侯爵家の兵の数がそれほど変わらないのだ。もっとも実数は同じでも、実力ではロックハート家の方が圧倒的に上だが。

自然災害等に対する備えだが、基本的には行われていないそうだ。

危機管理的に大丈夫なのかと思わないでもないが、帝国南部域では大洪水や地震、火山の噴火などの大規模な自然災害が発生したことがなく、また豊かな土地であるため飢饉も起きておらず、今までは備える必要がなかった。

駐屯地に備えられている緊急用の食料は帝国軍が出動する際に使用するものだが、村単位のような小規模な災害時には流用することができる。これも城で備蓄する必要がない理由の一つだ。

「……ここの広さですが、城の大きさとほぼ同じ、九十 m(メルト) 四方といったところです。もちろん、城を支える大きな柱や厚い壁がありますから、すべてが使えるわけではありませんが」

サザーランドの説明を聞きながら、がらんとした地下室を歩いていると、天井から光が漏れてくるところがあった。

見上げるとそこだけ四角い木製の天井になっており、ここから大型の荷物を搬出入できるようになっているようだ。

「ここからも出し入れができます。上の部屋には揚重設備がありますし、外と繋がっていますので、荷馬車への積み下ろしができます……」

更に歩いていくと、鉄格子が嵌められた地下牢があった。そして、そこには棚が作られていた。

「昨年から熟成させているワインになります。ボトルの生産が間に合っていないので、まだ千本ほどしかありませんが」

棚はラックのようになっており、ワインのボトルは一列に並んで寝かされていた。よく見るとボトルの形状がまちまちで、積み上げることができなかったのだろう。

一本のボトルをシーウェル侯が取り出す。

「君が作った物とは比べ物にならんが、我が領内で作った物だ。職人と土属性魔術師の数が少なすぎてな。職人も少ないが、それ以上に魔術師が集まらん。若い魔術師を何とかスカウトしたのだが、数と質が問題なのだ……」

俺が提案した職人が大まかな形を作り、土属性魔術師が整形を行うという方法を採ったようだ。ただ、魔術師の数が少なく、更にレベルも低いため、一日の製造量は三十本程度しかない。それでも今年の新酒用に六千本近くは確保している。

侯爵からボトルを受け取り、慎重に確認する。

ボトルはなで肩のブルゴーニュのものに近いが、ガラスに色は着いておらず透明なままだ。俺がサンプルとして渡したものが透明だったためだろう。緑や茶色に色を着けてもよかったが、収納魔法での貯蔵では着色する必要がなかったため、色を着けていなかった。また、着色したガラスが安定的に作れるのかという疑問もあった。

ボトル自体はしっかりとした物だが、やはり少しいびつで、他のボトルと比べると微妙に大きさが違う。

コルク部分は蝋で密封されており、ワインが漏れている跡は見られなかった。

「形は少しいびつですが、実用上は問題ないでしょう。コルク部分の処理も上手くいっているようですし、数年程度の熟成なら充分に耐えられると思います」

俺の言葉に侯爵以下が安堵の溜め息を吐き出す。

「君にそう言ってもらえると安心するよ。細かなことでもいいので、気づいたことがあれば教えてほしいのだが」

「分かりました。では、説明していきます……」

俺は思いついたことを話していった。

メモを取るダルントンが「申し訳ない。そこをもう一度」と言って何度も中断したが、十分ほどで説明を終える。

「……以上が私の思いついたことですが、醸造段階での改善と合わせることでよりよい品質になると考えます」

説明を終えると、なぜか侯爵たちは疲れたような表情を見せていた。

「……うむ。貴重な意見に感謝する。今日の夜にはイグネイシャスが戻るから、詳細を聞かれるかもしれんが、その時はよろしく頼む」

これで今日の視察は完了した。