作品タイトル不明
第八話「地元料理」
一月十二日の午後六時。
俺たちは帝国東部域にあるファーフリー子爵領に到着した。その後、なぜか俺は子爵家の料理長から今夜の料理について相談を受けていた。
今は夕食を待つ時間を利用して、イグネイシャス・ラドフォード子爵の部屋に来ている。
「何だかんだで、ほとんど指示した気がしますよ。私も招待客の一人だと思うんですけど」
俺がぼやくとリディが笑い、
「あなたが厨房まで行くからでしょ。行けばそうなるのは分かっているじゃない」
「あたしもリディアと同じ意見だね。あんたが仕切るだろうなって思っていたよ」
ベアトリスまでそう言って笑っている。
他にも父や母に同じことを言われ、誰もおかしいとは思っていないらしい。
「これで今宵の晩餐が楽しみになった。正直なところ、ここの料理長の作るものにはあまり期待していなかったのだよ」
「そうなのですか? 腕は悪くないと思いますが」
下拵えを見た感じだが、料理長を始め料理人たちの手際は思った以上にいい。
「いや、どう言っていいのか難しいのだが、無理をしている感じがあるのだ。ここでも帝都に負けない料理が出せると背伸びしているというか……」
子爵も俺と同じことを思っていたらしい。
「そういうことでしたら、期待できると思いますよ。と言っても、私も味見をしていませんから断言はできませんが」
父を始め、全員が笑顔を見せる。いつの間にかロックハート家の面々は 美食家(グルメ) になっていたらしい。誰の影響かは気にしない。
そんな話をした後、気になっていたことを切り出した。
「イグネイシャス様にお聞きしたいのですが、ファーフリー子爵は我々の情報をよくご存知でしたが、あのように情報を持っていることは帝国では当たり前のことなのでしょうか」
子爵は小さく首を横に振る。
「ファーフリー殿はレオポルド皇子派なのだ。恐らくラングトン大公か、ケンドリュー公辺りから指示と共に情報が来ているのだろう。彼が情報を重視しているという話を聞いたことがないのでね」
現在の帝国は激しい後継者争いが行われている。
次期皇帝候補の筆頭は当然、皇太子であるジギスムントだ。ただ、この皇太子は見た目こそよいものの人望が全くない。
無能なだけでなく、嗜虐趣味があるとか女官が行方不明になるとか、よくない噂が囁かれ、皇帝は廃嫡のタイミングを計っていると言われるほどだ。
彼の母、つまり皇后の実家であるチャールズ・インゴールスロップ公爵と、皇太子妃の実家であるエドモンド・ギャビストン公爵の尽力によって、廃嫡されずに済んでいるというのがラドフォード子爵の見解だ。
もう一人の候補はレオポルド皇子だ。
皇子は実力で第三軍団長になったほど軍事に明るく、対ルークス戦で多くの武勲を挙げている。また、明るい性格から兵士や民衆の人気が高い。
しかし、本来なら後継者候補に名が上がらないほど母親の身分が低く、更に現在行われているルークス聖王国への懲罰出兵でも芳しい成果が上がっていないため、皇太子に取って代わるところまではいっていない。
彼の支持者としては、前皇帝の弟であるトリストラム・ラングトン大公と第五軍団長であるローレンス・ケンドリュー公爵で、いずれも帝国軍に強い影響力を持っている人物だ。
「情報はともかく指示というのは何だとお考えですか」
兄ロドリックが質問する。
「これは間違いないが、今夜の晩餐でレオポルド殿下を持ち上げる話が出るはずだ。後はマサイアス殿を皇子派に引き込むために、大公閣下やケンドリュー閣下との間を取り持とうといろいろと話をしてくるだろうね」
父が困惑した表情を浮かべる。
「私はどのようにしたらよいのでしょうか」
「私からは何とも言い難いですな」
子爵は自らが中立派であるシーウェル侯爵の筆頭家臣であることから、明確には答えない。後で交渉を妨害したと言われることを警戒しているのだ。
「私から言えることは、ザカライアス殿に任せてはどうかということですな。ザカライアス殿なら最善の対応をしてくれるでしょう」
父はその言葉に頷き、俺の方を見る。
「お前の意見を聞かせてくれ。明確な意思表示はせぬつもりだが、こういった交渉事は苦手なのでな」
父は領主としても軍の指揮官としても優秀だが、交渉事の経験はほとんどない。特にこういったことは場数を踏まないと難しいから弱気になる気持ちは分かる。
「父上には田舎の騎士を演じていただければよいかと」
「具体的にはどうすればよいのだ? 田舎の騎士という自覚はあるが、どうすればよいのかさっぱり分からん」
真面目な父が困惑しているため、具体例を出していく。
「基本的には戦いの話と村の話だけをしてください。帝都でのことを聞かれたら、自分は田舎者で、帝都で何をしてよいのか分からない。だから、予定はシーウェル侯爵閣下にすべてお任せしていると答えていただければよいかと。それでもしつこく聞かれたら、私に話を振ってください」
父は「そうだな。それがよかろう」と納得し、表情が明るくなる。
「兄上にも話が来るでしょうから、同じようにしてくださればよいかと」
情報を充分に得ていることから、俺のことを過大評価している可能性が高い。そのため、俺ではなく純朴な父と実直な兄を交渉のターゲットにし、俺には話を振ってこないだろう。
「確かにザカライアス殿に話を振れば、ファーフリー殿も交渉しづらかろう。あのやり手として有名な魔術師ギルド長、ワーグマン氏がザカライアス殿とは交渉したくないと断言しているのだ。彼も下手なことをして、大公閣下に睨まれるようなことはしたくなかろう」
子爵は俺の意図をしっかりと理解していた。
ワーグマン議長のお陰で俺の名は結構知られている。それが虚名であっても今は使えるものは何でも使いたい。
「あなたに話を振ってくる可能性は本当にないのかしら?」
リディが独り言を呟く。
「どういう意味だ?」と聞くと、
「美味しいお酒があるから、大公や公爵のところに行ったらどうかって言ってこないかしらって」
「確かにその可能性は考えていなかったな。ザカライアス殿を狙うなら酒の話という可能性は否定できん」
子爵が真面目な顔でそう言うと、ロックハート家の面々も真面目な顔で大きく頷く。
「いや、それはないですよ、イグネイシャス様。いくらなんでも……」
そこまで言ったところでリディがプッと噴き出した。
「冗談よ。あなたが飲みたくなるような美味しいお酒を、イグネイシャス様が知らないわけがないもの」
彼女がそう言うと子爵も真面目な顔を崩し笑い出す。
「ハハハ! 済まん、済まん。つい、リディアーヌ殿の冗談に乗ってしまった」
リディも子爵とは無理せず話せるようになっている。裏表がなく、彼女に性的な視線を向けないためだが、ラスモア村の住民とドワーフたち以外では珍しいことだ。
午後六時になると、執事が迎えに来た。
ファーフリー子爵の館のホールは五十人ほどが一度に食事ができるほどの大きさで、俺たちロックハート家とラドフォード子爵側の出席者を合わせても充分な大きさだった。
ホスト役であるファーフリー子爵と奥方が並び、俺と同年代の少年少女がその横に座っている。更に文官、武官の各代表なのか十人ほどの着飾った男性が席についている。
ファーフリー子爵が乾杯の音頭を取り、晩餐は始まった。
最初に出てきた料理はカブの薄切りを軽く焼き、生ハムと重ねたミルフィーユ仕立てだ。レモン果汁を多めに振り、酸味とカブの甘みが生ハムの塩気とよく合っている。
これに合わせる酒はまだ若い白ワイン。秋に発酵させ、十二月頃に熟成を始めたばかりで、ブドウ果汁の香りが残り、ドイツの白ワインのような微発泡のものだ。
「これは美味い。この生ハムはケンドリューのものですかな? カブにレモンの香りと酸味を合わせるとは……このワインも若いが実によく合う。木の香りがほとんどせず、実にフレッシュだ」
ラドフォード子爵の言葉にファーフリー子爵が大きく頷く。
「さすがはラドフォード殿ですな。確かに生ハムはケンドリューの最上級のものです。もっとも、この組み合わせはザカライアス殿のご提案と聞いておりますが」
そう言って俺に軽く会釈をしてくる。
「シェパード料理長の腕がよいからです。この料理はバランスが命。カブが多すぎても生ハムが多すぎても美味くならないのです。初めてでこれほどの味を出すとは見事なものです」
実際、カブは火を通し過ぎると食感が悪くなる。シャリという食感を残しつつ、火を通して甘みを出すのは結構難しいはずだ。
二品目以降も好評だった。
地物のクレソンを使った冷製スープで、牛骨から取った出汁にミントを隠し味として入れてある。
これには前の年の白ワインを合わせた。
「ほう、これは何の野菜ですかな……クレソンか。それにしては微妙に香りが違うが……」
「地元のクレソンだそうです。私も付けあわせでしか食さぬのですが、これもザカライアス殿にご教授いただいたと聞いておりますよ」
そう言って俺の方をちらりと見る。この先の解説をしろということなのだろう。
「この土地のクレソンは味と香りが素晴らしいと感じました。恐らく水がよいのでしょう。アクセントに少しだけミントを加えておりますが、クレソン本来の優しい香りとほのかな苦味が楽しめるかと思います」
「なるほど。シーウェルも小川が多く、クレソンは比較的採れるのだが、このクレソンはシーウェルのものに優るとも劣らん。そして、このワインだ。単体で飲むと木の香りが強すぎるが、このスープと合わせると絶妙な香りに変わる」
そう言いながら白ワインを灯りの魔道具にかざす。
僅かに濁りがあるが、黄金色ともいえる濃い色の白ワインでボディはしっかりとしている。
「私としては魚介のスープの方が合うと思ったのですが、思いのほか味が濃かったので、思い切ってこのスープに合わせてみました」
そして、三品目であるイワナのオーブン焼きが出てきた。
三枚に下ろしたイワナをポロネギとにんにく、そしてたっぷりのバターと共に、オーブンで焼いたものだ。
これにはあえて赤ワインを出している。
「イワナに赤ワインとは……いや、これは確かによい組み合わせだ。ワインとしては味が薄すぎるが、このネギと合わせると絶妙だ……なるほど、この料理はネギが主役ということか……」
さすがは帝国一の美食家であり、俺の目論見を完全に言い当ててくる。
「このネギが実に甘かったので、料理長に提案してみました」
野菜をメインにすることは日本では割と普通にある話だが、この世界ではあまり一般的でない。実際、野菜の旬は短いし、元の世界ほど品種改良されていないため、全般的に大味で 主役(メイン) とはなりにくい。今回はたまたま、質の高いポロネギに当たったため、 主役(メイン) にしてみたのだ。
「しかし、料理長も困っただろうな。このようなことは私でも考えつかんよ」
そう言ってラドフォード子爵が笑うと、ファーフリー子爵も頷いている。
「料理を作る前の料理長の顔は実に悲壮感がありましたな。私が不安になったほどですよ。ハハハ!」
そんな話をしながら晩餐が進んでいく。
子爵の妻は時々会話に加わるが、子供たちは緊張しているのかほとんど会話に加わってこなかった。緊張しているというより、酒と料理の話題では共通の話題にならず、加われないというのが実態かもしれない。
メインが出てくるまでの時間で、ファーフリー子爵が本題を切り出してきた。
「ロックハート卿は帝都に初めて行かれると聞きましたが、どのようなご予定をお考えですかな」
「おっしゃるとおり、帝都は不案内ですので、シーウェル侯爵閣下にお任せしておるのですよ。田舎者の私が勝手なことをしてはご迷惑を掛けることにもなりそうですし」
父の答えにファーフリー子爵は「それがよいでしょうな」と頷くが、すぐに身を乗り出すように話し始める。
「実はですな、ラングトン大公閣下がぜひともロックハート卿にお会いしたいと、私に仲介を命じられましてな。いかがですかな?」
ファーフリー子爵はストレートに伝えてきた。
「私のような身分の者が大公閣下にお目通りとは……宮廷の作法も知らぬ田舎者ゆえ、どうお答えしてよいか……ザカライアス、こういう場合はどうしたらよいかな」
父は即座に俺に話を振ってきた。確かに子爵がここまでストレートに話を切り出してくるとは思っていなかったが、父ももう少し粘っていいのではないかと思ってしまう。
「私も学院で学んだ以上の儀礼は知りません。それに今の時点で予定が変わっていることもあるでしょう。もし何かトラブルがあり、元老院からの召喚があった場合、大公閣下にご迷惑をお掛けする可能性があります。ですから、シーウェル侯爵様にご相談の上、お答えすることが、大公閣下ならびにファーフリー子爵閣下にご迷惑をお掛けしない一番の方法であると考えます」
俺の言葉にファーフリー子爵が考え込む。
俺が言うとおり、今の予定はラドフォード子爵が帝都を出発した時点のもので、変更されている可能性は充分にあった。
更に皇帝への謁見に加え、元老院からの召喚も視野に入れておかなければならない。
元老院への召喚は恩賞であるキルナレックの帰属に関するはずで、元老院より先に大公と個人的に接触することは、恩賞について事前に交渉しているように見えなくもなく、トラブルになりかねない。
「確かにそうですな。では、大公閣下にはシーウェル侯爵閣下を通じて面会の場を作っていただくようお伝えします」
ファーフリー子爵はそれだけ言うと僅かに安堵の表情を浮かべた。大公からの指示をどう達成するか悩んでいたようだ。一応、ロックハート家が明確に拒否しなかったので、大公にはロックハート家が面会に乗り気だとでも伝えるのだろう。
その後、ルークスでの戦争の話になり、ファーフリー子爵はしきりにレオポルド皇子を持ち上げていた。
「……殿下はまさに軍神というべきお方。敵国ルークスに深く攻め込み、何万もの敵軍を破っておられる。今は休息の時期とラークヒルまで後退されておるが、春になればまた軍を進められ、大きな手柄を上げられるに違いない……」
ファーフリー子爵の情報から、ルークスへの懲罰出兵が春以降も続くことが分かった。
(撤退がないとすると、北部総督府軍もルークスに釘付けのまま……アウレラ街道の正常化は夏以降か……アウレラが何か仕掛けなければいいんだが……)
今回のルークス出兵ではレオポルド皇子の第三軍と北部総督府軍が主体だ。そのため、帝国北部の軍事力が落ち、治安が大幅に悪化している。
帝国領内は総督であるラズウェル辺境伯が適切に手を打っているため、問題は顕在化していないが、実質的には帝国領外に当たるアウレラ街道では治安の悪化により、街道が完全に麻痺している。
この影響を一番受けているのが商業都市アウレラだ。
アウレラは大陸南部の商品を海路によってアウレラに運び、そこから陸路でペリクリトルやラクス王国などの内陸国に運んで売りさばいている。更にそれらの国の珍しい産物を帝国やルークスに運ぶことで莫大な富を得ていた。そのアウレラ街道で麻痺状態が続くということはアウレラ自体が衰退していくことを示している。
現状では政略で何とかしようとしているが、追い詰められたアウレラが帝国に対して何らかの謀略を行う可能性は否定できない。
帝都の話などをしているうちにメイン料理が出てきた。
ワゴンに大きな皿が載せられ、その上に丸ごとの子豚が鎮座している。そして、その横には料理長が緊張気味に立っていた。
メインはファーフリー子爵ではなく、料理長が説明するようだ。
「エザリントンで手に入れた最高級の子豚をローストしたものです。ソースは栗を使ったものとりんごを使ったものを用意いたしました」
そう言ってソースの入った小鍋を見せる。
「栗は茹でた後にバターと共にペースト状にしたものです。りんごはこの近くの村で取れたもので、ピューレ状に仕上げました」
そういうと給仕がワインを配り、料理長が子豚を切り分けていく。
「ワインはザカライアス様よりご提供いただきました、カウム王国ロージングレイブ家の貴腐ワインでございます」
今回はメイン料理に貴腐ワインを合わせるという冒険をしてみた。
豚に濃い目の白ワインは定番だが、子豚は味が淡白で貴腐ワインに負ける可能性がある。じっくりローストしている皮と脂に栗とりんごのソースということで、遊び心も加わってこんな 挑戦(チャレンジ) してみた。まあ、失敗したと思ったら、別のワインを出せばいいと割り切っていることもある。
「あの貴腐ワインを……面白い」と言ってラドフォード子爵が食べ始める。
俺のところにも料理が回ってきたので食べてみたが、思った以上に悪くない。
「これはなかなかですな、ラドフォード殿」とファーフリー子爵も満足げに頷いている。
「確かに。この組み合わせは考えたことがなかったですな。さすがはザカライアス殿だ」
そう言ってラドフォード子爵がグラスを上げる。
「予想外でしたわ。甘口のワインと豚肉が合うなんて思ってもみませんでした。ザックさん、これには何か理由があるのかしら」と義姉ロザリーが質問してきた。
「特に明確な理由はありませんよ。あえて言うなら、白ブドウの味が濃いワインがこれしかなかったということです。もし他にあれば、これは合わせなかっただろうという程度ですね」
「うむ。確かにしっかりとした白ワインが合いそうな気がするな。特にこの栗のソースには赤より白であろう。しかし、どこの白ワインが合うかと言われると困るな。シーウェルワインの白は軽いものが多い。エザリントンの白ならば合うかもしれないな……」
そんな話をしながら、食事を楽しんでいった。
■■■
晩餐の後、サイモン・ファーフリー子爵はラングトン大公への報告書を 認(したた) めていた。
『……マサイアス・ロックハート卿は同じ武人であるレオポルド殿下に対し非常に好意的でありました。しかしながら、帝都の慣習に関する知識に乏しく、大公閣下との面会に対し、明確な回答を得ることは叶いませんでした。この理由につきましてはラドフォード子爵が示唆したのではないかと推察いたしますが、ラドフォード殿はこの話題に加わることはなく、宰相派が妨害したという証拠はございません……』
そして、ザカライアスについても報告書に記載していく。
『……ザカライアス卿は酒と料理に関しては異常なまでの知識と拘りがありますが、小職には噂ほど政治に詳しいという印象はございません。私見ではございますが、政治的に脅威となるべき存在とはなりえないのではないかと思われます。魔術師ギルドの話はワーグマン議長が故意に流した噂ではないかと愚考いたします……』
ファーフリーはそこでペンを止め、ザカライアスのことを思い出す。
(異常なまでの食と酒への拘りと自信。あのラドフォード殿が一目置いていると聞いた時にはまさかと思ったが、あれほどの自信を見せ、なおかつ、その自信に見合った完璧な料理と酒の組み合わせを披露した。ドワーフたちが“酒神の申し子”というのも頷ける……)
そこで笑みが零れた。しかし、すぐに表情を引き締める。
(しかし、ワーグマン議長が警戒するという話は眉唾だな。確かにあの年齢にしては知識があり、洞察力もある。だが、それだけだ。本当に恐るべき相手なら、自分たちを高く売り込むことを考えるだろう。例えば、大公閣下との面会の約束を取り付けた上で、インゴールスロップ公にその情報をもって交渉するとか……その程度のことすら思いつかぬのであれば恐れるほどではない……)
彼は自分ならどうするかという視点でロックハート家がどう動くかをシミュレートしていた。そして、自分ならこの機を逃さず、元老たちに売り込みを掛け、最も高く買ってくれる相手に売りつける。そうすれば、伯爵位ですら手が届くかもしれないからだ。
しかし、これがファーフリーの限界だった。彼は帝国貴族なら自分と同じように出世を目指すと思い込んでいたのだ。その偏見が彼の観察眼を曇らせた。
もし、 中立的(ニュートラル) な目でロックハート家を見ていたなら、見方は変わっただろう。
特にザカライアスが言葉を濁した部分に着目したなら、彼が巧みに自分を誘導し、明確な約束を取り付けないようにしていることに気づいたはずだ。
『……ロックハート家を引き入れるにはシーウェル侯爵から引き離す必要があります。しかしながら、平民であったロックハート卿は帝都の慣習を極度に気にしており、帝都にいる上級貴族で唯一の知人である侯爵から離れることはないと推察いたします……』
彼はこの報告書を封書に入れると、翌朝早馬を使ってラングトン大公に送付した。
(しかし、今日の夕食は人生で一番美味い食事だった。魔術師として出世など目指さず、料理人を目指すほうが世のためになるのではないか……)
もし、この心の声がザカライアスに聞こえたなら、苦笑しながら頷いたかもしれない。