作品タイトル不明
第十二話「エザリントン」
ファーフリー子爵領で五百匹のゴブリンの群れを討伐した後、東部総督府があるエアルドレッドの街に到着した。
エアルドレッドには鍛冶師ギルドの支部があるため二泊している。当然、宴会のためだ。
東部域最大の支部ということで、エアルドレッド支部には百人近いドワーフが所属しているが、比較的平和な土地であり、中堅から若手のドワーフが多かった。
そのエアルドレッド支部には三年物のスコッチ一樽と少量だがザックコレクションを贈っている。
ここのドワーフたちはスコッチを飲んだことがなく、涙を流して喜んでいた。いつものことなので詳細は割愛する。
エアルドレッドからは東部最大の河川、ファネル河に沿って進んでいく。
この街から風景が大きく変わっている。今までは深い森の丘陵地帯だったが、徐々に平地になり、それに伴って険しい森は豊かな田園に姿を変えていた。
エアルドレッドを通過した後、街道は南南西に向きを変え、交通の要衝エザリントンに向かっていく。
行く先々の街で歓迎されるが、同時に領主たちからの派閥への勧誘が後を絶たなかった。
それでも眉をひそめるような強引なものはなく、また、魔物や盗賊との遭遇といったトラブルもなかった。
何事もなく東部域を抜け、エザリントンが見えてくる。
エザリントンは帝都プリムスから延びる中央街道、カウム王国に延びる東部街道、そして、ウェール半島の東に向かうラングトン街道という三つの主要街道が交差する。
また、海運も盛んなため、大陸中の物資が集まり、帝都より栄えていると言われるほどだ。
この街はファネル河の河口にある中州に作られている。これは大陸中央部の騎馬民族から帝都を守るために作られた要塞都市でもあるためだ。
中洲は東西五キロ、南北三キロの巨大な楕円形で、南北に河が形成されている。
中洲にあるため、ファネル河を渡る必要があった。この辺りの川幅は広く、中州の南北を流れる川幅はいずれも一キロを超えている。
その河に土属性魔法で作った巨大な橋が三本かかり、橋の対岸側に検問所を兼ねる大きな城が作られ、街の防衛拠点となっている。
中州側には堤防の役割もする高さ十五メートルほどの城壁があり、水中からの魔物の侵入も防いでいる。
ここでも勅使一行ということで検問所を最優先で通過する。
橋の下には緩やかだが、豊かな流れのファネル河が流れていた。ラドフォード子爵に聞いた話では、この時期は比較的水が少ない時期だそうだが、充分な水量があり天然の要害であることが感じられた。
エザリントンは周辺の町や村を合わせると三十万人に達する帝国屈指の大都市だ。しかし、中洲にある街は人口五万人ほどで、そのうち二万人が兵士となる。
ここは商業都市であると共に、帝都防衛の最重要拠点であることから、第四軍団二万名が常時駐留しているのだ。
第四軍団が駐留しているのは街の中央部から東側に当たり、西側が商業地区になる。
橋を渡り終えると街の中央部に到着する。本来なら馬から下りるところだが、今回は勅使の護衛ということで騎乗したままだ。
街と言ったが、正確には軍事施設で地上四階建ての城塞がそびえている。城塞は街道を挟みこむように東西に二つに分割されており、エザリントンを訪れる者は必ずその間を通ることになる。
上を見上げると、城塞の二階以上には矢狭間が多数あり、万が一侵入してきた敵をこの場で食い止められるように作られているらしい。
馬の上から城塞を眺めるが、その壮観さに溜め息が漏れる。
「凄いわね」とリディが感嘆の声を上げる。
同じようにメルも「本当に凄いですね」と上を向いて呟いていた。
城塞を抜けると、そこには大きな広場があり、多くの屋台が並んでいた。ここは有事の際には軍の集合場所になる場所だが、普段は市民に開放されているとのことだった。
広場から西側の商業地区を見ると、灰色の石で作られた東側とは異なり、オレンジや黄色といった鮮やかな色の屋根が特徴的な、店舗や集合住宅が並んでいるのが見える。
今回、俺たちはラドフォード子爵と共にエザリントン公爵家の城でもあるエザリントン城に宿泊するため、商業地区には入らず、軍団用の東地区に向かった。
東地区に入ると石造りの宿舎が並び、演習場への移動中なのか、完全武装の兵士がたくさん歩いていた。
エザリントン城は東地区の南側、ファネル河に面した場所にある。一辺が百メートルほどの四階建ての建物で、真っ白な壁と灰色掛かったブルーの屋根が特徴的だ。その美しい姿から城というイメージはあまりなく、瀟洒な舘という趣があった。
門の前でラドフォード子爵の護衛隊長タワーディンが大音声で到着を告げる。
「皇帝陛下の勅使、イグネイシャス・ラドフォード子爵閣下である! 開門せよ!」
相手は皇室に連なる公爵家であるが、どのような内容であれ、勅使には皇帝と同等の権威が付与される。そのため、侯爵家の陪臣に過ぎない子爵が、元老であり現皇帝のいとこでもある公爵に開門を要求できるのだ。
もちろん、これは外向けのポーズのようなもので、勅使であっても公爵に対して権威を振りかざすことはできない。そんなことをすれば、勅使の任を解かれた瞬間、報復されることは分かっているからだ。
エザリントン城の門がゆっくりと開いていく。ここでも俺たちは騎乗のまま進むが、従士や自警団員たちは事前に説明してあってもガチガチに硬くなっていた。
彼らもカウム王国の王都で王宮に入っているが、帝国の公爵家の方が何となく威圧感があり、緊張しているようだ。
子爵が挨拶をしている間に俺たちは公爵家の使用人に馬を預けにいく。使用人たちも皆一流で、所作や受け答えが洗練され、非の打ちどころがない。
父と母、兄夫婦は子爵と共にいるが、こういう時、次男でよかったと思う。
(さすがに公爵本人はいないんだろうが、面倒なんだよな。その点、兄上たちは慣れているし、任せた方がいいだろう。まあ、父上と母上には悪いとは思うけど……)
元辺境伯家令嬢の義姉ロザリンドは、こういった付き合いは日常のことだったし、北部総督府軍で小隊長を務めた兄ロドリックも 巨人殺し(ジャイアントスレイヤー) として名が売れたことから、貴族たちとの付き合いに慣れている。
一方、父と母はカウム王家やラズウェル辺境伯家といった名家との付き合いはあるものの、元々平民であったことから格式ばったことが苦手だ。今回も朝から緊張し、いつもより言葉が少なかった。
馬を預けた後、ベアトリスが「これは肩が凝りそうだ」と零すが、すぐに「慣れないといけないんだがね」と肩を竦める。
「私は絶対に慣れないわ。やっぱり田舎暮らしが一番よ」
リディがそう力説する。
エントランスに戻ると、緊張した面持ちの父が帝国軍の軍服を身に纏った壮年の男性と握手をしていた。その男性の後ろにはクレメント・シーウェル侯爵がおり、何となくその男性の正体が分かった。
(シーウェル侯がいるってことはこの屋敷の主なんだろうな。だが、何でエザリントン公が出迎えているんだ? 元老が帝都を離れていいのか?)
俺の予想では父と握手をしているのはアレクシス・エザリントン公爵本人だ。こうなると、俺も行かざるを得ず、父たちの後ろに控えるしかない。
兄たちの挨拶が終わり、父が俺に目配せをする。
「我が次男ザカライアスにございます」
父の紹介で一歩前に出る。そして、その場で片膝を突くと、学院で習った作法とおりの挨拶を行う。
「帝国騎士マサイアス・ロックハートが次男、ザカライアスにございます」
「アレクシス・エザリントンだ。公式の場でもない。まずは立ちたまえ」
エザリントン公はそう言って俺を立たせると、右手を差し出してきた。
公爵にしては軽い感じだが、自然体であり、好感が持てる。
公爵は金色の髪を後ろで括り、理知的な蒼い瞳と整った口髭の美男子で、その顔には柔和な笑みを浮かべ、四十二歳という年齢の割に若く見える。また、第四軍団長という武人にしては線が細く、文官と言われたほうが納得するほどだ。
「よく来てくれた。卿とは一度話がしたかったのだよ」
俺が返事を言う前に公爵が口を開く。
「そう言えば奥方を同行していると聞いたのだが?」
そういって俺と父の顔を見る。俺はエントランスに入らずに外で待っているリディたちに目配せを送り、中に入ってくるよう促した。
リディとベアトリスが何ともいえない表情で入ってくる。
公爵は二人を見てから、大きく破顔する。
「噂に違わぬ美女だ。クレメント殿が大袈裟に言っておるのかと思ったが、いやはや……」
と言って笑い、「そう言えば婚約者もいると聞いたが」と言ってきた。
仕方なく、メルとシャロンも呼び、二人もガチガチに緊張しながら挨拶を行った。
「まことに美姫ばかりだ。そして、いずれも一騎当千と聞く。インゴールスロップ公たちも困るだろうな」
インゴールスロップ公という名が出たが、俺は表情を変えずに黙っていた。皇太子派のインゴールスロップ公が自分の娘か、縁戚の令嬢を俺のもとに送り込もうとしているのだろう。
俺が無反応でいると公爵が僅かに目を細めた。しかし、すぐに表情を緩める。
「さすがはヒューバート殿が右腕にほしいと言った男だ。この程度の揺さぶりは効かぬということか」
そう言った後、大きく笑い出す。
父たちが目を丸くしていることに気づいたシーウェル侯が呆れ顔で間に入った。
「アレクシス殿、話は後ほどゆっくりとできるでしょう。この場はこれくらいで。皆が面食らっておりますぞ」
「済まぬ、済まぬ。含むところはないのだ。ただ、私もヒューバート殿と同じことを思ったのでな。ハハハ!」
想像していた人物像と大きく異なり、表情には出さないものの内心では困惑していた。
俺が得ていた情報ではエザリントン公は軍事にも明るく、更に現宰相フィーロビッシャー公の後継者と言われているほど政治にも精通している。話を聞く限りは怜悧な参謀型だと思っていたのだが、思った以上に豪放な人物だった。
(狙って見せている可能性はあるな。少なくとも父上と兄上はエザリントン公に好感をもったはずだ。次期宰相がそこまでするのかと思わないでもないが、印象に引き摺られない方がいい……)
中立派に取り込もうという動きはラドフォード子爵から聞いていたが、フィーロビッシャー公だけでなく、エザリントン公からも動きがあるとは思っていなかった。
部屋に通されたが、まだ三時過ぎということで第四軍団の演習場で夕方の鍛錬を行うことになった。
演習場での訓練を横目に見るが、さすがに帝国軍正規部隊は精鋭だと思わせるほど練度が高い。
祖父の厳しい訓練を最も受けているメルですら、素直に賞賛しているほどだ。
「凄いですね! 一人一人はそうでもないですけど、部隊での動きがぜんぜん違います」
メルの言う通り、祖父やウォルト並、つまりレベル八十程度の猛者の姿は見えないが、どの隊も小隊単位で一糸乱れぬ動きを見せ、軍隊としての練度は圧巻だった。
個人としてみれば、俺よりレベルは低そうだが、二万人もいればレベル七十クラスがいてもおかしくはない。単にこの場にいないだけだろう。
そんな中、ロックハート家はいつも通りの訓練を行っていく。
俺はそうでもないが、従士たちはいつも以上に気合が入っていた。帝国軍の精鋭に良いところを見せたいと思っているのだろう。
それを見抜いた父が厳しく指摘する。
「我々の戦い方は帝国軍とは違うのだ! 訓練に集中しろ!」
父の言う通り、帝国軍とロックハート家では想定する敵が違う。
帝国軍は基本的に人間相手であり、我々は魔物が相手だ。当然、戦い方が違う。帝国軍は集団戦が基本だが、ロックハート家は個人で戦う前提だ。
そのため、個人の技量で言えばロックハート家の方が上だが、二十人程度の小隊単位はともかく、三百人単位の大隊規模以上になれば、帝国軍の力は圧倒的だろう。
いつも通り素振りを行い、模擬戦に移っていく。その頃には非番の兵士たちが演習場に集まり始め、俺たちの訓練を見物していた。
最初のうちは所詮田舎の自警団という感じで、馬鹿にしたように「子供が無理をするなよ」などとからかいの声が掛かっていた。
ベアトリスが出てくると、ヒューと口笛を吹くような者もいたが、俺とメルのコンビとの模擬戦が始まると、誰一人、口を開かなくなった。
ベアトリスの目にも留まらない槍捌きに対し、俺とメルはコンビネーションを生かした攻撃を加えていく。魔闘術を掛けた俺が撹乱し、メルが隙を突くというスタイルだが、ベアトリスも当然対応してくる。
最近では拮抗した状態で十分以上戦い続けることがあり、その激しい模擬戦に兵士たちは言葉を失ったのだ。
更にセオたちを含め、容赦のない模擬戦が繰り広げられると、揶揄するような声は一切聞こえなくなった。
訓練を終えると中隊長クラスの騎士が拍手をし、兵士たちもそれに倣う。
何となく気恥ずかしさを感じるが、第四軍団は練度だけでなく、士気も高いと感心する。
精鋭だというプライドがあるから、誰かが挑戦してくるかと思ったが、そんな者は誰もおらず、俺たちは兵士たちに手を振りながらエザリントン城に戻っていった。
■■■
演習場ではロックハート家の訓練を見ていた兵士たちが賞賛の声を上げていた。
「あれは本物だな。アンデッドの話は法螺だと思っていたが、あんな子供まで戦えるなら、あり得ない話じゃない」
「それよりもあの獣人の槍使いと二人の若い剣士の戦いは圧巻だったな。手を出すなという軍団長のお達しがなければ手合わせを願い出ていたぞ」
第四軍団は厳しい規律で有名だった。エザリントン公爵が軍団長になってから厳しく指導しているもので、今では軍規違反を犯す者はほとんどいない。
今回は公爵自身がロックハート家への干渉を禁じており、そのため見物以上のことはできなかった。
「しかし、別嬪が多かったな」と若い従士が呟くと、ベテランの従士がやれやれという感じで首を振る。
「確かにそうだが、諦めるんだな」
「どうしてですか?」と若い従士が聞く。
「噂じゃ、あのザカライアスって若いのは十歳の頃から“ 全方位のハーレム王子(オールレンジプリンス) ”って呼ばれているんだ。未だに食堂の娘っ子にすら声を掛けられんお前に真似できるはずがない」
「十歳から……剣の腕よりそっちの方が驚きだ!」
その後、兵士たちの間から大きな笑い声が上がった。