軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十六話「敵の不気味な動き」

トリア歴三〇一八年十月二十一日、午前六時頃。

昨日までの分厚い雲はなく、空は透き通るような晴天だ。東に目を向けると、アクィラの頂が朝日を受けて輝き始めている。

ラスモア村では激戦の夜が明けようとしている。

昨夜九時頃に始まった 死せる者たち(アンデッド) との戦闘は夜を徹して続いていた。夜半過ぎに 死霊魔道師(リッチ) が作ったトンネルにより奇襲を受けたが、それ以降は防壁を愚直に登ってくるだけで大きな被害は出ていない。

倒した敵は主に雑魚である 骸骨(スケルトン) と 屍食鬼(グール) だが、その数は既に千を超え、防壁の内側にはその残骸が山積みされている。もちろん、蘇らないよう魔晶石は回収してある。

視力強化があるとはいえ、暗闇では遠方が確認できなかったが、明るくなるにつれ、敵の規模が分かってきた。

アンデッドの群れは東の草原を埋め尽くしているだけでなく、更に溜め池を越えて森の奥まで続いていた。確認できるだけでも五千以上、そのほとんどがスケルトンとはいえ、僅か三百名しかいないラスモア村自警団にとっては絶望的な数だ。

今は一箇所から攻められているだけだが、物量に任せて複数個所から攻められれば、ここ館ヶ丘に侵入されるのは時間の問題だろう。

敵の全容は分からないが、今見える数だけでも自警団員の士気を落とす効果は充分にあった。防壁の上では圧倒的な敵の数に若い自警団員が膝を突いて嗚咽を漏らしている。

そんな中、ロックハート家の総司令官である祖父ゴーヴァンは落胆する自警団員を叱咤していた。

「一晩で千以上の敵を倒しておるのじゃ! どれほど多かろうと恐れることはない!」

祖父の言葉に頷くものの、静かに近づいてくるアンデッドの不気味な姿を見てしまうと、やはり希望が消えてしまうのか、昨夜までの士気の高さは見る影もない。

父や兄も祖父と同じように激励の言葉を掛けているが、ほとんど効果がなかった。

士気の低下はすぐに悪影響となって現れた。

防壁上での戦いで若い自警団員がミスを犯し始めた。同じ班の者と連携を取って敵を内側に追い込むはずが、無駄に一人で敵に斬り込んでいったり、逆に一人だけ下がってしまったりと、夜中のような戦い方ができなくなっている。

その状況に「不味いな」と思わず呟いてしまった。隣にいたベアトリスも渋い顔をしており、この状況が危険であることを感じているようだ。

「どうにかならないのかい? このままじゃ、自滅しちまうよ」とベアトリスが小声でそう言ってきた。

「目に見える結果があればいいんだが……派手な魔法を撃ち込むか、少数で打って出て敵を蹴散らすか……」

ラスモア村の自警団は兵士のレベルこそ高いものの、集団戦の経験がない。その経験の少なさが逆境での弱さに繋がっている。

しかし、士気を上げるといっても魔法での攻撃は効果が小さいと考えている。グールにしてもスケルトンにしても痛みに強く、身体の一部が欠損しても引き下がらない。 確実に破壊するには頭を潰すか、バラバラにする必要があり、範囲攻撃魔法では中途半端に傷つけるだけで見た目には効果がなかったように見えてしまう。実際、リディが放った 流星雨(ミーティアシャワー) の魔法ですら、顕著な効果が表れていない。

そうなると、ロックハート家の精鋭たちが敵に斬り込んで蹴散らし、こちらの方が戦力的に優れているということを実感させる方がいい。

この提案を祖父のところに持っていったが、祖父は即座に却下した。

「この程度の状況に怯えるような者は何を見せても変わらん。不利な状況になればあっという間に怯えてしまうのだ」

「おっしゃる通りかもしれませんが、この状況は良くないのではないですか。実際、小さな 失敗(ミス) が続いていますし」

俺の指摘に祖父は渋面を作って頷くが、「儂らがしっかりと手綱を握っておけばよい」と言ってこの話題を打ち切った。

祖父の言わんとすることは理解できる。この逆境を乗り越えることさえできれば勝機は見えてくる。しかし、現状のままでは防衛計画が破綻しかねないことも事実だ。

午前七時、朝食を摂りに一旦屋敷に戻った。リディ、シャロン、メルも戻っており、朝食を食べながら俺の懸念を話していく。

「ゴーヴィの言う通りよ。守っている方は精神的に参りやすいけど、この程度で参るようなら何をしても無駄よ」とリディは祖父の考えに賛同する。

メルは「よく分かりませんけど、目の前の敵を倒すことだけを考えていればいいと思います」と武人らしい回答をした後、「先代様のおっしゃる通りにするしかありません」と言い切る。

シャロンだけは別だった。しばらく黙っていたが、 徐(おもむろ) に話し始めた。

「敵が多くて怖がっているんですよね……」と一つずつ事実を確認するように話していく。

「そうだな」と俺が頷くと、

「でも敵の数が多いことは事実ですし、変えようがありません」と言葉を切り、少し迷ったような顔で再び口を開く。

「どう言っていいのか分からないんですけど」と言ってメルの方を見る。

「メルちゃんは何のために戦っているの?」と聞く。

メルは「みんなを守るためよ。当たり前のことじゃないの?」と答え首を傾げる。シャロンは「うん」と言って頷き、俺の方を向いた。

「自警団の人たちも同じだと思います。家族を守るために戦っているんだと。うまく言えないんですけど、そのことを思い出せば、負けるかもしれないなんて言っていられないと……」

シャロンの言いたいことが何となく分かってきた。

彼女は自警団員にこの防衛戦の意義をもう一度しっかり認識させ、勝ち抜く以外に道がないことを思い出させればいいと言いたいようだ。

「言いたいことは分かったよ。確かに怖気ついていたら家族を守れないと分かれば必死になる。それに永遠に守り続ける必要はないんだ。シムがバルベジーに着けばカウム王国軍が救援に来てくれる。そのことを思い出すだけでも充分なはずだ。おじい様か父上に演説してもらうよう頼んでみるよ」

朝食を終えるとすぐに行動を開始した。ちょうど父が戻ってきたところだったので、今の話を伝える。

父は「分かった」と言って大きく頷き、

「自警団だけではなく、村の者たちにも言っておこう。七日間耐えれば増援が来るとな」と言って朝食をかき込むとすぐに防壁に向かっていった。

父の演説が功を奏したのか、自警団の動きから硬さが消えていた。特に若い自警団員は幼い子供を持つ者も多く、家族を守るという言葉で幼子の顔を思い浮かべたようだ。

やる気に満ちた自警団員たちは祖父の命令に従い、確実にアンデッドを倒していった。

午後になっても状況はほとんど変化していない。

自警団員はローテーションを組んで適宜休憩を取らせており、ほとんどルーチンワークのようにアンデッドを葬っている。

兵士たちは目の前の敵を倒すことに集中すればいいが、我々ロックハート家の者たちは敵がどう動くか考えなければならない。

ロックハート家の男たちと防壁で指揮を執るヘクター・マーロンとウィル・キーガン以外の従士、更にベアトリスとシャロンが加わっての作戦会議が行われている。ちなみにリディ、メル、ダンは防壁でヘクターたちと共に戦っている。

「敵の動きがどうにも気に掛かる。トンネル以外の手を打ってこん」と祖父が切り出すと、父も大きく頷き、

「リッチやデュラハンの姿が見えんのも気になります」と同意する。

こういった防衛戦では最も経験があるバイロン・シードルフが重々しい口調で話し始めた。

「私の経験は魔族相手しかありませんが、何か企んでいるようにしか思えません。このような戦いでは奇策が一つ成功するだけでよいのです。守りの一部を崩せば、後は雪崩を打ったように守りは崩壊しますから」

「確かにそうだが、その奇策が何かが分からない以上、打てる手はないと思う」と兄ロドリックが発言する。

その後、いろいろな意見が出されるが、敵の意図が分からない以上、今まで通りにするしかないという結論しか出ない。

そんな中、シャロンがおずおずと手を挙げ、祖父が「何か意見があるのか。何でも良い。思ったことを言ってくれんか」と言って発言を許可した。

「敵は東側に目を向けさせようとしているのではないでしょうか。トンネルの時もそうでしたし……敵の目的はルナさんを殺すことです。だとすると、このお屋敷を狙っているはずです。直接狙うにはトンネルしかないと思いますけど、もしかしたら他の手があるのかもしれません」

確かに敵の目的はルナの排除だ。だとすれば、究極的な目標はこのロックハート屋敷となる。トンネルを掘るには高位の魔術師であるリッチといえども十数時間は掛かるだろう。

「シャロンの言うことはもっともだね。あたしも隙を突いてここを狙ってくると思う。ザック、あんたならどうやる?」

ベアトリスが話を振ってきた。祖父も父も目で俺の意見を求めてくる。

「トンネル作戦の可能性は今でもあると思います。敵がこちらの戦力を把握しているかは分かりませんが、少なくとも少数であることは分かっているはずです。強力な魔物であるリッチを使い潰してもいいと思っているなら、少しずつこちらの戦力を削っていく方法は有効だと思います」

「リッチほどの魔物が何十もおるとは思えんが、確かにあれをやられると手の打ちようがない」と父が呟く。

「父上のおっしゃる通りですが、まずは失敗した方法ではなく、別の方法を試してくるのではないかと」

「別の方法とは?」と祖父が即座に確認してきた。

「強固な守りの城や砦を攻略するのに最も有効な方法は内応者を作ることです。私が敵なら、まずそれでいきます」

「我がロックハート家に裏切るような者はおらん。もちろん、この村にもな」と父が憮然とした表情で否定する。

俺は大きく頷くが、別の可能性を指摘した。

「もちろん自発的に裏切る者はいないでしょう。ですが、相手は闇属性の魔物が主です。当然、闇属性魔法を使えると考えた方がいいでしょう。だとすれば、心を操る魔法を使ってくる可能性は高いと思います」

俺の言葉に全員が驚愕し、いち早く納得したバイロンが発言する。

「魔族は人の心を操る魔法を使うと噂されておりました。だとすれば、敵が同じことをできてもおかしくはないでしょう」

魔族に関する研究は進んでおらず、情報はほぼ皆無といっていいが、捕虜をとっても情報を引き出そうとすると突然死ぬことから、魔族が呪いのような魔法を使っているという噂があった。

また、奴隷用の隷属の首輪のような魔道具が存在するように、闇属性魔法には人の意思を無視して行動を強制するようなものが存在する。実際、俺も催眠術のような魔法は使える。

「我々の意識を東側に向けさせているというシャロンの指摘は正しいじゃろう。その上でどうすべきだと思うか」

祖父がそう言って方策を尋ねてきた。

「単独で行動する伝令は 二人一組(ツーマンセル) としましょう。間違った情報で混乱させられるのは堪りませんから。我々はミスリルの防具を付けているから大丈夫だと思いますが、部下たちの行動に異常がないか絶えず気にするくらいでしょう」

対魔族戦を想定して、指揮官になる従士にはミスリル製の防具かミスリルを裏打ちした防具を着けさせている。このため、指揮官に闇属性魔法が使われる懸念はほとんどない。

実際、ミスリルの対魔法効果は薄膜でも充分にあるため、俺程度のレベル、つまりレベル五十程度の魔術師の精神攻撃はほとんど効かない。もちろん、敵のレベルが分からない以上楽観はできないが、少なくとも抵抗するだけの時間は稼げるはずだ。

不安があるとすれば、通常の防具を着けているだけの一般の自警団員たちが操られることだろう。特に伝令や見張りが誤った情報を伝えると、指揮命令系統が混乱するから注意が必要だ。もっとも敵に情報戦の知識があるとは思えないから、考え過ぎなのかもしれないが。

「学校にいる村の人々が操られることは考えなくてもいいでしょうか? 奥方様にお伝えしておいた方がいいような気がします」とシャロンが提案する。

シャロンの懸念はもっともだが、いたずらに不安を掻き立てることは得策ではない。

「闇属性魔法の話はともかく、できる限り一人にならないように注意を促してはどうでしょうか。敵がそこまでやってくるかは分かりませんが、注意しておくに越したことはないでしょう」

作戦会議の結果、自警団員には一人で行動しないように徹底させ、更にトンネルによる攻撃にも注意するよう見張りを徹底させることが決まった。また、避難民たちにもできる限り単独行動は避けるよう周知されることになった。

更に屋敷の防御を固めることも提案しておく。

「後は屋敷の守りを今以上に固めることですね。おじい様、ウォルト、ニコラス、ベアトリスの誰かがここを守るようにしておけば、敵が策を弄そうとも対応できると思います」

祖父は「そうじゃな」と頷く。今上げた四人はいずれもレベル六十以上の猛者だ。いずれも優秀な武具を装備し、三級相当の魔物なら苦もなく倒すことができる。

しかし、敵の方が先に手を打ってきた。