作品タイトル不明
第六十四話「酒の確保の方法」
トリア歴三〇一八年十一月一日、午前十二時前。
勝利を祝う祭が始まった。
ドワーフたちは戦死者の遺族のところにいき、心から哀悼の言葉を捧げていく。更に自警団の若者を見つけると、「よくやったぞ」と言って何度も乾杯のジョッキを掲げていた。
多くの者がまだ酒を求めて行列を作っているが、ドワーフたちはいつものように神速の動きで酒を確保していたのだ。
ペリクリトルから来た冒険者たちはすぐに祭の雰囲気に馴染んでいくが、カウム王国から村を守りに来た黒鋼騎士団の兵士たちは任務中ということもあり、なかなか酒に手を出さない。王妃や指揮官であるロクスバラ男爵が兵士たちに直接許可を出すことでようやく祭に加わっていく。
樽はあっという間に空になっていくが、それ以上に大変なのが調理場だった。料理を出すブースは戦場のような忙しさで、作戦通りに準備しておいたボイルソーセージを出していくが全く足りない。火を通さずに摘めるチーズやナッツなども準備してあるが、皿に出すだけの作業ですら追いつかないほどだ。どの料理ブースにも長蛇の列ができており、急遽決まったこととはいえ、準備不足が悔やまれる。
俺はダンと共にドワーフたちのところに挨拶に行った。いつもならリディたちが一緒なのだが、この時間を利用して着替えることになっている。
俺とダンには見知らぬドワーフから「よくやってくれた」、「後で敵の親玉との戦いの話をしてくれ」などと声が掛かる。
ウルリッヒやゲールノートたちを見つけて歓談するが、不思議なことにリディたちがいないことに誰も何も言ってこなかった。
更にダンには妙に優しく、「気を落とすなよ」とか「まだ若いんじゃから」と言って慰めていた。
どうやら俺が結婚することを知っているらしい。
(カティさんが話したのか? それとも従士の誰かから聞いたのか? まあ、秘密にしているわけじゃないからいいんだが……)
そんなことを考えているが、次々と現れるドワーフたちと乾杯していくため、解毒の魔法を掛け続けている。もちろん、隣にいるダンにも。
王妃もいつの間にかウルリッヒたちのところに合流しており、どこから取り出したのか、木製の大きなジョッキに入ったスコッチを呷っていた。
彼女に毎年祝勝会をやるという話について、「事前に話しておいてほしかったですね」と文句を言っておく。更に鍛冶師たちが長期間工房を空けることについて聞いた。
「大丈夫なんですか。鍛冶師方が一ヶ月近くアルスを離れるんですが」
王妃はニコリと笑い、
「ウルリッヒさんたちなら大丈夫だと思いますわ。出発前に一ヶ月分の仕事を片付けておけばいいだけですもの。そうですわよね、ウルリッヒさん?」
その言葉にウルリッヒが大きく頷く。
「その通りじゃ。九月の終わりから半月ほど徹夜をすれば問題ない。まあ、材料の手配なんぞは予めやっておかねばならんがな」
半月も徹夜するつもりと聞き、開いた口が塞がらない。
「ギルドの職員や工房の事務員はどうするんだ? 親方連中が徹夜していたら彼らも付き合わざるを得んだろう」
「多少は忙しくなるが、その後に長期休暇になるんじゃ。その方が奴らも喜ぶじゃろう」
ブラックなのかホワイトなのか微妙に悩む職場だが、確かに休暇がもらえるなら喜ばれるだろう。
この世界は基本的に休日という概念はほとんど存在しない。安息日という概念がある宗教がないからか、農村では年に四回の祭と年末くらいが休みだし、大都会でも商店などは休みの日は設定されていないことが多い。ドクトゥスでは五日ごとに休みがあったが、これは例外中の例外だ。
鍛冶師ギルドも基本的には休日はないそうで、月給が変わらないなら、休暇になる方が喜ばれるというのは分からないでもない。
「アルスやペリクリトルはまだいいが、次はプリムスやアウレラも参加するんだろ。そうなったら、二ヶ月くらいは仕事に穴が空くが?」
ここからアルスまでは三百キロ、ペリクリトルで百七十キロだ。ペリクリトルはともかくアルスでも充分遠距離だが、帝都プリムスは千キロ以上、商業都市アウレラは八百キロ以上離れている。通常の移動速度は一日当たり三十キロだから、プリムスなら最低二ヶ月以上、アウレラでも一ヶ月半以上、街を離れることになる。
「それは各支部の連中が考えることじゃ。儂らが強要するわけではないんでな」
確かに総本部やカウム王国が強要するわけではない。各支部がどこまで本気で来たいかということに尽きる。
しかし、こと酒に関する限り、ドワーフたちは強要しなくても必ず参加しようとする。これは間違いない。彼らの魂に刻み込まれた本能のようなものだからだ。
それはいいのだが、各国政府との間にトラブルが起きかねない。国の防衛計画に直接関わることであり、鍛冶師側の都合で勝手に変えられても困ると言われることは火を見るより明らかだ。しかし、ウルリッヒはそのことに関しては支部の責任の範囲と考えているようだ。
確かにそれは鍛冶師ギルドの責任の範疇であり、俺がとやかく言うことではない。しかし、問題がないわけではない。
主催が鍛冶師ギルドであってもロックハート家の勝利を祝うという祭だ。つまりロックハート家が誘導したと見られかねないのだ。ドワーフに酒を飲みに行くなとは言えないから、うちにやんわりと断るよう言ってくる可能性がある。そうなると、ロックハート家が板ばさみになる。
この件に関しては王妃の策に乗った以上、ここまで考えておかなかった俺たちにも責任がある。
しかし、それ以外でも大きな問題があった。これはしっかりと告げておかないといけないことだ。
「一言だけ言っておくぞ」と低い声音で話し始める。
「人数を制限しないとスコッチが枯渇する。仮に今回と同じ人数が参加した場合だが、アルスに送るべきスコッチの割り当てが大幅に減るからな。そのことは理解しておいてくれ」
俺の言葉にウルリッヒの表情が強張る。
「どの程度減るんじゃ! 今でも足りんのだ! 何とかならんか……」
「計算し直してみないと分からないが、三年物で半分程度に減ると思ってくれ。それに鍛冶師技能品評会もやるつもりなら更に減るし、ザックコレクション出すなら同じようになると思っておいてくれ」
頭の中で計算しただけであり、そこまで酷くはないはずだが、こちらに相談もなく決めた祭の開催を決めたことに釘を刺したのだ。
そして、王妃に向けても一言言っておく。
「あとでエルウェス卿と相談しますが、ドワーフ主体で五千人規模の祭になった場合、今の生産能力なら一時的にカウム王国の醸造酒が枯渇しますよ。今から醸造所の拡張を考えておいてくださいね。もちろん、原料の生産計画も含めて」
俺の言葉に王妃が慌てる。
「そこまで……でも、それはザックさんのお知恵で何とかなりませんの。他の国から輸入するとか……」
縋るような目で俺を見てくる。
どうやら、その辺りのことは認識していたが俺に丸投げするつもりだったらしい。
「そもそも酒は輸送に適さない商品なんです。重い割に単価は安いですし、樽の破損のリスクもあります。それに春先ならともかく、秋に大量の酒を確保するのは難しいんです。もちろん、麦酒ならギリギリ作れますが味は落ちます。葡萄酒はもっと厳しいですよ。仕込み始めた時期なんですから、前の年の物になりますし、それを暑い時期に移動させるんですから。そうなれば品質は確実に低下します……その辺りのことを考えて提案していただかないと困ります」
春に行ったドワーフフェスティバルが成功したのは気温が低い春先に酒を輸送したことと、その年の葡萄酒がちょうど完成した時期だったからだ。通常、葡萄酒は九月頃に収穫した葡萄を潰して発酵させる。酒にするだけなら二ヶ月もあればできるが、やはり最低半年は寝かせないと葡萄酒として旨味が出ない。
麦酒についても一ヶ月ほどでできるから夏を過ぎた九月の後半から作り始めればギリギリ十月下旬に完成する。
ちなみにドイツで行われる麦酒の祭典“オクトーバーフェスト”は九月中旬から十月の最初の日曜日に掛けて行われる祭で大量の麦酒が提供されている。
だからできるのではと思いがちだが、オクトーバーフェスト用の麦酒は特殊な方法で作られていたはずだ。
記憶は定かではないが、度数を高めたビールを春先までに作っていたもので、夏以降に作ったものではないはずだ。
うちの村でも夏用の麦酒は春先までに作ったものを地下室で寝かせている。
いずれにせよ、輸送が最大のリスクだ。
仮に帝都プリムスから運ぶとすれば、一ヶ月以上前に出発する必要がある。つまり、九月半ばから運び始める必要がある。秋分前後の初秋という時期に 定温(リーファー) コンテナもなく、サスペンションのない荷馬車で運ぶことになる。
こうなると間違いなく、味は落ちる。
「酒はデリケートなんです! 美味い酒を飲むためにどれだけの努力が必要だと思っているんですか! 無駄な輸送で不味くなったら酒がかわいそうじゃないですか!」
俺の剣幕にドワーフたちが引く。
酒の管理ができない酒屋を思い出していたため、少し熱くなっていたのだ。
実際、二十一世紀の日本でも、いい加減な酒屋の日本酒やワインは泣きたくなるほど不味くなっていた。火入れした日本酒なら常温で保存しても大丈夫だろうと冷房のない倉庫に放り込まれていたり、空調の吹き出し口の真下にワインが置かれていたりとそんなことは日常茶飯事だ。
そして、この世界の酒は日本で流通している安い酒よりデリケートだ。葡萄酒にしても麦酒にしても発酵を止めるための措置は完璧ではない。 低温殺菌法(パスチャライゼーション) が確立していないし、火入れの概念がいい加減だから仕方がないのだが、それでは温度が上がれば、発酵が進み過ぎたり雑菌が繁殖したりして、味が変わってしまう。
「ザックさんなら何か方法を思いつくのではないのですか?」
「そうじゃ、儂ら以上の酒好きのお前なら何とかできるんじゃないのか」
王妃とゲールノートが同時に同じことを口にした。
ないわけではないが、金も時間も足りない。
「ないわけじゃないですが……」と言いかけたところで、「それでいきましょう!」と王妃が叫んだ。ウルリッヒも立ち上がり、
「そうじゃ! 鍛冶師ギルドはザックの案に全面的に賛成する! 金は儂らが出す! 何とかしてくれ!」
俺が案を言う前に賛成してきた。
「まだ、何も言っていないぞ」と睨むと、二人は誤魔化すように視線を逸らす。
「醸造酒は何とかできるが、蒸留酒は無理だからな。今後三年間は確実にアルスの分が減ることだけは間違いない」
その言葉にウルリッヒらアルスのドワーフが肩を落とす。それでも祭を止めようと言わない。
「醸造酒はどうなさるおつもりですの?」
「大型の 氷室(ひむろ) を作ります。そこに気温の低いうちに買い付けておいた醸造酒を氷温で貯蔵します。これなら夏を越えても品質の低下は最低限で済みますし、発酵もゆっくりなので長期間保存できるはずですから」
このアイデアは二つのことから思い付いた。
一つは下面発酵のビール、つまり日本で普通に飲むラガータイプのビールだ。元々、下面発酵のビールは低温の洞窟でじっくりと発酵させる。この世界でもラガータイプは真冬か地下室で作られている。
もう一つは氷室貯蔵の日本酒だ。日本酒には“ひやおろし”といって、春先に醸造した酒を低温貯蔵して秋口に出す酒がある。“秋あがり”ともいい夏を越した直後に出す酒であり、春先の荒々しさが消え、まろやかになっていることが多い。
そのひやおろしと同じように麦酒や葡萄酒を氷温貯蔵して確保しておこうというアイデアだ。旨味が増すかはともかく、少なくとも初秋の暑い時期に移動させるリスクはなくなる。
しかし、氷室という言葉にドワーフたちは首を傾げていた。
そして、神槍のオイゲンが疑問を口にする。
「氷室というのは何じゃ?」
この世界に氷室が存在しないわけではないが、需要が少なくあまり一般的ではない。北のサルトゥース王国では氷を使った保存庫として利用しているところがあるらしいが、カエルム帝国の帝都でも氷を日常的に使っていない。
「氷が貯めてある地下室だと思ってくれたらいい」
「しかし、何百樽も酒を入れておく地下室は相当でかいのではないかの? アルスのように山なら地下室は簡単に作れるが、ここでは難しかろう。それに氷が解けてしまわぬのか?」
アルスは山の斜面を利用した街で、建物は半地下式でほとんどの家に地下室がある。更に高地であるため真夏でも比較的涼しく、酒の保存に氷は必要ない。
「確かに相当大きな地下室が必要になるが、地下室なら俺の土属性魔法で比較的簡単に作れる。氷も俺とシャロンの魔法で何とかなる」
「相変わらず魔法の使い方がおかしい奴じゃ」とウルリッヒに呆れられ、
「それで解決じゃな」とゲールノートが満足げに頷いている。
「しかし、まだ決まったわけじゃないぞ。場所は各丘の北側の斜面にするつもりだが、父の裁可が必要だし、日当たりが悪いとはいえ農地だからな。村の人の意見も聞かないといけない」
氷冷蔵庫を村の人に使ってもらうことを考えていたが、具体的な案があったわけではない。そのため、このことは父どころか誰にも話していなかった。
「まあなんじゃ。酒のことでザックが必要だというなら、マットも村の連中も認めるじゃろうな」
「そうじゃな。ガハハハ!」という笑い声が広がる。
否定はできないため、無言を貫く。
そんな話をしていたら、ウルリッヒが「まだよいのか、こんなところにいて」と言ってきた。
俺が首を傾げていると、王妃が満面の笑みを浮かべている。
「リディアーヌさんたちの着替えも済んだ頃では? 私は楽しみにしておりますのよ。ザックさんの結婚の報告を」
やはり王妃たちは知っていたらしい。
「もうそろそろだと思いますが、いつ知ったんですか? 私も昨日決めたばかりなんですが?」
王妃は扇を口元にあて、「ホホホ」と笑い、
「私は屋敷に泊まっていたのですよ。ターニャさんが張り切っていらっしゃいましたし、急いで準備をされれば誰でも気づきますわ。それにターニャさんから少しだけ聞いていましたから」
確かに昨夜は衣装の調整でバタバタしていた。屋敷は大きめの家程度であり、客室でも人の動きはよく分かる。
「また、改めて言わせていただきますけど、おめでとう、ザックさん。ジーク、スコッチ!」
そう言ってジョッキを上げる。
その言葉にドワーフたちが一斉に「「ジーク、スコッチ!」」と唱和した。
“ジーク・スコッチ”の使い方がおかしい気がするが、気にしないことにした。
「ありがとうございます。後で正式に皆さんに話すつもりだったのですが……」
そう言って頭を下げると、再び「おめでとう! ジーク、スコッチ!」という声が上がる。その声は他のグループにも伝播していき、草原には祝福の言葉が木霊していた。