作品タイトル不明
第五十四話「逆転」
アンデッドの王ヴラド・ヴァロノスへの奇襲は失敗に終わった。取り巻きの 死霊魔道師(リッチ) や 首なし騎士(デュラハン) を排除できたため完全な失敗ではないが、究極的な目標であるヴラドを倒す目途が全く立たない。
更に正門に向かっていたオーガクラスの大型スケルトンがヴラドのもとに戻ってきたため、ただでさえ少ないロックハート側は戦力を分けるしかなく、勝利の可能性は限りなく低くなった。
俺は祖父に命じられた通り、必死にヴラドを倒すことだけを考えていた。
漆黒の鎧の防御力は竜の鱗を凌駕し城壁を相手にする方がよいと思わせるほど。更にヴラド自身は魔法を 無効化(キャンセル) できる能力を持ち、切り札である魔法剣の攻撃もほとんど効かない。
攻撃力も侮れない。漆黒の剣は掠めるだけでベアトリスを気絶させている。つまりドワーフの名工ゲールノートの防具ですら無効にできるほどだ。
そして最も恐るべきはその 耐久力(HP) だ。腕を斬り落とされても簡単に元に戻せ、更に胴体に槍が突き刺さっても痛痒に感じていないし、額に矢を受けても揺らぎもしなかった。
焦る心を無理やり抑え、冷静になるよう自己暗示を掛け、弱点を探すべく必死になって敵の動きを観察していく。
(力はベアトリス、バイロン以上。これは想定内だ……動きはじい様に匹敵する……いや、じい様に匹敵するならメルは早々に斬り伏せられているはずだ。スピードは速いが無駄な動きが多いということか……いや、そうでもないな……)
敵の動きを見ていて気付いたことがある。
あれほどの武器と防具、更に膂力とスピードを持ちながら、積極的に攻勢に出てこない。掠めるだけでも戦闘不能にでき、祖父の渾身の一撃ですら受け止められる防具を持っているなら、攻撃を受ける前提で攻勢に出ればあっという間に祖父とメルは戦闘不能に陥るはずだ。
(攻勢に出られない理由があるのか? じい様を吹き飛ばした後に大型スケルトンを呼び戻している。いや、タイミング的には最後のリッチを倒した辺りか……どういうことだ? あれだけの能力を持っていればリッチもスケルトンも不要なはずだ。何らかの理由で必要だとしたら……)
敵の能力が皆目見当がつかない中、ひたすらアンデッドの王の姿を見つめる。
祖父とメルは見事な連携でヴラドを翻弄し、「鬱陶シイ蝿ドモガ」と呟くなど苛立ちを見せ始める。更によく見てみると、鎧の隙間から噴き出し、周囲を凍らす冷気の量が増えていた。
(苛立つと冷気が増える……怒りで熱を出すわけじゃなく、冷気を出すのか?……しかし、何のために冷気を出しているんだろう? 呼気のようなものなのか? 情報がなさ過ぎる……)
敵の弱点がなかなか見つからない。焦りを覚え始めた時、後ろから「来てしまいました」というシャロンの声が聞こえる。
「なぜ来た! ここは危険なんだぞ!」と叱責するが、「お叱りはあとでいくらでも受けます。今は敵を倒すことに専念すべきです」と言われ、渋々頷く。
シャロンの知恵を借りられる方が助かると考え直す。
「敵の弱点は分かりましたか?」と聞いてきたので、俺が気付いた事実を全て説明していく。
シャロンは小さく頷くとヴラドを見つめていた。
その間にも祖父や兄たちの死闘は繰り広げられていた。祖父とメルに疲れが見え始め、手数が少なくなっている。ガイとダンの放つ矢で何とか均衡を保っているが、二人の持つ矢も尽きそうだ。
兄ロッド、ニコラス、ベアトリスの方は更に厳しい。
身長三メートルを超えるオーガクラスのスケルトンが長い腕を振り回して攻撃している。その攻撃は重く、安易に受け止めることはできないため、すべて回避している。そのため、積極的に前に出られず、敵の数はほとんど減っていない。
十数体の大型スケルトンを後ろに回さないように三人は巧みに動いているが、囲まれるか抜けられるかは時間の問題だった。
俺はその闘いの方が気になったが、シャロンは持ち前の集中力を発揮し、ヴラドだけを見つめていた。
「もしかしたら、あの冷気で何かを冷やしているのではないですか?」
突然シャロンがそう言ってきた。一瞬戸惑うが、言わんとすることは理解できる。
「冷やすか……強制的に冷却する必要があるのかも……動力部が加熱することを強制冷却で防いでいるとすれば……」
閃いたことは、ヴラドは非常に強力な力を持っているが、それが仇になっている可能性だ。身体に対しエネルギー源である動力部の出力が大き過ぎて、激しく身体を動かすと通常の冷却では間に合わず、強制的に冷気を体内に流して冷却しているのではないか。
カウンターだけを使い、最小限の動きに抑えているのは放熱の限界があるからと考えると説明がつく。
「ありがとう、シャロン。試してみるよ」と言って祖父たちの下に走っていく。
「おじい様、メル。少しの間、下がってください! 試したいことがあります」
返事を聞かずにヴラドの前に立つ。祖父が「分かったのか!」と声のテンションを上げて聞いてくるが、「まだ分かりません」と答え、「この間に少し休んでください」と言い更に前に出る。
ヴラドは「小僧一人ニ何ガデキル」と嘲笑するが、俺は言い返すことなく斬り込んでいく。
当然のようにヴラドは俺の攻撃に反撃してくるが、そもそも俺は攻撃によって倒すつもりはなく、すぐさま回避に切り替えて難なく避けていく。
冷静に見て分かったことだが、この敵の剣術スキルは思ったより高くない。精々ベテランの兵士レベル、レベル四十程度だろう。その程度の腕でレベル八十を超える祖父と互角以上に渡り合えたのは、その高い身体能力によるところが大きい。
それさえ分かれば避けることは難しくない。膂力に任せた直線的な動きは予測しやすいのだ。恐らく祖父もメルもそのことに気付き、回避し続けられたのだろう。
俺はヴラドを翻弄するかのようにしつこく攻撃を仕掛け、ギリギリで避け続ける。苛立つヴラドは徐々に大振りになっていく。そして一分ほど避け続けると、全身から真っ白な霧を放出し、周囲の温度を下げていった。
予想通りだった。この敵は当然生物ではなく、筋肉で動いているわけではない。魔力のような何らかの動力で動いているはずだ。
その動力が高出力過ぎたとすれば、短時間の駆動なら問題ないが、持久戦になれば過熱して動けなくなる可能性がある。
(過熱させるだけじゃなくて積極的に熱を与えたらどうなるんだろう。やってみるか……)
何度か同じような攻撃を仕掛けると、敵も学習したのかコンパクトなカウンターで反撃してくるが、それでも一分ほど続けると鎧の隙間から漏れ出る冷気の量が多くなる。
これで俺は確信した。そして、賭けに出る。
敵の弱点が冷却能力にあるとすれば、それを奪えばいい。しかし、冷却は体内から冷気を放出しているので止める術はない。冷気の放出ができない地中に埋めるという方法もあるが、あれだけ高い身体能力を持つ敵を落とし穴のような罠にはめるのは至難の業だ。
だとすれば、冷却能力以上の熱を与えればいい。しかし、厄介なことに遠距離攻撃はおろか、炎の剣ですら無効化されている。
想像だが精霊の力が無効化されているのだろう。しかし、純粋な物理現象なら無効化できないのではないか。そう考えたのだ。
「おじい様、メル。三人で攻撃を仕掛けます」と言いながら、メルとシャロンにはハンドサインで俺の考えを伝えていく。
ハンドサインに複雑な語彙はないため、二人は必死の形相で反対の意思表示をするが、俺があえてハンドサインを使った理由に気付き、言葉で反対することは無かった。
というより、兄たちの戦況が思わしくなく、いつ大型スケルトンが乱入してくるか分からない状況だったのだ。今のところヴラドが自らの能力に自信を持っているため、大型スケルトンに兄たちの排除を命じているから均衡を保っているに過ぎない。
祖父が正面に立ち、メルと俺が両サイドに位置する。三方向から同時攻撃を掛けるような配置だが、実際には祖父とメルが交互に仕掛け、隙を突いて俺が背後に回るつもりでいる。
戦い始めた時に比べ、祖父の動きには余裕が見えた。戦うことにより敵の技量が読めたことが大きいのだろう。それでも油断なく攻撃を繰り出し、ヴラドの頑丈な鎧を叩くガンガンという音を響かせている。
同様にメルの動きも良くなっていた。剣術の天才である彼女は最初から本能的にヴラドの動きを見切っており、敵の電光のような鋭い斬撃を紙一重で回避し続けている。その最小限の回避の後、きっちりと反撃を加え、敵の苛立ちを更に増大させていた。
そんな二人とは対照的に俺は静かにヴラドの背後に回っていく。ヴラドも俺が後ろに回っていくことに気付いており、何度か牽制の攻撃を仕掛けてくるが、それ以上に祖父たちの攻撃が激しいため、次第に俺に手を出すことが出来なくなっていく。
しかし、俺が狙う作戦に移行するにはまだ隙が足らない。
そんな俺の焦りを祖父が感じ取った。
祖父は目で勝負に出ると伝えてくる。何をする気なのだと思うが、祖父を信じて作戦を実行に移していく。
「貴様の動きは見切った!」と祖父は挑発し、猛然と突っ込んでいく。
その横で「先代様! 無茶です!」というメルが叫ぶ。
最初は祖父が何をするのか理解できなかったが、すぐにメルが言わんとすることが理解できた。
しかし、俺はあえて何も言わない。祖父の覚悟が分かった上で、今しかないと心の中で気合を入れ、考えた作戦を実行していく。
胸が痛かった。祖父が刺し違えようとしていることが分かっていたのだ。
祖父は渾身の一撃を加えようと、大きく振りかぶる。ヴラドはそれを隙だと感じ、「愚カナ」と嘲笑しながら漆黒の剣を突き出した。
漆黒の剣は祖父の腹部に突き刺さり、「ゴフッ」という呻きとともに剣を取り落とし、祖父の動きが止まった。
祖父は賭けに出たのだ。精神力で漆黒の剣の効果に打ち勝ち、敵の動きを止めるという賭けに。
祖父は賭けに勝った。
「掛かったな」と呟くと、更に前進し漆黒の剣を両手でしっかりと掴んだ。
ヴラドはその行動が想定外だったのか、「何ヲスルノダ!」と焦りを含んだ声を発するが、祖父はしっかりと剣を握り締め、ヴラドの動きを止めた。
俺は涙で視界を曇らせながら祖父を見ていた。恐らく祖父は致命傷を負っている。今すぐにでも治癒魔法をかけに行きたい衝動を抑え、切り札である擬似ペルチェ効果の呪文を静かに唱えていく。
「火を司りし 火の神(イグニス) よ。御身の力、熱の移動を我は求む。我は御身に我が命の力を捧げん。 ペルチェ効果(ペルチェエフェクト) 」
動きを止めたヴラドに対し、俺はペルチェ効果の魔法を維持したまま身体ごとぶつかるように突きを放つ。狙いは背中にある 胸甲(キュイラス) と 腰鎧(スカート) の隙間。人間なら致命傷を与える場所だが、恐らくヴラドには何の効果もないだろう。しかし、今回の俺の目的は別にあった。
祖父を貫いた後、ヴラドの足は完全に止まっており、俺の突きは狙い通り鎧の隙間を貫通する。本当ならここで骨を断ち切るか、内臓を突き抜ける感触があるのだが、ゴムのような柔らかいが抵抗のある均質な物質を突き刺したような感触を残しながら剣がめり込んでいく。
右手に放熱源を、両脚に吸熱源をイメージし、擬似ペルチェ効果の魔法を最大出力で行使していった。
俺が考えたのは敵の身体に直接熱を送り込むという策だ。擬似ペルチェ効果の魔法は火属性魔法であり、火の精霊の力を利用しているが、精霊たちは熱の移動を行うだけでヴラドの身体に直接作用しない。今回も放熱源を剣にしていることから精霊の力は剣に作用しているだけだ。
俺の足元の温度が急速に下がっていく。
ヴラドは最初「何度言ッタラ分カルノダ? 効カヌ……」と呟くが、すぐに「何ヲシタ!」と焦りだす。初めて感情らしきものを見せたが、すぐに「無駄ダ」と言ってベアトリスを吹き飛ばした時のように身体を振って俺を引き剥がそうとした。
俺は左手でヴラドの黒マントを必死に掴む。数度振り回したが、俺が離れないため、右手を後ろに回し、俺を掴もうとする。
「先代様! 先代様!」というメルの叫びが聞こえていた。
「何をしておる! ザックの策を手伝わんか!」という叱責でメルは我に返った。
メルは祖父の言葉通り、俺に伸ばされる右手の肘を狙った。ヴラドの腕はメルの強烈な斬撃を受け、ボトリと落ちる。
祖父はその光景に満足したのか、ゆっくりと倒れていった。ヴラドは倒れていく祖父を蹴り、掴まれていた剣を取り戻す。
その間にメルは涙を流しながら、更に猛攻を加えていく。ヴラドはその猛攻を左手一本で、更に俺という重しをつけながらも、メルの肩に重い一撃を加える。メルはベアトリスと同じように気を失い吹き飛んでいった。
メルの突貫は無駄ではなかった。その間に俺はペルチェ効果の魔法を切らすことなく続けられたのだ。
ヴラドの身体からは冷気ではなく熱気が噴き出し始めた。更に動きも徐々に鈍くなっていく。
何とかなりそうだと思った瞬間、ヴラドは思いきった方法をとってきた。
自らの腹に剣を突きたて、自分の身体ごと俺を刺し貫こうとしたのだ。
しかし、その方法は俺の予想の範囲内だった。自刃するかのような動きになったところで剣を手放し、ヴラドの漆黒の剣を回避する。
地面を転がりながら、「シャロン!」と叫ぶ。
叫びながらメルと祖父を引き摺るようにして下がっていく。
その直後、ヴラドを中心に炎の渦が現れる。しかし、ヴラドの身体に直接炎が当たる位置ではなく、それは円形の炎の檻のようだった。
ヴラドは自らの剣の影響は受けていないようだが、明らかに動きが緩慢になっていた。先ほどまでの動きなら容易に炎の渦から抜け出られたはずだが、片膝を突き祈るような形で動きを止めている。
シャロンの炎の渦、ファイアーストームの魔法は一分ほど継続した後に消えた。未だに闇の波動は出続けているが、ヴラドは片膝を突いたまま動かない。
その祈りを捧げるような姿にサーチライトの光が当たり、ばら撒かれた灯りの魔道具の光と共に神秘的とも思える不思議な光景だった。
俺はその姿に目を奪われながらも、止めを刺すべく素早く接近して愛剣を取り戻すと、頭を垂れた状態の首を刎ね飛ばした。
遂に闇の波動は消えた。
■■■
炎の渦の中で、ヴラド・ヴァロノスは自らが消滅するという事実を受け入れた。
(敵ヲ甘ク見スギタヨウダ……力ヲ得テ傲慢ニナッテイタノカ。イヤ、コノ敵ハ我ノコトヲ知ッテイタ。ダカラ、敗レタノダ……)
敗北という事実は受け入れたものの、自らの運命を素直に受け入れることはできなかった。
彼は古代文明――約四千年前に滅んだ文明――の生き残りだった。彼はザカライアスがサエウム山脈であった古代の研究者と同じく、クナーアン症候群の影響を受けなかったが、その後の世界の崩壊に巻き込まれ、アクィラ山脈の東、魔族が 絶望の荒野(デスペラティオニス) と呼ぶ場所に封印されてしまった。
絶望の荒野は一種の牢獄だった。出ることも叶わず、手持ちの食料も徐々に減っていく。そんな絶望の中、彼はある存在に出会った。その存在は彼に新たな身体を与え、時が満ちれば外に出ることが可能だと伝えた。
(今思エバ、奴ハ邪神デアッタノダロウ。我ハソノ邪神ノ甘言ニ乗ルシカナカッタ。月ノ御子ナル存在ヲ手ニイレレバ完全ナ身体ヲ手ニ入レ、世界ヲ支配デキル。ソンナ甘言ニ……)
彼に与えられた身体はアンデッドとゴーレムの複合体とでも言うべきものだった。アンデッドの不死性とゴーレムの汎用性は理想的なものだと思われた。更にこの身体はこの世界とは異なる 理(ことわり) で作られており、精霊の力の影響を受けなかった。
彼は古代文明において魔道工学の技術者であり、有り余る時間を使ってゴーレムの身体を改造していった。その結果、魔法に対しては絶対的な防御力を持ち、更に人間を遥かに凌駕する力を手に入れた。また、彼に身体を与えた存在によって非常に高い防御力の外殻と相手の精神に直接作用する剣を与えられた。
しかし、彼の身体には欠点があった。元々無理やり作られた存在であったため、その強すぎる能力を使うとエネルギー源である魔晶石が過熱し、最終的には身体が崩壊してしまうのだ。彼は長い期間を掛けて液体窒素を作り出す魔道具を開発し、魔晶石を強制冷却する方法を導入した。制約を完全に無くすことはできなかったが、通常の戦闘程度では過熱を防ぐことは可能で、実用上の問題は解決したと思い込んだ。
彼が身体の改造を行っている間、今から約二千年前、魔族と呼ばれる種族が絶望の荒野で命を落としていった。彼はその魂を自らの眷族とし、来るべき時に備える。アンデッドの能力を得た時、彼は 死者使い(ネクロマンサー) としての能力も得ていたのだ。
そして、時が来た。
彼は絶望の荒野を出てアクィラ山脈を越えた。
アクィラを越える際、大型の魔物との戦闘が起きる。その時、彼は自らの身体の欠陥に気付いた。
長時間の戦闘や最大出力での攻撃を行うと、冷却能力が不足し魔晶石が過熱する。そのため彼は眷属を更に増やし、自らは指揮に徹する方針に変えた。
しかし、彼は楽観的だった。月の御子の魔晶石を組み込めば、この欠点が解消されると教えられていたからだ。
アクィラ山脈を越えた時、彼の率いる軍団は一万三千を超えていた。
(我ガ敗レタノハ何故ダ? コレダケノ軍ヲ率イテ敗レタノハ……我ハ利用サレタノデハナイカ? アノ存在ニ……奴ハコノ世界ニ……)
そのとき、彼の周囲の炎は消えていた。しかし、過熱した身体は動くことを拒否する。
(コレマデカ……詰マラヌ人生ダッタ……アノ時死ンデオレバ……)
首を断たれた時、数千年間思い出すことのなかった人間だった頃の思い出が、彼の心には映し出されていた。しかし、それは誰にも知られることなかった。
■■■
ヴラドを倒した俺は「敵の総大将を討ち取ったぞ!」と高々と剣を上げる。しかし、その叫びに応える者はいなかった。
大型スケルトンを相手にしていた兄たちのうち、盾を失っていたニコラスはスケルトンの容赦ない一撃を受け、地面に大の字になって倒れている。その穴を埋めるべく、ガイとダンが果敢にも剣で大型スケルトンに挑むが、ニコラスを後方に下げることすらできていない。
兄もベアトリスも疲労困憊でいつ倒れてもおかしくない状況だった。
俺は祖父の腹部に応急処置分の治癒魔法を掛け、スケルトンの群れに向かう。既に俺の 魔力(MP) は尽き、これ以上魔法を行使すると気絶する状態だったのだ。
兄たちに合流した時、突然巨大な炎の竜がスケルトンたちに襲いかかった。シャロンが 炎龍の咆哮(ドラゴンローア) の魔法を放ったのだ。
俺は思わず振り返った。
シャロンはそれまでの戦闘で 魔力(MP) を使い果たしており、立っているのがやっという状態だったはずだ。その彼女が大出力の魔法を放った。間違いなく魔力切れになり、最悪の場合、死に至る。
「シャロン!」と叫ぶと、 炎龍の咆哮(ドラゴンローア) の炎に照らされたシャロンは僅かに笑みを浮かべる。そして、ゆっくりと倒れていった。
彼女の決死の魔法はオーガクラスのスケルトンたちを次々と焼いていった。
何体ものスケルトンが深刻なダメージを受けて跪く。全滅させることはできなかったものの、貴重な時間を稼ぐことに成功した。
「兄上! この間にトンネルまで引きます! ベアトリスはニコラスを! ガイとダンはおじい様とメルを運べ! シャロンは俺が運ぶ!」
兄はすぐに了解し、「私が殿となる!」と叫ぶ。
全員がすぐに動き、トンネル内に退避することに成功した。しかし、トンネルを抜けて奇襲を掛けた九名のロックハート家の戦士のうち、立っているのは僅か五人しかいなかった。
トリア歴三〇一八年十月二十四日午後八時頃。
敵の総大将を倒すことには成功した。しかし、大きな犠牲を払った俺たちの顔に、勝利の喜びはなかった。