作品タイトル不明
第五十二話「強敵」
トリア歴三〇一八年十月二十四日、午後六時半頃。
ロックハート家の精鋭八名はリッチが作ったトンネル内に潜んでいる。敵の総大将である黒マントの魔物に奇襲を掛けるためだ。
しかし、トンネル内を移動している間に敵の位置が変わっている可能性があった。そのため、俺とベアトリスの二人が先行して敵の位置を確認しつつ奇襲を掛ける。
魔法での奇襲も考えたが、精霊の力の流れを見られる可能性を考えたことと、シャロンの放った魔法が効かなかったことから、最初から接近戦を挑むことにしていた。
敵の位置が分からないと言ったが、俺もそしてベアトリスも何となくだが敵の位置を分かっている。あの恐怖をもたらす闇の波動は強力で、気配というレベルではなく、トンネルの中からでも大体の位置は掴めていたのだ。
それを頼りに判断するならば、今のところトンネルに入った時とほぼ同じ位置から動いておらず、出口から二十メートルと言ったところだ。
俺たちの後方では灯りを消して息を潜める祖父たちがいる。俺たちが飛び出し、敵の罠がないと確認できたら一気に飛び出すのだ。祖父たちはいつでも飛び出せるように剣を抜いていた。ガイとダンの親子は弓にミスリルの鏃の矢を番えており、更に予備の矢を口に咥えている。
俺は魔闘術を掛けるとベアトリスに目で小さく合図を送る。六年間一緒に戦っていることから言葉は全く要らない。
そして、呼吸を合わせて一気に飛び出していく。
外は暗闇が支配しているが、防空塔のサーチライトが敵の総大将である黒マントを照らしていた。その前には黒馬に跨った 首なし騎士(デュラハン) が五騎、その後ろには魔術師のローブを身に纏った 死霊魔道師(リッチ) が四体控えている。
他の魔物はほとんどいない。 骸骨(スケルトン) が数十体いるが、そんな雑魚は数に入らない。
俺たちはその十体の魔物の側面に飛び出す形になった。
奇襲が成功したかに思えたが、敵はしっかりと待ち構えていたようだ。俺とベアトリスが飛び出した直後、四体のリッチから闇色の槍が撃ち出された。僅か二十メートルしかなく、回避重視の俺ですら避け切れない。
胸甲(キュイラス) の左胸部分に闇の槍を受け、その衝撃に弾かれそうになる。しかし、衝撃はあったものの痛みはなく、麻痺や混乱などの異常状態にもなっていない。
ベアトリスも脇腹に魔法を受けたようだが、俺と同じように走り続けている。
「ベアトリス、無事か!」と叫ぶと、「さすがはゲールノート殿のチェインメイルだよ。革鎧はやられたが、全くの無傷だよ」と陽気な声で応えてくれた。
ベアトリスのミスリルのチェインメイルは世界最高の防具職人ゲールノート・グレイヴァーが作った傑作だ。特に対魔法防御に関してはフルプレートアーマーをも凌駕する。
俺の黒龍の鎧も名工ゲオルグ・シュトックが作った傑作で高い防御力を誇っており、鎧を含めて全くの無傷だった。
俺は“これならいける!”と歓喜し、更に敵に肉薄していく。しかし、あと少しでアンデッドの王にたどり着けるというところで、俺とベアトリスの前に漆黒の騎馬に跨ったデュラハンが立ち塞がった。
五騎のデュラハンは両手剣かと見紛うような巨大な 騎士剣(ブロードソード) を振りかざしながら駆け込んでくる。助走距離がほとんどないにも関わらず、その 突撃(チャージ) は 襲歩(ギャロップ) にまで加速されており、こちらとしても足を止めるしかない。
二騎のデュラハンが俺の両脇を駆け抜けながら剣を振り下ろす。俺は地面に飛び込むようにしてその斬撃を避け、頭上を通る馬の後足を斬った。漆黒の馬は嘶きを上げるように棹立ちになるが、俺に追撃する余裕はなかった。更にもう一騎が俺を踏み潰そうと迫っていたのだ。
その馬の蹄を転がって避けるが、すぐにリッチの魔法攻撃が襲い掛かってきた。
リッチは俺に向けて 炎の嵐(ファイアストーム) を放っていた。俺の周囲に炎の渦が壁となって出来上がる。青い草を焼く焦げ臭いが匂いが辺りに立ちこめ、炉の前に立っているかのような熱風が俺に襲い掛かり、髪の毛が焼かれる。倒れた状態から立ち上がろうとしていたところだったため、炎の渦から逃れられない。
高温に耐えながら、どう脱出するかと考えていたところで、唐突に炎が消えた。
一瞬あっけに取られたが、俺に魔法を放ったリッチの姿に納得する。そのリッチの額には矢が突き刺さっており、リッチは耳障りな断末魔を上げながら顔を掻き毟っていたのだ。
ガイかダンが放った矢だった。既に祖父たちもトンネルから出ており、俺とベアトリスの横を通り抜けていったデュラハンと斬り結んでいる。
周囲にはいくつもの灯りの魔道具が投げ捨てられ、草原の草を照らしている。サーチライトの光と相まってイルミネーションのような非現実的な光景を作り出していた。
「ベアトリス嬢! ザック! 敵の総大将に向かえ! 儂らはこの雑魚どもを倒したらすぐに合流する!」と祖父が命じた。
四級相当の魔物であるデュラハンを雑魚と言い切ったことに、俺とベアトリスの顔に苦笑が浮かぶが、すぐにその苦笑を消し、敵の総大将、黒マントのアンデッド王に向かって走り出す。
デュラハンはすべて祖父たちに向かっており、既に一騎が馬ごと斬り倒されていた。しかし、他の三騎は祖父たちの進撃を食い止めようと馬を巧みに操りながら牽制していた。機動力のある騎馬が相手では祖父でもすぐに突破できない。
俺はそれ以上後ろを見ることなく、前にいるベアトリスを追うように敵の王に向かった。ベアトリスはデュラハンの攻撃を槍でいなし、更にリッチの魔法も動き回ることで回避しており、既に敵の王の目の前に到着していた。リッチたちはガイとダンの矢によって魔法を放つことができず、ジリジリと後退しており、彼女は敵の王と一騎打ちのように対峙していた。
ベアトリスは一撃で終わらせるかのように、「これで終わりだよ!」と叫びながら、ミスリルの槍の穂先に光を纏わせる。真夏の太陽のような黄色い光を放ちながら槍を繰り出した。
ベアトリスの必殺の突きが黒いマントに吸込まれていく。
俺はこれで終わったと勝利を確信した。いくら一級相当であろうとも、槍作りの第一人者オイゲン・ハウザーの神槍に魔法を纏わせれば竜の鱗すら貫ける。
次の瞬間、俺は自分の見たものが信じられなかった。ベアトリスの必殺の槍がまるで硬い壁に阻まれたかのように、黒マントの前で完全に止まっていたのだ。
アンデッドの王は巨大な漆黒の剣を無造作に振った。
ベアトリスは槍を引きながらギリギリでかわすが、僅かに剣先が身体を掠める。
「アァァ!」という悲鳴が木霊する。僅かに掠っただけであり、致命傷には程遠いと思ったのだが、思った以上のダメージを与えたようだ。
ベアトリスはそのまま仰向けに倒れていく。アンデッドの王は止めを刺すべく、ゆっくりと前に出るが、ベアトリスは意識を失ったままピクリとも動かない。
俺は「ベアトリス!」と叫び、アンデッドの王に肉薄する。近づくとその異様な雰囲気に足が竦みそうになる。
見た目だけならリッチの方がよほどアンデッドらしいだろう。黒マントの下は光を一切反射しない闇を固めたような漆黒の全身鎧だった。
身長は俺より高い二メートルほど。思ったより細身であり、オークのような鈍重さはなく鍛え上げられた戦士の風格が滲み出ている。顔はフルフェイスタイプのヘルメットにより見えないが、目だけは置き火のような仄暗い赤色で、見つめていると魅入られそうになるほどの危険を感じた。
本能的に俺では勝てないと思った。これほどの恐怖は前の人生を含め一度もない。
俺の中で勝利するための策がガラガラと音を立てて崩れていた。
今回の奇襲では光属性の魔法剣や神槍を主体に、闇属性のアンデッドを倒すことを考えていた。反属性でありかつ攻撃力が強い光属性なら何とかなるのではないかと思っていたのだ。
それが何の効果もなかった。
ベアトリスという 強者(つわもの) が、ドワーフの名工が心血を注いで打った槍を使ったにも関わらず、全くの無傷だった。
それでも倒れているベアトリスを助けるために無理やり前に出る。
(全力で行っても勝てる気がしない。じい様相手の方がまだ勝てる気がするほどだ……時間を稼ぐしかないな……)
俺は真っ向から戦うことを諦め、牽制することだけを考えていた。動き回ることで敵に攻撃に機会を与えず、祖父たちが合流する時間を稼ぐことを考えたのだ。
しかし、敵は圧倒的だった。魔闘術で底上げしている俺の動きを易々と追い、一・五メートルほどの 刺突剣(エストック) のように細い剣を巧みに操って俺を追い詰めていく。
その剣は鎧と同じく全く光を反射させず、金属でできているのかすら分からない。しかし、何らかの魔力的な力を秘めていることだけは分かる。
(ベアトリスが掠っただけで気を失った。つまり、状態異常の効果が付与された剣なのだろう。それも強力な呪いのようなもの。ゲールノートのチェインメイルすら役に立たないほどの……俺一人では時間すら稼げないかもしれない……)
ベアトリスの着ているチェインメイルはリッチの魔法を完全に無効化するほど耐魔法性能が高い。先ほどの攻撃が魔力、すなわち純粋な精霊の力を使ったものであれば意識を失うことはなかったはずだ。
(俺の方が精神耐性のスキルがある分、状態異常に対して強いはずだ。自分が選んだスキルを信じて戦うしかない……)
そんな決意をあざ笑うかのようにアンデッドの王は余裕を見せ付ける。剣を構える俺に対し、ゆっくりとした足取りで前に出てきた。
俺はそれを油断と判断した。その油断を突くため、あえて名乗りを上げる。
「俺はザカライアス・ロックハートだ! 貴様の名を聞かせてもらおう!」
名を知られることにより、呪術的な攻撃を受ける可能性はあるが、僅かでも時間を稼ぐため会話を試みたのだ。
アンデッドの王は俺の名乗りに対し、僅かに動きを止める。相変わらず仄暗い目の色は変わらないが、俺に対し興味を持ったようだ。
「人間の言葉を理解できないのか? それならば畜生と同じだな」と挑発する。
その時、周囲の温度が大きく下がった。真冬のような凍てつく空気が支配する。
「下郎ニ名乗ル必要モナイガ、アエテ名乗ッテヤロウ」
鷹揚な口調だが、その声は“絶対零度”という言葉を思い出させるほど冷たく、この魔物が真のアンデッド王であることを実感する。
「我ガ名ハ、ヴラド。ヴラド・ヴァロノス。静カナル者ノ王ニシテ次代ノ絶対神デアル」
アンデッドの王は自らをヴラド・ヴァロノスと名乗り、静かなる者、つまりアンデッドの王であり絶対神となる存在だと言い切った。
その瞬間に感じた力はまさに人が敵うものではなく、跪きそうになるほどの 圧力(プレッシャー) を感じた。勝てる見込みなどないと剣を落としそうになる。
ヴラドは長剣をゆっくりと振り上げていく。
「ザック様!」というメルの声で我に返った。ヴラドの剣を左に飛ぶことで本能的に回避する。
無様に転がる俺の前にメルが立っていた。その手には魔力を纏わせたウルリッヒの剣を持ち、俺を庇うかのように構えている。デュラハンとの戦闘から抜け出し、俺を助けに来てくれたようだ。
ヴラドはメルを一瞥すると、すぐに剣を構え直す。
「気をつけるんだ。奴の剣は掠っただけでも意識を失う」とメルにアドバイスを与えるが、それ以上の言葉が出てこない。
「私が牽制して時間を稼ぎます。ザック様は敵を倒す方法を考えてください」と言ってニコリと笑うと、無謀にもアンデッドの王に向かって突っ込んでいく。
「待て!」と叫ぶが、メルは止まることはなかった。
果敢にもヴラドの懐に飛び込むと、剣を横薙ぎに払う。
金属板を叩くような硬い音が響き、魔法を纏わせたウルリッヒの剣が易々と弾き返される。メルはそれを予想していたのか、横薙ぎに払った直後に真横に跳び、敵の攻撃を回避する。
ヴラドは「効カヌナ」と勝ち誇ったように言うと、再び周囲の温度を下げながらゆっくりとメルに近づいていった。
俺はその隙にベアトリスに近づいていく。リッチはガイたちが牽制してくれているため、魔法が放たれることはない。素早く 状態回復(リカバリー) の魔法を発動し、ベアトリスを起こす。
「くっ、悔しいね」と言いながらベアトリスはすぐに立ち上がるが、まだ完全に回復していないのか足元がふらついている。
「俺とメルで時間を稼ぐ。安全なところで少し休め」と俺が言うと、「馬鹿にするんじゃないよ。この程度で休んでいられるかい」と言って槍を構え直す。
「と言ってもこの状態じゃ、足手纏いだね。先にリッチを倒しちまおうか」と言って舌なめずりをした後、ガイたちに牽制され、動きを制限されている一体のリッチに向かって走っていった。
メルの戦いに目をやると、ぜーぜーという荒い息をしながらも、未だにヴラドを抑えていた。俺は助太刀するため後ろに回りこもうとするが、横からリッチが魔法を放ち、容易に近づけない。
トンネルの出口近くでは祖父が二騎目のデュラハンを倒していたが、未だに二騎のデュラハンが祖父、ニコラス、兄を牽制しており、戦場は混沌としていた。
ヴラドをメル一人に任せるのは忍びないが、いつ正門側からオーガクラスのスケルトンが戻ってくるか分からない。今は遠距離攻撃を加えてくる三体のリッチを排除することを優先する。
(リッチを排除できればガイとダンがフリーになる。二人に二騎のデュラハンを任せられれば、じい様たちがヴラドと戦える。だが、ベアトリスの槍もメルの剣も効かない相手をどうやって倒せばいいんだ……)
勝利の糸口が全く見つけられないまま、戦闘に向かうしかなかった。