軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十八話「死闘」

トリア歴三〇一八年十月二十二日、午前七時頃。

二日目の夜が明けた。

今日も抜けるような秋晴れの空で、地上のおぞましい光景を視界に入れなければ爽やかな気分になったことだろう。

昨夜の 二重影魔(ドッペルゲンガー) の侵入以降、敵の攻撃が激しくなった。

東の防壁だけでなく、南の正門、北の防壁にも 屍食鬼(グール) や 骸骨(スケルトン) が取り付き始め、自警団約三百名とドワーフの鍛冶師たち三十八名が防衛に当たっている。

最も激戦なのは東の防壁だ。

指揮官は祖父ゴーヴァン。その指揮下には俺とイーノス・ヴァッセル、メル、そしてベルトラムらドワーフたちが入り、アンデッドたちの侵入を防いでいた。

南の正門の指揮は父マサイアスで、バイロン・シードルフとガイ・ジェークス、ウィル・キーガン、ベアトリス、そしてリディが指揮下に入っている。ここもアンデッドたちによって堀が埋まり、正門を破壊しようとしている。

兄ロドリックは北側の防壁の指揮を執っていた。ウォルト・ヴァッセル、ニコラス・ガーランド、ダン、シャロンが兄を助けて敵の侵入を防いでいる。

屋敷にはヘクター・マーロンら弓術士部隊を残しているが、学校を守っていた部隊も防壁の防御に回している。

既に五時間以上戦い続け、ロックハート家側の兵士は全員が疲弊していた。

俺も東の防壁の下で剣を振るい続けていた。当初は十メートルほどの幅しかなかったアンデッドの坂も既に倍以上に広がり、一度に十体以上の魔物が防壁の中に侵入してくる。更に防壁の内側にもアンデッドたちの残骸が溜まり始め、下り坂を作り始めていた。

俺の横にはベルトラムらドワーフの鍛冶師たちが大型の 戦槌(ウォーハンマー) を振るっており、スケルトンたちを粉々に粉砕している。

「雑魚過ぎて張り合いがないくせに、数が多すぎて辟易するわ! もう少しマシなのはこんのか!」

頑丈そうな金属鎧を着込み、バイキングのような角付きのヘルメットを被ったベルトラムが、ハンマーを振り抜きながら愚痴ともつかない文句を言ってくる。

「仕方ないだろう。外にはこいつらしかいないんだから」と言い返しながら、俺も目の前にいるグールを斬り倒す。

俺の後ろには多くの自警団員がへたり込み、絶え間なく続くアンデッドの群れに時間感覚がなくなるほど疲れ果てていた。

しかし、強靭な体力のドワーフたちは喉を潤す時以外、数時間にわたってハンマーを振り続けている。そのお陰で僅かながらも休憩時間ができ、この戦線の崩壊を防いでいる。

ちなみに喉を潤すための飲み物は水ではない。

彼らの後ろ、大きな針葉樹の木陰には八年物のスコッチの樽が置いてあり、休憩時に自由に飲めるようにしてある。もちろん、ドワーフ以外は禁じているが、へとへとに疲れた身体でストレートのスコッチを飲もうと思う者は彼ら以外にいないから、特に禁じなくても問題はないのだが。

「しかし、いつまで続くんだ! そろそろ腹が減ってきたぞ!」というベルトラムの声に彼の妻ミーナも「本当にそうね」と言って賛同する。

彼女も自分の身長ほどある大型のハンマーを軽々と振り回しており、さすがはドワーフと思うほど活躍している。

他にもフォルカーら新たに村にやってきた二組の夫婦やウェルバーンから来ているクルトとドリスも仲良くハンマーを振っており、スケルトンの骨が砕ける音やグールの頭が潰れる音が聞こえなければ何かのイベントなのかと思うほど悲壮感がない。

そのベルトラムたちより更に張り切っている者たちがいた。それはアルスやペリクリトルなど各地から集まっている蒸留器製造職人の若いドワーフたちだ。

その理由は蒸留酒の聖地ラスモア村を守るという使命感のほかに、後ろに置いてある八年物のスコッチが飲み放題ということが大きいだろう。

二十代が中心の若い職人たちにザックコレクションを飲ませていないわけではないが、味を見る程度しか飲ませておらず、これほど自由に飲める機会は初めてなのだ。味見程度にしか飲ませていないのはベルトラムの方針で、飲みたければ腕を上げろということらしい。

彼らは鍛冶の腕こそまだまだ未熟だが、戦闘では充分な力を見せている。これは相手が単調な動きのグールとスケルトンであるためで、圧倒的な破壊力とスタミナでベルトラムたち以上に激しくハンマーを振っている。

その顔はこの状況に相応しくない、にやけた顔であり、美味い酒を鯨飲できることがうれしくて仕方ないらしい。

そんな彼らにも限界はある。

疲労というより主に水分――ここで言う“水分”はドワーフたちにとっての“水分”であり、当然“ 酒精(アルコール) ”である――が足りなくなることが原因だ。休憩して動けるようになった自警団員と交代し、後ろに下がっていく。

樽の近くには手早く食べられる軽食が用意されており、それをスコッチで流し込んでいく。見ている俺の方が酔いそうなほどだが、ジョッキ一杯を飲み干すとそれだけで前線に戻れる体力は異世界の神秘だ。ドワーフという種族は“アルコール”で動いているとしか思えないほどだ。

俺はドワーフではないため、立ち木にもたれ掛かって休憩を取っていた。攻撃魔法こそ使っていないが、重傷者が出るたびに治癒魔法を使っていることから魔力も半分近くまで減っている。戦闘は気になるが、 収納魔法(インベントリ) から取り出した炭酸水を飲みながら目を瞑る。もちろん、この炭酸水にアルコールは入っていない。

(他もここと同じようになったら負けだ。正門はまだ余裕がありそうだし、北もコントロールできているらしいが、物量で押し潰されるのは時間の問題だな。増援は当分来ない。魔法で何とかできるレベルはとっくに過ぎている……リディは大丈夫なんだろうか。ベアトリスは、シャロンは、ダンは……)

疲労のため思考が 悲観的(ネガティブ) になっていく。

二十分ほど休憩した後、同じように休憩していたメルと自警団員を引き連れ、祖父と交代するため防壁に向かう。

防壁の上では右側に祖父が左側にイーノスがそれぞれ五名ほどの自警団員とともに敵を内側に追い込んでいる。

六十前とは思えないほど、祖父の動きは際立っていた。

狭い防壁の上で若い自警団員をフォローしつつ、剣を一閃するだけでグールやスケルトンを倒していく。既に防壁の上には数十にも及ぶ魔物死骸が散乱しており、それが魔物たちの足を遅くしていた。

「おじい様、代わります!」と言うと、祖父は「よいタイミングじゃ!」と言って部下たちに命令を発する。

「ザックたちと交代じゃ。一旦敵を押し込んでから下がる。よし、今じゃ!」

グールたちを押し込み、すぐに下がってくる。味方同士でぶつからないように注意しながら前に出る。さすがに祖父の息も荒く、肩で息をしている。

「正門も北も今のところ問題ないようです。ここもベルトラムたちがいてくれるお陰で何とかなっています……」と剣を振りながら状況を報告していく。祖父は俺が持ってきた水筒で喉を潤しながら、「今のところか」と呟いていた。

「しばらくここを任せられるか」と祖父が聞いてきたので、「問題ありません!」と答えて軽く剣を上げる。恐らく正門と北の状況を見に行くのだろう。

しばらく無心で戦っていたが、少しずつ敵の構成が変化してきたことに気付く。開戦当初はグールとスケルトンの割合は一対四程度だったが、ここに来てスケルトンの割合が増えてきた気がしたのだ。

防壁の外を見ても見渡す限りアンデッドがひしめいているが、圧倒的にスケルトンの数が多く、グールは疎らにいる程度になっている。

(これはいい兆候だ……)

グールとスケルトンでは戦闘力が違う。グールは六級相当の魔物であり、一対一で戦う場合、安全を見込んだ適正レベルは三十程度。一方、スケルトンは八級相当でレベル十五以下の新兵でも一対一で戦える。より危険なグールの数が減ってきたということは数に変化がなくとも、純粋な戦力では明らかに落ちている。

「敵のグールの数が減っている! 雑魚のスケルトンだけなら何とかなるぞ!」

味方の士気を上げるためできる限り明るい声で叫ぶ。その声に向かい側にいるメルが「本当だわ!」と応えてくれた。彼女もこの状況がよい兆しであり、多くの味方に知ってもらおうと考えているようだ。

しかし、その希望も三十分ほどで潰えた。

敵の主力はスケルトンに代わったものの、スケルトンの上位種らしき個体が見え始めたのだ。

上位種はオーガクラスの大型のスケルトンだった。

三メートルを超える身長から長い腕が振り下ろされる。

俺の横にいた十代後半の若者はその姿に怖気づいて後退る。

「怯むな! でかいだけで所詮はスケルトンだ! 落ち着いて動きを見極めれば倒せない相手じゃない!」と叫ぶものの、俺自身、自分の言葉を信じていない。

さすがに三級相当のオーガやトロルと比べれば動きは単調だが、それでも唸りを上げて振り下ろされる腕は充分に脅威だ。また、その太い大腿骨は生半可な斬撃をものともせず、剣を弾き返していく。

俺は自警団員をフォローしながら、「大物がそっちに行くぞ!」とベルトラムたちに警告を発し、更に自警団員たちに「二人で当たれ! 動き回るんだ!」と指示を出す。

そんな中、一人気を吐いていたのが、メルだった。

魔力こそ纏わせていないが、名工ウルリッヒ・ドレクスラーの剣を気合と共に振り、オーガクラスのスケルトンの脚を容易く断ち切っていく。脚を失ったスケルトンはバランスを崩し、仲間を巻き込みながら坂を転がり落ちていった。

それでもこの防壁上で巨大スケルトンとまともに渡り合えるのはメルと俺だけだった。

「でかい奴はベルトラムたちに任せろ! 俺たちは雑魚をこれ以上通さないようにするんだ!」

オーガクラスのスケルトンの骨を砕くのに剣や槍は向かない。ベルトラムたちが持つような大型のハンマーの方が有効だと判断した。

「イーノス! おじい様に伝令を出せ!」と命じ、更に「ベルトラムたちのフォローを頼む! 防壁の上は俺とメルで何とかする!」と付け加える。

イーノスは大声で「了解!」と告げると、すぐに伝令を走らせた。更に自らの班員たちに「ベルトラムさんたちの側面を守るんだ! 回りこませるな!」と指示を出していく。

ベルトラムたちは生粋の戦士ではない。もちろん、彼らも戦闘訓練は受けているが、それでも混戦になれば非常に危険だ。

横目で何とかなりそうだと確認しながら、目の前に来た巨大スケルトンと対峙する。スケルトン特有のカクカクとした動きながらも、振り下ろしてくる骨の拳は風切り音がするほど速い。

紙一重で避けると防壁の上面をぶち抜くような勢いで打ち抜く。石壁が砕け破片が散乱するが、スケルトンの骨に異常は見られない。

この一撃を食らえば一発で戦闘不能になるほどの威力だ。いや、頭に食らえば即死する可能性が高い。そのためか自警団員たちの動きが鈍く、上手く防壁の内側に誘い込めずにいた。

「うわぁ!」という声の直後、「グハッ!」という呻き声と共に、一人の若者が巨大な拳の一撃を受け、大きく吹き飛ばされる。

それでも彼を助けに行くわけにはいかなかった。防壁の上には巨大スケルトンが五体に加え、十体ほどの通常のスケルトンがひしめいており、俺も目の前の一体と死闘を繰り広げていたからだ。

冷静に動きを見れば大振りの一撃は容易に回避できる。実際、メルは巧みに立ち回り、既に二体の巨大スケルトンを葬っていた。

巨大スケルトンが横薙ぎに腕を振る。掻い潜るように避けるとそのまま懐に入り、「ハッ!」という裂帛の気合と共に膝関節を斬り付ける。

バキンという音と石を割るような音が響き、剣を持つ手が痺れるが、スケルトンの膝が砕けゆっくりと倒れていく。倒れながらも更に腕を振り、俺にダメージを与えようと足掻いてきた。

何とか振り下ろされた右腕をかわすと、その横から通常のスケルトンが錆びた剣を突き出してくる。

間一髪でそれを避け、スケルトンの腕を剣ごと斬りおとし、更にバランスを崩したところで蹴りを入れる。スケルトンは防壁の外に吹き飛んでいくが、その後ろから次々と敵が現れてくる。

(不味いな。デカぶつがいなければ何とかなるが、見えるだけでも三十以上はいる。この状況じゃ、魔法も使えない……)

絶望的な状況の中、ひたすら剣を振っていく。オーガクラスが戦場に現れてから十分ほどで既に三人の自警団員が防壁上の戦線から離脱していた。

味方の数が減り、敵からの圧力が増す。

味方をフォローする余裕もなく、目の前の敵と戦うしかできない。荒い息を整える時間すらなく、止めどなく流れる汗が視界をぼやけさせる。

メルですら肩で息をし始めており、俺かメルのどちらかが倒れれば、この戦線は崩壊するだろう。

絶望が広がっていく中、後ろから「お待たせしました」というニコラスの声が聞こえてきた。

「ここは我々にお任せを」といつもの冷静な声でいい、「バイロン! 同時に押し込むぞ!」と叫ぶ。どうやら、バイロンもこの戦線に投入されたらしい。

「一度押し込んだら下がるぞ! ケガ人の回収も忘れるな! 下にも敵がいるから油断もするなよ!」

俺がそう命じるが、メルが「了解」と荒い息で返事をする他は誰からも声が出ない。疲労のため、声を出す余裕すらないようだ。

それでもまだ剣を振っており、「今だ!」という俺の合図で一旦押し込み、後退していく。

結局、俺の班にいた十名の剣術士のうち、三名が大怪我を負っていた。

肋骨が折れて肺に刺さったらしく血を吐き続ける十代後半の若者、頭にオーガクラスの一撃を食らい意識不明の三十歳くらいの男、剣で脇腹を切り裂かれ腸がはみ出している四十歳くらいのベテラン。彼らを引き摺るようにして安全地帯まで下がると、治癒魔法を掛けていく。

五分ほどで応急処置を終え、ようやく目の前の戦いに目を戻す。

そこでは小柄なドワーフたちがオーガクラスのスケルトンと死闘を繰り広げていた。その姿を見て少しだけ気が楽になる。

彼らはハンマーを巧みに操り、大型スケルトンを易々と葬っている。そして、時々ジョッキを掲げて笑みを浮かべていた。

その姿はこの非日常にあっても何も変わらず、俺に勇気を与えてくれた。