軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話「鍛冶師ギルド・エザリントン支部:後篇」

一月二十四日の夜。

エザリントンの鍛冶師ギルド支部ではロックハート家歓迎の宴会が行われていた。

途中で料理人に扮したアレクシス・エザリントン公爵らがやってきたため、俺たちロックハート家の面々だけでなく、鍛冶師たちも面食らっている。

しかし、支部長イヴァン・ケンプの機転と公爵の明るい性格により、宴会は再び盛り上がっていた。

俺の席の前にイヴァンが座り、その横に料理人姿の公爵が座っている。ここだけ見ると非常に違和感があるが、ドワーフたちは誰も気にしておらず、俺たちもそのうち気にならなくなった。

その公爵が白身魚フライのことで笑い始めた。

「それにしてもザカライアスには本当に敵わんな。魚のフライは絶対に分からんはずだと料理長が自信を持っておったのだがな。後でガックリくるぞ、うちの料理長は。ハハハ!」

「しかし、どうして分かったんじゃ?」とイヴァンが聞いてくる。

「ラドフォード子爵の助言を受けていたなら、この時期、この辺りで獲れる魚を今日の料理に使う。俺はこの辺りの料理に詳しいわけじゃないんだが、帝都の名物料理にハタの 蒸し焼き(ポワレ) があったはずだ。味的にもハタのホロッとする食感だったしな」

「しかし、それでは白ワインビネガーと香草のことは分からんのではないか?」とエザリントン公が聞いてきた。

「それも同じ理由です。ワインビネガーはよく使われると聞いております。そして、昨夜の晩餐でエザリントン公爵領は白ワインが名産であるとおっしゃっておられました。そうであるなら、ビネガーも豊富にあるのではないかと。後は先ほどの地元の食材を使うという話に繋がります」

公爵とイヴァンは納得し難い顔をしているが、ベアトリスが「ザックだからね」とフォローにもならないコメントをいい、なぜかそれで皆納得していた。

「イグネイシャス様とはもっと地元の食材を使うべきであり、よい地元料理があるなら積極的に広めるべきであるという意見で一致しております」

エザリントン公は「うむ」と言って頷いている。

「この白身魚のフライですが、これはエザリントンの名物にしてもよいのではないかと思います。原価がいくら掛かるかは知りませんが、これなら屋台で売ることもできますし、冷めても美味しいはずです。それにビールにも白ワインにもよく合います」

なるほどという顔をしていた後、鶏のから揚げらしきものを小皿に取る。

「ではこれはどうだ?」と言って勧めてきた。

「この揚物は何か分からぬはずだ」

公爵はドワーフたちに楽しんでもらうためか、そんなことを言ってきた。

意図は分からないでもないが、一応、「料理は味を楽しむものです。素材当ては無粋ですよ」と釘を刺しておく。

これは本心から思っていることだ。外した言い訳にするためではない。

素材当てはちょっとした遊びにはなるが、料理は純粋に味と香りを楽しむべきだと思っている。自分の味覚や知識の豊富さを自慢したい人もいるだろうが、どんな素材であれ、おいしく作られているのなら、それで充分だ。

揚物を口に入れると、公爵の言っている意味が何となく分かった気がした。

(鶏じゃないな。もう少しプリッとしている。なんだろうな……)

公爵が俺の顔を見つめているのに気づき、思わず苦笑する。

(この人は意外と子供っぽいところがあるな。昨日もそうだったし……これが演技だとしたら相当な役者だが、ドワーフたちが気にしていないから素なんだろうな……)

そんなことを考え、思わず小さく笑ってしまった。

「鶏じゃないですね。カエルのような気もしますが、何か知らない魔物かなとも思います。正直これは分かりません」

公爵は微妙な顔をして「それはカエルの魔物の肉だ」と言い、

「まだ少し早いが、ファータス河で大繁殖する 巨大蛙(ジャイアントトード) を使ったものだ。イヴァン殿なら食したことがあるのではないか?」

公爵の話を聞き、イヴァンの手が止まる。

「確かにあるが、あれは大して美味くないぞ。味が薄い割に変な匂いがあるからな」

ジャイアントトードは体長一メートルほどのガマ蛙だそうだ。北方のジャイアントトードは麻痺毒の混じった体液を飛ばしてくるが、この辺りのものには毒性はないらしい。ただ、グロテスクな赤黒い色とカエル独特のヌメリから、若い労働者など質より量を求める者や貧しくて肉が買えない者以外、食べることは少ないそうだ。

料理長の工夫により臭みが消えており、変わった食感の地鶏といった味だ。

「これは美味いと思いますね」と言うと、ドワーフたちが一斉に手を伸ばす。

「確かに美味い。カエルとは思えん……」

しかし、ベアトリスを除く女性たちは、カエルと聞いて露骨に顔をゆがめ、それ以降は一切手を出さなかった。

俺は塩を強めに利かせた小エビの素揚げをつまみながらラガータイプのビールを飲み、「ファータス河の名物にとお考えですか?」と質問した。

「その通りだ。このエビも少し泥臭くてな。多く獲れる割には売れぬそうだ。それにこのエビが繁殖するとジャイアントトードが増え、更にそれを狙ってくる大型の魔物が多くなる。そうなると漁師に犠牲が出るようになるのだ。だが、水の中の魔物を狩るのは難しい。ならば、増えぬようにすればよいと考えたのだ」

「確かに揚げれば臭みは結構消えますし、軽く摘むにはいいかもしれません」

公爵は食物連鎖を考えて、ファータス河にいる小エビをある程度調整し、魔物の繁殖を抑えようとしている。

「魚への影響もありますから、単純ではないと思いますが、良い考えだと思います」

そんなことを話していると、「難しい話は終わりじゃ。飲め飲め!」と言ってドワーフたちが酒を勧めてくる。

そして宴会は完全に無礼講で進められていった。

いつもならダンが早々に潰される。しかし、ここでも同じようにターゲットになっているにも関わらず、護衛の副隊長ということで自制し、宴会開始から一時間経っても酔いつぶれていなかった。

ダンも少しずつ大人になっているのだなと思っていたら、俺が目を離した二十分ほどの間で潰されていた。

それだけでなく、若い自警団員も多くが酔い潰れている。

宴会が盛り上がり、席を移動するようになったドワーフたちがラスモア村の話を聞きたがり、代わる代わる飲まされ続けたようだ。

リディと二人で解毒の魔法を掛けていき、職員を呼んで別室に運んでもらう。幸い、早期に発見したため、軽い二日酔いで済む程度だろう。

その点、女性陣はしっかりしている。

元々どれほど飲んでも潰れないベアトリスは除外するとしても、リディは解毒の魔法を定期的に掛けて潰れないように注意している。

メルとシャロンはドワーフ相手の宴会でもアルコール以外の飲み物を飲んでいることが多いし、少しでも飲みすぎたと思ったら自分から解毒の魔法を掛けて欲しいと言ってくる。

その理由だが、十代の飲酒は成長に影響すると俺が言っているためだそうだ。同じことをダンにも言っているのだが、自警団との付き合いが多く、同世代の少年たちが普通に飲酒をしていることから、ついつい飲みすぎてしまうようだ。

母と義姉ロザリー、侍女のアンジーとエレナも二日酔いになるほど飲むことはない。彼女たちは飲むよりしゃべることに時間を割いているためだ。

そして、今回の心配の種であった二人の公爵令嬢も全く危なげがなかった。さすがは公爵家で教育を受けていると感心する。

その後、ある程度落ち着いたところで、イヴァンが真面目な顔で話しかけてきた。

「これほどの酒をよくぞ持ってきてくれた。儂らにも礼をさせてくれんか」

「俺たちは友人に土産を持ってきただけだ。そんなことで一々礼なんか必要ないよ」

イヴァンはそれでも納得せず、

「それでは儂らの気が済まん。何か言ってくれんか」

どうやらザックコレクションに感動し、どうしてもその礼をしたくなったようだ。ただ、俺たちの持つ武具が凄過ぎて、彼らの得意とする鍛冶では返すことができない。そのため、俺に相談しにきたのだろう。

「そうは言ってもな。光神教の件で既に世話になっているんだ。それに美味いビールを飲ませてもらっているし、宴で歓迎してもらっている。これで充分過ぎるほどなんだが」

話が平行線になった時、エザリントン公が加わってきた。

「急いで返すこともないのではないかな。ロックハート家には様々な試練が訪れるだろう。その時、諸君らが連帯して手を貸せばよいのではないか。そうは思わぬか、ザカライアス」

公爵が言っているのは成り上がりの割に力を持ちすぎたロックハート家への懸念だ。レオポルド皇子派のラングトン大公、皇太子派のインゴールスロップ公だけでなく、中立派である宰相までもがロックハート家の力を狙っている。そのため、ドワーフたちとの連帯を強めておけと助言しているのだ。

「確かにその通りかと」と公爵に頭を下げる。そして父に目配せをする。父も話を聞いており、静かに頷いた。

「この辺りに我らの知り合いは少ない。将来、我が縁者に助力が必要になった時、少しだけでよいので力を貸してやって頂きたい」

そう言って頭を下げる。

父が縁者と言ったことに驚きを隠せなかった。ルナのことも想定に入れて話している気がしたためだ。

「うむ」と言ってイヴァンは唸るが、今できることはないと考えたのか、「それでよければ」と納得した。

宴は更に盛り上がっていった。エザリントン公はドワーフたちと充分に打ち解けられ、満足そうな笑みを浮かべている。

しかし、イヴァンの次の言葉で真剣な表情に変わった。

「アレク殿に聞きたいんじゃが、儂らのラスモア村行きはどうなっておるんじゃ」

昨年のドワーフフェスティバルの際に決まったことだが、ベテラン鍛冶師たちの魔法陣改良と若手の蒸留器製造の研修の二つのコースについては、アルスにある総本部が各支部の割り当てを決めることになっていた。

しかし、カエルム帝国はルークス聖王国と戦争をしており、特にここエザリントンには精鋭である第四軍団が駐留している。

「戦争がどうなるか分からん状況では別の支部を優先すると総本部は言っておる。儂らも第四軍団が出兵するとなれば、ここを離れるわけにはいかん……」

現在、カエルム帝国とルークス聖王国はルークスの東部でにらみ合いが続いている。レオポルド皇子率いる第三軍団と北部総督府軍が出兵の拠点ラークヒルにおり、春になったら攻勢を掛けるという噂が出ているほどだ。

「この状況じゃ、儂らは何年もラスモア村に行けん。アレク殿、何とかならんか……」

さすがの公爵も一瞬言葉に詰まる。しかし、すぐに鍛冶師たちは信用できると頭を切り替えたのか、裏事情を説明し始める。

「しかとは言えぬが、ルークスとの戦争は長引きそうだ。宰相閣下と私以外は皆、戦争に賛成だからな……」

皇太子派であるインゴールスロップ公らは、ライバルであるレオポルド皇子が大きな失敗をしてから撤兵してほしいと考えている。また、彼らの後ろにいる商業ギルドは早く戦争を終えてほしいと考えているが、この中途半端な状況で撤兵が決まれば、次の標的として自分たちが選ばれることを恐れている。

俺がウェルバーンで描いたシナリオでは、今回の発端となったラズウェル辺境伯家への謀略はルークスと商業ギルドが主導したということになっている。もし、このまま撤兵しレオポルド皇子が戦果を上げられなかった原因が、商業ギルドの妨害だと皇子派から言われれば、商業ギルドは更に窮地に陥るだろう。

商業ギルドとしてはラスモア村へのアンデッドの襲撃のような自分たちと関係ない要因での撤兵を望んでおり、タイミングを計っているという状況だ。

一方、皇子派のラングトン大公らは当然華々しい戦果を上げてから、凱旋してほしいと考えている。

レオポルド皇子はジギスムント皇太子より兵士や平民に人気があるが、所詮妾腹の王子に過ぎず、皇太子が廃嫡されるようなスキャンダルを起こさない限り、彼が皇帝になる目はない。

しかし、基本的に皇子派は武闘派ばかりで謀略を苦手としており、皇子の功績に頼らざるを得ない。

「卿ならどうする?」と突然公爵が聞いてきた。

「お答えできるような問題ではないと思います」とだけ答え、しっかりと公爵の目を見る。

「酔っておれば本音が聞けるかと思ったが、無理であったか」と公爵は苦笑する。

「冗談はさておき、何とかせねばならんことには変わりない。事は鍛冶師ギルドだけでなく、他国にも大きな影響を及ぼすからな。だから、答えを考えておくのだ。必ず宰相閣下からご下問される。その際に下手な答えをすれば、非常に不味いことになる……」

ここに来てエザリントン公が俺たちを中立派に引き込むより、緩やかな同盟関係を模索しているように思えた。

鍛冶師ギルド内ということもあるのかもしれないが、頑なに断っていることで強引に進めるより、敵に回らないようにしようとしているのだろう。

俺としても帝国のお家騒動に巻き込まれたくはないし、宰相に利用されるのもごめんだ。

皇帝の世継については、第一候補は当然ジギスムント皇太子だが、彼には悪い噂が絶えず、このまま皇帝になると帝国に混乱をもたらすだろう。

もう一人の皇帝候補であるレオポルド皇子の評判はよく、皇帝たる器の持ち主と言われている。常識的に考えれば皇子が皇帝になる方がいい。

しかし、レオポルド皇子が皇位に就いた場合、彼が暴走しないとは言えない。彼の支持母体は帝国軍であり、その支持を取り付けるため、軍が肥大化する恐れがある。

逆に帝国の財政を考えて軍事行動を抑え、軍を縮小することがあれば、反乱が起きる可能性も考えられる。

更に言えば、上手く軍を掌握したとしても、大陸の統一や魔族の討伐を言い出しかねず、一歩間違えば、トリア大陸が戦乱の世になるかもしれない。

(暴君は名君から生まれるからな。そう考えると、レオポルド皇子が皇帝になることが最善とは言い難いんだ。考えすぎかもしれないが、これだけ大きな国家の専制君主は英雄である必要はない。フィーロビッシャー公が作った官僚機構をエザリントン公が上手く引き継ぐなら、凡庸な人物の方がいい。ただ、今の候補に凡庸な人物がいないのが痛いところだな……)

そんなことを考えていると、イヴァンが「どうじゃ」と聞いてきた。

「俺に思いつくことはないな。宰相閣下が上手くやってくれるのを祈るしかないよ」

俺の言葉にイヴァンたちはガックリと肩を落とす。

「まあ、戦争が終わったら、最優先で順番が回るようにウルリッヒには伝えておくよ」

俺がそう言うとガッシリと手を握り、「頼む」と頭を下げてきた。

(俺に頼むより公爵に頭を下げる方が御利益はありそうなんだが……)

そう思ったが、それは口に出さず、「ああ」とだけ答えた。

■■■

鍛冶師ギルドでの宴会から帰ったローレンシアは、アルコールで火照った頬を夜風で冷やしながら、ザカライアスという人物について考えていた。

(本当に不思議な人だわ。私の周りにはいないタイプの人ね……)

彼女は今日一日のことを思い返していく。

(パストン商会では本当に楽しそうに食材を見ていたわ。新しい材料を見つけたと本当に嬉しそうだった……)

そして、戻ってきてからの激しい訓練に驚きを隠せなかった。元々兵士の訓練など見たことはなく、精々パレードとか閲兵式で見る程度で、あれほど激しい訓練をしているとは夢にも思っていなかった。

(見ている私の方が痛くなるくらい。でも、あのエルガーに勝つなんて思わなかった……)

ロイ・エルガーはレドナップ伯がその腕を見込んで自らの護衛に取り立てた剣術士だ。そして、第四軍団でも五指に入る腕を持っていると聞かされていた。

(それにしても鍛冶師ギルドって初めていったけど凄いところね。そう言えば、ドワーフと話をしたのって初めてかも……)

上流階級である彼女にとって平民と話す機会は少なく、あっても学術院に通う同級生か、大商人くらいで、職人と話すことはほとんどない。ドレスなどを仕立てる時も職人ではなく店長などの責任者が間に入り、直接言葉を交わすことはない。まして、鍛冶師との接点などあるわけがなかった。

(でも、お酒を飲むだけであんなに喜ぶのね。 シャロン(あの人) が魔道具を用意してくれなかったら、気絶していたかもしれないわ……)

そして、ザカライアスの妻たちのことを思い出す。

(確かに美しいわ。特にリディアーヌという人は私が見た中で一番美しい人かもしれない。それにベアトリスという獣人は信じられないほどの強さだし。でも、あの中では婚約者の二人に感心するわ。私が戸惑っているとすぐに手を差し伸べてくれた。うちの侍女にしたいくらいよ……)

鍛冶師ギルドでは戸惑うことが多かったが、プライドが高い彼女は素直に助けを求めることができなかった。しかし、メリッサとシャロンが近くに座り、料理の取り分けや飲み物の手配などを甲斐甲斐しくやっていた。

それだけなら、彼女にとっては当たり前のことだが、彼女が退屈していると気づくと、ドクトゥスやラスモア村でのエピソードを話してくれたり、妹のプリムローズが話に加わりたいと感じると、 甘味(スイーツ) の話題を振ったりしていた。

(特にシャロンという娘は凄いわ。ティリア魔術学院の次席ということだけど、本当に話題が豊富。お酒のこともきちんと説明してくれるし、魔法のことも分かり易く教えてくれた。私より一つ年下と聞いたけど全然そんな感じはなかったわ……)

そして、メリッサのことも見直していた。

(夕方の訓練の時にあのスカイ中隊長と引き分けたのにはビックリだったわ。普段の姿を見たら全然そんな風に見えない。とても優しいし、気が利くって感じね……)

ブラッドリー・スカイは第四軍団でも最も精鋭である第一連隊の第一中隊長を務めている。騎乗戦闘では父親の指揮の下で何度も大きな手柄を上げていると聞いていた。

その彼を追い込み、自ら敗北を認めさせている。

(何より私に媚びないのがいいわ。私の周りにはいないタイプね……)

公爵家の令嬢であり、現皇帝とも血の繋がりがあるため、対等に話してくる者はほとんどいない。いたとしても、他の公爵家の令嬢が挑発的な態度を取ってくるくらいで、好感を持つことはなかった。また、彼女の友人たちも次期宰相の呼び声が高いエザリントン公爵との関係を考え、どうしても遠慮があった。

(あの二人と一緒にいるのは楽しいわ。あの二人を婚約者にしている点だけでも、ザカライアス卿は評価できるわね……)

ローレンシアは完全にシャロンに手玉に取られていた。経験の差といわれれば仕方がないのかもしれないが、シャロンの思惑通りに進んでいた。