軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十七話「敵の次なる手」

トリア歴三〇一八年十月二十一日、午後七時頃。

アンデッドの襲来から二度目の夜を迎えている。

昨日と同じように灯りの魔道具を防壁に配し、防空用の塔からサーチライトの光が絶えず動いて周囲を警戒するが、未だに敵の攻撃は東の防壁からだけで、懸念しているトンネル作戦も実行されていない。

そんな中、二名の若い自警団員が東の防壁で指揮を執る祖父の下に駆け込んできた。

「北の防壁に何者かが侵入した痕跡がありました!」

詳しく聞くと、北側の防壁を見回っていた自警団員が防壁の上に堀を這い上がってきた痕跡を見つけたらしい。

「防壁の上に濡れた足跡がありました。我々が見つけた時には周囲に気配はなく、足跡を追ってみましたが、放牧場に向かったところで見失いました……」

祖父は苦虫を噛み潰したような表情で頷くと、周囲に向けて命令を発した。

「敵が侵入した! ニコラス! 防壁の指揮を任せる! 他の者は手分けして侵入した魔物を探せ! 単独行動はするな! 怪しい者を見つけたら、警笛を吹き鳴らせ!」

防壁での戦いは相変わらず続いており、更に屋敷の他にも学校、正門の守りにも人を割く必要があった。捜索には屋敷にいた自警団員を中心に五十人程度で行うこととなった。

嗅覚の鋭い獣人であるベアトリスの班が足跡を追い、他は屋敷の周りを中心に敵を探っていく。

俺は万が一を考え、ルナの護衛として屋敷に残っている。近接戦闘があまり得意でないシャロンも暗闇の中での捜索には加わらず、ここにいる。

ジリジリとした時間が過ぎていく。

捜索を開始して三十分が過ぎているが、侵入した敵を発見したという笛の音は聞こえてこない。

「やはり目的はルナさんでしょうか」と沈黙に耐えかねたのかシャロンが口を開く。

「最終的な狙いはそうだと思う。だが、別の場所を狙ってくる可能性の方が高いと思っている」

シャロンは俺の言葉が意外だったのか、「どういうことでしょうか」と俺の顔を見つめながら聞いてくる。

「足跡は二人分。この場合二体分というべきか……堀に入ってから壁をよじ登るということは比較的身体能力が高い人型だ。考えられるのはデュラハンか、 灰色猿(グレイエイプ) のような魔物が操られているかだろう」

「他の魔物の可能性は考えなくてもいいのでしょうか? 兄が見た未知の魔物もいましたし……」

「今はダンが見た黒マントの魔物は考えなくていい。リディが言うにはアンデッドの中に禍々しい闇の精霊の力が見えるそうだから、恐らくそこにいるはずだ。後は噂に聞くだけの 影の暗殺者(シャドウアサシン) のような魔物なら堀に入ることなく防壁を越えられるだろう。だとすると、それほど強力な魔物じゃないってことだ。もちろん、陽動ではないという前提だが」

俺は今回のことが陽動ではないかと疑っている。

ロックハート家としては敵がルナを狙ってくることを想定し、祖父、ウォルト、ニコラス、ベアトリスの四人の誰かが休憩を兼ねてここを守るようにしている。つまりレベル六十以上の猛者が必ず守っていることになる。今も俺の他にウォルトがおり、デュラハン程度なら複数であっても全く問題ない。

敵の侵入の目的がルナの暗殺なら逆に助かるくらいだ。あえて屋敷の警備を薄くしたように見せ、侵入者を引きつけることができればウォルト、俺、シャロンが敵を殲滅できる。

逆に敵の目的がここではなく、防壁を突破するための陽動であった場合は厄介だ。

侵入した敵はどこかに身を隠していれば時間を稼ぐことができる。一方こちらは本来休憩するはずの自警団員が捜索に加わっているから、疲労だけが溜まっていくことになる。

元々こちらは敵より圧倒的に戦力が少ない。それに加え、ギリギリの状態で戦線を維持しているから、これ以上長引くと非常に危険だ。一時間や二時間なら問題ないが、数時間も続けば、こちらの継戦能力に大きな支障をきたす。

(僅か二体の魔物に引っ掻き回されるとは……長い防壁が仇になったな。しかし、敵は常に主導権を握っている。俺たちと同じような思考の持ち主であることは間違いない。念のため、起死回生の策を考えておいた方がいいかもしれないな……)

そんなことを考えていると、ピーという鋭い警笛の音が聞こえてきた。どうやら侵入した敵を見つけたようだ。

十分ほど待っていると、ベアトリスが意気揚々と戻ってきた。

「アンデッドのグレイエイプだったよ。二匹とも討ち取ったから、もう安心だ」

ほぼ予想通りの展開に安堵の息を吐き出す。

「お疲れ様。そいつらはどこに向かっていたんだ?」

「学校の近くに隠れていたよ。放牧場の家畜たちが騒いだから分かったんだ」

やはり敵はこちらのスタミナを奪いに掛かっている。俺は敵の合理的な戦術に危機感を抱いていた。

(敵はこちらの状況をどれだけ知っているんだ? こっちの事情を完全に把握されているとすると不味いな……)

幽霊(ゴースト) や 死霊(スペクター) が館ヶ丘に侵入していることから、こちらの戦力や人員の配置はある程度知られていることは想定していた。特に防壁の大きさに比べ戦闘員が少ない点を気付かれているとすると、更に激しい消耗戦を強いられる可能性がある。

そしてもう一点懸念があった。それは学校という非戦闘員が多くいる場所近くに潜んだことだ。単純に身を隠すのに有利であるというだけなら問題はないが、敵が更なる混乱を意図して学校を狙っていたならば非常に厄介だ。

俺は父に意見を具申した。

「学校を狙っている可能性があります。念のため、二体以外にも侵入していないか、確認した方がいいと思います」

捜索に当たる者の疲労が更に増すが背に腹は代えられない。

父は俺の提案を受け、更に一時間、館ヶ丘の中を捜索させた。しかし、敵の痕跡は見つからず、防衛体制は元に戻される。

その後、東の防壁での戦闘は相変わらず続いていたが、状況が変化するようなことはなく夜が更けていった。

日付が替わった頃、学校で 小火(ぼや) 騒ぎが起きた。幸いすぐに火は消され、校舎の一部を焼いただけで済んだが、火の気のない場所であり放火の疑いがあった。

不審火が発生したことで内通者の疑いが濃くなった。一度は消えた自警団内の疑心暗鬼が再び頭をもたげてくる。父や従士たちが不安を打ち消そうとするが、見えない敵の存在が自警団員の心を蝕んでいく。

ボヤ騒ぎから一時間ほど経った頃、新たな事件が発生した。

学校の裏にある食料保管庫に火が放たれたのだ。

この火事も巡回警備を強化していたため、比較的早い段階で発見でき、大事には至らなかったが、これで敵が侵入していることが確実になった。

父はその対応に苦慮した。

学校の防備を強化すると共に、不審な行動をとっていた者がいなかったか捜査を開始した。しかし、有力な情報は見つからず疑念だけが大きくなっていく。

「何とかできんか、ザック」と父は困り果てたという感じでそう言ってきた。

そう言われても俺に名案があるわけではない。不審な姿が見つかっていないということは先ほどのような魔物の姿をした者ではない可能性が高い。そうなるとロックハート家側の誰かが闇属性魔法で操られている可能性が出てくる。

しかし、操られている者を見つける手段を思い付かない。そのことを父に告げるとがっくりと肩を落とす。

(闇属性魔法で操るといってもどうやって魔法を掛けたんだろう? 少なくとも東の防壁で魔法を使われた形跡はないし、そもそも魔法を使える敵が防壁に近づいていない……裏切りは考えられないから、以前から操られていたか、誰かがなりすましているか……)

更に状況を整理していく。

(……以前から操られているという線はないな。そんなことができるなら、村人を使ってルナを暗殺すればいい。だとすると、つい最近なりすましていたという線か……怪しいのはさっきのアンデッドグレイエイプの侵入の時か。グレイエイプの侵入がこの策のためだったら……姿を変えられる魔物なら、 吸血鬼(ヴァンパイア) 、 二重影魔(ドッペルゲンガー) 辺りだろう。充分にあり得るな……)

思いついたことをリディやベアトリスに話していく。二人ともベテランの冒険者であり、魔物の生態にも詳しいからだ。

俺が話し終えると、ベアトリスが眉間にしわを寄せていた。

「……アンデッドなら、ヴァンパイア辺りが怪しいね。奴らなら姿を変えられるし、空も飛べる。それに魔法も使えるから火事を起こすことも簡単だ」

リディは頷くが、少し考えている。

「確かにリッチを使役できるなら、ヴァンパイアを使役できるかもしれないけど、ヴァンパイアはリッチと違って人間に近い感情を持っていたはずよ。そう簡単に使役されるかしら? それに昼間に外に出ないからすぐに気付けるんじゃない?」

この世界の吸血鬼は元の世界で言われているものに近い。日光を浴びても消滅しないが、極端に日光を嫌っているため、昼間に行動することはほとんどない。ちなみに、東欧の伯爵とは異なり、にんにくや十字架は効き目がなく、心臓に杭を打ち込まなくても倒すことはできる。

「確かにそうだな。でもドッペルゲンガーが誰かとすり替わったのなら、見つけ出すのは容易なことじゃないな」

二重影魔(ドッペルゲンガー) はアンデッドの一種で、人の姿かたちを写し取る魔物だ。その際に声や仕草、記憶すら写し取るといわれている。非常に珍しい魔物であるため、実際にどこまでが本当のことなのかは不明だが、学術都市ドクトゥスの大図書館にあった資料にはそのような記載があった。

俺が触って参照のスキルで確認していけばいいが、時間が掛かりすぎるし、俺の参照スキルでドッペルゲンガーを見分けられるのか自信がない。

「 浄化(プリフィケーション) の魔法が効くんじゃないの? ドッペルゲンガーは闇属性の魔物よ。光属性魔法に必ず反応するわ。それに普通の人には無害なんだから、ここにいる人全員に掛ければいいのよ」

リディの提案はもっともだ。

浄化の魔法は幽体状のアンデッドを浄化消滅させる魔法だが、闇属性であるアンデッドは実体を持つ者であっても反属性である光属性を苦手としている。スケルトンやグールでも浄化の魔法を掛け続ければ倒すことができるほどだ。

もっとも浄化の魔法はそれほど強力な魔法でないため、アンデッドを消滅させるには時間が掛かるが、それでも防衛本能が働くのか、浄化の光を受けると反射的に避けようとする。

祖父と父に浄化の魔法によるアンデッド探しを提案する。

「……なりすましている者がいるという前提ですが、やらないよりやった方がいいでしょう」

「魔力は大丈夫なのか? お前の魔法は我々の切り札なのだが」と父が言うが、俺は首を横に振る。

「浄化の魔法はそれほど魔力を使いません。魔法の範囲も広いですから、一度に多くの人の確認ができます……」

実際、浄化の魔法は紫外線殺菌をイメージしているため、灯りの魔法と消費する魔力はほとんど変わらない。光の特性をアンデッドが嫌がるものに変えているだけだ。そのため、範囲攻撃魔法とは比較にならないほど消費魔力は少ない。

祖父は「味方を疑うのは心苦しいがやむを得まい」と言って認め、父も「皆が安心するならやっておくべきだろう」と認めてくれた。

休憩中の自警団員を集め、浄化の魔法を掛けることになった。もちろん、理由は事前に説明する。

「この魔法でアンデッドがなりすましていれば分かるはずだ。それに闇属性の魔物を消滅させることもできる。光属性と闇属性は反発しあうから理論的には可能だ」

魔物を消滅させることができるという部分はあえて付け加えている。実際には短時間では難しいのだが、敵にはどの程度の威力か分からない。

自警団員の行動を見る限り、操り人形のように意思の無い者はいない。操られているにしても、自分で判断して行動している可能性が高い。もし、その仮定が正しいなら、俺の言葉に反応し、浄化の魔法を回避しようとするかもしれない。

勝手に焦ってくれれば儲けものという程度だが、やらないよりはマシだろう。

三十人ほどの自警団員に浄化の魔法を掛けたが、特に異常を訴える者はいなかった。次に学校の防衛についている班に魔法を掛けてみた。

班長はイーノス・ヴァッセルで、彼の号令で三十人の自警団員全員が整列する。

「既に説明は聞いていると思うが、これは念のための確認だ。痛みもなければ苦しくもない。少しの間だけ光を受けてくれ」

そう言って呪文を唱えていく。魔法が完成する直前、一人の若者が僅かに動いた。ちょうど隣の男の陰に隠れるように。

俺はそれを見逃さなかった。光を当てながらゆっくりと動き、その若者トニーに当たるように角度を変えていく。

するとトニーは突然、走り出した。祖父がそれに気付き、「その者を捕らえよ!」と命じると、イーノスが追いかけ槍の石突側で足を引っ掛ける。

トニーは足を取られて転倒するが、それでも抵抗するつもりなのか剣を引き抜いた。しかし、イーノスの敵ではなく、数合打ち合うとあっさりと剣を弾き飛ばされ、その間に周りを囲んでいた自警団員に捕縛された。

祖父が目で魔法を使うよう命じてきたので、もう一度浄化の魔法を掛けていく。今度は先ほどより浄化の強度を上げ、ゴーストなら三十秒ほどで消滅させられる程度の強さにする。

浄化の光を受けたトニーは歯を剥き出しにして抵抗するが、三名の団員に抑え込まれ動くことができない。十秒ほど光を当て続けると、更に抵抗が激しくなる。三人では抑えきれなくなり、更に二人が足を抑える。

激しく抵抗しながらも、その姿が徐々に変わり始めた。最初は二十歳くらいの田舎の若者という感じだったが、顔が老若男女、様々な顔に点滅するように変わり、最後には顔が描かれていないマネキンのように輪郭だけになった。更に百八十センチほどあった身長が十センチ近く縮んでいる。

抵抗が収まったところで魔法を止める。

祖父が「これは何という魔物じゃ」と掠れたような声で聞いてくる。さすがの 獅子心(ライオンハート) ゴーヴァンもこの異様な魔物に度肝を抜かれたようだ。

俺はその魔物を触り、“参照”のスキルを使った。

俺の頭に浮かんできたものは、“ 二重影魔(ドッペルゲンガー) ”という文字だった。

「ドッペルゲンガーのようです。私も実物は初めて見ますが……こいつをどうしますか?」

祖父と父に魔物の処遇を確認する。

「尋問すべきだと思うが……可能か?」と父が戸惑いながら確認してきた。

自信はなかったが、「やってみましょう」と言って尋問を行う。表情がなく気を失っているのか目覚めているのか判然としないが、それでも知性はあるだろうと声を掛ける。

「聞こえているか?」というと僅かに 身動(みじろ) ぐ。

「お前が姿を写し取った相手、トニーはどうした?」と言ってみるが、何も言わない。姿を写し取っていないとしゃべれないのか、それともしゃべる気がないのかは全く分からない。

敵戦力の規模や率いている魔物の情報などを尋問するが、全く答えない。闇属性魔法の催眠術で聞きだそうと思い呪文を唱え始めると、ドッペルゲンガーの姿が再び変わり始めた。

その姿は年老いた男性で深い皺が刻まれ、真っ白な髪と髭を持った魔術師のようだった。その間僅か五秒ほど、 CG(コンピュータグラフィック) のように変化していく姿は異様で、全員が言葉を失っていた。

「貴様らはすべて死ぬ。そして、我と同じようにあのお方の眷属となるのだ……」

しわがれた声でそこまで言ったところで、「全ての闇を支配する 闇の神(ノクティス) よ……」と呪文を唱え始める。

危険を感じた祖父がドッペルゲンガーの首に剣を突き立て、呪文を中断させた。

老人の顔をした魔物は白目を剥いて息絶え、再び作りかけの人形のような輪郭だけの姿に戻る。

今まで経験した戦いとあまりに異なるため、歴戦の祖父ですら中々言葉が出てこない。そして、十秒ほどの沈黙の後、「ザック、お前はこれをどう考える?」と尋ねてきた。

「恐らくアンデッドのグレイエイプと共に侵入したのでしょう。グレイエイプが運搬役兼囮で、隙を突いて学校辺りに潜んだのではないかと。目的は我々を疲労させることと隙を突いてルナを狙うことでしょう」

祖父は「うむ」と言って頷くが、表情は優れない。祖父の不安を少しでも軽くすべく、可能な限り冷静な口調で行うべきことを進言する。

「少なくともドッペルゲンガーの侵入は防げます。トニーがどうなったか気になりますが、今は他に紛れ込んでいないか確認する方が先でしょう」

祖父は「そうじゃな」と大きく頷くが、「このような敵と戦うことになるとは……厄介なことじゃ」と呟いている。

その後、既に就寝していた女性や子供を含め、全員の確認を行った。幸いなことにトニーに扮したドッペルゲンガー以外はいなかった。

(じい様の言葉じゃないが、厄介な敵だ。トンネルによる侵入に続いて心理攻撃まで使ってくる。この先何をしてくるのか……増援が来るまであと五日は掛かる。いや、増援が来ても勝てるのか? シムが伝える情報はアンデッドが千以上という情報だけだ。最悪、五百程度の兵しか派遣されない可能性がある。そうなれば返り討ちにあってしまう……)

その後、トニーが見つかった。無事な姿だったが、闇属性魔法の 睡眠(スリープ) を掛けられ意識不明の状態だった。

状態回復(リカバリー) の魔法で目覚めさせたが、何故眠らされただけだったのか理由がはっきりしない。俺の想像だが、殺さなかったのはドッペルゲンガーが更に別の人物に成り代わる時に不審に思われないよう眠らせておいたのではないかと思っている。

彼に状況を確認すると、一人でトイレに行った帰りに睡眠の魔法を掛けられて記憶を失っており、詳細は分からなかった。

ドッペルゲンガーが発見された時を境に、敵の攻撃が激しくなった。

東の防壁だけでなく、南の正門付近、更には北の防壁近くにも敵が取り付き始めたのだ。

祖父はその三箇所に百名ずつの兵を配置し、父と兄に指揮を命じた。

この時、アンデッドとの本当の死闘の幕が開いた。