作品タイトル不明
第五十一話「反撃」
トリア歴三〇一八年十月二十四日、午後六時頃。
アンデッドとの死闘が熾烈さを増していた。
俺たちは館ヶ丘の南にある正門で敵の主力を迎え撃つ。
偵察時にダンが見た黒マントの魔物が百メートルほど先にいた。
既に太陽は西のポルタ山地の頂に沈み、闇が支配しているが、投光器が照らす光によって、その姿ははっきりと映し出されている。
黒マントの魔物は周囲にいるオーガクラスのスケルトンに比べ、二周り以上小さいが、それでも身長二メートルはありそうだ。その魔物から放たれる禍々しい魔力により周りにいる魔物の印象が薄くなるが、そこには四体の 死霊魔道師(リッチ) 、五騎の 首なし騎士(デュラハン) 、五十体近い数のオーガクラスのスケルトンがいた。
通常ならそのうちの一体だけが現れるだけで大事件になるような魔物たちだが、今は黒マントの印象が強すぎ、どうでもよく感じてしまう。
更に正門の前には千以上のスケルトンがひしめいている。狂ったように正門に押しかけ、同族の亡骸でできた坂を上ろうとしている。更に門にも殺到し、門扉に当たる跳ね上げ橋に剣を打ちつけていた。
ロックハート家側も一時の動揺が収まり、秩序だった反撃を行っている。
坂を上ってくる敵に対してはベアトリス率いる部隊が的確に処理していた。相手が通常のスケルトンであるため、中には引き込まず防壁の上で倒している。
更に門の上や左右から 弩(クロスボウ) によって太矢が撃ち込まれていた。門の前で動きを止めたスケルトンは単なる固定目標になっており、簡単な訓練を受けただけの女性たちであっても易々と命中させ、確実に倒していく。
状況はそれほど悪いように見えない。
しかし、俺たち全員が希望より絶望を感じていた。
正面にいる、ただ一体の魔物の存在が俺たち全員に絶望を与えているのだ。
俺は黒マントの発する闇の波動を 相殺(キャンセル) するため、光属性魔法の 状態回復(リカバリー) の魔法を発動し続けている。魔法を止めるとミスリル製の防具を着けた者以外、恐怖に囚われ使い物にならなくなるためだ。
今のところ魔力消費量を抑えているため、一時間や二時間は続けられるが、その間に何とかしないとここを突破されてしまう。
正門の指揮官である兄ロドリックも同じように危機感を募らせており、総司令官である祖父に増援依頼を送っている。
伝令が走ってから五分後、東の防壁からメルが、その後、北の防壁からニコラスとガイが増援としてやってきた。これでザックセクステットは全員正門に集まったことになる。
兄が門の上に立つ俺のところにやってきた。
兄は「このままじゃ不味い」と小声で言い、更に「私では打つ手が思いつかない」と俺に策を求めてきた。兄の顔には苦悩の色が浮かび、今の状況のままでは敗北が必至であると感じているようだ。
「手は考えてあります」と俺が言うと兄の表情が明るくなる。
「リッチが作ったトンネルを使って敵の総大将に奇襲を掛けます」と俺が言うと、その表情は一気に驚愕に変わった。
「あの敵に奇襲を掛けるのか。勝算があるとは思えんが……」と搾り出すように言うが、俺はその言葉を遮り、
「正直言って成功する確率はあまり高くありません。あの黒マントの実力が全く分からないのですから。ですが、このままでは勝算はゼロです。だから分が悪くとも賭ける必要があります……」
現状では門が無事であるため、均衡を保っているが、黒マントが前に出てきたら状況は一変するだろう。通常のスケルトンですら戦闘能力が上がっている。あのオーガクラスのスケルトンの能力が上がっていたら、 樫(オーク) の大木で作ってある門扉ですら数分で破壊されてしまうだろう。
「トンネルはあの黒マントのすぐ後ろに繋がっています。内部に敵が残っているかは分かりませんが、上手く使えば完全な奇襲になります」
兄を安心させるため、楽観的に話しているが、実際にはそれほど簡単なことではない。トンネルの中には数百にも及ぶアンデッドの死体があるはずで、百メートルほどの距離でもどのくらい時間が掛かるか全く分からない。その間に敵が前に出てきたら、こちらは戦力を分散させることになる。
兄は五秒ほど考えた後、「私が行く。何人ほど連れて行った方がいいだろう」と聞いてきた。既に答えは考えてあった。
「ここの指揮はヘクターに任せ、ニコラス、ガイ、ベアトリス、メル、ダン、私、そして兄上を加えた七名ではどうでしょうか」
兄は小さく頷くものの、
「ザックはここで魔法を掛け続けなければならないんじゃないか」と言ってきた。
「ここはリディに任せます。この作戦に弓術士は向きませんから」
俺の答えに満足したのか、すぐに「それでいくぞ」と答え、「トンネルを使って奇襲をかける……」とニコラスたちに指示を出していく。
リディを呼び、魔法を引き継ごうとしたが、「それじゃ私が一緒に行けないじゃないの」と言って拒む。
「俺かリディのどちらかが残らないといけないんだ。それに俺が行かないとトンネルの出口の岩を崩せない」と言って頭を下げる。
リディはむくれたような顔をするが、すぐに 状態回復(リカバリー) の呪文を唱え始めた。
リディの魔法が発動したことを確認し、自分の魔法を止める。
「気を付けるのよ。言わなくても分かると思うけど、あの敵は今までとは比較にならないほど危険。だから……」
彼女の言葉を口付けで止め、「分かっているよ。必ず戻ってくる」と答えてから強く抱き締める。
「ここも危険なんだ。無理はするな。危なくなったら逃げてくれ」と小声で伝える。
「あなたの方が危険なのよ」と真剣な表情で言うが、「分かったわ。あなたが帰ってくるなら、私は死なない」ともう一度口付けをする。
横ではシャロンが何か言いたげな様子で見ていた。
それを無視して、「シャロンも無理はするな。時間を稼ぐことを考えてくれ」と言って兄たちに合流しようとした。
しかし、シャロンは首を横に振り、「私も一緒に連れて行ってください」と頭を下げる。
俺は即座に「駄目だ」と強めの口調で拒む。
「魔法が効かない可能性があるんだ。接近戦ができる者しか連れていけない」
それでもシャロンは納得せず、必死な表情で「近くに行けば魔法が効くかもしれません」と引き下がらない。
「シャロンにはやってもらわないといけないことがあるんだ」と言うと、目を大きく見開く。
「あとで言うつもりだったんだが、トンネルの中は俺の魔法で空気が汚れている。最初に入れ替えるつもりだが、それでも不安なんだ。汚れた空気で倒れたら意味がないからな。だから、俺たちが入った後、外から送風の魔法で新鮮な空気を送って欲しいんだ」
初日の夜の戦いでトンネル内に可燃性ガスを注入し火を着けている。その後は片側の入口を完全に封鎖しているから、空気の入れ替わりはほとんどないはずだ。つまり、トンネルの中の酸素は減ったままで酸欠になる可能性があった。
もちろん、蓋にしている岩に穴を空けた後に空気の入れ替えを行うが、どんな形状のトンネルかも分からないし、スケルトンはともかく、グールの死体が腐乱している可能性があり、できる限り空気は入れ替えたい。しかし、勢いよく空気を 追い出す(パージする) と敵に気付かれる可能性がある。そのため、弱めの風を送り続ける方がいいと考えたのだ。
「分かりました。ザック様たちが外に出るまで風を送り続けます」と納得してくれたが、「でも、本当は私も一緒に……」と下を向いてしまった。
シャロンを軽く抱き締めると、「大丈夫だ。リディにも言ったが必ず戻ってくる」と囁く。
五秒ほどで放し、「時間がないからすぐに準備をするぞ」と言ってトンネルの出口である岩に向かった。
防壁の上では激しい戦闘が繰り広げられており、その喧騒が聞こえてくるが、俺たちは誰も口を開くことなく、兄の言葉を待った。
「ザックの策に賭ける。敵は恐らく一級相当の魔物だが、能力が全く分からない。大型スケルトンはこちらに向かっているから、敵の周りにいるのはリッチとデュラハンだけだ。外に飛び出したらまずは灯りの魔道具をばら撒く。同時にガイとダンはミスリルの矢でリッチを倒してくれ。ベアトリスさんとメルはデュラハンを引き付けてほしい。その間に私とザック、ニコラスで黒マントを倒す……」
兄の説明が終わる前に「儂も行くぞ」という祖父の声が後ろから聞こえてきた。東の防壁の指揮をバイロンに任せ、一番危険なこちらにきたようだ。
「しかし」と兄が言おうとするが、「時間がない。奴を倒さねば儂らに勝利はない」と言い、
「分担に変更はない。ザック、すぐに準備をするんじゃ」と命じた。
その言葉に俺は頷き、岩を分解していく。自分で作った岩は簡単に土に戻せるため、三十秒ほどで直径一メートルほどの穴を空けた。
シャロンに「送風の魔法を」と言い、祖父たちに向かって「夜目の利く私が先頭を歩きます。空気が汚れている可能性がありますから、少し間を空けて付いてきてください」と説明し穴の中を覗き込む。中には白骨が散乱しているが、物音は聞こえない。シャロンが送風の魔法を使い始めるとすぐに穴の中に下りていく。
中に入るが僅かに臭いがあるだけで想像していたよりマシだった。剣を引き抜くと外にいる祖父たちに合図を送り、トンネルを進んでいく。懸念していた酸欠だが、後ろから流れてくる風のお陰か、息苦しいということはない。
トンネルの中は思った以上に広かった。幅は二メートル、高さは二・五メートルほどで崩れにくいように天井はアーチ型になっていた。
その構造より目を引くのが地面だった。一面に白骨を敷き詰められた上にところどころにグールの醜い死体が転がり、まるで黄泉に向かう道のようで暗澹とした気持ちになる。
白骨を踏むと思った以上に脆く、すぐに粉々に砕けてしまう。まるで火葬された骨のような脆さだった。
ざくざくという音を立てながら進んでいくと、焼け焦げたローブ姿の魔物が倒れていた。トンネルを作ったリッチらしく、他にも二体の 骸(むくろ) が倒れている。
(さすがにこのサイズのトンネルを掘るには三体のリッチが必要だったか……それにしてもよくできている。もしかしたら、大昔の帝国の土木系魔術師だったのかもしれないな……)
そんなことを考えているが、警戒だけは怠らない。敵の気配はないかと慎重に前方を探っていく。しかし、後ろから聞こえてくる足音以外に何も聞こえない。
五十メートルほど進むと白骨の密度が減ってくる。この辺りまで来ると被害が少なく脱出したのかもしれないが、骨を踏む足音が気になっていたからありがたい。
トンネルであっても関係ないらしく、黒マントの波動が徐々に強くなってきた。トンネルの出口も夜の闇で見辛いが、時折サーチライトの光が通るため、出口が近づいていることが分かる。出口まで残り三十メートルほどのところで一旦停止し、祖父たちと合流する。
祖父が何かあったのかと聞いてきたので、停止した意図を説明する。
「私は大丈夫ですが、黒マントから出ている闇の波動の影響はどうでしょうか」
俺が気にしたのは他のメンバーたちの精神状態だった。全員がミスリルで補強された防具を着けており、一般の兵士より耐性があるとはいえ、大元の黒マントに近づいていることから確認したかったのだ。
「奴に近づいて身体が動かなくなったら致命的です。異常があるなら私が 状態回復(リカバリー) の魔法を掛けなければなりませんし、その辺りの段取りを確認したかったのです」
俺の説明に祖父が頷き、暗闇の中で祖父が持つ灯りの魔道具が全員の顔を照らしていく。誰一人恐怖に強張った表情の者はおらず、問題はないようだ。
「ではここからは私とベアトリスが先行します。私たちなら敵の位置をすぐに見つけられますから」
一応、防空塔からサーチライトで照らすようにいってあるが、念のため獣人であるベアトリスと視力強化のスキルを持つ俺が先行し、敵の位置を特定する。そして、全員が飛び出しそれぞれの目標に向けて攻撃するという手順だ。
「あたしもザックの案に賛成だね。あたしたち二人ならどんな状況でも何とかできるからね」とベアトリスも賛同する。それが決め手となり、祖父の許可が下りた。
「では、ベアトリス嬢とザックが先行することで決まりじゃ。儂らは十 m(メルト) ほど後ろを付いていく。ザックたちが飛び出した後は一拍置いてから出て行くぞ。皆、それでよいな」
全員が頷いた。
祖父たちに言っていないが、もう一つの懸念への対応でもある。
もう一つの懸念とは俺たちの行動が敵に筒抜けになっている可能性だ。視覚や聴覚だけでなく別の方法でこちらの存在を知られる可能性は否定できない。そうなった場合、出口の外で待ち伏せられ、全滅する危機がある。俺とベアトリスがダメージを負えば大きな戦力ダウンにはなるが、全滅するよりマシだ。
ベアトリスと共に慎重に出口に向かう。その間はすべてハンドサインで意志の疎通を行い、一言も発しない。緊張感が最高潮に高まる中、遂に出口に到着した。