軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十五話「結婚発表」

トリア歴三〇一八年十一月一日、午後一時頃。

館ヶ丘の南の草原では祝勝会が行われていた。

既に祝勝 会(・) というより、祝勝 祭(・) という 趣(おもむき) で、村人、ドワーフ、カウム王国の騎士団の兵士、冒険者たちがそこら中で入り乱れ、乾杯の声が上がっている。“ジーク・スコッチ!”という謎の掛け声も聞こえる気がするが気にしないことにしている。

最初は足りなかった料理もようやく落ち着き、辺りには肉や 腸詰(ソーセージ) が焼かれる香ばしい香りや香辛料を多く使った煮込み料理の香りなど、食欲をそそる香りが立ち込めている。

四千人もの参加者は立ち飲み用のテーブルで食事をする者もいるが、多くが草原に布を敷いて車座になって歓談しており、普段の祭とは少し違う印象があった。

近隣の町からやってきた楽士たちが奏でる陽気な曲が風に乗り、何となく日本の花見を思い出す。

そんな中、俺は東側にある公衆浴場近くにいた。そこがリディたちの更衣室になっており、彼女たちをエスコートするために待っているのだ。

明るい黄色のドレスに着替えた母ターニャが現れた。後ろには兄嫁ロザリー、メルの母ポリーとシャロンの母クレア、メイド長のモリーらロックハート家の女性たちがいる。

母の後ろには明るい色のワンピースを着たルナの姿もあった。彼女はまだ昏い目をしているが、それでも少しずつ外に出ようとしているようだ。

母が準備が終わったことを告げる。

「お待たせ。でも、待った甲斐はあるわよ。じゃあ、リディアさんからどうぞ」

母の言葉で恥ずかしそうに下を向いたリディが、ゆっくりとした歩みで現れた。

「きれいだ……」と思わず口に出すほど彼女は美しかった。

結い上げられた金色の髪に透き通るような肌。身を包むのはシンプルな形の純白のドレスだが、左肩には白鳥の羽根があしらわれ、華やかなアクセントになっている。

女神(ウィータ) が降臨したと言われても納得するほどの美しさで、言葉で表現することができない。

「似合っているかしら?」と上目遣いで、はにかむように問われると、無言で頷くことしかできない。

母から「何か言ってあげなさい」と言われて、ようやく言葉が出る。

「きれいだ。本当に似合っているよ」

そう言いながら近寄り抱き締める。

「あらあら……まだ、ベアトリスさんたちがいるのよ」と母が苦笑するが、俺の視線はリディに釘付けになっていた。

数秒見つめた後、ゆっくりと彼女を放す。

「本当にきれいだ」と同じ言葉を繰り返していた。

「はいはい」という母の呆れ声でようやく自分の周りに母たちがいることを思い出す。

「じゃあ、次はベアトリスさんよ」というとベアトリスが現れる。

彼女も純白のドレスだが、こちらは体の線がはっきりと分かるマーメイドスタイルで、純白の毛皮のケープを肩に掛けていた。

普段はしない化粧まで施されており、僅かに垂れた感じの虎耳と少し潤んだ瞳が保護欲を誘う。

「似合っているよ。初々しい感じがいい。いつもの凛々しい感じも好きだが、こういう感じも好きだ」

俺の言葉にベアトリスは「からかうんじゃないよ」と反論するが、いつもの勢いはない。

「からかってなんかいないさ。こんなかわいい女性が俺の嫁さんになってくれるんだ。本当にきれいだ」

そう言って抱き締めるが、ヒールのあるサンダルを履いているため、俺の方が二十センチ以上顔が下に来てしまう。必然的に彼女の大きな胸に包まれるような形になり、少し恥ずかしい。

その気恥ずかしさを誤魔化すため、今回のコーディネーターである母に衣装のことを聞いてみた。

「リディは元々白いドレスでしたけど、ベアトリスも兄上の結婚式の舞踏会で着た深紅のドレスだと思っていました」

俺がそう言うと不思議そうな顔をされる。

「あら、あなたが言っていた衣装にしただけよ。花嫁には白いドレスがいいって言っていたから」

「でも、こんな急によく準備ができましたね」と半分感心し、半分呆れていた。

「二人はいつでもいいように準備していたから。メルとシャロンの方が大変だったんだから」

俺が苦笑していると、「まだ二人いるんだから」と言って急かす。

「じゃあ、メルの番ね。メル、お待たせ」

メルは兄の結婚式で着た薄いブルーのドレスだった。

「今日は婚約の発表だから。白は本番にとってあるのよ」と何も聞いていないのに母が説明してくれた。

彼女のトレードマークであるにんじん色の赤毛は巻き上げるように結われ、少し日に焼けたうなじと大胆に出した肩が、危うい感じの色気を放っていた。少女から女に脱皮したとまざまざと感じさせる。

「去年より更にきれいになったね。立派な 淑女(レディ) だよ」

軽い口調でそう言ったが、僅かに声が震えていた。十七歳になった彼女に本気で大人の女性を感じ、内心では焦っていたからだ。

「ありがとうございます。まだまだリディアさんやベアトリスさんみたいに大人の女性じゃないですけど」

彼女は俺が内心で焦っていることに気づいたのか、ニコリと微笑む。その笑みに妖艶さを感じる。

「メルもきれいになったわ。野原を駆け回っていた頃が嘘みたい」と母が言うと、ポリーも「本当ですね。でも、よかったです。この子の夢が叶って」と目頭を押さえていた。

「ほら」と母に急かされ、軽く彼女を抱き締める。

後ろにいるダンが気になっていると、「よかったね、メル」と言って祝福の言葉を掛けていた。

「最後はシャロンよ」と母が言うと、メルと同じように昨年着たドレス姿で現れた。

薄いピンク色の大人しい感じのドレスだが、花をあしらった飾りが胸元につけられており、女性らしさを演出している。

本人は恥ずかしいのか下を向いたままで前に進まない。

「きれいだよ」と言いながら近づいていく。

彼女も母たちによって化粧が施されており、いつもの幼い感じが消えていた。

「見違えるようだ」と俺が言うと、「似合っていますか」と自信無さ気に聞いてくる。こういうところは昔から変わらないなと思いながら、

「よく似合っているよ。自信を持っていい。だからしっかり顔を上げて」

「はい」と答えてゆっくりと顔を上げた。

大きな瞳が僅かに潤んでいたが、いつもなら小動物のように幼げに見える彼女が、今日は貞淑な女性であると感じさせた。

四人の美女が並ぶ光景は壮観だった。

その頃には祖父や父もその場に来ており、祝福の言葉を掛けてくれた。

「リディア、ようやく夢が叶ったな」と祖父がリディを祝福すると、彼女は「ありがとう、ゴーヴィ」と言って祖父の胸にちょこんと額を付けた。

その横では父が「ザックのことを頼む」とベアトリスに言い、

「はい…… 義父上(ちちうえ) 」と恥ずかしそうに答えている。

メルとシャロンにはそれぞれの家族から祝福の言葉が掛けられていた。

五分ほどロックハート家だけで祝福しあっていたが、草原の方から俺たちを見ている視線を感じ、父が門に向かうよう言った。

「それではみんなが待っている。門のところにいくとするか」

今日の段取りだが、追悼式と同じように正門を演台として利用する。王妃とウルリッヒ、ベルトラムが挨拶してくれることになっていた。王妃と匠合長であるウルリッヒは順当だが、ベルトラムは俺との付き合いが長いということで無理やり頼み込んでいる。

最初は嫌がっていたが、五人で頼み込み、更には祖父や父もそれに加わったことから、渋々引き受けてくれた。

正門までは百メートルほど。リディを右手にベアトリスを左手にエスコートし、草原を歩いていく。

「このハイヒールって奴は歩きにくいね」とベアトリスが零すが、仕方がない。公衆浴場から正門まではロックハート家の者や自警団員たちが歩いてできた踏み固められただけの道しかなく、道が整備されていないからだ。更にアンデッドとの戦闘でその道も荒れている。

「そうね。ブーツの方が歩きやすいわ」とリディも同じように呟いている。

「今日だけ我慢してくれよ。その方が似合っているんだから」

そんな他愛のない話をしながら正門に向かう。その道にも人が溢れ、多くの人たちから祝福の声が掛かる。

それに手を上げて応えながら、ゆっくりと歩いていく。

「ベアトリスお姉ちゃん、きれいだよ!」と村の子供が手を振り、彼女もそれに手を振って応える。

「こんなに祝福してもらえるとはな。あたしは幸せ者だよ」とベアトリスが微笑む。

「リディアーヌ様が遂にザック様と……ベアトリス様だけじゃなく、メリッサ様やシャロン様まで……ザック様! 独り占めは酷いですよ!」という若い自警団員からのからかいに似たやっかみの声が掛かる。

「あんたにはあたしがいるでしょ! それともあたしじゃ不満だって言うの!」という彼の妻らしき女性の冗談交じりの声が響き、相手の耳を引っ張る。

「イテテ! 今のは冗談だからぁ!」というと、それに呼応するように周囲から笑いが巻き上がる。

そんな光景を見ながら、リディが感慨深げに呟く。

「あなたと一緒になれて本当によかったわ。こんなに大勢の人に笑顔で祝福されるんだから」

「リディも完全に村に馴染んだよな」

「そうね。ここはもう私の 故郷(ふるさと) よ。そう、私のいるところ……」

そう言って絡めた腕に力を入れる。

後ろからメルとシャロンの明るい声の会話が聞こえてくる。

「ねぇ、シャロン、私たちの時もこんなに祝してもらえるかな?」

「大丈夫だと思うよ、メルちゃん。だって、ザック様と一緒だから」

幸せを噛み締めながら、更に手を振っていく。

正門に着くと王妃とウルリッヒ、そして、ベルトラムとミーナがいた。

四人とも笑顔で俺たちを待っており、王妃が代表して「おめでとう、ザックさん。皆さんもおめでとう」と言ってジョッキを掲げる。それに合わせるように三人もジョッキを上げる。

(やっぱりカティさんはドワーフなんじゃないだろうか。これほど木製のジョッキが似合う王妃様もいないよな……)

そんなことを一瞬考えるが、すぐに頭を切り替え、「ありがとうございます」と言って頭を下げる。

ミーナが「本当に皆さん、おきれいですね」とニコニコと笑い、ベルトラムが俺の背中をバシンと叩いて乱暴な祝福をする。

リディたちを引き連れ、正門の上に上がっていく。

正門の上に立つと、俺たちを見ようと下には人だかりができていた。俺たちが上がりきると、

「ザック様、おめでとう! リディアーヌ様、おめでとう!……」という声が草原に響いた。

全員が揃っていることを確認し、大きく頭を下げる。

その直後、万雷の拍手で会場が湧き上がる。一、二分、それが続き、少し落ち着いたところで父が前に出た。

「今日は皆に報告がある。既に知っていると思うが、我が次男、ザカライアスが結婚する!」

そこで再び拍手が巻き起こる。

「相手はリディアーヌ・デュプレとベアトリス・ラバル。結婚はまだ少し先になるが、メリッサ・マーロンとシャロン・ジェークスとも本日正式に婚約した!」

俺はそこで大きく頭を下げ、リディとベアトリスを伴い、父の横に立つ。

「皆さん! 私ザカライアス・ロックハートは本日、リディアーヌ・デュプレ、ベアトリス・ラバルと結婚することを決めました! 正式には神官殿に立ち会っていただき、神々の前で宣誓した後になりますが、私個人としては皆さんの前で宣言する本日、今が結婚した瞬間だと思っています!」

そこで今一度拍手が湧くが、

「少し待て!」

というウルリッヒの声がその拍手を中断させた。

俺が何だと思っていると、彼はニヤリと笑う。更に王妃も同じようにニコニコと笑っている。

「神官殿をこちらへ!」と王妃が言うと、人々の間を掻き分けるようにして、神官服を着たやや肥満体の中年の男が前に出てきた。彼は村から最も近い町、ボグウッドの神官エマーソンだった。

「 私(わたくし) が手配いたしました。きっと必要になると思いまして」

王妃がそう言うと、エマーソンは汗を拭きながら緊張した面持ちで正門を上がってくる。

「エマーソン神官、ザカライアス卿たちの婚姻の儀をお願いしますね」

王妃がにこやかにそう言うと、エマーソンは「は、はい。う、承りました」とどもり気味に答える。普段は人当たりのいい人物なのだが、自国の王妃から声を掛けられたことと、四千人という大観衆を前にして極度に緊張しているようだ。

「結婚するのはザックたちじゃ。そんなに気を張らんでもよかろう」とウルリッヒが言うと、

「わ、分かりました」と言いながら更に汗を拭き始める。

ウルリッヒも自分が重要人物だということを忘れているらしい。

「ウルリッヒ殿ではないが、普段通りでよい。我が村のいつもの祭だと思って、気を楽にしてくれ」

父の言葉でやや落ち着きを取り戻したのか、俺たちの前に立つ。

本来なら婚姻の祈りは南ヶ丘にある神殿で行われるのだが、今回はここで行った後、家族だけで神殿にいき、もう一度祈りを捧げることになる。

エマーソンは 人の神(ウィータ) に捧げる言葉を述べ、更に 創造神(クレアトール) を筆頭に他の神々へも祈りを捧げていく。

草原は静まり返り、風が吹き抜ける音しか聞こえない。

俺たちも頭を下げ、神々に祈りを捧げていく。

(私をこの世界に呼んでくれた神々よ。私にこのような素晴らしい伴侶を与えてくださり、感謝いたします。ルナを守ることはできたと思います。この先は彼女をよき方向に教え導き、ご期待に添えるよう努力いたします……)

俺は神々に真摯に祈った。神々が呼んでくれたから、リディたちに出会えたのだ。この恩に報いること、つまり、神々より遣わされた子、ルナを教え導くことをもう一度心に誓ったのだ。

エマーソンの祈りの言葉が終わった。

「ザカライアス・ロックハート殿、リディアーヌ・デュプレ殿とベアトリス・ラバル殿。神々への祈りは終わりました。あなた方は今、この瞬間より夫婦となりました。あなた方に神々の祝福を!」

その瞬間、拍手が湧き、「おめでとうございます!」という声が上がった。更に楽士たちが結婚に相応しい華やかな曲を奏で、厳粛だった空気は一気に明るくなる。

俺はリディとベアトリスを抱き寄せ、二人に口付けをすると、大きく手を振った。

後ろでは母が涙を浮かべ、父やベルトラムが満面の笑みで拍手をしている。

ある程度落ち着くまで五分ほど掛かったが、そのタイミングで俺が挨拶を行った。

「ありがとうございました! これ以上ない祝福を頂き、感謝いたします! この村に生まれて本当によかった。こんなに祝福してもらえ、私たちは幸せものです。もう一度言わせてください。本当にありがとうございました!」

俺が頭を下げると、リディたちも一緒に頭を下げる。

再び、草原に祝福の声が響き渡った。