作品タイトル不明
第二十二話「鍛冶師ギルド・エザリントン支部:前篇」
一月二十四日の夜。
当初、エザリントン公爵との晩餐は城のホールで行われる予定だった。しかし、急遽、鍛冶師ギルドでの宴会に変更となった。これはエザリントン公がドワーフたちとの関係を重視し、配慮したためと聞いたが、実際にはロックハート家がエザリントン公爵家に通じていることを知らしめるための方策だった。
さすがに次期宰相と言われるだけのことはあり、綿密な情報収集と素早い対応に称賛の念を禁じ得ない。
俺個人としては称賛に値すると思っているが、このままでは鍛冶師ギルドを政治に利用することになる。そのため、先手を打った。
エザリントン公にはお忍びで参加してもらい、このことは決して口外しないという約束を取り付け、公爵の思惑を阻止したのだ。
もっとも今回の宴会を機に、鍛冶師たちとの関係を良好なものにできれば、彼にとっても充分に見返りはある。
ドワーフたちも俺たちロックハート家と一緒に来た公爵を無下にすることはないだろうし、公爵自身が彼らの心を理解すれば今後の関係強化に充分に役に立つだろう。
俺たちは夕方の訓練を終え、鍛冶師ギルドの支部に向かった。
出発前に公爵から宴会を楽しむためにどうしたら良いかという相談を受けた。
生まれながらの権力者であるエザリントン公がドワーフとの宴会を楽しみたいと言ったことに違和感を覚えたが、すぐに彼の考えが分かった。
彼はドワーフと付き合っていくにはどうしたらよいのかと考え、最善の方法として共に楽しむということを思い付いたようだ。恐らくだが、カウム王国のカトリーナ王妃のことを聞き及び、それを参考にしたのだろう。
権力者らしからぬ公爵の柔軟な考えに感銘を受けた俺は、簡単なアドバイスを行っている。
公爵の部屋を辞した後、ギルドへ向かうが、今回はロックハート家が主役ということでうちの馬車を利用した。
と言っても、乗るのは公爵令嬢と両親だけで、四人の他には二十リットルのステンレスタンクと百脚ほどのグラスが載せてあるだけだ。
つまり、兄夫妻を含め、他は全員徒歩ということだ。
もっとも馬車の速度に合わせると速足で歩かなくてはならないため、ダンたちロックハート家の護衛と公爵家の護衛は走っているが、俺たちは先行して出発し、支部で合流することになっていた。
ロックハート家の女性は母以外全員が乗馬服のような動き易い服装で、特にリディは城での晩餐が中止になったことが嬉しいらしく、「これでのんびりできるわ」と笑っている。
俺はリディと共にルナと一緒に歩いており、彼女にこの街の感想などを聞いていた。
「昼は楽しかったかい?」と聞くと、小さな声で「はい」と言って、こくりと頷く。
「昼間に買った物で何か作ろうか。シーウェル侯爵領に行ったら少し時間はできるだろうし」
俺の言葉に「はい……」と消え入るような声で答え、「楽しみです」と付け加えた。
昼前にパストン商会で多くの食材を買っている。ルナが料理好きであると分かったため、数日間滞在するシーウェル侯爵領でそれを使った料理を作ろうと考えていた。
最近では少しずつコミュニケーションが取れており、今日の宴会でも笑顔が見られるだろう。
最初は騒がしい宴会が苦手なのかと思っていたが、祝勝会やアルスでの宴会でも思ったより楽しそうにしていた。内に篭っているのはオークの襲撃を受けたことが原因だが、心に傷を負う前は明るい性格だったのかもしれない。
午後六時頃、鍛冶師ギルドに到着した。
エザリントン支部も他の支部と同じような重厚な造りの三階建ての建物で、鍛冶師街の中心にある。既にドワーフたちで溢れており、「よく来てくれた!」と歓迎してくれる。
その直後に父たちが乗る馬車が到着したため、ドワーフたちの目が鋭くなった。いつものことだが、馬車の中の酒の匂いを感じたのだろう。
父の後ろにいる公爵令嬢たちに気づいているが、気にした様子はない。
「急な申し出で申し訳ない」と言って、父が支部長であるイヴァン・ケンプに右手を差し出した。
「宴会ならいつでも大歓迎じゃ」と言って右手を取った後、「よし! すぐに宴会じゃ!」と言って中に入っていく。
宴会場は今日の昼にも使った三階にある集会室で、テーブルが並べられ百人ほどが座れるように準備がされていた。ドワーフが五十人に俺たちが三十人弱なので少し多い気がするが、エザリントン公に何人付いてくるのか分からないためだろう。
(お忍びと言っても護衛を含めて十人以上は来るだろうな。まあ、どこぞの王妃様のように一人で紛れ込むなんていうのは異例中の異例だ……)
既にビールやワインの樽が並べられ、スコッチの樽も置いてあった。昨日一日で飲み切らず、今日のために取っておいたようだ。
ここでもギルド職員が準備に勤しんでおり、俺たちも手伝うためステンレスタンクからザックコレクションをボトルに移し、グラスと共に並べていく。
「お前たちは客なんじゃ。ドーンと座って待っておればよい」
イヴァンはそう言って椅子を指差す。
「ザックコレクションの試飲の準備なんだ。最初だけは俺たちがやった方がいい」
俺がそう答えると、「確かにそうじゃ」という声が上がる。
実際、ギルド職員たちは初めてのザックコレクションということでステンレスタンクからボトルに移す作業ができないでいた。後で聞くと、“一滴でも零したら”と考えてしまい手が動かなかったそうだ。
十分ほどで酒の準備が整うが、ザックコレクションの試飲ということで料理は出されていない。この辺りの作法?は鍛冶師ギルド全体で共有されているらしい。
(全支部に通達されているとかありそうだな……いや、ギルド職員たちが自主的に情報共有を行っているのかもしれないな……)
ボトルから脚付きのグラスに琥珀色の液体が注がれていく。五十人分ということで、俺とリディ、そして侍女のアンジーとエレナの四人でその作業を行い、準備のできたグラスからメルたちの手でドワーフたちの下に運ばれていく。その一挙手一投足にドワーフの視線が集中している。
ロックハート家の面々はこの状況でもいつものことと余裕の表情を浮かべているが、唯一の部外者であるローレンシアとプリムローズの公爵令嬢二人は何が起きるのかと興味津々といった表情でドワーフたちの動きを追っていた。
すべての席にグラスが用意されたところで、いつも通り飲み方を簡単に説明する。
「まずは香りを楽しんでください……一口だけ口に含み、その味と湧き上がる香りを……」
説明していくが、ここでもやり方を知っているのか、一糸乱れぬ動きでグラスを傾けていく。
「……口に含んだ後はゆっくりと飲み込んでください。そして、鼻から抜ける香りを存分に味わってください……」
そこまで言ったところで、ロックハート家の席に向けて「全員、耳栓を!」と指示を飛ばす。
「「「オウ!!」」」という雄叫びが集会室を揺らす。
ロックハート家の面々は予め耳栓を持たせてあり問題なかった。公爵令嬢たちにも耳栓をつけるように言ってあるが、万一のことを考え、シャロンが防音の魔道具を作動させている。
一分ほどで雄叫びは収まり、いつも通りドワーフたちが涙を浮かべ放心状態に陥っていた。
ローレンシアが隣にいるシャロンに何か話しかけているが、恐らく大丈夫なのかとでも聞いているのだろう。
「こ、これがザックコレクションなのか……何という酒じゃ! これほどの酒を……ジーク・スコッチ!」
感極まったイヴァンが滂沱の涙を流しながら叫んでいる。
他のドワーフたちも同様に「ジーク・スコッチ!」と叫んでおり、中々興奮が収まらない。
ドワーフたちがある程度落ち着いたところで父が挨拶を行い、鍛冶師ギルド主催のロックハート家歓迎の宴が始まった。
料理がテーブルに並べられていくが、ソーセージや塊肉のロースト、大皿に盛られた鯛のような魚の 網焼き(グリエ) など、そのすべてがドワーフたちの好みそうな料理だった。
「パストン商会が持ってきてくれたんじゃ」とイヴァンが教えてくれ、公爵が早々に手を打ったことを知った。
ローレンシアたちは昼間とは異なり俺の隣にはいない。これは俺のところにドワーフたちがやってくるための措置で、シャロンが提案してくれた。その代わり、二人にはメルとシャロンが隣に座り、料理の説明をしている。
イヴァンが俺に話しかけてきた。
「昨日のスコッチも美味かったが、こいつは最高だな」
そう言ってグラスを掲げる。
「俺としちゃ、まだ全然満足していないが、確かに三年物よりは充分に美味い。特に今回のザックコレクションはスコットが自ら 混ぜ合わせた(ヴァッティングした) ものだからな。さすがに上手くできているよ。本当はピートを利かせたスモーキーなスコッチも持ってきたかったんだが、まだ量が少なくてな……」
俺の言葉にイヴァンが固まる。
「スコット殿が自らだと! 本当なのか!」
その叫びにドワーフたちが一斉に俺を見る。彼らの教祖、スコット自らがヴァッティングしたと聞き、驚きを隠せないようだ。
「ああ……最終的には俺がチェックしているが、皇帝陛下への献上品にもするつもりだから、スコットに任せたんだが……」
「待ってくれ。こいつは皇帝への献上品と同じものなのか?」
イヴァンは自分が皇帝と同じものを飲んでいると知り、更に驚き、目を見開いている。
「同じと言っても献上品は濁りが出ないように手間はかけてあるし、最上級のボトルに入れてある。ただ、元になった樽は同じものだし、配合の割合も同じだから、味はそれほど変わらないはずだ」
豪胆なドワーフたちが皆固まっている。
「いいのか。陛下が飲む前に儂らに飲ませたと知られたら問題にならんか?」
「俺としちゃ、みんなに飲んでもらいたいんだ。これほど感動してくれるみんなにな。まあ、不敬罪とか言われるかもしれないが、その時はちゃんと言い訳を考えてあるから大丈夫だ」
このザックコレクションはここに来る途中のエアルドレッド支部にも渡しているし、アルスの総本部にも売っている。
言い訳としては“樽の中から厳選した部分だけを陛下のために”とか言えば、誤魔化せるはずだ。実際、ザックコレクションの作り方を誰も知らないのだから。
「そんな細かいことは気にしなくていいさ。それより折角の料理が冷めてしまう。それにエザリントンのドワーフが勧める酒を飲ませてほしいんだが」
ドワーフたちは「細かいことと言い切りおったぞ」と囁き合っているが、イヴァンが「儂らも腹を括るぞ」と大声で言い、
「儂らが何も言わねば誰も気づかん。それよりザックの言う通りじゃ。折角の宴会を楽しむべきじゃ! 儂のところのエールを持ってきてくれ!」
その一声で一気に場は明るくなった。そして、次々と自分用の酒を勧めてくる。
「いや、儂の黒ビールが先じゃ!」
「儂のラガーを一番に飲むべきじゃろう」
そんな声が多く上がり、宴会は一気に盛り上がる。
いつも通りドワーフたちの乾杯の歌が歌われ、料理の皿が次々と空になっていく。
さすがにドワーフたちが厳選した酒は美味く、ドワーフフェスティバルに来ていたら入賞したかもしれないと、リディたちと話したほどだ。
公爵たちはいつ来るつもりなのだろうと思っていたら、十名ほどの料理人が大きな皿を抱えて現れ、ギルド職員が説明を始めた。
「本日はエザリントン公爵閣下より料理の差し入れがございました! 閣下からのお言葉をお伝えします」
大声でそう言うと集会室は俄かに静かになる。
「本日は我が娘たちが世話になり感謝する。また、我が配慮が足りず、皆にいらぬ心配を掛けた。ロックハートとの宴会に相応しい料理を作らせたので、存分に味わってほしい。とのことです!」
職員の説明が終わったところで大皿がテーブルに置かれていく。その皿には魚のフライとフライドポテトが載っていた。更に鶏のから揚げらしきものと小エビの素揚げも並べられていく。
(フィッシュ・アンド・チップスに鶏のから揚げ……ドワーフ料理か。妥当なところだな。イグネイシャス様がいればもう少し面白いものが出てきたんだろうな……)
公爵家の料理人がドワーフの好みを知っていたことに驚くが、美食家のラドフォード子爵がいたら別の料理が出てきたのだろうと考えていた。
そんなことを考えながら魚のフライを口に入れた。
口に入れた瞬間、思った以上に熱く、まずそのことに驚いた。城で作って持ってきたのではなく、ここで揚げているようだ。
それだけではなかった。
(今日のメインに使う予定の白身魚か……鯛か、いやそれにしては身が大きい。ハタの一種か! 脂が乗っていて、こいつは美味い! それに下味が普通のフィッシュフライとは違う。変わったスパイスが使ってある気がするな……)
俺がそんなことを考えていると、給仕の一人が話しかけてきた。
「どうかな。この揚物は?」
聞いたことがある声だと思い、顔を上げると、そこには料理人の服を着たエザリントン公が立っていた。その後ろには同じ格好のレドナップ伯と護衛のダレル・ルーサムもいる。
「閣下……」と思わず絶句する。
ローレンシアも気づいたようで「お父様……」と同じように絶句していた。
その声にドワーフたちも驚くが、公爵が先んじて声を上げる。
「私はエザリントン公爵家から派遣されてきた料理人の一人だ。気にせず、料理を楽しんでくれたまえ!」
俺たちが唖然としていると、イヴァンが大声で笑い始めた。
「ガハハハ! では料理人殿も一献どうじゃ! この料理に儂らの麦酒はよく合うぞ!」
公爵も「では頂くとするか」と言って空いている席に座り、ジョッキを受け取った。
そして、魚のフライを上品に口に運ぶ。
「うむ。これはよい」
満足そうに頷き、受け取ったブラウンエールを口に含む。
「支部長殿の言う通りだな。これはよく合う!」
「儂のことはイヴァンでよい」
エザリントン公の思惑通り、彼はドワーフたちに気に入られたようだ。
「では、私のことはアレクシス……いや、アレクと呼んでくれたまえ!」
俺は目の前の光景から目を逸らし、料理と酒に逃避した。
(まさかこう来るとはな……)
公爵家がドワーフたちに気を使って、料理を差し入れることはおかしなことではない。そして、そこに料理人がいても誰も注目しないだろう。その上で俺に正体を明かさせ、ただの料理人と言い張り、酒を酌み交わす。
(この料理とこのシチュエーションならドワーフたちは誰も文句は言わない。それどころか、自分たちの酒に合う料理を持ってきた上に、気取らず宴会に加わってきたと喜ぶだろう……よく分かっていると言いたいところだが、もう少し普通に来てほしかったな……カティさんの情報も参考にしたんだろうな……)
俺が目を合わさずにいると、エザリントン公が声を掛けてきた。
「どうかな? 中々のものだろう?」
「ええ、閣下……いえ、アレクさんのおっしゃるとおり、この魚のフライは絶品です。ハタの仲間でしょうか? ラスモア村は海がないところですので間違っているかもしれませんが。ワインビネガーに香草を加えて下味を付けているのでしょうか?」
公爵は俺の感想を聞いて目を見開く。
「卿には敵わんな。確かにハタだ。調理法も卿の言う通り、我が領内で作っている白ワインビネガーと数種類の香草を使っている……自慢げに説明してやろうと思ったのだが、酒神の申し子が相手だ、仕方あるまい。ハハハ!」
「全くですな。料理長が来ていたらがっくりとしたことでしょう!」
公爵と伯爵はそう言って笑っている。