軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十三話「絶望的な戦い」

トリア歴三〇一八年十月二十四日、午後六時半頃。

アンデッドの王、ヴラド・ヴァロノスとの死闘が始まっていた。

死闘と感じているのはロックハート家側だけで、敵にはまだまだ余裕があるように見える。

前衛にいるのは俺とベアトリス、メルの三人だけだ。祖父や兄たちは奇襲に使ったトンネルの出口で 首なし騎士(デュラハン) の牽制によって前に出てこられない。こちらも弓を使うガイとダンが 死霊魔道師(リッチ) を牽制し、戦場は膠着状態に陥っていた。

鍛冶師ギルドの長にして世界に冠たるドワーフの名工、ウルリッヒ・ドレクスラーのアダマンタイトの剣、神槍と謳われるオイゲン・ハウザーのミスリルの槍、それらに光属性の魔法を纏わせてすら、アンデッドの王にダメージを与えることができない。

俺の考えていたシナリオは脆くも崩れ去った。俺は魔法剣での近接戦闘に活路を見出そうと、奇襲を提案していたのだから。

絶望が支配し始める中、メルは時間を稼ぐと言って強敵ヴラドに挑んでいる。

彼女が作ってくれた貴重な時間を使い、ヴラドの攻撃で一時的に意識を失ったベアトリスを回復させ、共にリッチを排除するためヴラドの後方に回っていく。

リッチに向かいながらメルの戦いを観察する。

メルは敵の攻撃を回避しながら時間を稼ごうと激しく動き回っている。ヴラドは余裕があるのか、メルが牽制のため近づいてくるタイミングでカウンター気味の斬撃を放つだけで積極的に前に出ない。

自分ひとりで充分という余裕なのか、正門に向かっているオーガクラスの 骸骨(スケルトン) を呼び戻していない。

(油断してくれているならいいんだが……メルの攻撃が何度か当たっているのに全く効いていない。あれだけの防御力を見せられたら余裕があってもおかしくはない……)

横目に見ながらそんなことを考えるが、倒す糸口は全く見つからなかった。

その間にもリッチは闇の槍を何度か投げつけてくるが、追尾機能のない魔法を回避することは大して難しくなかった。更にガイたちが牽制してくれているお陰で三体のリッチは互いに連携することができず、俺とベアトリスに散発的に魔法を放つことしかできていない。

ベアトリスがリッチの魔法を掻い潜り、必殺の突きを放つ。リッチは苦しげな呻き声を上げ、地面に伏していく。

後ろでは祖父が「メル! 待たせた!」と叫んでいた。どうやらデュラハンの排除を終え、メルに合流したようだ。

(じい様たちが合流したのなら、リッチを排除することに専念した方が良さそうだ。 魔力(MP) がもったいないが、魔法でさっさと片をつけた方がいい……)

ベアトリスから離れるように逃げるリッチに対し、光属性魔法を使う。

対魔族用に考えた光属性魔法、“ 輝ける隼(ブリリアントファルコン) ”をここでも使うことにした。この魔法は 燕翼の刃(スワローカッター) の光属性版で、名前の通り隼を模している。ベースにした魔法は光の槍の魔法だ。スワローカッターより遥かに強力なためMPの消費量は大きいが、リッチクラスのアンデッドを一撃で倒せるほどの威力を持っている。

「世のすべての光を司りし 光の神(ルキドゥス) よ。御身の力、光を宿す聖なる隼を我に与えたまえ。その代償として、御身に我が命の力を捧げん。斬り裂け、隼! 輝けるの隼(ブリリアントファルコン) !」

灯りの魔道具とサーチライトに照らされているだけの草原に、太陽かと思うような光の塊が現れる。その光は徐々に鳥の形に変わり、発動の言葉と共に鷹匠の腕から飛び立つ鷹のように獲物に向かっていく。

リッチも俺が魔法を使ったことに気付き、逃げる足を止めた。その一瞬の躊躇いが命取りとなった。

俺の隼は矢よりも速く、更に自律制御により目標に正確に向かう。そのことに気付いているのかリッチは俺の魔法を撃ち落そうと闇属性魔法を練り上げようとした。その僅かな時間が疾走するベアトリスに攻撃の機会を与えることになった。足を止めたリッチは横から飛び出してきたベアトリスの槍を受けて崩れ落ちた。

俺とベアトリスは無言の連携を取っており、彼女がリッチを倒すことを最初から想定していた。そのため、目標は最後のリッチにしており、美しい光を放ちながら追いかけていく。そのリッチはスケルトンを盾にしながら必死に後方に下がっていた。

それも想定内だった。

光でできた隼はスケルトンにぶつかる直前で垂直に上昇する。そして、十メートルほど上昇したところで翼を翻すと、急降下に切り替える。その動きは軽快な戦闘機がアクロバット飛行をするような流麗さがあった。攻撃を受ける方はその変則的な動きに翻弄されたようだ。

リッチは思いもよらぬ真上からの攻撃に、成す術もなく頭を吹き飛ばされる。そして、耳障りな断末魔の悲鳴を上げて動かなくなる。

(これで周りを固めていた魔物はすべて倒した。まだ、大型スケルトンも戻ってこない。今のうちに、こいつを倒してしまわなければ……)

リッチを倒したところで後ろを振り返ると、祖父とニコラス、兄ロッドがメルと交代していた。

「よくやったぞ、メル」という祖父の言葉に息の上がったメルは頷くことしかできなかったが、暗闇の中でも分かるほど満足げな笑みを浮かべていた。

「ゴーヴァン・ロックハート、参る!」と祖父が名乗りを上げる。祖父にしては珍しい光景だが、俺たちの士気を鼓舞するためだろう。もしかしたら、自らを鼓舞しているのかもしれない。それほどまでにアンデッドの王ヴラド・ヴァロノスの存在感は大きかった。

「ニコラスは右。ロッドは左じゃ。ガイとダンは弓で牽制を頼む!」と叫ぶと、デーゲンハルト・グラブシュらウェルバーンのドワーフたちが心血を注いで作り上げた剣を構える。

俺とベアトリスもヴラドの後ろに回りこむ。

正面に祖父ゴーヴァン、右にニコラス、左に兄、後方に俺とベアトリス。更にガイとダンは左右に分かれ各々弓を構えている。

これ以上ないくらいの布陣だ。この布陣なら竜ですら倒せるだろう。

ヴラドは気合を入れたかのように鎧の隙間から冷気を吹き出す。周囲の草が凍りつき、周りを囲む俺たちの頬を真冬の凍てつくような冷気が撫でていく。

祖父が裂帛の気合と共に斬り掛かった。魔法は効果が少ないと考えたのか、炎を纏わせていない。

一瞬にしてヴラドとの間合いを詰め、ヒュッという風を切る音が響き、ザシュという音がそれに続いた。

祖父が剣を振り切った直後、ヴラドの左腕が肘から落ち、ガシャンという 籠手(ガントレット) が地面に落ちる音がする。

剣術士としてレベルが上がっている俺でも斬撃の軌跡を目で捉えることはできなかった。

メルの「やった!」という歓声が草原に響く。兄やニコラスの顔にも笑みが浮かぶ。

祖父は剣を振りぬいた後、油断なく後退し、更に追撃をかけるべく間合いを計っていた。

誰もが勝利を確信した。英雄ゴーヴァン・ロックハートがアンデッドの王を倒すのだと、誰もが思った。

しかし、ヴラドは呻き声一つ上げることはなく、平然としていた。左腕の切断面は炭を固めたような漆黒で生物らしい組織は全く見られない。

鎧の中はゴーストのような幽体かと思っていたが、どうやら違ったようだ。どちらかと言えば均質な物質で作られたゴーレムのような印象だ。

腕を斬り落とされたヴラドは平然とした口調で、

「ソノ程度デ我ノ前ニ立ツカ。身ノ程ヲ知レ」と言うと、右手一本で祖父に突きを放つ。

その速度は祖父の斬撃に匹敵していた。

祖父はその突きを半身をずらすことで避け、更に延ばされた腕に剣を叩きつける。

決まったと誰もが思った。しかし、祖父の斬撃はガツンという音を響かせ止まっていた。断ち切られたと思われたヴラドの右腕は何事もなかったかのように祖父の剣を受け止めていたのだ。

その事実に 手練(てだれ) である祖父も意表を突かれた。僅かに剣を引くタイミングが遅れてしまう。その隙をヴラドは逃さなかった。

彼はそのまま右腕を祖父の剣ごと振り上げ、がら空きになった祖父の腹部に膝蹴りを入れる。見た目以上に強い力だったのか、祖父はグフッという呻き声を上げながら数メートル吹き飛ばされた。

「先代様!」とニコラスが叫び、祖父が追撃されないよう身体を割り込ませる。ヴラドは追撃できなかったことを何とも思わないのか、ニコラスに斬り掛かることなく、斬り落とされた左腕を拾った。

そして、その腕を切断面にあわせる。

魔法を使った気配は一切なかった。彼の左腕は何事もなかったかのよう元に戻っており、二度ほど五本の指を開閉しただけだった。

ニコラスが正面に立ったことで祖父への追撃は免れた。その間に息を整えていたメルが祖父のもとに走る。

「先代様! しっかり!」というメルの声が聞こえるが、今は敵に集中しなければならない。

「全員で攻める。最初から全力でいくぞ!」という兄の指示が飛ぶ。兄はミスリルの剣に魔法を纏わせ、ヴラドに向けた。それを皮切りにニコラス、ベアトリス、そして俺も武器に魔法を纏わせていく。

最初に攻撃したのはベアトリスだった。ヴラドの死角から槍を突き出し、漆黒のマントを突き破る。

脇腹近くに槍が突き刺さった。しかし、ガンという音を響かせるだけでよろめくことすらない。

その間にニコラスが盾を上げながら懐に入っていく。盾の横から剣を低く繰り出し、脚を狙う。

兄と俺も同時に剣を振り下ろしていた。俺が左肩を、兄が右腕を狙うが、三人の斬撃はいずれも硬い鎧に阻まれ、ベアトリスの槍と同じく金属音を響かせるだけだった。

四人は同時にバックステップでヴラドと距離を取る。ヴラドは俺たち四人の攻撃を、余裕を持って受け止めていた。

(何て硬い鎧なんだ……これだけの武器がありながら有効なダメージが与えられない……)

兄もニコラスも敵が全くの無傷という事実に言葉が出ない。

「我ノ方カライクゾ」と喜悦や怒りなどの感情を一切感じさせない声でそう宣言すると、正面のニコラスに向かって無造作に剣を振った。ニコラスは左手のカイトシールドで受け止める。次の瞬間、バイロンの剛剣ですら受け止める盾が、脆い寄木細工のようにバラバラになる。

ニコラスは盾で受け止められないと予想していたのか、軌道を逸らしながら身体を捻って漆黒の剣を避ける。避けながらも右手の長剣でヴラドの剣を絡め取ろうとした。

俺たちもニコラスに見入っていたわけではなかった。兄もベアトリスもヴラドがニコラスを攻撃したタイミングで攻撃を仕掛けていた。もちろん、俺も同じように剣を振っている。三人の狙いは同じだった。少しでもダメージを通そうと鎧の継ぎ目を狙っていたのだ。

俺は頭部を狙ってコンパクトに、ベアトリスは振りぬいた後の脇に突きを、兄は祖父と同じように肘を同時に狙った。

兄の攻撃は肘当てに阻まれたものの、俺の攻撃はヘルメットの継ぎ目の金具に当たり、バイザーを破壊して吹き飛ばす。俺には見えないが、ヴラドの素顔がニコラスや兄からは見えているはずだ。

そして、ベアトリスの攻撃は針の穴を通すように見事に腋の隙間に入った。

俺は心の中でいけると再び思った。しかし、ベアトリスの顔は信じられないというように目が見開かれ、完全に動きを止めていた。

「こいつは何者なんだい……」というベアトリスの呟きが聞こえる。しかし、その呟きに答える間もなく、ヴラドが動いた。

「効カヌワ」と言うとニコラスの長剣を弾きながら、身体を三百六十度回しながら、漆黒の剣を水平に振り抜く。その意表を突いた動きに俺たち四人はしりもちをつくようにして吹き飛ばされた。

中でも槍を突き立てていたベアトリスは手を放すタイミングが遅れ、槍ごと大きく吹き飛ばされる。身長二メートルの彼女の身体を何の抵抗も感じさせず、振り回す力に俺は戦慄していた。

(攻撃力、防御力、スピード、力……どれをとっても勝てる要素がない……フル装備のベアトリスをあんなに簡単に吹き飛ばすなんて……それに槍が腋に入ったはずだ。それも魔法を纏わせた槍が。それなのに痛痒に感じていない。勝てない。こいつには勝てない……)

更にオーガクラスのスケルトンが正門から戻り始めていた。その数は二十体ほど。

(ああ……奴らはすぐにここに到着する。そうなったらお終いだ。今でもあるとは言い難いが、オーガクラスが参戦した瞬間、圧倒的な物量で押し潰される……)

俺が絶望に挫けそうになった時、

「敵に飲まれてどうする! 神に成り代わろうとする者が強いのは当たり前じゃ! 敵が増援を呼んだということはこちらの攻撃が効いているということじゃ!」という祖父の叱咤が耳を打った。

俺は剣術を学び始めた時のことを思い出していた。

形を覚えた後、祖父が最初に教えたことは敵に飲まれないことだった。

(神に成り代わろうとしているといっても、俺だって神から使命を受けているんだ。勝てないはずはない。何か活路を見出す方法があるはずだ……)

叱咤した祖父はメルの肩を借りて立ち上がっていた。

「ニコラス! ロッド! ベアトリス殿はオーガクラスのスケルトンを迎え撃て! メルは儂とアンデッドの王じゃ! ガイ、ダン! お前たちは弓で奴の額を狙え! ザック! お前はこやつを倒す方法を考えるんじゃ!」

祖父の言葉が草原に響き、ロックハート家の猛者たちはすぐに反応する。

しかし、俺だけは身体が反応しなかった。

(奴を倒す方法……そんなものがあるのか……)

アンデッドの王の顔――干からびたミイラのような顔に漆黒の宝玉のサークレットがある――を見ながら、この数分の戦いを思い出していた。

(あの漆黒の鎧の防御力はアダマンタイトのフルプレート以上だ。シャロンの魔法も無効化された。継ぎ目に入れば破壊はできるが、ベアトリスの槍もじい様の剣も効いていない……あのサークレットの宝玉が怪しいが、力の波動は胸から出ている……)

俺が観察している間に祖父たちの戦いが始まった。

祖父もメルもヴラドを翻弄するように動き回ることに専念している。ガイとダンがその間を縫って矢を放っていく。ガイの放った矢が額の宝玉を砕くが、何の影響もなかった。

それでもヴラドには余裕があるのか「小賢シイ」と呟きながら、細身の大剣をカウンター気味に繰り出していく。

その横ではオーガクラスのスケルトンが到着し、兄たちも戦闘に突入していた。スケルトンの能力が上がっているようで、防壁上では簡単に倒していたニコラスですら、梃子摺っている。二十体の大型スケルトンに兄たちは囲まれていた。

更に通常のスケルトンも押し寄せ始める。

絶望的な状況に逃げ出したくなるが、ロックハート家の戦士たちは自らの成すべきことをするだけとでもいうように、武器を振るっていた。