軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九話「救援」

一月十三日。

ファーフリー子爵家での晩餐を仕切った翌日、朝の鍛錬を終えた後、子爵家の館を出発した。

次の大きな街は東部総督府があるエアルドレッドだが、まだ百五十キロ先にあり、今日の目的地は四十キロほど先にあるバーンヘッドという町を予定している。

バーンヘッドはバーンズ男爵の領都であり、儀礼上通過するわけにもいかず、いつもより少し足を伸ばすことになったのだ。

足を伸ばすと言っても、バーンヘッドまでは緩やかな下り坂が続くだけであり、馬への負担が少ないことから四十キロという距離でも問題はない。

ちなみに帝国東部域には街道沿いにいくつも村があるため、仮にトラブルに見舞われたとしても野宿するようなことにはならないので、多少の無理なら可能という側面もある。

真冬であっても、カウム王国と違い、身を切るような寒さはほとんど感じない。朝からよく晴れ渡っており、ラスモア村辺りなら春と言ってもよいほどの陽気だ。

今日は母と末の妹ソフィア、そして、ルナが乗るロックハート家の馬車に乗る番で、ルナと並ぶ座席に座っている。

ガラス代わりの魔道具で作られた窓を開けると、やや冷たい風と共に微かに甘い花の香りと若草の芽吹くような青い香りが流れてくる。

一緒に乗っているルナも心なしか表情は明るく、見慣れない風景に見入っていた。

「この辺りは暖かくていいわね。ファーフリー子爵様に聞いた話では夏もそれほど暑くないみたいだし、何より平和なのがいいわ。こんなところに住んでみたいわね」

母がそう言って笑っている。

「この辺りは 長閑(のどか) ないいところですけど、街道から外れると魔物が多いと聞きました。まあ、アクィラの麓ほどではないようですけど」

昨日聞いた話では主要な街道沿いは領主が定期的に魔物を駆除しているが、それ以外の場所では年に何回か冒険者ギルドに依頼を出して、魔物を間引いているらしい。

俺の話にルナがびくっと振り返る。魔物と聞いて怯えているようだ。

「イグネイシャス様の話では勅使一行のために、街道沿いは大々的に魔物狩りをしたそうだから大丈夫だ。安心していい」

そう言って頭を撫でると、ルナはコクリと頷き、再び窓の外に視線を向ける。

(こっちの会話には耳を傾けているようだから、もしかしたら話に加わりたいのかもしれないな。長い間コミュニケーションを取っていないから、どうしたらいいのか分からないのかもな……)

正午頃、中間地点にある宿場、ダンメラー村に到着した。

この村は小高い丘に作られており、高さ三メートルほどの石の壁に囲まれている。村自体は直径二百メートルほどだが、壁の外に農地が広がり、その周囲を簡単な柵が囲んでいる。

ここは帝国軍の中継地として作られ、頑丈な石の壁はその時のものだそうだ。帝国内には十から二十キロ間隔でこのような村が点在する。これは帝国膨張期の名残らしい。

村の中心にある宿屋兼食堂で昼食を摂っていると、村の中を早馬が駆け抜けていった。その後、別の早馬が走り、慌ただしい雰囲気が伝わってくる。

「何事でしょうな」と父がラドフォード子爵に話しかける。

「街道で何かあったのかもしれませんな。オズボーン、代官所があったはずだ。事情を聞きに誰かを向かわせてくれ」

子爵は護衛隊長であるオズボーン・タワーディンに情報収集を命じた。

「直接聞いてまいります」といってタワーディンが立ち上がると、「私も同行いたします」と兄ロッドが後に続く。

二十分ほどで二人が戻ってきたが、その表情は硬く、何かトラブルがあったらしい。

タワーディンが代表して説明を始めた。

「大規模な魔物の群れが出たそうです」

「街道沿いかね?」と子爵が聞くと、タワーディンは「いいえ」と首を振る。

「ここから十 km(キメル) ほど南にある村だそうです。ゴブリンが二百以上で、一時間ほど前に突然現れたとのことで、別件で村に向かっていた従士が偶然見つけ、慌てて報告に戻ったと言っておりました」

「その村への救援は? ここに戦力があるとは思えぬのですが」と父が尋ねる。

「ええ、ここもファーフリー子爵領なのですが、騎士一名と従士十五名しかおらぬそうです。ファーフリーの街に早馬を走らせたそうですが、恐らく間に合いますまい」

襲われた村はティリーベル村といい、人口二百名ほどの小さな村だ。

代官の話では木製の防護壁を備えており、通常のゴブリンの群れ、数にして三十程度なら充分に防ぐことができるそうだ。

しかし、成年男子は五十名程度しかおらず、更にラスモア村のように訓練をしているわけではないので、二百以上のゴブリンが相手では半日ももたないだろうとのことだった。

「父上にお願いがあります」と兄が言って片膝を突く。

「ロックハート家の護衛をティリーベル村の救援に向かわせてください。ザックたちがいれば充分に戦えるはずです。私が指揮を執ります。お願いします」

正義感の強い兄は村を見捨てることができず、救援に向かいたいと訴える。父はその言葉に大きく頷き、ラドフォード子爵に許可を願い出た。

「我々ロックハート家はティリーベルに向かいたいと思います。予定が狂うことでイグネイシャス殿に迷惑を掛けてしまいますが、許可をいただきたい」

ロックハート家が他領の村を救う義務はないが、無辜の民が殺されることに父も看過できなかったのだ。

「私の許可など不要ですよ、マサイアス殿。予定についても気にすることはありません」

そうにこやかに答えるが、すぐに表情を真剣なものに変える。

「ただ、積極的に関わることは避けるべきでしょう。貴殿への風当たりが強くなる可能性がありますからな」

子爵の懸念は理解できる。

ファーフリー子爵領で要請もないのにロックハート家が討伐に向かうことは、三つの点で懸念がある。

一つ目は別の領地の貴族が無断で戦闘行為を行うことは、侵略行為と看做される可能性があるということだ。

帝国という大きな枠組みで括られるものの、封建制の貴族領は独立した国といっても過言ではない。領地の境界を巡って隣り合う貴族が争うことはよくある話で、通常は一帯を統括する上級貴族か、その上位者である皇帝の許可がなければ、自衛以外の戦闘行為は行えない。

これについてはファーフリー子爵家とロックハート家に利害関係はなく、今回は魔物相手ということで問題になる可能性は低いが、使おうと思えば嫌がらせの口実に使える。

二つ目はファーフリー子爵家の統治能力にケチを付けることになる点だ。緊急事態とはいえ、旅行中の別の騎士が魔物の討伐に向かうことは、子爵家が自領の安全を守るという領主の務めを怠っていると指摘しているようにも見えてしまう。

これについてはファーフリー子爵からクレームが来ることは考え難いが、これも悪評を立てるのに使おうと思えば使える。

三つ目だが、露骨な売名行為に見えることだ。ロックハート家は勅使であるラドフォード子爵の護衛ではないが、皇帝の代理である勅使と行動を共にしている。つまり、非常に目立つ状態で必要がない魔物退治を買って出ることは売名行為と取られてもおかしくはない。

うちにその意図がなくても、帝都に向かう途中で名を上げる行為を行うことは品がない行為と取られかねない。

これについては今更の感があるので、父も気にしないだろう。

子爵はこれらのことを指摘したが、父は 頭(かぶり) を振る。

「その程度のことであれば、村人を救うことを選びます」

それだけ言うと子爵に頭を下げてから、指示を出していく。

「敵は数が多い。戦える者全員で救援に向かう。ターニャとソフィア、ルナは代官所で待機してくれ。イグネイシャス殿には申し訳ないですが、必ず追い付きますので」

「いや、我らもここに残ろう。奥方とご息女は我らが守りましょう」

父は「かたじけない」と言ってもう一度頭を下げる。

父の命令を聞きながら、一抹の不安を感じていた。

それはこれが仕組まれたことで、ルナを俺たちから引き離す罠ではないかということだ。

準備をしながら、その懸念をザックセクステットの面々に言ってみたが、考え過ぎだという意見が多かった。

「偶然だよ。あたしの経験じゃ、ゴブリンの群れが突然大きくなることはよくあることさ。特に今回は大規模な魔物退治をした後だからね。逃げ出した群れがひっつき、餌がなくなったから村を襲ったんだろう」

ベアトリスの言葉にシャロンも頷いている。

「ゴブリンに村を襲わせることは簡単ですけど、タイミングを合わせるのは難しいと思います。一時間遅ければ私たちは気づかずに通り過ぎたはずですし、早すぎれば子爵家が騎士団を率いていくのを見ていればいいだけですから」

二人の意見にリディたちも同意している。

(確かに考え過ぎだな。一応警戒はしてもいいが、あまり過剰反応するのはよくないかもしれないな……)

今回ルナは小さな宿場とはいえ、帝国軍が作った防壁がある村に留まる。更に勅使であるラドフォード子爵と行動を共にすることから、どこかの貴族をそそのかしたり、洗脳したりする方法も採れない。

完全に不安が無くなったわけではないが、合理的に考えて父に同行する方が後悔しないだろう。もし、見えない敵に怯えて父に同行せず、誰かが命を落としたら間違いなく後悔する。

十分ほどで準備を終えると、代官である騎士と従士がやってきた。

「代官を務めるキャニングと申します。勅使様にはご迷惑をお掛けし、汗顔の至り……」

キャニングは五十歳くらいのくたびれた感じの役人で、ラドフォード子爵を前に長々と口上を述べている。

「キャニング殿、時は貴重であろう」と言って子爵が話を遮ると、父がそれに代わって話し始める。

「私は帝国騎士マサイアス・ロックハート、此度は帝国臣民が魔物に襲われていると聞き、微力ながらティリーベル村の救援を申し出たい。キャニング殿の配下の者を道案内にお借りすることはできないだろうか」

キャニングは救援の申し出に驚くが、ロックハート家の戦力に女性や子供が多いことから躊躇っていた。皇帝への謁見を控えた貴族に何かあったら責任問題になると保身を考えているようだ。

キャニングが二の足を踏むのも分からないでもない。

父マサイアスと新しく従士に採用されたルーク・ウィルビーこそ三十代だが、兄ロドリック、シム・マーロンは二十歳、従士たちも二十代前半の者が多い。

更に俺たちザックセクステットだが、ベテラン然としたベアトリスはともかく、俺たちは十代半ばの若造だ。リディにしても戦力になるようには見えないし、義姉ロザリーたち三人の若い女性に加え、セオフィラス、セラフィーナの二人は僅か十一歳だ。

二十四人のうち、戦えそうなのは十名程度にしかみえず、二百匹以上のゴブリンに勝てるとは思えなかったのだろう。

ちなみに、ラドフォード子爵の護衛は一人も参加しない。これは彼らの任務が皇帝の代理である勅使の護衛であるため、子爵から離れることができないためだ。

煮え切らないキャニングに対し、父は「全責任はロックハート家が負う」と言いながら一筆 認(したた) め、ラドフォード子爵に証人になってもらうことでキャニングを説得した。

ファーフリー子爵家の五人の従士が先導することになる。

「ティリーベル村までは十 km(キメル) ! 馬に負担は掛かるが、一気に駆け抜けるぞ! 全員、騎乗!」

父の号令で一斉に騎乗する。そして、ファーフリー家のオーランドという三十代後半の従士を先頭に馬を駆っていく。

ダンメラーから目的地であるティリーベル村までは緩やかな丘陵地帯で、深い森は少ない。道も主要街道ではないが、よく整備されており、移動の障害になるものはなかった。

一時間と掛からずに、先導するオーランドが手を上げて停止を指示する。

二つの丘の間であり、この先に目的地があるらしい。

「ここから五百 m(メルト) ほどです。丘を越えるとすぐにティリーベル村が見えますが」

このまま進むと敵に見つかるため、最終的な確認をしたかったようだ。

「丘の上まで登り、状況を確認する」と父がいい、再び出発を命じた。

丘は高さ三十メートルほどの小さなもので、すぐに登り終わる。

馬を下りて、ティリーベル村を見ると、村は丘の間の平坦な地に作られており、全容を見ることができた。

村までの距離は二百メートルほど。その周囲には高さ三メートルほどの木と石で作られた壁があるが、そこに数百のゴブリンが群がっており、村の出入口である門が破壊され、十人ほどの村人が必死にゴブリンの侵入を防いでいる。

情報では二百匹以上ということだったが、その倍以上の五百はいるように見える。

まさに危機的な状況だった。

「ロッドとシムは私に続け! ザック! お前が指揮を執れ!」と父は叫ぶと、カエルム産の名馬に飛び乗り、拍車を当てて丘を駆け下りていく。その父に兄とシムが続く。

父は一刻の猶予もないと、三騎の騎馬で撹乱するつもりのようだ。

「 私(わたくし) も参ります!」と言って同じくカエルム馬に騎乗するロザリーが追いかける。

四騎の騎馬を見送りながら、全員に指示を出していく。

「このまま救援に向かう! 村の直前で全員下馬!」と叫びながら、馬を走らせる。そして、馬の上から馬蹄の音に負けないよう大声で指示を出す。

「ベアトリスはリッキーたち槍術士を率いて門の確保! メルはルークたち剣術士を率いて敵の主力に突っ込め! ダンはマークたち弓術士を率いて壁に取り付いているゴブリンを狙え! リディとシャロンは俺と一緒に魔法で撹乱する! ファーフリー家の方々は馬の確保を頼みます!」

それだけ叫ぶ間に村まで五十メートルほどの場所に到着する。

「全員下馬! 敵はたかだかゴブリンだが、油断はするな!」と命じ、リディとシャロンに顔を向ける。

「リディは 流星雨(ミーティアシャワー) を、シャロンは俺と一緒に 炎龍の咆哮(ドラゴンローア) だ。できるだけ敵が多いところを狙ってくれ!」

そしてすぐに呪文を唱えていった。