軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十五話「勝利の後」

トリア歴三〇一八年十月二十四日午後八時頃。

敵の総大将であるアンデッドの王、ヴラド・ヴァロノスを倒すことに成功した。更に 死霊魔道師(リッチ) 、 首なし騎士(デュラハン) といった危険なアンデッドもすべて倒している。敵の戦力はオーガクラスの大型スケルトンと通常のスケルトンだけだ。しかし、大型スケルトンは三十以上、通常のスケルトンは数え切れないほど残っており、未だに完全な勝利には至っていない。

トンネルの中に退避し立っているのは兄ロッド、ベアトリス、ガイ、ダン、そして俺の五人。祖父ゴーヴァン、ニコラス、メル、シャロンの四人はいずれも意識を失っている。

特に深刻なのが祖父とシャロンだ。祖父はヴラドの剣を腹部に受け、大量に血を流している。僅かに残った 魔力(MP) で内臓に対する応急処置は施したものの、傷口を塞ぐことすらできていない。

シャロンも危険な状態だ。外傷こそ全くないものの、極度のMP切れでほとんど息をしておらず、脈も弱い。心臓マッサージや人工呼吸など、俺が知り得る処置を必死に行い、何とか命を取り留めているという状態だ。

そのトンネル内も完全に安全とは言い難い。オーガクラスこそ入れないものの、通常サイズのスケルトンがトンネルに押し寄せているのだ。万全な状態なら兄やベアトリスの敵ではないが、二人とも死闘を繰り返し疲労で動きが鈍っている。

唯一ガイとダンの親子が比較的元気で、二人がトンネルの入口側でスケルトンの侵入を防いでいた。

「館ヶ丘に戻って敵の総大将を倒したことを伝えてください。治癒師と担架を運ばせるように命令を」と兄に進言する。

兄は小さく頷くと、ダンに「館ヶ丘に走ってくれ。大至急だ」と言って剣を構えて前に出す。ダンは「しかし……」と言いかけるが、すぐに「了解!」と叫ぶと兄に場所を譲る。

ダンが走り始めた直後、入れ替わるようにトンネルの奥から誰かがやってきた。

「ザック! 大丈夫なの! ザック!」というリディの悲痛な叫び声が聞こえてきた。

「俺は大丈夫だ!」と叫ぶと、リディが走りこんできた。

「よかった。本当によかった……」と言って俺に抱きつき泣きじゃくる。

「おじい様とシャロンが危険な状況だ。魔力に余裕があるなら治癒魔法を……」というと、すぐに我に返り、

「ゴーヴィの傷を塞ぐくらいはいけそうよ。シャロンは……魔力切れ? だとすれば私にできることはないわ」

そう言うとすぐに祖父に向けて治癒魔法を掛けていく。鎧の隙間から漏れ出る血の量が減り始めた。しかし、リディの顔に焦りが浮かんでいた。

「駄目。傷口が完全に塞がらない……」と漏らす。

「魔力切れか?」と聞くと、

「いいえ、一度は塞がるんだけど、すぐに開いてしまうの……何かの呪いみたい……」と呟くように答えた。

ヴラドの漆黒の剣には傷口を塞がせない呪いのようなものが掛けられていたようだ。

俺は自分の残りのMPを確認する。

(残りは三十。さっきより少しは回復したが、これで足りるのか……やるしかない……)

俺は祖父の呪いを解除すべく、光属性の解呪の魔法を使うことにした。

「俺が解呪を行う。リディはすぐに治癒魔法を掛けてくれ」というと、

「魔力は大丈夫なの? あなたまで倒れたら……」

「大丈夫だ。魔力は確認している。それより早くしないとおじい様が出血で死んでしまう。やらなければならないんだ」

俺の言葉にリディは「分かったわ」と頷く。

俺はすぐに解呪の魔法を使った。残りのMPが少ないため、重要な臓器と血管に対し集中的に魔法を掛けていく。右手から柔らかい光が流れ込み、祖父の体内からどす黒い瘴気のようなものが出てきた。ぎりぎりまで魔法を掛け、「頼む」とだけいって座り込む。魔力切れギリギリで立っていられなかったのだ。

リディは心配そうに俺を見るが、すぐに治癒魔法を掛けていく。今度は傷口が上手く塞がったようで安堵の息が漏れる。

俺は未だに目を覚まさないシャロンとメルの二人の手を取りながら必死に祈っていた。

(戻って来い! 二人とも戻って来い……)

その願いが通じたのか、シャロンの呼吸が少しだけ安定してきた。最悪の状態は何とか回避できそうだ。

五分ほどすると、ニコラスが目を覚ます。

「敵は……」と呻くように言ったので、「親玉は倒した」と教えると、僅かに頬を緩ませる。しかし、倒れている祖父の姿を目にすると、「先代様!」と言って立ち上がろうとした。

「大丈夫だ。俺とリディが治癒魔法を掛けている。出血が多くて意識がないが、問題はないはずだ。だから無理はするな」

俺の言葉に「ありがとうございます」と律儀に礼を言うが、ゆっくりと身体を起こしていく。何度か顔を顰めるが、苦痛の声は上げなかった。

「私もまだまだ修行が足りないようです。ロッド様より先に倒れるつもりはなかったのですが」と笑うが、兄がスケルトンと戦っている姿に気付き、

「では、私も少し手伝ってきます。ロッド様の動きが悪いようですから」と言って剣を杖にして立ち上がった。

「俺は見ていないが、頭を打ったかもしれないんだ。もう少し休んでいろ。兄上もこの程度で音を上げる方ではないしな」

再びニコラスはニコリと笑い、「そうですね。ここはお任せしましょう」と言って再び腰を下ろした。

笑みを浮かべているが無理をしていることは明らかだった。彼は何も言わないが、左腕に力がなく、ヴラドの剣を盾で受けた際に痛めたようだ。更にベアトリスやメルを気絶させた精神への攻撃の影響も受けている。そうでなければオーガクラスとはいえ、スケルトンごときに倒されるはずがない。

兄とガイがスケルトンと戦い続けているが、全く危なげはない。剣を振るうたびに白骨の山を築いていく。

更に十分ほどトンネルの壁に身体を預けて休んでいた。

トンネルの奥からバタバタという足音が聞こえてきた。

「お待たせしました!」というダンの声が響く。更にその後ろには鍛冶師ギルドの職員ジョナサン・ウォーターと若い蒸留職人たちが心配そうに見つめていた。彼らは直接戦闘には参加していないものの後方支援要員として働いている。

「おじい様、シャロン、メル、ニコラスを運んでくれ。ダンは兄上と代わってくれ」と指示を出すと、すぐに担架が準備される。

ニコラスは歩くと言ったが、「大人しく運ばれるんだ」と俺が笑いながら言うと「仕方ありませんね」と言って担架に横になった。

「ゆっくりでいいから慎重に運んでくれ! 後ろは気にしなくてもいい」とジョニーに命じると、「心得ました」という力強い答えが返ってきた。

「殿は私とベアトリスで勤めます。兄上は館ヶ丘に戻って指揮をお願いします」と兄に言うが、「私が殿を」と譲らない。俺は兄にだけ聞こえるよう小声で、

「おじい様とニコラスが担架で運ばれていくんです。村のみんながそれを見たら士気が下がってしまいます。ですから、総大将を倒したこととおじい様たちは気を失っているだけだと兄上から伝えて欲しいんです。それにスケルトンごときに遅れは取りませんよ」

「私が一番にトンネルから出て皆に伝えればいいんだな」と頷いてくれた。

横でそれを聞いていたベアトリスに「ガイとダンと代わって一気に押し込む。もちろんいけるよな」と笑いかける。

ベアトリスはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、

「当たり前だよ。このベアトリス姐さんを何だと思っているんだい」と言って槍を軽く掲げる。

ベアトリスもまだダメージが抜け切れていないし、俺も魔力切れの影響が残っているが、それでもスケルトンが相手なら全く問題ない。

「ガイ! ダン! ご苦労だった! 俺とベアトリスが代わる!」と言うと、二人は「了解!」と声を合わせる。

掛け声と共にガイたちと交代する。そして、そのままベアトリスと二人で猛然と攻撃し、トンネルに入り込んでいるスケルトンたちを一気に粉砕していく。

こういう時に祖父の指導を受けていてよかったと思う。ロックハート家の訓練を受けていなければ、限界を超えたこの状況で攻勢に出ることは不可能だっただろう。

(「倒れて指一本動かないと思ってからが本当の戦いじゃ」か…… ロックハート家(うち) くらいなんだろうな、倒れるまで打ちのめされるのは……今思うとあの訓練のお陰で今まで生き残ってきた気がするな……)

そんなことを考える余裕すらあった。既に最も危険なアンデッドの王はおらず、勝利が確定しているためだ。

二人でトンネル内のスケルトンを完全に排除する。既に担架は見えないところまで下がっており、これ以上時間を稼ぐ必要はない。

「頃合だね」というベアトリスの言葉に俺も頷き、二人同時に踵を返す。

ベアトリスは走りながら、「トンネルは塞ぐのかい?」と聞いてきたので、「塞がない」と答え、

「このトンネルなら雑魚のスケルトンしか入ってこられないし、一度に一体しか出てこられない。三、四人出口に貼り付けておけば、効率よく倒せるからな」と付け加える。

未だに数が多いため、少しでも効率よく倒す方法は何でも採用するつもりだ。

トンネルの出口から村人たちの歓声が聞こえてきた。兄が勝利を伝えたようだ。

その後もスケルトンたちの攻撃は続いた。

俺が造った防壁は最後まで破られず、ラスモア村は勝利を勝ち取った。

翌十月二十五日の夜明け頃。

ラスモア村はヴラド・ヴァロノスに率いられた一万を超える 死せる者たち(アンデッド) の軍団に勝利した。

数の暴力に加え、一級相当の魔物であるヴラド、三級相当である 死霊魔道師(リッチ) 八体、四級相当である 首なし騎士(デュラハン) 八体、同じく四級相当のオーガクラスの大型スケルトン約百体、更に 生きた鎧(リビングアーマー) や 二重影魔(ドッペルゲンガー) 、 死霊(スペクター) らを相手に館ヶ丘を守り切ったのだ。

俺は昨夜の戦闘が終わってから少しだけ休憩を取って魔力を回復させ、治療に専念している。

ヴラドとの戦いで魔力切れになったシャロンはトンネルから脱出した後、意識を取り戻した。顔色は真っ青で苦しそうな表情を時折見せたが、心配していた後遺症はなかった。

漆黒の剣で麻痺したメルは俺の魔力が回復した後、 状態回復(リカバリー) の魔法によって意識を取り戻した。最後の決戦で意識を失ったことが悔しかったのか、涙を浮かべていた。

祖父は夜遅くに意識を取り戻したものの、傷口の具合が悪く、再び解呪の魔法と治癒魔法を掛けている。ヴラドの呪いは毒のように身体中に回っており、大掛りな解呪の魔法が必要になったが、何とか呪いを消すことに成功している。しかし、出血の影響は一日で消えることはなく、簡易寝台に横になったまま、指揮を執っていた。

ニコラスは左腕を骨折し、更に肋骨も折っていた。俺より先に魔力が回復したリディが応急処置を行っているが、本人が他の重傷者の治療を優先してほしいと言ったため、完全に回復はしていない。

戦況が厳しい状況ならニコラスのような貴重な戦力を優先するのだが、ヴラドを倒した後は淡々とスケルトンを処理していくだけで、危機的状況に陥ることはなかった。オーガクラスの大型スケルトンが三十体ほど残っていたが、士気の上がったラスモア村自警団の敵ではなかった。

勝利を得たもののロックハート家側の支払った代償も小さくはなかった。ロックハート家の者や従士たちに死者は出なかったものの、三十名の自警団員が命を落としている。

八百名足らずの村で三十名もの死者を出したことにより、勝利の高揚感はなく、館ヶ丘は悲しみに包まれていた。

また、祖父やニコラスだけでなく、最後の決戦で重傷を負った者が多く、俺を含め治癒師の治療が間に合っていないため、多くの戦士たちが白い包帯を巻き、そこかしこに座り込んでいる。

そんな中、唯一陽気さを振り撒いていたのがベルトラムらドワーフたちだった。彼らは戦士でないにも関わらず、最も激戦だった東の防壁で最後まで戦い抜いてくれた。彼らの存在がなければロックハート家側が敗れていただろう。

ほぼ五日間戦い続けており、疲労が心配されたが、そのことをベルトラムに言うと、「十日くらいハンマーを振り続けられん奴は一流の鍛冶師にはなれん」と言われてしまう。底なしの体力を支えていたのはもちろんスコッチだが、ザックコレクションとはいえ 僅か(・・) 三樽で村が守れたのなら安いものだ。

父からもベルトラムたちに存分に飲ませてやってほしいとの指示が出ており、「足りなくなったら言ってくれ」と俺が言うと、

「ひと眠りしたら新しい樽を頼む。ザックコレクションじゃなくてもいいからな」とベルトラムが言ってきた。

俺は驚いて、「父上からも許しが出ているし、遠慮する必要はないぞ」と言うと、

「これ以上飲むとアルスやウェルバーンの連中の分が怪しくなる。それに若い連中にこれ以上飲ますのはあまり感心せん。この後、普通のスコッチを飲みたいという気概が生まれんかもしれんからな。ガハハハ!」

そう言って大声で笑った後、彼らの休憩所にもなっているスコッチの貯蔵庫に向かった。

学校にも休憩所があるのだが、貯蔵庫で休む方が回復は早いと断言されてしまった。どこまで本当なのかは分からないが、空気に含まれる 酒精(アルコール) が彼らの身体を癒すのかもしれない。

八時過ぎ、俺は重傷者の治療を終え、正門付近で軽傷者の治療に当たっていた。

防空塔で周囲の警戒に当たっていた自警団員が、カウム王国からの増援が到着したことを大声で告げる。

その声に思わず安堵の息を吐きだした。

敵は全滅しており、戦いには間に合わなかったが、まだ森の奥に敵が残っている可能性がある。疲労しきったロックハート家にとっては心強い援軍だ。

伝令となったシム・マーロンが愛馬と共に館ヶ丘に走り込んできた。

正門付近で後始末の指揮を執っている父を見つけるとすぐに馬を下り、片膝を突いて頭を下げる。

「申し訳ございません。間に合いませんでした……」

下げた顔から涙が落ちる。

館ヶ丘周辺の惨状を見て自分が役に立たなかったことが悔しいのだろう。

「いや、よくやってくれた。片付いたのは先ほどなのだ。まだ敵の残党が残っている可能性がある。すまんがカウムの指揮官を呼んできてくれ。東の森の偵察と残敵の掃討を頼まなければならんからな」

シムはすぐに立ち上がり、涙を拭いて馬に跨り、村の入口で待っているカウム王国軍に向かった。