作品タイトル不明
第五話「カウム王宮」
トリア歴三〇一九年一月一日。
新たな年が始まった。
昨夜は鍛冶師ギルド総本部での歓迎の宴が行われた。
この世界では大晦日に亡くなった者たちを思い出すという風習があり、いつもなら静かに過ごすのだが、ドワーフたちにしんみりとした雰囲気は合わないのか、いつも通りの祭になった。日付が変わる前には死者を追悼するため、静かにジョッキを掲げていたが、それでも彼らの生来の陽気さが失われることはなかった。
アルスの大晦日の名物である大通りの光の飾りつけは圧巻だったが、それ以上に驚かされたのは王妃カトリーナがお忍びで宴会に参加していたことだ。
(今回は大人しくしているなと思ったら、しっかりいたんだよな。政敵もいたはずなのにあんなに無防備で……まあ、あの人のことだから万全の体制で抜け出してきたんだろうけど聞くのが恐ろしい気がする……)
そんなことがあったが、無事に三〇一九年が明け、今日は王宮に挨拶に向かうことになっている。
午前中はカウム王国としての行事、国王が民衆に対し新年の祝賀の言葉を述べるという、日本でいうなら皇居の一般参賀のようなものがあるらしく、俺たちは午後二時過ぎに王宮に入る予定だ。
今回のロックハート家のカウム王宮訪問は帝国の貴族としての公式なものであり、俺たちも貴族に相応しい姿が求められる。
父や兄、そして俺はカエルム帝国の騎士としての正装、つまり青色を基調とした騎士服に肩帯だ。これにはリディたちが「どうしていつもの黒じゃないの」と不満を表明していた。
「別に構わんのですよ。ザカライアス殿の場合は騎士の子息としてより、魔術師としての名声の方が大きいのでね。そろそろ美食家としての名の方が有名になりそうだが。ハハハ!」
今回の主役であるイグネイシャス・ラドフォード子爵が爽やかな笑顔でそう笑う。彼は解毒の魔法が効いたためか、それとも生来の肝臓の強さのためか、二日酔いにはなっていない。
子爵にそう言われたものの、弟のセオフィラスも同じ服装であるため、今回は騎士服にしているが、自分でも少し違和感があるなと思っている。
女性たちだが、母や義姉ロザリーらは新年らしく鮮やかな色合いのドレスを身に纏い、更に寒さ対策も兼ねて純白の雪狼の毛皮で作ったケープを肩からかけている。
リディとベアトリスもいつもの男装ではなく、ドレスを着ていた。
リディはシンプルなデザインのグリーンのドレスで、美しい金色の髪と透けるような白い肌に合っている。
ベアトリスもドレスだが、彼女の場合、普通のドレスでは大きな身体がより大きく見えるため、細身のデザインのナイトドレスのような感じだ。髪飾りを多めにつけて華やかさを出しているが、やはり色気の方を強く感じてしまう。
メルとシャロンはお気に入りのドレスで、メルはブルーのAライン、シャロンはイエローのAラインのものを着ている。彼女たちは髪をアップにし、いつもよりやや濃い目の化粧をして大人っぽさを出そうと努力していた。
理由を聞くと、シャロンが教えてくれた。
「ザック様の婚約者ですから、子供っぽいよりいいかなと思って……似合っていませんか?」
「大丈夫。よく似合っているよ」
そう答えると花が咲いたような笑顔を見せるが、普段ほとんどしない化粧と相まってドキッとするほど色気を感じる。
妹のセラフィーヌも薄いブルーのドレスを着ているが、「私も騎士服の方が良かったな」と零している。普段は剣術士として動き易い服装をしていることが多く、動きが阻害されるドレスはお気に召さないようだ。
それを母に聞かれ、「あなたもメルを見習いなさい」と叱られていた。
そしてルナだが、今回は侍女のアンジーとエレナとともに控えの間にいることになっている。その彼女も黒を基調とした落ち着いた感じのドレスを着ており、整った顔立ちとほっそりとした体形によく似合っていた。
そのことを告げると少しだけ嬉しそうな表情をした後、恥ずかしいのか俯いてしまった。それでもここまで反応できるようになったことは明るい兆しだと思っている。
昼食を終えると、馬車に乗って王宮に向かう。
ラドフォード子爵と父たちはそれぞれの紋章が入った自前の馬車に乗り込むが、俺たちは騎乗で移動していたため、カウム王国が用意した馬車を使う。
馬車の前後には磨き上げられた鎧を身に纏ったシム・マーロンと、名工ウード・レーヴェンガルトが作った飛竜の革のハーフアーマーを身に纏ったダン・ジェークスの姿があった。二人ともロックハート家の紋章が入った漆黒のマントを身に付けており、精悍さが際立っている。
彼らの部下として新たに採用されたルーク・ウィルビーら五人の従士と、ジョンら五人の自警団員が鋼色の鎧を身に纏い付き従っている。
従士のルークだが、今回採用された中では最年長の三十二歳。その歳にして剣術士レベル三十八という実力者だ。これだけの実力があれば、傭兵団の幹部をやっていてもおかしくはないほどだ。
そして、その実力もさることながら、自警団の取りまとめ役として多くの若い団員から慕われるほど面倒見がいい。妻と三人の子持ちながらも帝都行きに抜擢するほど、父は期待している。
他の従士だが、昨年ウェルバーンに同行した弓術士のマーク・ノーマン、剣術士のジム・クイン、槍術士のケビン・ターナー、そして今回採用されたリッキー・バートンという槍術士だ。ちなみに従士になったことから、父からそれぞれ姓を与えられている。
自警団員のジョンだが、従士採用試験で最初に受けた若者で、そのやる気を買われ帝都行きに抜擢されている。彼以外も二十代前半ばかりだが、全員レベル三十を超えている期待の若者たちだ。
その十人がロックハート家の標準装備である鋼のハーフアーマーを装備している。このハーフアーマーもベルトラムが特別に作ったもので、高品位鋼であるアルス鋼でできている。この鎧だが、ベルトラムがゲールノートに指導を受けて作っているため、カウム王国の黒鋼騎士団の正規の騎士の物より質がいい。
そんな彼らがダンたちと同じ漆黒のマントを着け、きびきびと動いており、知らなければ田舎の自警団だと思う者はいないだろう。
大通りを上っていくと、王宮から下りてくる人々とすれ違う。ラドフォード子爵の部下が帝国の国旗、翼を広げた金色の大鷲の旗を掲げていることから、アルス市民たちはすぐに俺たちに気づき、手を振ってくれる。
「凄い人気ね。帝都ではここまで歓迎してくれないでしょうから、カウム王国に鞍替えしてもいいんじゃないの?」
リディがいたずらっぽく、そんなことを言ってきた。もちろん、彼女も本気ではないが、言いたくなる気持ちは分からないでもない。
「確かにな。しかし、逆に考えれば帝都では歓迎されない方がいい」
「どうしてなんだい? あたしはいいことだと思うんだが」とベアトリスが首を傾げる。リディとメルも同じように首を傾げているが、シャロンだけは小さく頷いていた。
「ロックハート家は帝都では何も功績を残していないんだ」
「そうかしら?」とリディが首を傾げる。
「今回のアンデッドとの戦いだって、帝都の連中からしてみればカウムの辺境で起きた程度の認識しかない。そんな俺たちが帝都で歓迎されるってことは、別の思惑が働いているということだ。皇太子派の大貴族もレオポルド皇子派の大貴族も平民のことを気にしないだろうから、動く可能性がある勢力は限られてくる」
「それはどこだと思っているの?」
リディの問いに指を二本立てる。
「一つは商業ギルドだ。皇太子派に肩入れしているが、皇太子殿下は民衆に人気がない。だから、情報操作を行った上でロックハート家を取り込もうとするだろう」
「もう一つはどこなんですか? 魔術師ギルドってことはないでしょうし、全然思い付きません」
メルが質問してきた。
「もう一つの勢力は中立派、正確にいうと宰相フィーロビッシャー公だ」
「宰相がなんでロックハート家に肩入れするんだい? 確かにあんたを呼び出したのは宰相だけど、そこが全然分からないよ」
「ここから先は情報が少なすぎてあまり自信はないんだが、宰相がロックハート家の価値を上げる理由は何となく分かる。一つは自分の派閥に取り込む際の価値を上げておくことだ。フィーロビッシャー公の跡を継ぐエザリントン公には後ろ盾となる組織がない。うちがというか、俺が中立派に入れば、鍛冶師ギルドと魔術師ギルドという二つのギルドと強い関係ができる。だが、それだけじゃ弱い……」
そこで彼女たちの顔を見てから話を続ける。
「中立派としては帝国内に支持者がほしい。商人が皇太子派、軍が皇子派だとすれば、残るのは一般の民衆しかいない。商人も軍も上に行けば行くほど、民衆の意向は気にしないだろうが、実際に働いている連中は商人も軍人も平民なんだ。家族や友人が中立派を支持すれば、自然とその情報が彼らの耳に入る。そうなれば、中立派が国のことを真面目に考えていると気づくはずだ。後は商業ギルドと同じだな。俺たちを英雄として遇した上で、自分の派閥に取り込む」
「そうなったら面倒ね。村に戻れなくなってしまうわ」
リディの懸念に大きく頷くが、すぐに「あくまで帝都で大歓迎されたらという仮定の話だ」と言って笑う。
実際、商業ギルドも宰相も自分の派閥に取り込んでから情報操作を始めるはずだ。先に始めて相手に奪われたら目も当てられないからだ。
そんな話をしていたが、アルスの街は狭く、すぐに王宮に到着する。
王宮のエントランスで馬車を降りると、扇状に広がるアルスの街が一望できる。
その光景は下から見上げる姿とは全く違った。
幾重にも連なる階段状の町並みに純白の雪が積もり、そこに冬の優しい陽の光が差し込んでいる様は水墨画のような優しさを見せる。更に西にあるポルタ山地の勇壮な 頂(いただき) が借景のようにきれいに背景になっていた。
王宮を見上げると長い歴史を持つ重厚な作りの宮殿があり、華美ではないがどこか歴史ある社寺のような威厳を感じさせた。
ここで護衛たちと別れ、ラドフォード子爵一向とロックハート家だけになる。
「こちらへどうぞ」と三十代後半くらいの騎士が案内をしてくれる。見覚えのある黒鋼騎士団ではなく、聖銀騎士団所属らしい。
俺たちが到着する前に子爵に挨拶しているようで、名前は聞き取れなかったが、後で聞いた話では王妃の弟であり、騎士長であるリチャード・ロージングレイブ子爵だったそうだ。
王宮内はガラスを使った窓が少なく、昼間から灯りの魔道具が多く使われている。そのためか、思った以上に温かい。
謁見の前に控えの間に案内された。
謁見まで三十分ほどあり、侍女が入れてくれる茶を飲みながら、のんびりとした時間を過ごしていく。
案内の騎士が到着し、剣を預けると、そのまま謁見の間に向かった。剣は儀礼用のもので、実戦用のものは俺が 収納魔法(インベントリ) に保管している。厳密にいえば、他国の王宮に無断で武器を持ち込んでおり、罪を問われる可能性はあるが、収納魔法自体がお伽噺に近いため、ロックハート家の者以外、気づくことはない。
中庭が見える廊下に出ると冷たい外気が肌を刺す。しかし、美しい中庭に目を奪われ、一瞬寒さを忘れた。
真冬ということで花が咲いているわけではないが、鍛冶師の街らしく金属を用いたオブジェが上品に置かれており、それに目を奪われたのだ。
そのオブジェは神々の姿を模したものらしく十二体の男女の像で、ミスリルでも使っているのか、屋外にあるにも関わらず、銀色に輝いていた。
案内の騎士は「中々のものでしょう」と言い、初めて見るロックハート家の面々は皆頷いていた。
謁見の大広間は中庭の先にあり、重厚な扉の前は槍を持った重装備の兵士が守っている。ラドフォード子爵と父を先頭に母、兄夫婦、そして、俺たちが続き、一番後ろに弟たちが並ぶ。子爵側も数名の文武の役人が後ろに並んでいる。
「カエルム帝国のイグネイシャス・ラドフォード子爵殿! マサイアス・ロックハート殿! ご入場!」
兵士の一人が静かな中庭には不釣合いなほど大きな声で叫んだ。俺たちは王家への敬意を表すため、片膝を突いて深く頭を下げる。
ゆっくりと扉が開かれていく。
頭を下げているため奥は見えないが、豪華な深紅の絨毯が敷かれていることだけが見て取れた。
子爵がゆっくりと立ち上がると、俺たちも同じように立ち上がるが、視線を上げないように注意する。
謁見の大広間は幅二十メートル、奥行き三十メートルほどで、ここにはガラスが多く使われているのか、思いのほか明るい。
俺たちの進む方向の左右にずらりと貴族らしい人々が並んでいる。そして、その一番奥に玉座らしい豪華な椅子があるが、そこに座る人物に視線を向けないよう注意して進む。
ラドフォード子爵が止まり、後ろに続く俺たちも同じように止まった。
重臣らしき貴族が重々しく、「顔を上げられよと陛下は仰せである」と伝え、俺たちはゆっくりと顔を上げる。
「陛下にはご機嫌麗しく、カエルム帝国皇帝ジークフリード二十一世陛下の臣、イグネイシャス・ラドフォードより新年の挨拶を……」
さすがに慣れているのか、子爵は澱みなく新年の祝賀の挨拶を行っていく。
子爵の挨拶が終わると、国王アルバート十一世から祝辞が返される。
「カエルム帝国皇帝ジークフリード二十一世陛下よりの祝賀の口上、我アルバート十一世しかと受け取った。皇帝陛下にはよしなに伝えていただきたい」
国王は思ったよりゆっくりとしゃべっていた。
その言葉を聞きながら、国王の年齢について考えていた。俺の記憶では五十歳だったはずだが、ちらりと見えたたるんだ皮膚と疲れたようなしわがれた声により、七十を越えた老人のように見える。
右隣にはいつもより済ました顔のカトリーナ王妃が立ち、左隣には王太子と思しき二十代半ばの王子が立っている。
国王は定例文のような挨拶を返すと、そのまま口を開くことはなかった。
その代わり、王妃が明るい表情で我々への歓迎の言葉を口にした。
「ラドフォード子爵様、ロックハート卿。国王陛下への祝賀のお言葉ありがとうございました。お二人、そして随行の皆様にも神々の祝福があらんことを」
その言葉に俺たちは大きく頭を下げる。
(カティさんもこうやっていれば、普通の王妃様なんだが……どうもドワーフたちと一緒にいるイメージが強くて違和感が拭えない……)
俺がそんなことを考えていると、王太子であるフィリップ王子が同じように言葉を掛けてきた。
「……帝国の使節の方々にはアルスの新年を存分に楽しんでいただきたい。特にロックハート卿には母が何度もお世話になっておりますから」
軽い冗談なのかと思ったら、王子は真面目な表情を崩しておらず、心からそう思っているようだ。やる気の無さそうな父と王国を一人で支える母の間で自然と真面目な性格になったのだろう。
その後、公爵クラスの重臣たちからも言葉を受けるが、最年長のスウィントン公が四十歳くらい、ノーリッシュ公とモンクトン公が三十代前半という感じで、想像以上に若い。
昨年聞いた話では王家と三公爵家が権力抗争をしているという話だったが、先代のノーリッシュ公爵が先日隠居し、代替わりしたことが関係しているのだろう。更に国王の側近であったシャーゴールド侯が失脚し、王妃が文官たちの若返りを図ったという噂もあったから、その影響もあるようだ。
新年の挨拶が終わると、そのまま謁見の大広間を退出していく。そして、そのまま最初に案内された控えの間に到着すると、父が大きく溜め息を吐いた。
「やはり私には合わんな。皇帝陛下に謁見するかと思うと胃が痛くなる」
「まだ晩餐会がございますぞ、マサイアス殿」
ラドフォード子爵に笑いながら言われ、父は更に渋面になる。
俺は若干気疲れしていたが、弟たちは初めての国王への謁見ということで興奮し、三人で凄かったといって盛り上がっている。
「あたしらは晩餐会に出なくていいんだよね」とベアトリスが言うと、リディも「それだけが救いだわ」と大きく頷いて賛同している。
晩餐会には父と母、兄夫婦だけが出席し、俺たちは宿に戻ることになっている。こういった公式の場に次男が出ることは少ないそうで、リディではないが、助かったと本気で思っている。
父たちと別れ、護衛の半数と共に宿に戻っていった。
宿に戻ると、ドワーフたちが待ち構えていた。
「今日は新年を祝う宴会じゃ!」
やはりそうなったかと思いながらも、こちらの方が宮廷晩餐会より何百倍もいいと笑みが零れた。