軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十三話「エザリントン公爵家の晩餐:前篇」

一月二十三日の夜。

演習場での訓練を終え、エザリントン城に戻った後、浴室で汗を流し、アレクシス・エザリントン公爵主催の晩餐会に向かった。

これまで一緒だったイグネイシャス・ラドフォード子爵は主君であるクレメント・シーウェル侯爵への報告があるということで、訓練の後も顔を合わせていない。

そのため、エザリントン公とシーウェル侯がなぜここにいるのか、そして、何が狙いなのかを聞きだすことができなかった。

父たちは以前ラスモア村を訪れ、気心が知れているシーウェル侯が一緒であることから、エザリントン公爵に対してもあまり警戒していない。そのため、父に警告をしている。

「公爵閣下と話す際はくれぐれも注意してください。帝都で何かあってこちらに出向いている可能性もありますから」

俺が心配しているのは状況が大きく変化していることだ。

皇太子派とレオポルド皇子派の力関係に変化が起きるような事態、例えばルークスでの戦争でレオポルド皇子が大きな失敗をしたとか、皇太子派である商業ギルドが何か手を打ってきたような場合、情報を知らずに下手な約束をすることはロックハート家に不利益をもたらす可能性がある。

「考えすぎではないか? 少なくともシーウェル侯は信用できると思うのだが」

「私もそう思う。シーウェル侯爵閣下は我が義父、ラズウェル辺境伯閣下と親しい間柄。それを疑うのはいささか行き過ぎではないか」

父と兄はそういって考え過ぎだと主張する。

しかし、俺はそれでも考えを変えるつもりはなかった。

「シーウェル侯だけなら問題ないと思います。シーウェルワインのことがありますから。ですが、エザリントン公は宰相閣下の指示を受けているはずです。つまり、帝国の利益しか考えない可能性があるのです。少なくとも自分たちでしっかりと情報を集め、吟味した後でなければ危険ではないかと思います」

そう言っているものの、裏を取らなければシーウェル侯ですら信用するつもりはなかった。

城の大ホールに案内されるが、公爵家の晩餐にしては出席者が少ない。ロックハート家側は父と母、兄夫婦、俺とリディたち四人、そして、セオフィラス、セラフィーヌ、ソフィアの十二人。ルナは侍女のアンジーたちと一緒におり、ダンも護衛の従士扱いということで別行動だ。

一方のエザリントン公爵側は公爵夫妻と十代半ばの娘が二人。更にシーウェル侯爵とラザフォード子爵、公爵家の家臣らしき貴族の夫妻の八人だった。

この他に護衛の騎士が数名と給仕たちがいるが、公爵家の晩餐にしては少人数過ぎる気がする。もっとも公爵家の通常の晩餐がどの程度の規模なのかは知らないが。

「まずは我が方の紹介をしよう」と公爵が出席者の紹介を始める。

左隣の四十歳くらいの婦人を見ながら、「我が妻、メルセデスだ」というと、夫人は優雅に立ち上がって軽く礼をする。栗色の髪でややふくよかな体形、優しい笑みを浮かべた上品な女性だ。公爵には側室が二人いるはずだが、今回は正室のみが出席している。

続いて二人の娘の紹介を行う。

二人とも正室の娘で、一人はローレンシアといい、公爵譲りの蒼い瞳が特徴的な十七歳の美少女だ。豊かな金髪を縦巻きロールにし、勝気なのか挑発的な視線を感じている。帝都にある高等学術院の学生ということで“派閥とかを作っていそうな感じだな”という考えが浮かび、思わず笑みが漏れそうになった。

もう一人の娘はプリムローズといい、母親似の大人しい感じの美少女だった。彼女は十五歳で、姉と同じ学術院に通っている。

家族を紹介し終えると、面識のない貴族を紹介する。

「この者は我が家の家宰を務めるアドルフ・レドナップ伯爵と妻テレーゼだ。彼は私が最も信頼する男であり、そして、義理の兄でもある」

レドナップ伯爵は年齢的には四十代半ば、艶やかな銀髪と長身で分厚い胸板を持ち、よく日に焼けている。その姿から文官を取りまとめる役職、家宰であるとは想像がつかない。

「アドルフは第四軍団の軍団長代理を務め、私が帝都に詰めている間、軍団を預かってくれている。まあ、それを言い訳にして、舘で書類の決裁をせずに演習場にいることが多いのだがな」

俺たちの違和感に気づいたのか、公爵が笑いながら付け加えた。

「閣下がおっしゃることは話半分で聞いていただきたい。閣下はご自身が決裁しなければならない書類を押し付け、それに埋もれている哀れな家臣をからかっているだけなのだから」

悲しげな目をしながら大きく肩を竦める。

「冗談が過ぎるぞ、アドルフ。客人たちが驚いているではないか」

エザリントン公が呆れたという表情をすると、レドナップ伯は「ハハハ!」と大きく笑い出した。

「失礼した! 今のは冗談だ。済まぬ、済まぬ」

名門エザリントン公爵家の筆頭家臣にしては豪快すぎると感じていた。

(エザリントン公といい、レドナップ伯といい、どうも芝居掛かっている気がするな。まあ、俺が警戒しているからそう見えるだけかもしれないが、ここにいない文官が優秀でも、トップ二人の性格は組織の運営に必ず出てくるはずだ。事前の情報ではエザリントン公爵領は帝国でも一、二を争うほど繁栄している。ただの脳筋ではないはずだ……)

そんなことを考えていると、ロックハート家側の紹介が始まる。

父はガチガチに緊張していた。

「そ、それでは、わ、我がロックハート家のも、者たちを紹介させて、いただきます」

「もう少し気楽にしてくれてもよいのだぞ、マサイアス卿」

公爵にそう言われるが、父の緊張は解れない。

俺から見ても度が過ぎるほど緊張しているが、父の反応は真っ当なものだ。

現在の爵位は貴族とは名ばかりの騎士爵に過ぎず、本来なら皇帝のいとこに当たる元老に対し、直に話をすることすら考えられない。こういった場合、少なくとも男爵以上の爵位を持つ者が対応し、騎士は後ろに控えて、問われた場合のみ直に答えることが一般的だ。

それが晩餐の主賓として招待されて困惑しているのに、気楽に歓談しろと言われても、対応できるはずがない。

今回のエザリントン公との晩餐は異例尽くめだ。

どれほど武勲を挙げようと、一介の騎士が公爵家の晩餐会に主賓として招かれることはない。招待されるとしても、出席者が何十人もいる大きな晩餐会の末席にいる程度だろう。

(エザリントン公の思惑が読めないな。ロックハート家を取り込むにしても、あまりに慣例を無視している。父を過度に緊張させて判断を誤らせるつもりなんだろうか?)

父に同情するが、俺にできることはない。その間にもロックハート家側の紹介が進んでいく。

「……嫡男のロドリックと妻のロザリンドでございます」

兄と義姉が紹介される。兄は緊張しながらもしっかりとした口調で挨拶し、ドレス姿のロザリーは慣れた感じで優雅に受け答える。

「ますます美しくなったな、ロザリンド殿。しかし、ヒューバート殿がよく手放したものだ」

「ありがとうございます。公爵様。ですが、父は心から喜んでおりましたわ。男勝りの 私(わたくし) を引き取ってくれる殿方がいたと。ホホホ」

さすがに上級貴族の令嬢は慣れたものだ。馬に乗って剣を振っている普段の姿からは想像ができない。

「我が次男ザカライアスと妻のリディアーヌ、ベアトリスでございます。その隣が婚約者のメリッサ・マーロン、シャロン・ジェークスでございます」

父の紹介の言葉が終わったところで、俺たちは一斉に立ち上がった。

「ザカライアス・ロックハートです。我が妻ともども田舎者ゆえ、ご無礼の段は平にご容赦のほどを」

そう言って頭を下げる。

「卿があの有名なザカライアス殿か! 噂は聞いておるぞ!」

レドナップ伯の大きな声が響く。隣にいる妻テレーゼが「あなた、場を 弁(わきま) えなさい」と小声で注意したほどだ。

「噂には尾ひれが付きますので、あまりお気になされない方がよろしいかと思います」

レドナップ伯がそれに答える前にローレンシアが話し始めた。

「あら、 私(わたくし) もあなたの噂はよく聞きましてよ。ティリア魔術学院を首席で卒業された英才であると。何でも千年に一人の天才と呼ばれていたとか」

内容は事実を言っているだけだが、僅かに険がある言い方に聞こえた。

「確かに首席で卒業いたしましたが、天才というのは過大評価でございます。私自身、まだまだ学ぶべきことが多いと常々思っておりますので」

そう答えるが、ローレンシアは挑発的な視線を向けたままだった。

「あら、そうですの? 高等学術院で学ぶ私にいろいろと教えていただきたいと思っておりましたのに」

その言い方にエザリントン公爵が「ローレンシア、まだ紹介の途中だ。遠慮しなさい」と鋭く注意する。

彼女は「失礼いたしました」と小さく頭を下げるが、挑戦的な雰囲気は変わっていない。

帝国高等学術院はティリア魔術学院に対して、対抗意識を持っていると聞いたことがある。

(ライバル心を抱いているのかもしれないな。もしかしたら、彼女が首席なのかも……面倒な話だ……)

俺はできるだけローレンシアに関わらないと心に決めた。

リディとベアトリスが挨拶をするが、ここに来る前に一杯引っ掛けているため、二人は思ったより緊張していない。

そして、メルとシャロンも同じように自然体で挨拶を行っていく。ちなみにこの二人は飲んでいない。事前に二人で何か話し合っていたが、どういった話をしたかは聞いていない。

セオ、セラ、ソフィアの紹介が終わると、グラスが配られていく。

グラスは金で飾り付けがされたガラス製で、美しい薔薇色のロゼワインで満たされていた。ちなみに、セオたちにはオレンジらしき柑橘のジュースだ。

「シーウェル家のワインには劣るが、我が領内で最高のものだ」と前置きした後、

「では、皇帝陛下および帝国に乾杯」と言ってグラスを掲げる。

俺たちも「皇帝陛下および帝国に乾杯」と唱和し、晩餐が始まった。

ロゼワインは仄かな甘みがある上品なもので、ロゼとしては今まで飲んだ中で一番美味かった。

(ブドウの名産地があるのかな? この辺りは麦畑が多かったから別の場所なんだろうが……)

そんなことを考えていると、公爵たちの視線が俺に集中していた。

「酒神の申し子と呼ばれる卿の感想が聞きたいと思ってな」

エザリントン公が悪童っぽい笑みを浮かべながらそう言ってきた。

仕方なく、感想を述べていく。

「今まで飲んだロゼでは最も美味なワインです。特に甘みとブドウの香りのバランスは絶妙です。今少し冷やせば更に口当たりはよくなると思いますが、香りを楽しむにはこの程度の温度でもよろしいかと」

公爵はなぜか少し悔しそうな顔をした後、後ろに控える執事に小声で指示を出す。

すると、すぐにワインクーラーが用意され、陶器製のボトルが取り出される。

「クレメント殿と賭けをしたのだ。あえて温度を少し高くしておいて、卿が何を言うかという賭けだ。卿が褒め言葉だけを言うか、それとも改善点を言うか。クレメント殿は相手が公爵であろうと、酒に妥協はしないと断言した。つまり、私が負けたのだよ」

どうやら緊張をほぐそうとしてくれたようだ。

俺が褒め言葉だけで終えたら、緊張しているか、公爵の権威に恐れていると判断し、雰囲気を変える必要があると次の手を打ったのかもしれない。

「私は反対したのだよ。あえて不味く飲む必要はないと。最高の状態で酒は飲むべきだと思うからね」

シーウェル侯が笑みを浮かべながら弁解する。

「侯爵閣下のおっしゃる通りです。これだけのワインを最高の状態で飲まないというのは酒に対する冒涜だと考えます」

俺がそう言うと、エザリントン公とレドナップ伯が大きな声で笑い出す。

「まさに酒神の申し子だ! まさか、この私が意見されるとは思わなかったよ。ハハハ!」

「全くですな。しかし、私にはちょうどよく感じたのだが、これでは駄目なのか?」

どう答えようか考えていると、ラドフォード子爵が助けてくれた。

「恐らく次の一杯は冷やしすぎです。ザカライアス殿に調整してもらった方がよいでしょう」

どの程度の時間冷やしているかはしらないが、ラドフォード子爵が断言するということは長時間冷やしているのだろう。

しかし、このような場で勝手に立ち上がるわけにはいかない。

俺が困っていると、公爵が「調整してくれんか。私も最高の状態で飲んでみたいのでな」と許可を出す。

仕方なく立ち上がり、給仕のところにいって温度を確かめる。

陶器製のボトルであり、中がどの程度の温度か分からないため、テイスティングをさせてもらうと、子爵の言う通り冷やしすぎだった。甘みがほとんど感じられない。

「これは駄目だ。一時間以上冷やしているな」と思わず独り言を呟いてしまう。

そして、「魔法を使ってもよろしいでしょうか」と許可を求めた。

貴人の前で魔法を勝手に使うことは暗殺を企んでいると思われる可能性があるので、こういう場では必ず許可が必要だ。最も晩餐会で魔法を使うようなことは今までなかったので、テーブルマナーとして決まっているわけではない。

このロゼワインは十度くらいが美味いと思い、擬似ペルチェ効果の魔法でほんの少しだけ温度を上げる。

この部屋には暖炉があるが、天井が高く真冬の夜ということで大して暖かくない。室温で言えば十五度から二十度くらいだろう。

この室温であれば、グラスに注いだ時に八度くらいになるように調整すれば、全員の手元に届く頃にはちょうどいい温度になるはずだ。

もう一度温度を確認し、給仕に頷いてから席に戻る。

「いやはや、本当に魔法を酒のために使うのだな」と公爵が呆れるが、ラドフォード子爵が俺に代わってフォローする。

「このようなことに使ってこそ、人の役に立つ魔法といえるでしょう」

「本当に仲がよいのだな」と更に呆れられるが、そのタイミングでグラスが置かれる。

エザリントン公はゆっくりとグラスに口をつける。一口飲んだところで大きく目を見開いた。

「これほど変わるとは……」と絶句し、そのままもう一度口に含む。

「本当に美味しいワインですこと」

公爵夫人も満足げに微笑んでいる。

シーウェル侯、レドナップ伯らも同じように大きく頷いており、温度調整は上手くいったようだ。

「ティリア魔術学院ではお酒に関することまで教えておりますの?」

ローレンシアが俺にそう聞いてきた。先ほどまでの挑発的な感じは消えており、本当に知りたいと思っているようだ。

俺は苦笑しながら「いいえ」と答え、

「学院ではこのようなことは教えておりません」

「では、どうやって?」と更に聞いてくる。

「いろいろな方法で学びました。書籍で知ったものもありますし、居酒屋の店主から聞いて学んだものもあります。基本を理解した後は自分でいろいろと試してもいます」

ワインの話題で一通り盛り上がると、料理が並び始めた。