作品タイトル不明
第六十八話「指輪の秘密」
トリア歴三〇一八年十一月一日、午後五時頃。
空が茜色に染まり始めた頃、ラスモア村の住民たちは次々と家路につき、カウム王国の兵士と冒険者たちは飲み潰れて野営用の天幕に潜り込む。会場に残っているのはほぼドワーフだけだ。俺たちの予想通り、祝勝祭はドワーフたちの大宴会に移行していた。
料理を作っていた村の主婦たちも当然帰宅しており、草原にあれほど立ち込めていた香ばしい匂いは消えている。
しかし、食欲をそそる別のよい香りがほのかに香ってくる。
その香りの元は大鍋で作った煮込み料理だ。これは夜のことを見込んで俺が依頼しておいたもので、簡易の 竈(かまど) にかけられている。
更に前回のドワーフフェスティバルと同じく、多くの焚き火が熾されていた。そこでは串に刺した肉や魚が焼かれ、ドワーフたちが輪を作って酒盛りをしている。
「まだスコッチは残っておる。夜はこれからじゃ!」
匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーがそう宣言すると、周囲のドワーフが高々とジョッキを掲げる。
残っているといっても僅か十樽だ。それでも千リットル以上あるが、一人当たりにすると 僅か(・・) 八百cc、ボトル一本ほどしかないのだ。
(ボトル一本分で少ないと思う感覚がおかしいんだが、明日の朝までは絶対にもたないよな。まあ、まだ麦酒と葡萄酒が残っているから間は持つんだろうが……ドワーフは一人当たり二リットルくらいスコッチを飲んでいるんだよな……)
ロックハート家の面々は未だに残っているが、母や幼い妹たちはそろそろ屋敷に戻ることになっている。
新婚初夜の俺たちだが、今更の感もあるので付き合えるところまで付き合うつもりだ。一応、俺の方からリディとベアトリスには伺いを立てているが、
「今更よ。それにこの人たちは明日には帰ってしまうけど、私たちはずっと一緒なの。なら、優先すべきはこの人たちに感謝を伝えることでしょ」
「あたしも同感だね。親方たちを放っぽっておくって選択肢はないね」
そのことをウルリッヒたちに告げに行くと、「ザックたちらしい」と言って笑われた。
俺も「確かにそうだな」と言って飲み始めた。
飲み始めたところで左手を持ち上げ、指輪を見る。
「祝いの言葉だけじゃなく、こんな素晴らしい物まで贈ってもらって感謝しているよ」
俺がもう一度礼を言うと、ドワーフたちは「大したものじゃない」と言っているが、満足げな表情を浮かべていた。
「しかし、何で俺だけ右手なんだ?」と気になっていたことを聞いてみた。
「そいつにはちょっとした仕掛けがあるんじゃ」とウルリッヒの横にいる神槍のオイゲンが言い、ベアトリスを手招きする。
「お前さんの左手とザックの右手を合わせてみるんじゃ」
そう言いながら、首を傾げているベアトリスの手を取り、俺の右手と手の平を合わせるように重ねる。
指輪同士が当たり、コツンという音を立てた。
次の瞬間、淡い光が重ねた手から漏れてきた。その光は優しい黄色で暖かみを感じさせる。
単体では作用しないが、二つが重なると魔法陣が接続されるようになっているらしい。
「凄いな。これは」と思わず口に出していた。
「まあ、光るだけじゃ。他に何の効果もないがの」と俺の防具を作ったゲオルグが言い、
「リディアたちともやってみるんじゃ」とリディの剣を打ったヨハンが彼女の手を引く。
リディと手を合わせ光るように念じると、同じように淡い光を発した。その光はほんのり緑掛かった優しい色だった。
「もしかしたら、メルとシャロンも色が違うのか」
俺の問いに誰も答えないが、ニコニコと笑っていることから答えは決まっていた。
メル、シャロンと手を合わせていくと、メルは暖かみのあるピンク色、シャロンは涼しげな青み掛かった白だった。
「よく色を使い分けれたな」と感心すると、豪快に笑いながら理由を教えてくれる。
「灯りの魔導具の応用じゃ。儂らは修業時代にいくつも作らされたからの」
ドワーフたちは付与魔法の練習のため、見習い時代に灯りの魔道具を作らされるらしい。そのため、灯りの魔道具の魔法陣の構造はよく分かっていると教えてくれた。
魔晶石がないことが気になり聞いてみると、
「お前が魔晶石代わりじゃ。お前を介して指輪に精霊の力が働くように書いてある。魔法陣の研究をしたおかげじゃな」
武具の魔法陣の解析をやったことで、いろいろな工夫ができるようになったようだ。
「五つで一組だというのが、よく分かったよ。本当にありがとう」
この指輪は世界に一組だけの非常に貴重なものだ。ドワーフの名工たちが装飾品を作っただけでも貴重だが、今までにない新しい試みがなされており、どれほどの値が付く物か全く想像できない。
(帝都の貴族たちもこの指輪の意味を知ったら、俺たちの関係を壊そうとはしないだろうな。仮にそんなことを考える奴がいたら、カティさんが言うように鍛冶師ギルドが完全に敵に回る……それにしてもここまで考えてカティさんは提案したんだろうか?)
そんなことが頭を過るが、四人の幸せそうな顔を見ているうちにすぐに忘れてしまった。
一時間ほどすると、空は茜色から藍色になり、星がきらめき始める。
焚き火の暖かいオレンジ色の光が何となく郷愁を誘うのか、先ほどまでの騒がしさは消えていた。
キルナレックから来ている楽士たちも場の雰囲気を感じ、故人を偲ぶようなしんみりとした曲を奏でている。
ちなみに楽士たちだが、相当な額の報酬をカウム王国からもらっているらしく、今日の夜は徹夜で弾き続けるらしい。
俺の周りにはリディとベアトリス、メルとシャロンがいた。ダンは少し前に俺がちょっと目を離した隙にドワーフたちに潰されていた。今は解毒の魔法を掛け、テントで寝ているが、二日酔いになることは間違いない。
ダンの看病を義姉ロザリーの侍女、エレナことエレアノール・メイスフィールドに頼んである。
エレナはダンから剣術を習っており、彼女自身、彼のことを意識しているような気がしたからだ。
二人は同じ十七歳。エレナの実家はラズウェル辺境伯家に仕える歴史ある騎士の家で、家格的にはロックハート家より上だ。しかし、カトリーナ王妃の言葉ではないが、ロックハート家が男爵位か子爵位に 陞爵(しょうしゃく) されれば、ジェークス家も騎士に叙される可能性が高い。そうなれば、家格の問題は解消され、大きな障害はなくなる。
そう考えて二人ができるだけ一緒になるようにしているが、ダンにとってそれがいいことなのか自信はない。
ちなみにロザリーのもう一人の侍女、アンジーことアンジェリカ・コールリッジだが、彼女はメルの兄、シム・マーロンと恋仲になっているらしい。
そのことについてメルがこっそり教えてくれた。
「兄はアンジーさんのことが好きみたいなんですけど、アンジーさんが男爵令嬢だから気にしているみたいで……乗馬の訓練の時にあんなに楽しそうなのに、家に帰ってくるとなんだかちょっと元気がなくて。お酒を飲んでいた時に少し鎌をかけてみたら、そんなことを言っていました……」
シムの場合もダンと同じでマーロン家が騎士に叙任されればハードルは大きく下がる。コールリッジ男爵家は武の名門であり、名のある騎士なら充分に目があるのだ。シムは北部総督府軍時代に兄の下で武名を上げているので、彼自身が騎士階級になれば障害はほとんどなくなるだろう。
話が逸れたが、いつもなら早めに引き上げるメルとシャロンも今日は最後まで付き合うと宣言していた。理由を聞くと、
「これからいろんなところで、こういうお付き合いがあると思うんです。ですから、早く慣れておいた方がいいかなと」
シャロンがそう答えると、メルが大きく頷いた。
そして、「私たちも一緒にいたいんです」とはにかんだ笑顔で言われるとこっちの方が照れてしまう。
こう話すと五人だけでいるようだが、俺たちの周りには常にドワーフたちがいた。特に付き合いが長いベルトラムとミーナ、ウルリッヒたちはほとんど一緒にいる。
「来年からどうするんだ」とベルトラムが唐突に聞いてきた。
「突然だな」と返すが、
「やるのは構わんのだが、伯父貴がいるこの場で話を詰めておいた方がいいんじゃないかと思ってな」
そこに伝説の防具職人にしてベルトラムの師匠、そしてミーナの祖父、ゲールノート・グレイヴァーが話に加わってきた。
「ウルリッヒとカティに話した感じじゃ、何とかなるのではないのか? まあ、スコッチの割り当てが減るのは断腸の思いじゃが」
「何とかできないこともないが……」
俺の煮え切らない答えにウルリッヒが「何かあるのか」と聞いてきた。
「今回は緊急ということで仕方がないんだが、やるならきちんとした祭にしたい。特に酒と料理は今回のものじゃ、全く満足できない」
俺がそう言うとドワーフたちが「さすがはザックじゃ」と呆れ気味に賞賛する。
「儂らは今回の祭でも充分じゃ」とゲールノートが言うが、
「この程度で満足されたら困る」
そう言うと笑いが起きるが、次の言葉でドワーフたちの表情が曇った。
「それにこっちの都合でもあるんだが、これだけの人数がいっぺんに来ると村の負担が大き過ぎる。質を落とさずにやるとすれば、この村で普通に宿泊できる人数が限界だ」
「具体的には何人くらいじゃ」
村にある研修所の最大宿泊人数が五十名、三軒の宿の最大収容人数が百名、それに前回のドワーフフェスティバルと同様に民家への宿泊で百名とすれば、計二百五十人が限界だ。キルナレックやボグウッドから通ってもらうという手もないわけじゃないが、移動時間を考えると現実的ではない。
「概算だが二百五十人が限界だろうな。料理人とか酒の係なんかのスタッフ五十人を含めてだ」
「つまりじゃ。儂らだけなら二百ということか……」
ウルリッヒは搾り出すようにそう呟いた。
「技能評定会のついでに祝勝祭に参加するということにすれば、それ以下になるんじゃないか?」
「確かにそうじゃが……ペリクリトルとドクトゥス、フォルティスは研修を終えておるが、プリムスとフォンス、アウレラはまだ研修の目途すら立っておらん……」
技能評定会はラスモア村研修所で 熟練者(エキスパート) コースを受講、つまり俺が魔法陣の改良を指導した鍛冶師が最高の武具を作って競い合うことになっている。
しかし、遠距離の帝都プリムス、帝国との関係で帝国領に行きづらいラクス王国の王都フォンス、アウレラ街道の治安低下と武具の需要増により移動が難しい商業都市アウレラなどについては、研修の目途が全く立っていないのだ。
何となく事情は分かったが、俺がどうこうできる問題でもない。できるとすれば、受け入れ側で行えることくらいだ。
「こうしてはどうだ」と俺が言うと、ウルリッヒとゲールノートが「「何かよい案があるのか!」」と同時に食いつく。
「まだ腹案だが、春と秋の二回に分ける。春は酒を持ち込む酒類品評会。秋は祝勝祭だ。それに合わせて研修を行えば、ある程度融通は利くんじゃないか。こっちとしても、一回当たりの参加人数を絞ってくれれば助かるし、春は前回同様、酒持参ということにすれば酒の枯渇問題も片付く。年間で四百人程度になるなら、数年で一巡するだろう。まあ、親方クラスだけに限定した話だがな」
俺が最も懸念しているのは村に掛かる負荷だ。金銭的には鍛冶師ギルドが負担してくれるから問題にはならないが、準備や片付けなど運営に関わる負荷は規模が大きくなれば、幾何級数的に大きくなる。
宴会の問題もあるが、一番の問題はトイレの問題だ。これだけの人数が排泄する量は半端ではなく、今回は穴を掘ってそこをトイレとしている。
毎回、俺が魔法で穴を開けられれば大した負担にはならないが、俺がいないことを想定すると、この方法には無理がある。更に最終的な処分をどうするかが大問題だ。
今回は穴の中のものを 火山(ボルケーノ) の魔法で焼却して埋設するが、これも俺とシャロンがいなければできない話だ。
今のラスモア村の 社会基盤(インフラ) では短期的に人口が一・五倍程度になるだけでも結構厳しい。
快適に過ごすには三割増が限界だと思っている。
それでも今よりインフラの整備は必要だろう。
(下水処理のことをもう少し真剣に考えた方がいいかもしれないな。一応腹案はあるんだが、研究してみないと失敗のリスクが大きいし……)
俺がそんなことを考えている間にウルリッヒたちが相談を始めていた。
「一回当たり二百人じゃとすると、アルスからは五十人が限界じゃな。三年に一回しか来れんことになる」
「いや、アルスだけで四分の一も占めたら、各支部から猛烈な抗議が来るぞ。それに今回はうちの若い連中もここに来ておるんじゃ。儂らだけで回せば突き上げも食らう。精々、五年に一度当たれば良い方じゃろう」
などという話が真剣な表情で交わされている。
人数制限を付けない方法だと、数年に一度、複数会場でやるという方法もあるが、それではドワーフたちの目的に合致しないだろう。
何といっても彼らの最大の目的は、“聖地”ラスモア村に来ることだからだ。
(考え方を変えてイベントじゃなく、ツアーでもいいかもしれないな。各地で十名程度のグループを作ってもらって、聖地巡礼の旅に出てもらう……旅行会社を作ってもいいかもしれないな。 案内人(ツアコン) がいれば旅行も楽しめるだろうし……でも、これを提案すると乗ってきそうで怖い……)
そんなことを考えながらぼんやりとしていると、
「新婚の旦那様が他の事を考えていてはいけませんわ。ホホホ……」
王妃からそんな風にからかわれた。確かに結婚式を挙げたばかりの新郎が新婦 たち(・・) を放って他のことを考えているのは感心しないと思った。
リディたちに謝罪するが、
「あら、いつものことだから気にしないわよ」
「そうだな。ドワーフ絡みなんだ。あんたが考えなきゃ、話はまとまらないよ」
と言われてしまう。
メルもニコニコとしながら、「大丈夫ですよ。皆さんと楽しくおしゃべりしていますから」といい、シャロンも「私も一緒に考えていました……」と頭を下げる。
四人に気を使われていた。
結局、ウルリッヒたちは俺の提案を飲むことにした。
「ここに来たいのはやまやまじゃが、迷惑を掛けるのは本意ではない」
苦渋の選択だったのか、ウルリッヒたちの表情が硬い。
それで話は終わりかと思ったら、まだ続きがあった。
「そこでじゃ。一回の人数を抑える代わりに、三日ほど滞在させてくれんか。それともう一つ。春は酒持参で来るつもりじゃが、秋はお前の方で何とかしてほしいんじゃ。もちろん金は出す」
三日程度の滞在なら想定の範囲内だ。酒も氷室貯蔵の他にも案はある。
「父上に相談してみる。それに少なくとも帝都には許可をもらわないといけないから、決定はその後だ。これだけ頻繁にイベントを行うと帝都だけじゃなく、商業ギルドも何か言ってくるかもしれないしな」
俺がそう言うとウルリッヒが不満を漏らす。
「皇帝の許可なんぞいらんだろう」
「陛下の許可はいらないさ。しかし、少なくとも宰相閣下か元老院には何らかの情報は上げておくべきだ。うちが皇室のお家騒動に巻き込まれないためにな」
「そんなものか。そっちは仕方ないが、商業ギルドは気にせんでいい。何かやってくるようなら儂らが何とかする。なあ、カティ?」
ウルリッヒに話を振られた王妃はにこりと頷く。
「ええ、私の方で何とかしますわ。ところで、私の参加はどうなりますの?」
実を言うとこの王妃様の扱いが一番面倒だと思っていた。
一国の王妃が頻繁に他国の祭に参加するのは明らかに異常だ。既に春のドワーフフェスティバルにお忍びで参加しており、今回のことを含めると、僅か半年で二回訪問していることになる。
自国でも出身地以外でこれほど頻繁に王妃が訪問することは異常だが、隣接するとはいえ他国の一箇所を頻繁に訪問することは、何らかの意図があると思われてもおかしくはない。特にロックハート領はカエルム帝国の飛び地になっており、カウム王国が蒸留技術ごとロックハート家を取り込もうとしていると勘繰られる可能性がある。
そのことを告げ、
「……ですから、王妃殿下を含め王国関係者の訪問は五年に一度程度が限界だと思います」
王妃は悲しそうな顔で何か言い出しそうだったので、「カティさんとしてでも無理ですから」と念を押しておく。
「諦めるんじゃ。儂らも順番を待つしかないんじゃから」とゲールノートに慰められていた。
しかし、それでこの王妃様が諦めるとは思えなかった。何らかの手を使って参加しようとするのではないかと確信している。