作品タイトル不明
第六十七話「獅子たちの凱歌」
トリア歴三〇一八年十一月一日、午後三時頃。
俺たちの結婚の披露は終わった。
開放型(オープン) 馬車でのお披露目は計四回、リディとベアトリス組、メルとシャロン組を二回ずつ行っている。
リディたちの着替えの関係で、俺にも一応休憩時間が与えられたが、それでも気疲れをし、終わった時に思わず大きな溜め息を吐いた。
四人も面倒なドレスの着替えで疲れており、いつも元気なメルですら、
「締め付けられていたので、ようやく普通に息ができます」と零すほどだ。
母は不満そうだったが、さすがに疲れきった表情の四人を見てかわいそうになったらしい。
俺は黒の礼服から普段着――綿のシャツとジャケット、ロングパンツにブーツ。もちろん色は黒――に着替え、リディたちもいつもの装いに戻っている。
全員隙を見て軽い食事は摂っているが、会場の香ばしい匂いの中をひたすら手を振っていたため、空腹感が強い。それ以上に喉が渇いている者もいるが。
「ようやく飲めるな」とベアトリスがニコニコと笑い、リディも「お酒もいいけどお腹が空いたわ」と言っている。メルとシャロンもリディの言葉に頷いている。
「じゃあ、立ち呑みエリアに行って何か食うか」
「僕が先に行って適当に食べるものを確保しておきます」とダンが元気に走っていく。
祭の会場は料理の匂いと呼び込みの声、ドワーフたちの歌声と楽士たちの奏でる音楽で、雑然としながらも楽しい雰囲気を醸し出していた。
リディとベアトリスの腕を取り、ゆっくりと会場に向かった。父と母は兄夫婦と弟たち、そしてルナと共に俺たちについてくる。
ルナは母の後ろに隠れるようにしているが、祭の会場が気になるのか、僅かに視線を彷徨わせている。
(何となく縁日の雰囲気があるから、前の世界のことを思い出しているのかもしれないな。日本人とは限らないが、祭の雰囲気はどこでもそんなに変わらないだろう。これで少しでも外の世界に興味を持ってくれればいいんだが……)
立ち呑みエリアは会場の中央付近にあり、南側が料理を、北側が酒を配るエリアになっている。
館ヶ丘の南の草原は東西四百メートル、南北二百メートルほどだが、調理場や樽の保管場所、休憩用のテント、トイレなどがあり、陸上競技場ほどの面積が実際の会場になっている。
そこに四千人もの人がいるため、思った以上に人口密度が高い。
(この規模の祭をするにはこの場所じゃ難しいな。といっても、村にここより広い場所はないし……来年以降もやるつもりなら規模を小さくするか、別の場所にしないと難しいな……)
そんなことを頭の片隅で考えているが、その間にも村人やドワーフたちから祝福の声が掛かっている。ドワーフはともかく、村人や兵士、冒険者たちは結構酔っており、羽目を外している者もいた。
領主夫妻もいるため、下品な言葉は掛からないが、冒険者たちからは「これ以上きれいどころを独占しないでくれよ」とか、「俺にも誰か紹介してくれ」などと言う声は掛かっている。
「飲むのは構わんが、喧嘩にならんか心配だな」
父がそう心配していた。
俺たちはドクトゥスでからかわれることに慣れているからいいが、村人の中にはそんな声に眉をしかめている者がいた。
「ドワーフたちがいるから大丈夫だと思いますよ。彼らは“酒に飲まれる”ような無様な飲み方を嫌っていますから」
実際、泥酔して絡んでいた冒険者が数名、ドワーフたちによって会場から摘み出されている。そのため、ちょっとした小競り合いはあったが、大きなトラブルに発展していない。
ちなみにその冒険者たちだが、休憩用のテントに送り込まれているが、今のところ俺たちの手が回っていないので解毒の魔法は掛けていない。ちょっとした罰のつもりだが、エルウェス卿が手配した介助スタッフには死にそうになったらいつでもいいから連絡するよう言ってあるので、酷い二日酔いに悩まされるかもしれないが、急性アルコール中毒で死ぬことはないだろう。
中央の立ち呑みエリアに到着した。
ダンが知り合いの村人たちに手伝ってもらい、料理と酒を確保している。
酒はスコッチではなく麦酒や葡萄酒だ。
「スコッチの無くなる速度が異常に速いそうです。既に残量が厳しいって言っていましたから」
ドワーフたちが挙ってスコッチに手を出しているため、遠慮したと教えてくれた。もちろん、俺たちの中に三年物のスコッチの方がいいという者がいないことも知っている。
「料理の方は落ち着いたようですよ。最初は大変だったとジョニーさんが零していましたけど、ようやく鍛冶師方の食べる速度に追いついたと言っていました」
笑いながら教えてくれるが、祭が始まって四時間くらい経っている。その間常に食べ続け、更に飲み続けられる胃と肝臓は驚異的だ。もちろん、前回のドワーフフェスティバルの実績からある程度は想定していたが、目の当たりにするとやはり驚いてしまう。
ダンが確保してくれた料理はローストポークと 腸詰(ソーセージ) 類、更に 発酵キャベツ(ザワークラウト) などの付け合せ野菜とメイド長モリーが焼いてくれた白パンだ。
「パンはモリーさんに言って確保しておいてもらったんです。物凄い人気であっという間になくなったみたいですよ」
モリーの焼くパンはドクトゥスやペリクリトルのような大都会のパン屋の物よりも美味い。
この世界のパンはどちらかといえば、前の世界のフランスやドイツの田舎パンに近い。全粒粉やライ麦などを使った素朴なもので、ザラッとした食感と天然酵母の強い酸味が特徴だ。これはこれで美味いのだが、毎日食べるとさすがに飽きる。
一方、モリーのパンは小麦粉だけの白パンで、酵母も酸味が少ないものを選び、それを培養して使っている。また、バターやミルクを使っており風味が豊かだ。
粉の挽き方から焼き方まで俺の好みに合わせてもらっており、日本のパンと遜色ないレベルになっている。
俺が住んでいた関西の港町はパンで有名なところだった。マンションの近くにも全国放送で紹介されるような有名なパン屋が多くあり、焼き立てのパンを普段から食べていた。
もちろん、俺自身はパンを焼いたことはないが、試行錯誤の際にアドバイスができる程度の知識は持っている。
今では村の人々もモリーにパンの作り方を習っており、ラスモア村のちょっとした名物になっている。
モリーのパンを簡易オーブンで軽く温め、バターを塗る。このバターもできたての物を 収納魔法(インベントリ) で保管しているため、作った時のフレッシュさを失っていない。
ちなみにこのバターは風味豊かな発酵バターなので、適度な塩を混ぜてパンに塗るだけで、酒のつまみになる。
リディとベアトリスは赤ワインを飲みながら、ローストポークとバターを塗ったパンを齧っている。
「ようやく人心地ついたね」とベアトリスが満足げに木製のカップを呷っている。インベントリに保管してある高級ワイン、シーウェルワインを出してもよかったのだが、彼女が断っていた。
「あのワインは美味いが、こういう場には合わない気がするんだよ。みんなが飲んでいる物を、楽しく飲んだ方が美味い気がするんだ」
俺もその意見に賛成だ。
酒にも“ 時と所と場合(TPO) ”がある。こういった祭で高級な酒を飲んでも大して美味くはないと思う。みんなとワイワイガヤガヤ飲む時は、ほどほどの酒の方が何となく合っていると俺も思っている。
メルとシャロンは酒ではなく、冷やしたハーブティを飲んでいる。二人とも下戸ではないのだが、俺が十代の飲酒は成長を阻害すると言っているため敬遠しているのだ。特にシャロンは味を見る程度でグラス一杯分すら飲まない。どこの成長を気にしているのかは聞いていない。
二人はハーブティを飲みながら、馬車での披露の話に花を咲かせていた。
「この立ち呑みというスタイルはなかなかよいものだな」と父が話しかけてきた。
意外なことにこの世界にはスタンディングバーが存在しない。冒険者の街ペリクリトルでもカウンター席はあるものの、基本的には座って飲むところばかりだ。帝都にもスタンディングスタイルのバーはなく、立ち呑みは公園などにある屋台で酒と串焼きなどを買って食べる程度らしい。
兄ロッドと義姉ロザリーも父の意見に賛同していた。
「そうですね。長時間は疲れますけど、簡単な料理と酒にはこんな感じの方が手軽でいいと思います」
「 私(わたくし) にはとても新鮮ですわ」
兄はともかく、辺境伯令嬢のロザリーは立って食事をすることなどなかったため、新鮮なのだろう。
周囲には立って飲み続けている者もいるが、祭が始まって四時間が経ち、地面に布を敷いて座っている者の方が多い。地面に座って食事を摂るのは兵士や冒険者だけでなく、村人も農作業の合間は日常的に行っているので違和感はないらしい。唯一、鍛冶師たちは日常的に地面に座ることはないが、酒を与えておけばそんな細かなことを気にする者は一人もいない。
この一画がロックハート家の溜り場のようになり、次々と酔客が挨拶に来る。
特に冒険者たちは俺たちがドクトゥスで冒険者をやっていたことを知っており、多くの冒険者が挨拶に来てくれた。
更に多かったのは当然ドワーフたちだ。
昨年、アルスに行った時に顔を合わせた親方たちだけでなく、今回は見習いクラスの若手も多く訪れている。
彼らはスコッチが飲めたことで感動し、その想いをロックハート家に伝えにくるのだ。
中には「こんな美味い酒を本当にありがとう……」と言って涙ぐむ者や、「早く俺たちが飲めるようにがんばって作ってください」と言ってくる者など、心から酒を待ち望んでいた。
そんなドワーフたちに一番囲まれていたのは“教祖”スコットだ。彼とブランドン、カルバートの三人は蒸留所の責任者ということで分厚いドワーフの壁に囲まれ続けている。
身長差の関係で頭が見えているため、そこにいることが分かる程度だ。その様はアイドルとそれを囲む熱烈なファンたちにそっくりだ。
そんな状況だが、スコットたちの顔に困惑はない。さすがにドワーフフェスティバルとその後に研修でやって来た鍛冶師たちで慣れたようだ。それに村を守るために全てを投げ打ってきてくれたことに心から感謝しており、ずっと立ち続けているにもかかわらず、疲れた表情を見せることもなかった。
(“スコット”グッズをここで売り出したら、凄い売れ行きなんだろうな。サイン色紙とか金貨一枚でも買っていきそうだ。サイン色紙はともかく、みやげ物は考えておいてもいいかもしれないな……)
みやげ物で儲けるつもりはないが、折角“聖地”ラスモア村に来たのだから、その記念になる物があれば、ドワーフたちもうれしいのではないかと考えただけだ。
(観光地でみやげ物屋になんか行かなかったから、何がいいんだろうな。俺が中学生くらいの時はペナントとか提灯とかがあったが、今でも売っているんだろうか……)
一時間ほど経つとようやく腹も落ち着き、周囲の音楽を楽しむ余裕が出てきた。
今回は急遽集めたということで、キルナレックにいた楽士たちしかおらず、七、八人ほどがギターのような弦楽器や横笛などで明るい曲を奏でている。
ドワーフたちの定番、乾杯の歌が何度も歌われ、聞き慣れているカウムの兵士も一緒になって歌っていた。更にドワーフたちに馴染みが少ないペリクリトルの冒険者たちもいつの間にかその輪に加わり、四千人の大合唱になることもあった。
そんな中、一人の吟遊詩人が館ヶ丘の戦いの歌を歌っていた。
祭の雰囲気を考慮したのか、戦記物にありがちなバラード調ではなく、少しアップテンポでリズミカルな曲調だった。
その歌詞は以下のようなものだ。
草原を埋め尽くす白骨の群れ。
獅子心に従いし、三百の精鋭は城壁に立ち、迎え撃つ。
されど死せる者どもは限りなく、骨を砕くも堀を埋める。
獅子の紋章を担いし 強者(つわもの) は、笑みを浮かべて城壁に立ち、
戦友(とも) と共に、死せる者どもを 闇の神(ノクティス) の下に送る。
怪しく光る死霊たちは夜空を 黄昏刻(たそがれどき) の如く照らしていく。
剛弓の射手らは流星の如く輝ける 聖銀(ミスリル) の矢を放ち、
闇の静けさを取り戻す。
死した魔道師は黄泉の 路(みち) の如き穴を穿ち、赤黒き溶岩を丘に噴き出す。
丘に白骨の兵士が放たれ、獅子の 兵(もののふ) らも遂に力尽きんとす。
屈強なる槌の戦士がその危機に立ち上がる。
槌の戦士らは巨大なる白骨を、 土器(かわらけ) の如く易々と砕き、
獅子の 兵(つわもの) を 援(たす) ける。
深淵より出でし、死せる者どもの王、遂に現れ、
“我は神に挑む者なり”と不遜に呟き、見る者に恐れを与える。
獅子心(ライオンハート) 、七人の勇士を率い、
死霊魔道師の作りし隧道を使いて、雌雄を決せんとす。
死者の王、その闇を固めし鎧を纏い、死霊どもを率いて、勇士たちを迎え撃つ。
死者の王、その力は強大にして、その剣、獅子を貫く。
されど、獅子はその身をもって剣を封じ、勇士たちの血路を拓く。
神剣、神槍が煌く。
神に挑みし死者の王も、遂にその身を 闇の神(ノクティス) に委ねけり。
……
なかなかよくできた詩だと感心していたが、祖父や従士たちは自分たちが詩になっていることに困惑していた。
「儂らは英雄でも何でもないんじゃが……」
「いいえ、英雄ですわ。そうですわね、ウルリッヒさん」と王妃が言い、
「そうじゃ。儂らの命の糧を守りきってくれたんじゃ。これを英雄といわずして何を英雄というんじゃ」
ウルリッヒの力強い言葉にドワーフたちは「そうじゃ!」、「ジーク、スコッチ!」と言って同意していた。
祖父たちはそれ以上何も言えなかった。
■■■
ラスモア村祝勝会で歌われた 詩(うた) は“獅子たちの凱歌”と名付けられた。自警団の若者から聞いた話を基に即興で作られたが、よく考えられた歌詞となっている。
特に危機に陥ったところで“槌の戦士”ことドワーフたちが登場するなど、実際とは微妙に異なっているが、客たちが喜ぶように作られていたのだ。
しかし、カウム王国の兵士やペリクリトルの冒険者が多数聞いていた割には、その後、この詩が歌われることはほとんどなかった。
本来、この手の戦記物の歌は酒場でしんみりと歌われるもので、戦友を亡くした傭兵や冒険者が友を偲んでリクエストするものだ。
しかし、詩自体が悲壮感を感じさせないだけでなく、曲調も明るいため、彼らの要望に沿わなかった。
もし、今回の戦いにラスモア村の自警団以外が参加していたら、勇壮な戦いを思い出すということで、事情は変わっていたかもしれないが、ラスモア村でも知り合いを偲ぶ詩としてはあまり相応しくないと敬遠された。
吟遊詩人の狙いはドワーフたちだが、彼らには吟遊詩人の詩を聞きながら飲むという文化がない。音楽自体はBGMとして流れていることがあるが、彼らは自分たちでいつもの乾杯の歌を歌う方が好みなのだ。
ただ、この“獅子たちの凱歌”というタイトル自体は世界中に知れ渡った。それは純粋に物語のタイトルとしてである。
これが広まったのは王妃カトリーナ・ブレントウッドが関与したためだ。
彼女はこの詩を書き留めさせ、王宮に戻ってから物語として作り直させた。更にその物語には戦いの話とは別に、鍛冶師たちが夜を徹して救援に向かったことが付け加えられている。
そして、完成した物語を商業ギルドのアルス支部長に渡した。
「この物語を広めれば貴ギルドは鍛冶師ギルドと良好な関係が築けるのではありませんこと?」
それに対し、支部長は王妃の思惑が分からず、真意を確認する。
「確かにその可能性は高いと考えますが、貴国が我々に便宜を図って頂く理由が分かりません」
「我が国はロックハート家に強い恩を感じております。この話が広まれば、ロックハート家が鍛冶師と強い絆で結ばれていると分かりますわ。そうなれば愚か者がロックハートに干渉することもなくなるでしょう」
王妃の説明に支部長は納得しなかった。
カウム王国が帝国の騎士に対し、恩義を感じているとはいえ、そこまで便宜を図る必要があるのかという疑問に突き当たったからだ。
支部長はその疑問を口にしなかった。王妃に話す気がないことが曖昧な笑みから窺われ、自分たちに利益があることは間違いないため、無理に聞くべきではないと思ったからだ。
そして、商業ギルドは活版印刷と版画を用い、この“獅子たちの凱歌”という絵物語を通常の絵本の十分の一以下という格安の値で販売した。
アルスではドワーフを中心に大いに売れた。また、他国でも他の本より圧倒的に安価であり、ストーリーも分かりやすいということから、文字を覚える際の教本として使われた。
カウム王国が密かに資金援助を行い、安く販売するよう依頼したという話が残っているが、公式には確認されていない。