作品タイトル不明
第四話「大晦日の宴」
トリア歴三〇一八年十二月三十日午後七時頃。
カウム王国の王都アルスに到着した後、鍛冶師ギルド総本部で歓迎の宴が始まった。
皇帝の勅使、イグネイシャス・ラドフォード子爵もドワーフたちに酒飲み仲間と認められ、彼のために“ドワーフフェスティバル”が再現されようとしていた。
匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーの拘りの白ビール、前匠合長にして伝説の防具職人ゲールノート・グレイヴァーの黒ビール、槍作りの第一人者オイゲン・ハウザーのブラウンエールなど、前の世界でも絶品と言われる麦酒が取り揃えられ、更にカウム王国の名産であるりんごを使った りんご酒(シードル) や温暖な地域で作られたワインが並んでいる。
他にも鍛冶師たちが拘っている酒の肴が所狭しと並び、ラスモア村で出された揚物まで用意されていた。
美食家であるラドフォード子爵もこれほどの料理と酒にどうすべきか悩み、俺の意見を聞いてきた。
俺はそれに頷き、
「まずはゲオルグのラガーと鳥の串焼きがよろしいのでは……」
俺の防具を作ってくれたゲオルグ・シュトックの酒を勧めたため、彼は俺の背中をバシンと叩き、「さすがはザックじゃ。よく分かっておる」と満足そうに笑っている。しかし、それ以外の鍛冶師たちは「儂の酒の方が美味いはずじゃ」と不満気な表情を浮かべていた。
こうなることは予想していたが、どう切り出そうか悩んでいると、子爵が助け船を出すかのように、選んだ理由を質問する。
「私にはどれもよいと思ったのだが、この組み合わせを選んだ理由を教えてくれないか」
子爵はそう言いながら焼き立ての鳥の串焼き、日本で言う焼き鳥を頬張る。
「イグネイシャス様はアルスに到着してからすぐに王宮に行かれました。待ち時間に茶菓子程度は口にされているかもしれませんが、大したものは食べていないのでは?」
「確かに」と言って頷く。
「ですので、空腹時に最も合いそうなすっきりとしたラガーと、シンプルな塩味でありながらも脂が乗り食べ応えのある鳥の串焼きにしたのです」
「腹が減っておるなら、儂のブラウンエールと魚と芋の揚物の方がよいのではないのか」
そう言ってオイゲンが不満を露わにする。
「そうじゃ。儂の白ビールと白ソーセージこそ、最初に味わうべきじゃ」
ウルリッヒも同じように不満げな表情を浮かべている。
自分に一番に飲んでもらいたいという気持ちを感じたのか、子爵が困ったような顔をして二人を見比べていた。
俺はやれやれと思いながらも理由を説明していく。
「確かにオイゲンのブラウンエールと 魚と(フィッシュ・アンド・) 芋の揚物(チップス) もいけるし、ウルリッヒの白ビールと白ソーセージの組み合わせも美味い。だが、最初に二人の麦酒を飲んだらよい印象は残らないぞ」
「なぜじゃ?」と二人が同時に疑問を口にする。
「腹が減って一気に流し込みたいような時に、二人の酒では味が強すぎるんだ」
「そうなのか? 儂にはちょうどよいが」とオイゲンが首を傾げる。
「オイゲンのエールは麦芽の香りが強くてコクがある。喉が渇いて腹が減った状態で揚物を合わせると、ついついエールを飲み過ぎてしまうんだ。そうなると普通の人間にはエールの味だけが残ってしまって、アンバランスに感じてしまう。もう少し喉を潤したところでじっくり飲みながら食べるべきだ」
そこでウルリッヒに向き直り、彼にも同じように説明していく。
「ウルリッヒの白ビールも同じだ。あの絶妙な甘みの白ビールはじっくりと味わうべき酒だ。もちろん、つまみなしなら一杯目でもいいんだが、白ソーセージのハーブの香りとのバランスを考えたら、もう少し後の方が絶対にいい。俺としては今の状況なら喉越しがいいラガーと、適度に塩味が利いたつまみを最初に味わう方がいいと思っている」
俺が解説をしている間に子爵がラガーを飲んでいた。
「うむ。さすがはザカライアス殿だ。このラガーの爽やかなホップの香りにシンプルな鳥の塩焼きは絶妙だ。何本でもいけそうな、そんな気にさせる組み合わせだよ」
「さすがはザックの同志じゃ。よく分かっておる」と言って、ゲオルグが子爵の背中をバシンと叩く。その力に子爵の身体が前のめりになる。
「イグネイシャス様は俺たちと違って文官なんだ。あまり手荒なことを控えてくれよ」
「すまん。忘れておったわ」とゲオルグがばつの悪そうな顔をすると、子爵は「いや、構いませんよ。今のは私が油断していただけですから」と言って笑った。
「では、次は何にするんじゃ。次こそ儂の酒じゃろう」
ウルリッヒだけでなく、親方連中がそう言って詰め寄ってくる。
「次はイグネイシャス様が選びますか?」と振ってみた。
この頃になると、シャロンとメル、ルナだけでなく、ゴブレットやジョッキを持ったリディやベアトリス、更には父たちまで集まっていた。
「この状況で、自分で選ぶのはイグネイシャス様でも無理だよ。今回は全部あんたが選んでやった方がいいね」
ベアトリスがそう言って笑っている。美食家としてのプライドを傷つけるような発言だが、子爵は気にした様子もなく、大きく頷いている。
「ベアトリス殿の言う通りだ。私では選びきれん」
彼女と子爵だが、二人とも大のワイン好きということで非常に仲がいい。熟成加減や料理との相性などの話で盛り上がっているところを何度も見ている。
「ついでに私もご相伴させてもらおうか。ザック、次は何にしたらいい?」
いつの間にか父はラガーを飲み終えていたようで、ニコニコ笑いながら話に加わってきた。父の言葉に母も便乗してくる。
「あら、私たちにもお願いね。お酒よりも料理の方をメインに考えて」
「ではイグネイシャス様と父上にはオイゲンのエールと、魚と芋の揚物でどうでしょう。トマトのソースと 酢(ヴィネガー) を多めでどうぞ。母上たちにはキノコのガーリックソテーと赤ワインでどうでしょうか。しっかりとした味付けですが、少し時期は遅いですが、このキノコは香りが強く、ガーリックとの相性がいいと思います。もちろん、美容にもいいですよ……」
そんな話で盛り上がりながら酒と料理を選んでいった。
一時間ほど食べて飲み、空腹も満たされる。その頃には椅子を持ち出し、子爵とロックハート家、ウルリッヒたちで焚き火を囲んでのんびりと飲んでいた。
子爵は俺の忠告を守り、ペース配分をしっかりと考えて飲んでいた。もちろん、いつもより飲み過ぎているので、解毒の魔法は一度掛けている。
なぜかダンだけはいつの間にかドワーフに飲まされており、危うく潰されるところだった。解毒の魔法で何とか回復しているが、そろそろ自分の限界を覚えてほしいし、ドワーフたちも飲ませすぎないようにしてほしいと思っている。ただ、彼がドワーフたちに気に入られていることはよいことなので、あまり強くは言っていない。
俺たちの周りではドワーフたちがいつものペースで飲み続け、乾杯の歌がエンドレスで続いていた。
「今日は私にとって記念すべき日だ。どの酒も美味い。これほどまでに拘った麦酒やワインを飲めるとは思わなかったよ」
子爵が俺に向かってそう言うと、ウルリッヒたちは満足そうに頷いている。
「イグネイシャス殿もなかなかのものじゃ。儂らでは美味いしか言えぬが、うまく言い表してくれておる。さすがは帝国一の美食家じゃな」
ウルリッヒがそう言うと、大きく 頭(かぶり) を振り、
「帝国一の美食家はザカライアス殿でしょう。私など足元にも及びませんよ」
「ラスモア村も帝国領じゃったな。それならば帝国で二番じゃ。ガハハハ!」
「いや、帝国中の料理を食べているイグネイシャス様こそ、帝国一の美食家だと思っているんだ。食材もいろいろ教えていただいているし、知識の豊富さでは全く敵わないよ」
俺がそう言うと、子爵が否定しようとするが、ゲールノートが笑いながら話に加わってきた。
「よいではないか、ザックが一番だといっておるんじゃ。それに儂が言うのも何じゃが、イグネイシャス殿はザックに優るとも劣らんと思う。まあ、酒に関してはザックの右に出る者はおらんじゃろうが、料理に関してはどちらも優劣を付け難い」
「ザカライアス殿の酒の知識と拘りは世界一でしょうな。私もこれからますます精進せねばと感じていますよ。ハハハ!」
周囲にも笑いが起こる。
メルとシャロンは「楽しいね」と言って笑い、白い息を吐き出しながら牛テールのスープを飲んでいる。ルナや弟たちも寒風に負けないようにポタージュのようなスープを大きなカップで飲んでいた。
夜になるにつれ冷え込みが厳しくなってきた。アルスは高地であり、雪こそ降っていないが、恐らく気温は零度を割っている。
くしゅんとリディが小さくくしゃみをし、「少し寒くなってきたわ」と小声で言ってきた。
「じゃ、少し待っていてくれ」と言って席を立つ。後ろから「何をするんじゃ?」というウルリッヒたちの声が聞こえてくる。
俺は樽が並ぶ倉庫に向かい、赤ワインを木製のジョッキに注ぐ。更に 収納魔法(インベントリ) から 肉桂(シナモン) や 丁子(クローブ) などのスパイスを取り出し、その中に入れていく。
俺が作ろうとしているのはグリューヴァインとかモルドワインと呼ばれる温かいワインだ。日本では和製英語でホットワインと呼ばれているもので、ワインにオレンジやレモンなどの柑橘とシナモンやクローブ、 八角(スターアニス) などのスパイスを入れ、更に砂糖などで甘みを加えて温める。
グリューヴァインはドイツのクリスマスイベントでは定番で、日本でもドイツ風の屋外イベントではよく出てくるものだ。雪が舞う中、湯気が上がるグリューヴァインをすすると体が温まるだけでなく、何となく郷愁を誘う気がしている。
俺のインベントリには常時、柑橘とスパイスは入っているから材料は揃っている。素材を入れ終わったところで、擬似ペルチェ効果の魔法で温める。
本来のグリューヴァインならこれで完成だが、俺の場合、ブランデーを少し足す。その方が味が締まり香りがよくなるからで、温めた際に飛んだ 酒精(アルコール) を補充したいわけではない。
「お待たせ。これを飲むと少しは温まるはずだ」
リディはすぐに何か気づいたようで、満足げな表情を浮かべてジョッキを受け取った。
周囲では俺が渡したものが気になるのか、「あれは何じゃ」という声が聞こえ、好奇心を刺激されたウルリッヒがドワーフを代表して聞いてきた。
「リディアに渡したものは何じゃ? 酒精の香りがした気がするが?」
横にいたとはいえ、口をつけたわけでもないのにアルコールの匂いをしっかり嗅ぎ分けている。相変わらずドワーフの鼻は酒に対しては特別だと感心する。
「温めたワインだ。少し手は加えているが、ウルリッヒたちが飲むようなものじゃないよ」
ウルリッヒたちは「温めたワインじゃと。何じゃ、子供の飲み物か」と落胆するが、子爵だけは「私にも作ってもらえないだろうか」と興味を失わなかった。
「大したものではないですよ。それにイグネイシャス様もモルドワインはご存知でしょう?」
「いや、卿が作ったものに興味があるのだ。恐らく私が飲んだことがない、全く別のものであろうとな」
好奇心旺盛な人だと思いながら作りに行こうとしたら、ウルリッヒたちも子爵の言葉を聞いていたのか、「儂らにも作ってくれんか」とジョッキを差し出してきた。
作り方は簡単だし、魔法を使えばすぐにできるので問題はないのだが、十個以上のジョッキが差し出されるとさすがに苦笑が漏れる。
「メルとシャロンも手伝ってくれ。それにルナも来てくれるかな」
いつもならメルとシャロンだけに頼むのだが、二人と一緒にいるルナにも声を掛けてみた。メルとシャロンの「はい!」という元気な返事の後に小さく、「はい」という答えが返ってきた。
ちなみに、リディとベアトリスは完全に飲む方に集中しているから、こういう時には全く役に立たない。
メルがルナの手を引き、「何をしたらいいですか?」と気を利かせて聞いてくれた。
「メルとルナは俺が用意した材料を入れていってほしい。入れたらシャロンに渡して温めてもらう。最後に俺が微調整をして渡していく。そんな感じで」
そう言って準備を始めると、興味を持ったドワーフたちが人垣を作り始めるが、それを無視して作業を進めていく。
「ワインを三百ccくらい入れた後にクローブを二個、砂糖を茶さじ一杯、シナモンの粉を茶さじ三分の一くらい入れて軽くかき混ぜてほしい。最後にオレンジのスライスを一枚を入れてシャロンに渡してくれ。シャロンはそれを六十度くらいに温めてくれ。少々ずれてもいいから。最後にもう一度軽くかき混ぜて俺に渡す。そんな感じだ」
その頃にはギルド職員のジャック・ハーパーがテーブルを用意していており、裏から持ってきたように見せながらインベントリから出した材料を並べていく。
「何の変哲もない、ただのモルドワインです! それでも飲みたい人はきちんと並んでください!」
俺がそう叫ぶが、ドワーフの間からは「ザックが作るものが“何の変哲もない”はずはない」という声が聞こえてくる。
(本当に普通のグリューヴァインなんだが……)
ドワーフの列は徐々に長くなり、五十人ほどになる。さすがにオレンジのストックが尽きるため、ここで制限を掛けた。
「材料がなくなりますので、これ以上は無理です!」
そう言うと落胆の声が上がる。
その間にメルとルナがジョッキに素材を入れ、シャロンに渡していく。そして、最後に俺が温度を確認し、八年物のブランデーを三十ccほど加えて完成する。
子爵はジョッキを受け取ると、「変わったスパイスが使われているな」と言いながら、ゆっくりと口をつける。最後に入れたブランデーのアルコールに少しむせるが、大きく目を見開いていく。
「さすがはザカライアス殿だ! これほどのモルドワインを私は飲んだことがない! 最初にブランデーの酒精が鼻の奥に広がり、そしてオレンジの甘さと苦味、クローブの爽やかな風味が身体全体を包んでいく。最後に来るシナモンの甘い香りがより身体を温めてくれる気がする……」
忘れていたが、この世界のグリューヴァインは赤ワインを温め、蜂蜜を混ぜるくらいでほとんどスパイスを使わない。俺自身、村で普通に作っていたので完全に失念していた。
子爵の独り言はしっかりとドワーフたちの耳に届き、「早く飲ませてくれ!」という声と「儂らは飲めんのか」という落胆の声が中庭に広がっていく。
「イグネイシャス様、大袈裟ですよ。これは単に身体を温めるための飲み物なんですから」
実際、グリューヴァインは食事に合わせにくい。甘みと香りが強いため、肉料理にもデザートにもあまり合わない。俺としては寒い日の一杯目か、逆に寝る前のナイトキャップとして飲むものだと思っている。
「楽しいですね、ルナさん」とメルがジョッキに砂糖とクローブを入れながらルナに話しかけている。ルナはメルから受け取ったジョッキにオレンジのスライスを載せシナモンを振りながら、小さく頷いている。その表情には僅かだが明るいものがあった。
そんな様子を見ながらも次々とドワーフたちにグリューヴァインを手渡していく。
「こいつはいけるが、もう少しブランデーを入れてくれんか。できればジョッキに半分ほど」
ウルリッヒの言葉に「それじゃ別の飲み方だ」と言いながら、少しブランデーを増やしておく。ドワーフにはアルコール分が低すぎるためだ。
全員に渡し終わるのに三十分ほど掛かった。
ドワーフたちの評価だが、おおむね好評だった。まあ、珍しいものが飲めたという程度だが。
開始から三時間近く経ったがロックハート家の面々は俺とリディの解毒の魔法のおかげで潰れることなく飲み続けている。ラドフォード子爵も同じように楽しげに飲み続けていた。
「鍛冶師方と飲む時にはザカライアス殿と一緒でないとな。私一人では早々に潰れていたと思うよ。これだけの酒を前にしてすべてを味わわぬという選択肢はないからな」
「やはり、儂らの同類じゃったな! 目の前にある酒を味わわぬという選択肢は儂らにもない!」
子爵はドワーフたちに完全に認められたようだ。
午後十時を過ぎると、ドワーフたちの乾杯の歌が止んでいく。
俺たちが不思議そうにしていると、リディとダンの剣を打ったヨハン・ヴィルトが理由を教えてくれた。
「これから年が明けるまでは一緒に飲めなくなった仲間を想って静かに飲むんじゃ。大通りに出てみるといい。面白い光景が見えるはずじゃ」
その話を聞き、総本部を出て大通りに向かう。
俺たちと同じように大通りに向かう人たちが多く、何かイベントでもあるらしい。
アルスの大通りは南の大門から王宮に繋がる坂道で、上に行くに従い勾配がきつくなっている。
その坂道にはオレンジや赤、淡いピンクや青といった、様々な色の灯りの魔道具が灯され、幻想的な風景を作っていた。
「これはアルスの名物でもあるんですよ。亡くなった方たちの魂が迷わず 闇の神(ノクティス) のもとに辿り付けるように、ああやって道を示しているんです」
後ろからそう教えてくれる人物がいた。その聞き覚えのある声に思わず振り返る。
「カ、カティさん?」
そこにはグリューヴァインの入ったジョッキを握る王妃カトリーナの姿があった。その姿に父たちが反射的に膝を突きそうになる。
「そのままで。ちょっとだけ様子を見に来ただけですから。フフフ……」
いつから居たのかは分からないが、やはりお忍びでギルドの宴会に来ていたらしい。
「それにしても全然気づきませんでした」と言うと、王妃はにこりと笑い、
「ギルド職員の方が内緒で入れてくれましたの。本当に皆さん良い方ばかり。フフフ……」
どうやら、ジャックたちギルド職員に頼み込んで入れてもらったらしい。
「それでは私はそろそろ王宮に戻りますわ。それではよい新年をお迎えくださいませ」
そう言って一人で坂を上っていく。その後ろを少し距離を空けて数名の騎士が付き従う。
(あれだけの護衛しかいないのか。いくら治安がよくても一国の王妃が駄目だろう……まあ、カティさんのことだから、万全は期しているんだろうが……)
俺だけでなく、父や母もあっけに取られた表情で王妃を見送っていた。