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作品タイトル不明

第十四話「エザリントン公爵家の晩餐:後篇」

一月二十三日の夜。

次期宰相との呼び声が高いアレクシス・エザリントン公爵主催の晩餐会に出席している。ロックハート家は俺の婚約者であるメルとシャロンを含め全員が席に着き、エザリントン公爵側は公爵夫妻と令嬢二人、家宰であるレドナップ伯爵夫妻に、シーウェル侯爵とラドフォード子爵の八人だ。

乾杯の後、すぐに料理が並び始めるが、さすがに交易都市の領主ということで様々な素材を使った料理が供されていく。そして、どの料理からも一流の料理人が最高の素材を使ったと感じられる。

しかし、僅かに違和感を抱いていた。決して不快なものではないのだが、料理とワインの組み合わせが通常とは微妙に異なる気がしていたのだ。

「マサイアス卿、今日の料理はどうかね」と公爵が父に話しかける。

「どれも信じられないほど美味でございます」と汗を拭きつつ答えるが、父が料理を楽しんでいるとは思えない。

母や兄にも同じように料理の話をしていく。二人とも当たり障りのないコメントをするのが精一杯といった感じだ。

「ザカライアスは何か思うところはないかね?」とニヤリと笑いながら聞いてきた。

どうやら、また何か仕掛けがあるらしい。といっても何となく分かっていたので、すぐに答えていく。

「今回の料理はラドフォード子爵閣下の監修ではありませんか?」

俺の答えにエザリントン公爵たちは目を見開く。

「なぜ分かったのだ? イグネイシャス、貴様が教えたということはあるまいな」

「いいえ。私はここに来るまでザカライアス殿に一度も会っておりません」と、子爵は涼しい顔で答えた。

「理由が気になる。教えてくれぬか」と、レドナップ伯爵が前のめりになって聞いてくる。

俺は苦笑いを抑えながら、理由を説明していく。

「魚料理である 舌ビラメ(ソール) のムニエルに軽めの赤ワイン、そして、メインの肉料理である豚のローストに少し重めの白ワインを合わせてありました」

俺の説明にレドナップ伯が首を傾げる。

「そうだが、それが何か問題でもあるのかな」

「舌ビラメは上質な肉厚のものにバターを多めに使って焼き上げており、赤ワインでも問題ないと思います。豚のローストも上質の脂に重厚なタイプの白ワインなら充分に旨みを引き出すことができるでしょう……」

そこまでの説明には皆頷いている。

「……詳しくは存じ上げませんが、帝都では逆の組み合わせで供されることが多いのではないでしょうか」

「確かにそうだが、それだけで分かるとは思えんのだが」

今度はエザリントン公が首を傾げている。

「この組み合わせで子爵閣下が何もおっしゃられずに満足されているように見えました。恐らくですが、予想通りの味だと満足されたのではないかと」

「なるほど! しかし、いよいよ卿が欲しくなったぞ。その観察眼と我らに対しても物怖じせぬ胆力。ぜひとも我が陣営に加わってほしい」

公爵がいきなりスカウトしてきた。これほどストレートに話を切り出してくるとは思っていなかったため、答えに窮する。

困惑している俺を無視し、条件を提示してくる。

「私に可能な範囲なら、どのような 役職(ポスト) でも用意しよう。帝国軍であるなら、連隊長待遇で第四軍団の軍団長付き参謀でどうだ? 魔術師としてならエザリントン公爵家の魔術師長、文官ならエザリントン市の政務官だ。もちろん、帝国政府の役職でもよいぞ」

提示してきたポストはいずれも破格だった。

正規軍の連隊長は地方の騎士団長より地位が高いし、公爵家の魔術師長は後継ぎたちの教育係となることが多く、政治的な発言力を持つことになる。また、政務官は領主の下で行政を預かる実質的な市長で、いずれも十六歳の若造に提示する地位ではない。

「非才の身ゆえ、お受けすることはできません」ときっぱりと断った。ラドフォード子爵を除く公爵側の人々は全員が信じられないという顔をしている。

「この程度では不足ということか?」とレドナップ伯が鋭く見つめ、威圧を加えてくる。

ワインの話の時とは明らかに雰囲気が変わっていた。主君の誘いを断ったことが気に入らないのだろう。

伯爵の威圧はかなりのもので、普通の下級貴族なら簡単に屈すると思えるほどの力があった。

しかし、俺はアンデッドの王との戦いを経験している。あの圧倒的な存在感に比べれば、単なる脅しと分かっている威圧に恐れる必要はなく、大して努力することなく冷静に対応できる。

「いいえ。過分な評価を頂き、恐縮するばかりですが、このような重要なポストに私のような若輩が就けば、必ず組織に混乱が生じます。そのようなことを聡明な公爵閣下が望まれるとは到底思えません。ですので、私を試しておられるものと判断しました」

冷静に答えるものの、これでいいのかという、ためらいはあった。

もう少し婉曲に断るという方法もないわけではない。しかし、エザリントン公の反応を見るため、あえてストレートな断り方をしてみた。

ホールが沈黙に支配される。

父や兄はその空気に冷や汗を流しており、リディたちもどのような結果になるのかと固唾を飲んでいるのが感じられた。

そんな空気の中、「ハハハ!」と公爵の豪快な笑い声が響いた。

「やはり卿は聡いな。ますますほしくなった!」

父たちの緊張が僅かに緩んだところで、公爵は再び表情を引き締めて、父と兄、そして俺に向かって話し始めた。

「知っておると思うが、卿らを自らの陣営に加えようとする勢力がある。もし、私の誘いに安易に乗るようなら、厳しく警告するつもりでいた。なぜだか分かるかな」

最後の問いは俺に対するものだった。

「ここで地位に目を眩ませるようなら、更に高い地位を提示されれば転向するとお考えになられたのではないでしょうか。例え現実的には不可能と思える地位であっても、その方たちなら、“今はその力はなくとも将来的には大きな力を持つから空手形ではない”とおっしゃるはずですから」

そう答えると公爵は大きく頷く。

「その通りだ。クレメント殿からロックハート家はどの陣営にも属する気がないと聞いていたが、帝都は魔窟だ。様々な手管を使って取り込もうとする。私の提示した条件程度で揺らぐようなら、帝国の未来を考えておらぬことは明白。そのような輩であれば、何らかの方法で力を削がねばならんと思っていたのだ」

背筋に冷たいものが流れる。そして喉がゴクリと鳴った。

エザリントン公は俺およびロックハート家が地位や金で陣営を選ぶようなら、政治的に抹殺すると言い切った。そして、彼にはその力がある。先ほどのレドナップ伯の威圧とは違い、今回は現実になり得る脅しだった。

「私の力になってくれとは言わぬ。だが、帝国にとって最善の選択とは何かということをよく考えてほしい。それだけの力がロックハートにはあるのだから」

過大評価と言いたいところだが、そう言わせない迫力があった。

(さすがは次期宰相だ。ワーグマン議長やラズウェル辺境伯も政治家として凄いと思ったがレベルが違う。イグネイシャス様がフィーロビッシャー公を恐れる理由が分かった気がする……)

父は今のやり取りを聞き、しっかりとした口調でそれに答える。

「閣下のご期待に沿えるよう努力いたします」

その声は先ほどまでのガチガチに緊張したものではなく、誠実な父本来の自然な姿だった。

「うむ。そう言ってくれると助かる。卿にはザカライアスが付いている。彼の意見を聞き、帝国の未来を明るいものにしてくれ」

この時の公爵の表情は真摯なものだった。

言ってしまえば、力を見せつけた後に手を差し伸べただけだが、その手腕というかやり方に、俺を含めロックハート家の者は好印象を持った。父や兄は感動に打ち震えている感さえあった。

そんな雰囲気の中、シーウェル侯爵が口を開いた。

「真面目な話もよいですが、折角の料理が冷めてしまいますぞ。給仕長、用意してあるワインを頼む」

そう言って場の雰囲気を和らげる。

シーウェル侯の気遣いに感謝するとともに、この人も政治家として優秀だと改めて感じた。

もし、あのままエザリントン公が話し続けていれば、政治の話をせざるを得ない。そうなれば折角の好印象が無に帰す可能性があった。それを自然な流れで未然に防いだのだ。

シーウェル侯の命令により、給仕たちが赤ワインの入ったグラスを配り始める。

「今年の新酒を用意いたしましたぞ。私もイグネイシャスもまだ味わっておらぬ、本当の初物です」

そういってグラスを灯りの魔道具に向ける。

グラスは俺が作った大振りのグラスで、形はボルドーの赤ワイン用を模している。

「昨年も天候に恵まれましてな。どの程度の出来になっているか楽しみにしておったのです」

そう言ってワインを口に含む。

シーウェル侯爵は満足げに頷くと、「なかなかの出来だ」と呟き、ラドフォード子爵に意見を求めた。

「お前の意見を聞かせてくれ。私はよい出来だと思うのだが」

シーウェル侯爵もラドフォード子爵の味覚に一目置いているようだ。

「御館様のおっしゃるとおり、よい出来ですな。荒々しさの中に芳醇な黒ブドウの香りを感じます。これは長期熟成用に回すべきです」

子爵のコメントを聞きながら、俺も口をつける。

発酵を終えたばかりで炭酸とブドウ果汁の味を強く感じるが、その奥にビロードのような舌触りを感じる。

(イグネイシャス様のおっしゃる通りだな。もう少し樽で落ち着かせたらボトルで熟成させるべきだろう。帝都からの帰りに少し分けてもらえるといいんだが……)

俺の横ではリディとベアトリスが満足げに頷いている。赤ワイン好きのベアトリスは「早く熟成したものが飲みたいね」と小声で俺に言ってきたほどだ。

俺も意見を求められたが、子爵と同じだと答えている。

俺が感想を言った後、シーウェル侯が満足げに頷いた。そして、エザリントン公に向かってまったく別の話をし始めた。

「しかし、先ほどのアレクシス殿の勧誘はなっておりませんな。あれではザカライアスが頷くはずはありません」

エザリントン公は「どういうことかな?」と首を傾げる。そして、僅かに挑発的な表情を浮かべた。

「クレメント殿なら頷かせられるとでも?」

その言葉にシーウェル侯はニヤリと笑って頷くと、俺の方を向いた。

「卿が望むなら、シーウェル家の酒の生産、販売に関する全権を与えよう。我がシーウェル家には売り上げの五パーセントを納めれば、後は好きにやってよい。この条件で我が家臣にならぬか」

その提案に俺は言葉を失った。

シーウェル家を支えているのはワインの売り上げだったはずだ。もちろん、租税として人頭税や収穫物などに一定の税は課しているが、伯爵領より僅かに大きい程度のシーウェル侯爵領では大した額にはならない。

ワインの生産・販売のすべてを任せるということは侯爵家の命運を預けると言っているに等しい。

何より、この提案は俺が食指を動かしたくなるものだ。

シーウェルワインの生産だけでなく、ブランデーや別の酒を作ることも可能だし、更には販売に関する権限まで付いてくる。つまり、世界一のワインメーカーの 最高経営責任者(CEO) の座を用意すると言っているのだ。

正直なところ、エザリントン公の提案より遥かに心が動いた。ルナのことがなければ、即座に頷いていただろう。

「私が失敗すれば、シーウェル家は没落してしまいますが、よろしいのですか?」

何とかそのことだけを口にするが、侯爵は満面の笑みを浮かべて「もちろん」と頷いた。

「卿が酒のことで失敗するはずがない。すべてを任せれば、十年後には今の十倍以上の収入をもたらしてくれるだろう。そうだな、イグネイシャス」

ラドフォード子爵に話を振ると、その顔は笑っており、この話が子爵の提案であると気づいた。

「それ以上でしょう。販売まで任せれば、帝都どころか主要な都市にシーウェルワインの販売網を作り上げ、ブランド価値も今以上に上がることは間違いありません。それにブランデーのこともあります。ザカライアス殿が自ら手掛けたブランデーなら、ドワーフたちが目の色を変えて買うことでしょう。失敗する要素を探す方が難しいですな」

二人の会話に俺は呆然としていた。その様子を見たエザリントン公が大きな声で笑い出す。

「ハハハ! 悔しいが、これもクレメント殿の勝ちだな。私の提案は即座に断ってきたが、この提案には心を動かされていると見える。酒神の申し子を手に入れたくば、酒を与えよということか。ハハハ! これは愉快だ!」

公爵の笑いに全員が釣られて笑い出す。

「で、どうかね? 我が提案を受けてくれないかな」

シーウェル侯が笑いを堪えながら聞いてきた。

俺は真面目な表情でそれに答えていく。

「魅力的な、非常に魅力的な提案ではございますが、お断りさせていただきます」

俺が断ったことで笑い声が消える。

「なぜかね? 魅力的であるといいながら、断る理由を教えてくれないか」

俺の答えは決まっていた。

「私にはラスモア村の蒸留所がございます。まだ、満足できる長期熟成酒、職人たちが私の名を冠し、ドワーフたちが心から待ち望む“ザックコレクション”ができておりません。ここで投げ出すことは彼らに対して申し訳が立ちませんし、私自身納得できないのです」

俺の答えにシーウェル侯は大きく頷いた。

「そう言うと思っていたよ。イグネイシャスの言った通りだな」

そう言ってラドフォード子爵を見る。

「あの蒸留所には無限の可能性があります。それを考えれば当然のことかと」

子爵は済ました顔でそう言い、俺の方をちらりと見た。

彼は俺に何か秘密があることをうすうす感づいている。その上で友誼を優先してくれたのだ。

「イグネイシャス様のおっしゃる通りです」

「そうか。残念ではあるが仕方あるまい。イグネイシャスとザカライアスの二人が揃って言うのであれば、そうなのだろう」

シーウェル侯は心底残念がっている。

「私のような非才の身に対し、過分なお言葉です。シーウェル領の酒造に関し、私にできることがございましたら、可能な限り協力させていただきます」

「うむ。卿の協力があれば、我がシーウェル領はますます発展する。よろしく頼む」

シーウェル侯と頷きあっていると、レドナップ伯が呆れる。

「我が主君も卿を評価していたのだが、やはり酒のことでなければならんのか?」

そう言われて改めて気づいた。確かにエザリントン公に対して失礼な話だと言うことに。しかし、現段階で政治絡みの約束はしたくない。

「もちろん、エザリントン公爵領の酒造りにおいても、可能な限り協力させていただきます」

「ハハハ! 卿には敵わん。この機に取り込もうと思ったが、見事にかわされたわ。ハハハ!」

レドナップ伯は俺から言質を取ろうと思っていたようだ。

この後は政治絡みの話もなく、和やかな雰囲気で会食は進んでいった。

会食が終わり、明日以降の予定の話になった。

ロックハート家は明日一日ここエザリントンに滞在し、明後日にシーウェル侯爵と共に彼の領地に向かうことになっている。ラドフォード子爵は勅使であるため、このまま帝都に向かい、報告を終えたのちにシーウェルで合流する。

「明日は街を見ていくとよい。ローレンシアとプリムローズに案内させよう」

エザリントン公から公爵令嬢二人に観光案内をさせるという話が出たため、父は畏れ多いといって断ろうとした。

「いや、気にする必要はない。二人も乗り気なのだ。そうだな、ローレンシア、プリムローズ?」

その問いにプリムローズははにかみながら小さく頷き、ローレンシアはやや不満げな表情を浮かべながらも、「もちろんですわ」と答えていた。

(面倒なことになってきたな……公爵の考えがいまいち読めないな。二人の令嬢との仲を噂として流すつもりなのだろうが、それにしても……)

エザリントン公がラングトン大公やインゴールスロップ公らの干渉から、俺を守ろうとしていることは分かるが、彼の利益に繋がらない。逆に令嬢たちの評判が落ちる可能性があり、政略結婚という点で見れば不利益にすらなり得る。

(本心から帝国の未来を心配しているのなら、協力関係を築いてもいいんだが……宰相の考えが分かるまでは安易に手を結ぶことはできない……)

俺はまだ見ぬ帝国宰相、フィーロビッシャー公を警戒していた。

宰相は帝国の行く末を真剣に考えている優秀な政治家だが、手段を選ばない非情さを持っている。その宰相の下にいるエザリントン公を安易に信用することがどうしてもできないでいた。