作品タイトル不明
第二十四話「シーウェルへ」
一月二十五日。
昨夜の鍛冶師ギルドとの宴会は無事に終わり、いつも通りの朝を迎えていた。
若い従士や自警団員に多少酒が残っていたが、朝の訓練で汗を流すことで全員が普段どおりに戻っている。
(ドワーフと酒を飲ませたら、ロックハート家は世界一かもしれないな。普通だったら死人が出てもおかしくないし、少なくとも半分は酷い二日酔いで動けないはずだ……)
もっともドワーフたちとの宴会に慣れていることもあるが、それ以上に俺とリディの解毒魔法が効いているとも思っている。
今日、エザリントンを出発するが、ここからはシーウェル侯爵とエザリントン公爵令嬢ローレンシアとプリムローズが同行するため、ロックハート家単独に比べ、倍以上の規模となる。
エザリントン家は令嬢たちの世話係として侍女が十名同行し、三輌の馬車に分乗する。また、エザリントン公爵家の私兵であるエザリントン騎士団から二個小隊四十名の騎士が護衛に当たっている。
エザリントン騎士団は総数二千名の比較的大きな騎士団で、公爵領内の治安維持に当たっている。第四軍団から護衛を出さないのは公私混同と取られないためだ。
シーウェル家も馬車二輌に護衛の騎士が二十名と多く、ロックハート家を合わせると百人を超える大集団になる。
護衛だけでも八十名以上となるが、エザリントンからシーウェルへと向かうラングトン街道は、帝国南部のウェール半島の東側を貫く重要な街道であり治安はいい。護衛が多いのは単に格式に合わせているだけで実際にはそれほど必要ない。
エザリントン家の馬車が用意されているのだが、ローレンシアたちはロックハート家の馬車に乗ることになっていた。これは俺と令嬢たちの仲のよさをアピールするためということもあるが、それ以上に二人がうちの馬車を気に入ったことが大きい。
昨日、鍛冶師ギルドのエザリントン支部に向かう際、ロックハート家の馬車に乗っており、振動の少なさと透明な窓に感激していた。
「素晴らしい馬車ですわ! これなら旅で疲れることもありませんし、外の風景も楽しめます。帝都でも見たことはありませんが、どこで手に入れられますの?」
「この馬車は私が改造したものですので、どこにも売っていません」
俺がそう言うとがっくりとした後、真直ぐに俺の目を見つめる。
「でしたら、ザカライアス卿にお願いすればよいということですね」
獲物を狙う猛禽のような目力で言ってくるが、誰の馬車も改造する気はない。他の馬車の改造をしないのは、できるのが俺だけであり、帝都で上級貴族たちに馬車の改造をさせられると思ったからだ。
板バネによるサスペンションや窓くらいならよいが、魔物の革を利用したタイヤの製造法は俺のオリジナルであり、製造法をしつこく聞かれる可能性がある。
「材料が揃いませんし、すべて私の手作業ですので、改造に時間が掛かります。大変申し訳ありませんが、ご要望には添えません」
ローレンシアは再び落ち込むが、すぐに「では、ご一緒する場合は乗せていただいても問題ありませんわね」と返してくる。
俺の一存では決められないため、父に相談するが、「仕方がないな。お二人に乗っていただこう」と認めるしかなかった。
ここで問題になるのがルナの存在だ。
馬車の定員は六人で母と末の妹ソフィア、そしてルナが乗っていても三人分の空きがある。そのため、令嬢二人が乗っても定員的には問題ないのだが、ルナをロックハート家の関係者以外にあまり接触させたくない。
一応侍女として同行しているが、母の対応は侍女へのそれではない。そのため、素性を詮索される可能性があるが、当然本当のことはいえないし、正式な養女でないため、微妙な説明になる。
仕方がないのでメルかシャロンの馬に乗せることにした。
真冬ということで風は冷たいが、温暖な気候の帝国南部であるため耐えられないほどでもないし、ここ数日は天候も安定しているという。
馬に長時間乗るのには慣れていないだろうが、気晴らしにはちょうどいいだろう。
その代わりでもないが、俺が馬車に乗ることになり、面倒だがローレンシアの相手をし続けることになっている。
エザリントン公たちに見送られ、城を出発する。エザリントン公爵家の旗を掲げた騎士が先導し、街の中を進んでいく。
既にローレンシアたちが同行すると知っているためか、道沿いに多くの民衆が立ち並び声を掛けている。
エザリントン市は南北に中央街道が貫いているだけでなく、南東に向かうラングトン街道の基点でもある。そのため、街の南側には中央街道用の橋の他にラングトン街道用の橋が架けられている。つまり、南側には二本の巨大な橋が掛かっているのだ。
これは北方からの攻撃を想定し、エザリントン市民を避難させつつ、南の帝都から援軍を受け入れ易くするためだ。
俺たちはラングトン街道用の橋を渡っていく。
検問がファネル河の両岸にあるが、いずれも止まることなく、そのまま進む。エザリントン公爵家が事前に話を通しているためだ。
河を渡ると美しい田園風景が広がっていた。冬蒔きの麦や根菜類の畑、牛や羊が草を食む牧草地が続き、真冬でありながらも緑が豊かだ。カエルム帝国が世界最大の国家と言われている理由を垣間見た気がする。
「本当に豊かな土地ですね」と俺がローレンシアたちに話を振るが、二人は僅かに首を傾げている。
「そうですの? 他も同じようなものではありませんこと?」
話がかみ合わないため、詳しく聞いてみると、二人は箱入り娘ということで、エザリントンと帝都プリムスの他にはほとんど行ったことがない。そのため、今回のシーウェル侯爵領行きを楽しみにしていたそうだ。
「ザカライアス様はいろいろな土地を巡っておられるのですか?」
プリムローズが聞いてきたので、
「それほどでもありません。今回の帝都行きを除けば、帝国北部のウェルバーンと学術都市ドクトゥス、冒険者の街ペリクリトル、カウム王国の王都アルスくらいです。もっといろいろな土地を見て回りたいと思っております」
「それだけでも羨ましいですわ。今回の旅行でいろいろお話していただけると嬉しいです」
「私の話でよければいくらでも。ですが、私も帝都の話を聞きたいですね。特に学術院の話は興味があります」
俺が話を振ると、ローレンシアが「もちろんですわ」とニコリと笑う。理由は分からないが、初めて会った時の挑発的な感じは消えている。
ラングトン街道は田園地帯を抜け、丘陵地に入っていく。聞いた話ではシーウェル侯爵領まで似たような丘陵地帯が続きながら、少しずつ標高が上がっていくらしい。
途中に何度か休憩を取り、その都度ルナの様子を確認したが、特に問題はなかった。一緒に馬に乗るメルに話を聞いても、
「楽しそうにしていましたよ。私の知らない歌を口ずさんでいましたし」
ルナにも「寒くはないか」と聞いてみるが、「大丈夫です」とはっきりと答えてくる。ホースセラピーでもないが、乗馬がいい気晴らしになっているようだ。
休憩時間にローレンシアたちやシーウェル侯に擬似ペルチェ効果の魔法で温めたハーブティと村から持ってきたクッキーなどの焼き菓子を振る舞う。
「これはいい! 君と一緒に旅をすると疲れを感じぬと、イグネイシャスが言っていたが本当だな」
シーウェル侯は温かいハーブティを飲みながら満足げに笑っていた。
「本当にそうですわ。これだけのものをあっという間に用意されるなんて。まるでサロンでお茶を楽しんでいるようです」
休憩で立ち寄る町にも食事処のような場所があるが、公爵令嬢たちが飲むような高級な飲み物は置いていない。
そのため、普段は侍女たちが準備するそうだが、茶を飲もうと思うと湯を沸かすところから始める必要があるため、水筒に入っている冷めた茶で我慢することが多いそうだ。
ちなみに湯を沸かすところから始めるのは毒殺を警戒しているためだ。俺は信用されているのか、毒見の類はされていない。
(そう言えば昨日のギルドの宴会は大丈夫だったんだろうか?)
そのことが気になり聞いてみたが、
「 私(わたくし) がお願いして加えていただいたのです。そのような失礼なことはできませんわ」
思った以上に常識的な答えが返ってきたことに少しだけ驚いたが、彼女に対する印象はよくなった。
初日は四十キロほど進み、エザリントン公爵領の宿場町に泊まることになった。町に到着すると既に代官らしき騎士が待ち構えており、出迎えを受ける。
町一番の宿に泊まるが、リディが昼間に話をする時間がないと言って夜に甘えてくるくらいで、特に何事もなく過ぎていった。
翌日も晴天に恵まれ、ゆっくりとしたペースで街道を東に進んでいく。
標高が上がっていくという話だが、見た目ではほとんど感じないほどで、風景に大きな変化はなかった。
強いて言うならブドウ畑が増えてきていることだろう。ただ、実がないだけでなく葉も付いていないため、白ワイン用の白ブドウか、赤ワイン用の黒ブドウかは分からない。
まだシーウェル侯爵領に入っていないと思うが、正確な地理を把握していないため、ローレンシアに聞いてみた。
「この辺りもエザリントン公爵領なのでしょうか?」
「今日の宿泊地までがお父様の領地ですわ」
にこやかにそう教えてくれた。詳しく聞くと、東西で百キロ、南北で五十キロほどあるらしい。但し、その中にもエザリントン公の配下の子爵領や男爵領があるため、すべてが公爵領というわけではない。
休憩中にシーウェル侯にブドウ畑のことを聞いてみた。
「この辺りは白ブドウなのでしょうか?」
「その通りだよ。エザリントン公爵領は帝都向けに白ワインを多く作っている。この辺りから北に向かってブドウ畑が広がっているよ」
エザリントン公爵領は海に面しており魚介料理が有名だ。他にも豚を使った料理もあるが、帝都プリムスも海に近いということで白ワインの需要が多く、エザリントン公爵領では昔から白ワインの醸造が盛んだそうだ。
「我がシーウェルワインのライバルが少なくて助かっているよ。この辺りで作ってもよい赤ワインができそうなのでね」
そこまで言ったところでパチリと片目を瞑る。
「これはアレクシス殿には内密に頼む。やり手のアレクシス殿が赤ワインまで作り始めたら、私の収入が半減するのでね」
俺は真剣な表情を作り、「それはお約束できません」と答え、
「公爵閣下と約束しましたので。エザリントン領の酒の品質向上に協力すると」
「これはしまった! 酒神の申し子にいらぬことを言ってしまった!」
シーウェル侯は大袈裟に嘆くが、俺も侯爵も遊んでいるだけだ。
「冗談はさておき、エザリントン領では白ワインの品質向上を目指すべきでしょう」
「なぜかね? シーウェルワインが成功すれば領地が隣接するエザリントンでも赤ワインを作った方が儲かると思うのだが?」
「そうですわ。クレメント小父様には申し訳ありませんけど、私も赤ワインを作るべきだと思います」
酒の話なのにローレンシアまで話に加わってきた。
その時、ちょうどシャロンがいたので、「シャロンはどう思う?」と話を振ってみた。
「はい。私もザック様のご意見に賛成です」
「理由は?」と更に聞くと、
「エザリントン領ではブドウの成育に適した場所は既に白ブドウの木が植えられています。今から黒ブドウの木を植えても収穫できるまでには何年も掛かるはずです。ですので、白ワインの品質を上げて、エザリントンは白ワインというブランドイメージを確立した方がよいのではないでしょうか」
シャロンの意見に「満点だね」と言って褒め、
「彼女が言った通り、エザリントンは白ワインというイメージがあるので、これを生かした方がよいでしょう。“エザリントンは白”、“シーウェルは赤”と認識される方が今後の販売戦略でも有利になるはずです」
「だが、シーウェルワインの評価は卿のお陰で非常に高まっている。他の領地、例えばラングトン大公領では赤ワインの生産計画があると聞いた。乗り遅れまいと赤に切り替えるところが多く出るのではないか」
シーウェル侯も情報を収集しているようで、ライバルの出現を警戒しているようだ。
「おっしゃる通りですが、シーウェルワインの品質を上回るものを作り続けて初めて成功と言えるのです。シーウェルの畑を見ておりませんので想像に過ぎませんが、シーウェル産の赤ワインを超えるには土壌から作りかえる必要があると思います。それならば、今の白ワインの品質を更に上げて、シーウェルの赤に並ぶ白を作った方が確実だと思います」
シーウェル侯は満足げに頷き、「卿にそう言ってもらえると安心する」と笑っている。
「今のワインより美味しいものが作れるようになりますの? 私には今のワインでも充分に美味しいと思うのですけど……」
プリムローズまで話に加わってきた。
「大丈夫だと思いますが、何ともいえませんね。イグネイシャス様が協力されれば確実でしょうが、私は長期間ここにいるわけではありませんので」
「それは残念ですわ。ザカライアス様はご次男ですから、領地に戻らなくても。そうすれば美味しいものをたくさん作っていただけるのに……」
どうやら美食家というイメージを強く持っているようだ。
「美味しいものはこの旅の間に何とかしてみます。帝都にもいろいろありそうですし、侯爵閣下にはイグネイシャス様が付いておられるので、城にもいろいろとあるのではないかと……」
そんな話をしながら、シーウェル領に向かった。