軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十六話「ドワーフからの贈り物」

トリア歴三〇一八年十一月一日、午後一時頃。

館ヶ丘の南の草原で俺たちの結婚式が行われた。

当初は結婚の報告だけに留めようと思っていたのだが、王妃カトリーナ・ブレントウッドが神官を呼び寄せており、そのまま結婚式が始まったのだ。

神々への祈りが終わり、神官による結婚の宣言が行われ、これでリディとベアトリスは正式に俺の妻となった。

王妃から祝福の言葉が贈られる。

「ザックさん、リディアーヌさん、ベアトリスさん、メルさん、シャロンさん。本当におめでとうございます。 私(わたくし) カトリーナ・ブレントウッドはカウム王国の王妃として、そして一人の友人として、皆様のご結婚、ご婚約を祝福したいと思います。マサイアス卿、奥方様、ゴーヴァン卿、そして、ラスモア村の皆様。私は友人として共にお祝いできたこと、この感動を共にできたことを嬉しく思っております。これからも皆様と共に、このような幸せを感じていきたいと思っております!」

王妃の簡潔な挨拶が終わると拍手が起き、「よい挨拶じゃ」とか、「儂らも同じ気持ちじゃ」というドワーフたちの声が掛かる。

王妃が優雅に礼をして下がると、ウルリッヒが前に出てきた。

「儂らの飲み仲間に乾杯! ジーク・スコッチ!」

そう言ってジョッキを上げる。

それにドワーフが応じ、更に村人や兵士たちも同じように「「ジーク・スコッチ!」」と酒を掲げた。

簡潔すぎる挨拶に彼らしいと笑いが込み上げるが、その掛け声に違和感を抱く。

(ドワーフたちにとって大事な言葉だったんじゃないのか? 楽しそうに叫んでいるから、別にいいんだが……)

“ジーク・スコッチ”の本来の意味は、スコッチ、すなわち酒に勝利を捧げるという意味らしいが、ラスモア村では乾杯の音頭として定着した気がする。

そして、最後に最も古くからのドワーフの友人ベルトラムが一歩前に出た。彼の横には妻のミーナもおり、二人で挨拶をしてくれるらしい。

「ザック、リディア、ベアトリス、メル、シャロン。おめでとう。俺はただの鍛冶師だから、何を言っていいのか分からん。だから、俺たちの祝いの気持ちって奴を形にしてみた」

そう言って懐から小さな箱を取り出す。それは何の変哲もない木箱だった。

会場にいる村人たちも何が起こるのかと不思議そうに見ているが、ドワーフたちは何が起こるのか知っているらしく、ニヤニヤと笑っている。

ベルトラムがゆっくりと箱を開ける。

そこにはシンプルなデザインの指輪が五つ入っていた。

「俺たちは細工師じゃねぇ。だから、宝石をはめ込んだり、複雑な紋様を彫り込んだりすることはできん……」

彼の言う通り、その指輪は幅一センチほどとやや幅広で、表面は磨き上げられているが、複雑な模様などはなかった。

「こいつはアダマンタイトで作ってある。アダマンタイトは金属の中で一番硬い。お前たちの絆を表すには一番だと思ったんだ」

俺の剣と同じように黒にも見える濃い紫色だが、黒曜石のような透明感を感じさせ、陽の光を受けると虹色に輝く素晴らしい指輪だった。シンプルながらも名剣のような気品を感じさせる。

「それだけじゃねぇ。ここにいるドワーフ全員がハンマーを入れた物だ。まあ、最後は叔父貴たちが仕上げているがな」

このアダマンタイトの 塊(インゴット) から指輪を造る際に、千五百人を超えるドワーフ全員が一度はハンマーを入れ、最後にウルリッヒら名人級の鍛冶師が仕上げを行った。

昨夜、宴会に呼ばれなかったのは、このサプライズを狙ってのことらしい。

ベルトラムの説明が終わると、ミーナが俺の横に立ち、

「こちらがリディアさんのです」と言って指輪を取り出した。

「ありがとう。本当に嬉しいよ」と答えて指輪を受け取る。

そしてリディの前に立ち、左手の薬指にその指輪を通した。

驚いたことにサイズは測ったようにぴったりだった。

リディがその指輪をよく見ようと顔の前に手を持ち上げる。陽の光を受けた指輪が美しく輝き、その瞬間、会場から拍手が湧き起こる。

ベアトリス、メル、シャロンと指輪を嵌めていく。そのいずれもがぴったりでどうやって測ったのか不思議なほどだ。

後で聞いたら、「一流の鍛冶師は装備を作った相手の手くらい覚えている」とのことだ。

四人に指輪を嵌め終えると、ベルトラムがリディに「これがザックの分だ」と言って手渡す。リディはベアトリスたちを見るが、彼女たちは小さく頷くだけだった。

リディはそれに勇気付けられたのか、俺の左手を取るが、「右手に嵌めてやってくれ」とベルトラムに言われ首を傾げる。確かに左手の薬指にはリディからもらったデュプレ家の指輪があった。リディは自分の分はいつの間にか外していたが、俺はそこまで気が回っていなかった。

彼女は小さく頷くと俺の右手を取り、少しうるんだ目で俺を見る。

「まさかこんな形で指輪の交換をするとはな」と俺が言うと、彼女も「本当ね」と笑った。

俺の指にアダマンタイトの指輪が嵌った。リディからもらったデュプレ家の指輪より、ずっしりと重い。

そして、指輪を見て微笑んだ後、彼女に口付けをする。更にベアトリス、メル、シャロンと一人ずつ口付けをしていった。

その間、村人もドワーフたちも静かに見守ってくれた。俺は人々の方を向き、

「こんな素晴らしい物を用意してもらえるとは思っていませんでした! ドワーフの皆さんの想いが篭ったこの指輪は一生大切にします! 本当にありがとうございました」

そう言って頭を下げる。

万雷の拍手が起こり、「「ジーク・スコッチ!」」の声がドワーフたちから上がる。

これでお披露目はとりあえず終わったと安堵していた。

リディたちも同様で「肩が凝るわ」とこぼしている。

ベアトリスも酒が飲めることが嬉しいのか、ニコニコとしながら、

「これでようやく祭に参加できるね。さて、羽目を外すか」と言っている。

その言葉を聞きつけた母が絶望的な言葉を吐いた。

「あら、まだ駄目よ。お披露目も終わっていないし、他のドレスも着てもらわないといけないんだから」

この後にもまだ何かやるつもりらしい。

父に小声で「何をやるんですか」と聞いてみたが、

「教えてくれんのだ。ターニャが妃殿下とこそこそと話していたのだが、私も聞いておらん」

そこで王妃の方を見てみると、ニコリと笑うだけで教えてくれそうな気配がない。

そうこうしているうちに一台の馬車がやってきた。この村にある荷馬車ではなく、 開放(オープン) 型の乗用馬車で御者はきちんと正装している。

「間に合ったようです」とオットー・エルウェス卿が現れた。

「私がエルウェス卿に頼んだのです。パレードに使う馬車があった方がいいのではないかと思いまして、ホホホ」

詳しく聞いてみると、今朝方、王妃が俺たちの結婚に気付き、パレードを行うことを母ターニャに提案したそうだ。

「王妃様がおっしゃるには門からは遠くの人が見えないだろうし、馬車に乗って会場を回ればみんなから祝福してもらいやすいのではないかって。確かにそう思ったから、王妃様にお願いしたのよ」

昨年の兄たちの結婚式でウェルバーンの街をパレードしたことを思い出したようだ。

「この馬車だと三人が精一杯だから、交代で回るのよ」

「ということは、俺はずっと乗っているってことですか……」

「当たり前でしょう。あなたは四人と結婚するのよ。平等に相手をしてあげなければいけないわ。それを分かってプロポーズしているのでしょ」

確かにそのとおりなので素直に頷いておく。

(ドレスを着替えるとなると、最低四回、多分六回は周らないといけないな。まあ、会場は狭いし、一周十五分くらいだろうから、すぐに終わるだろう……)

最初はリディとベアトリスと共に馬車に乗る。まさに両手に花だが、元は二人掛けのシートに三人で座っているため、密着度が凄い。ベアトリスはもちろん、リディもドレスを身に纏っているため、いつもよりボリュームがある。

「あんたたち二人の方がよかったね。あたしが入ると狭くて仕方がないよ」

ベアトリスは肩を竦めるようにしてそういうが、

「別にいいでしょ。長い時間乗っているものでもないんだし。あなたもザックの腕を取りなさい。そうすれば少しは広くなるんだから」

リディはそう言って俺の腕にしがみつく。柔らかい感触が腕に伝わってきた。更にベアトリスも同じように腕を絡めてきた。ちょっと狭いが二人の体温を感じられるのが心地良い。

俺たちの準備が整うと、馬車はゆっくりと進み始めた。

近くにいる人たちから祝福の声が上がり、それに俺たちは手を振って応えていく。

いつの間に準備したのか、村の女性たちが馬車に向けて花びらを撒いていた。色とりどりの花が風に乗って俺たちの前を流れていく。

「凄いわね」とリディが呟くが、「口を閉じていないと舌を噛むぞ」と言っておく。

整備されていない草原であるため、揺れが大きいのだ。それでも速度が遅いため、耐えられないほどではない。

祝福の声に応えながら、十分ほど掛けて祝勝会会場を周っていく。

一周目が終わるとリディとベアトリスが降り、メルとシャロンに代わる。

エスコートしながら馬車に乗り込むと、同じように会場を周っていった。

■■■

馬車に乗る幸せそうなザカライアスたちを見ながら、カトリーナ・ブレントウッドは満足げに微笑んでいた。

彼女の横にはエルウェスが控えており、疲れた表情ながらも王妃の満足げな表情に安堵していた。

「これで我が国は大丈夫ですわ」

王妃がそう言うとエルウェスが大きく頷き、

「あの指輪は見事に成功しました。鍛冶師方が心を込めた指輪です。これでザカライアス卿に無理やり女性を押しつけようとする者はいなくなるでしょう」

王妃の視線はザカライアスと一緒に馬車に乗るシャロン・ジェークスを捉えていた。

「そうですわね。帝国の貴族たちもこれでザカライアス卿に手を出せないでしょう。シャロンさんも私たちがそこまで考えていると気づいているはずです」

あの指輪は昨夜、王妃がウルリッヒ・ドレクスラーに依頼したものだった。

王妃の狙いはザカライアスと鍛冶師ギルドの親密さを見せつけると共に、鍛冶師たちが心を込めて作った指輪を五人に渡すことで、この五人の関係を悪くするような行いをすれば鍛冶師ギルドが敵に回ると分かるようにしたことだ。

これによりザカライアスを自分の陣営に引き込むために、女性を送り込むという策を無効化したのだ。

このことでカウム王国が直接的な利益を受けることは少ない。鍛冶師ギルドと王妃の関係が良くなるということはあるが、現状でも充分にギルドとの関係は良好だ。

つまり王妃の狙いはシャロン・ジェークスに対し恩を売るという一点のみだ。この時の王妃は過度にシャロンを恐れており、自分たちが彼女に敵対しないことを形にしてみせた。

もちろん、ウルリッヒに本当の狙いは話さず、ドワーフたちの祝いの気持ちを物にして表してはどうかと提案している。その際に指輪を作ってはどうかとほのめかしていた。

ウルリッヒはザックたちが結婚すると聞いて喜び、更に自分たちが作った物を贈るという提案に飛び付いた。そして、すぐに研修所に行き、宴会をしていたドワーフたちにそのことを告げ、すぐに作業に入った。

千五百人以上のドワーフが形だけとはいえ、ハンマーを入れることも王妃が示唆したものだが、そのために時間が掛かり、作成作業は夜を徹して行われた。もちろん、宴会をやっていても徹夜だったはずだが。

満足げな王妃を見て、エルウェスはこれで仕事は終わったと密かに安堵していた。

しかし、王妃の次の言葉で、彼の思惑は儚く消えた。

「そう言えば先ほど、ザックさんが来年も祝勝祭をするのならお酒が足りなくなるとおっしゃっていました。確かにドワーフ方が数千人集まれば、王国の酒庫は空になってしまいますわ。エルウェス卿、この問題もよろしく頼みますわね」

エルウェスは数千人のドワーフが集まると聞き、驚愕する。

彼は神官や馬車の手配で忙しく、王妃の挨拶を聞いていなかった。更にその後のザカライアスの警告も聞いておらず、数千人のドワーフと聞き、目の前が真っ暗になる。

「数千人ですか……無理ではないでしょうか……」

震えるような小声であったため、ザカライアスたちを祝福する声にかき消される。

「ザックさんが後で相談に来られるはずです。資金は鍛冶師ギルドが手配して下さるそうですから、お酒の手配や輸送などの実務的なところをお願いしますね」

エルウェスの脳裏にアルス街道を埋め尽くす酒樽を満載した荷馬車の姿が浮かんでいた。そして、楽しげに「ジーク・スコッチ!」と叫ぶドワーフたちの姿がぐるぐると回っていた。