軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十五話「奇襲」

トリア歴三〇一八年十月二十一日、午前零時頃。

防壁での戦闘が始まってから三時間が経過した。

敵は物量に任せた力押しに終始しているため、防壁を突破されることなく、少しずつだが確実に敵を減らしているはずだ。しかし、見た限りでは敵の数が減ったようには見えず、防壁の外にひしめいている。

ロックハート家側の損害は軽傷者が数名出ただけで、村の治癒師のエルマーとカミラ、彼らの息子であるジェフリーとその妻マリーによって治療され、実害は全く出ていない。

防壁の防御は適宜交代しているため、疲労の面でも問題は発生していない。現状では父が防壁の指揮を執り、兄が屋敷の防衛を兼ねて休憩を取っている。

今のところ敵の攻撃が単調であるため、俺やリディ、シャロンの魔術師組も防壁に近いスコッチの貯蔵庫で休憩を取っているところだ。

不気味なのは 死霊魔道師(リッチ) や 首なし騎士(デュラハン) が一切攻撃に加わらなくなった点だ。 骸骨(スケルトン) と 屍喰鬼(グール) 、極少数の 生ける屍(リビングデッド) のみが愚直に前進してくるだけだ。 幽霊(ゴースト) や 死霊(スペクター) は初期の殲滅戦で全滅したのか、姿すら見えない。

敵が何か策を練っているのではないかと懸念していた。

当初、敵は館ヶ丘の手前で一旦停止し、その後に総攻撃を掛けてきている。つまり、アンデッドとはいえ指揮命令系統があり、指揮官に知性があるということだ。その懸念をリディとシャロンに話してみた。

「不気味なのは間違いないけど、こちらから撃って出るわけにいかないんだから、今のまま対応するしかないんじゃないの」

リディの意見は現状維持しかないというものだった。

「確かにそうなんだが、何か引っ掛かるんだ」と言うと、

「攻められている時はこんなものよ。油断しない。隙を作らない。準備は怠らない。やれることはこれくらいなのよ」

ベテランらしい意見を言いながら、俺の右手を取り、「焦っても仕方がないわ」と笑った。

リディの言う通り、守りを固めて油断しないことしかできないが、どうしても気になってしまう。

「私もリディアさんのご意見に賛成です」とシャロンは言うが、

「おっしゃる通り、何か意図があるように感じます。何かは分かりませんけど」と付け加えた。

そして、更に「ザック様が敵ならどうされますか?」と聞いてきた。

その言葉にもう一度考え直してみる。

(数千を遥かに超える大軍とはいえ、既に数百単位の敵を倒している。リッチはアンデッドを生み出せるという話だが、無限に生み出せるわけじゃない……陽動だとして、俺が敵ならどうする……攻城戦だと考えれば、火砲や投石器による遠距離攻撃、兵糧攻め、水攻め……あっ! トンネルか!)

俺は思わず立ち上がってしまった。

「どうしたの」とリディが心配そうに声を掛けてきたが、俺はそれに構わず、「リッチに土属性魔法を使えると思うか」と強い口調で確認する。

「 死霊魔道師(リッチ) はこの世に未練を残した魔術師の魂がアンデッド化したものよ。元の魔術師が土属性を使えれば、使えるはずだけど。それがどうしたの?」

その言葉にシャロンも俺の懸念に気付き、「あっ!」と言って目を見開いた。

「土属性魔法でトンネルを掘れば、防壁は関係ありません! そうですよね!」

俺は大きく頷き、「おじい様にこのことを伝えてくる。二人はここで待機していてくれ!」と言い残し、防壁の内側で指揮を執る祖父の下に走った。

駆け込んできた俺を見た祖父は「何事じゃ」と怪訝な顔をするが、すぐに「敵の策が分かったのか」と確認してきた。

「確証はありませんが、敵にはリッチがいます。土属性魔法でトンネルを掘り、侵入してくる可能性があります」と早口で懸念を伝える。

祖父は大きく目を見開くと、

「確かにありうるな。で、どうすべきだと思う」と冷静に聞いてきた。その落ち着き払った表情に俺の頭も冷静さを取り戻していった。

「私を基準に考えていいものかは分かりませんが、人が通れる穴を掘る場合、一時間に三十 m(メルト) です。もちろん、これだけ掘れば魔力切れになりますが、アンデッドの魔力がどの程度あるかは分かりません」

「既に三時間は経っておる。百メルトほど掘られていてもおかしくはないということか……対応方法はあるか?」

その言葉に必死に考えを巡らせていく。

普通につるはしやスコップで掘るなら音で分かるが、魔法の場合ほとんど音が出ない。超音波などで地中探査をする方法もあるが、そんな魔法は作っていない。

「探す方法は思いつきません。防壁内を絶えず警戒するくらいしか……」

俺の言葉が終わるか終わらないかのところで、祖父は「伝令!」と叫んでいた。

伝令役の若い自警団員が現れると、すぐに見張りと各班への指示を伝えていく。

「今から言うことを塔の見張りと各班に伝えるんじゃ。敵はトンネルを掘って侵入する可能性がある。壁の外だけでなく、内側にも警戒せよと。他の者も使ってすぐに全員に周知せよ」

「他にすべきことが思いつけばすぐに教えてくれ」と祖父は言い、指揮に戻る。

午前三時頃。

俺は先に休憩していたリディと交代し、一旦屋敷に戻って仮眠を取っていた。といっても防具を外さずに寝台に横になっているだけで、熟睡には程遠い。

そこに突然、カンカンカンという激しい鐘の音が耳に入ってくる。

慌てて飛び起き、剣を掴むと、すぐに屋敷の外に飛び出していく。

外には同じように仮眠を取っていたベアトリスがおり、同じように状況を把握しようと周囲を見回している。

「何があったんだ?」と俺が聞くと、

「よく分からないね。敵が現れたって声が聞こえたような気がするんだけどね」とベテランらしく、いつもと変わらぬ口調で答える。その声に俺も落ち着きを取り戻していく。

鐘の音が響く中、若い伝令が走りこんできた。

「正門の西から敵が湧き出してきました! 先代様よりベアトリス様に対処していただきたいとのご指示です!」

ベアトリスは「承知!」と応え、「じゃあ行ってくるよ」と右手に持ったミスリルの槍を軽く上げる。

伝令に「俺に対する指示は!」と聞くと、「ザック様はお屋敷で待機とのことです」と言って走っていく。

仮眠している間に配置が変わっていなければ、祖父が貯蔵庫付近で全体の指揮を執り、父が東の防壁で絶えず侵入してくるアンデッドに対応、兄がスコッチの貯蔵庫で待機しているはずだ。

従士たちはニコラス・ガーランドが正門、バイロン・シードルフが東の防壁、イーノス・ヴァッセルが学校の防御、ヘクター・マーロンとガイ・ジェークスは弓術士隊と共に貯蔵庫付近で待機、ウィル・キーガンが屋敷の防衛をしながら休息を取っている。

俺たちザックセクステットは俺とベアトリスが休憩、ダンとリディが正門、シャロンとメルが東の防壁の防衛に加わっている。

屋敷の外で正門を見ると、ニコラスがスケルトンを斬り伏せている姿が見える。更に視線を南に向けると、正門の外にもアンデッドたちがひしめき、正門が開くのを待っているように見える。

(やはり敵の大将は合理的な考えを持っている。トンネルが一本ならいいんだが、何本も掘られると厄介だ……無理をしてでもリッチを潰した方がいいかもしれない……)

そう思っても、指揮官である祖父の命令はこの場で待機であり、動くことができない。イライラしながら屋敷の外で立っていると、正門に大きな火柱が立った。

「 火山(ボルケーノ) だと!」と思わず叫んでいた。そして、祖父の命令を無視して正門に走っていく。

ボルケーノは高位の火属性魔法で地面から連続的に炎が噴出する魔法だ。その火柱は直径五メートルほどで高さ二十メートルほどまで吹き上がった後、花が咲くように地面に落ちていく。その炎には赤熱した噴石が混じり、正門を守る自警団員に降り注いでいた。

真っ赤な火柱は三十秒ほどで唐突に消える。

しかし、その周囲には多くの自警団員が倒れていた。

一分ほどで正門にたどり着くと、そこは鍛冶場のように暑く、自警団員の呻き声が響いている。二十メートルほど西ではベアトリスとニコラスが直径三メートルほどの穴から湧くように出てくるアンデッドたちを押し留めている。

正門の上ではリディとダンが矢を放って押し寄せるアンデッドを攻撃していた。

不謹慎だが安堵の息を吐き出していた。リディやダンが先ほどの攻撃に巻き込まれなかったことを神に感謝したが、それは倒れている自警団員に対し不誠実な行為だと分かっている。

呻き声を上げる自警団員をあえて無視し、アンデッドが湧き出る穴に向かっていた。

俺がすべきことは敵の魔法を防ぐことだ。ボルケーノの射程は五十メートルほどしかなく、リッチがその距離まで近づいていることを示している。

恐らく穴を掘ったリッチが穴の奥から魔法を放ったはずで、そのリッチを倒すには穴の中に入るか、魔法で倒すしかない。敵が連続的に湧き出てくる状況で穴の中に入る選択肢はなく、魔法で倒すしかない。

「この穴を塞ぐ! 十秒だけ時間を稼いでくれ! 後ろの者たちは敵の魔法の標的にならないよう動きまわれ!」

俺の指示にベアトリスは理由を問うことなく、部下たちに「ザックを守れ!」と命じていた。

それに応えることなく、すぐに土属性魔法の呪文を唱えていく。

「すべての大地を支えし 土の神(リームス) よ。御身の化身、頑健なる岩の壁を我に与え給え。我は御身に我が命の力を捧げん。 岩の壁(ロックウォール) 」

その呪文の完成と共に直径五メートルほどの岩の蓋がスライドするように穴を塞いでいく。

何体かのアンデッドは隙間から這い出ようとするが、岩の蓋はアンデッドを押し退けながら穴を塞いだ。

岩の蓋の下からカツンカツンという岩を叩く音が聞こえてくるが、厚さ五十センチほどの岩はびくともしない。更に周囲の土を 石の生成(ストーンクリエイト) の魔法で岩に変えていく。

その間にも俺の後方でボルケーノの魔法が放たれたが、正門前に待機していた自警団員たちも動きまわっており、闇雲に放たれた魔法の犠牲になる者は出ていない。

「穴の中にリッチがいるはずだ。そいつを仕留める」と言って、自ら作った岩に直径十センチほどの穴を開ける。

更にその穴に手で蓋をするように翳し、木属性魔法で可燃性ガスを流し込んでいく。

「森を作りし偉大なる 木の神(アルボル) よ。 御身(おんみ) より生まれし燃え立つ風を我に与えたまえ。我は代償に命の力を捧げん。出でよ、 燃え立つ気体(フレイミング・ガス) 」

穴に翳した右手から勢いよく気体が放出され、穴の中に入っていく。

この魔法で生成する可燃性ガスのイメージは微生物による分解で生まれるメタンガス。メタン自体は無臭だが、腐敗による分解をイメージしているため、若干の腐敗臭が漂う。

「トンネルの中の敵を一気に吹き飛ばす! 穴から離れていろ!」とベアトリスとニコラスに命じる。

高圧のガスが勢いよく穴の中に入っていく。

俺の後ろで再びボルケーノの魔法が発動した。やはり敵はこちらの状況が見えていないようで、誰もいない場所に火柱が上がっている。

一分ほど継続させ、充分に充満したと判断したところで手を離し、十メートルほど離れたところから 炎の矢(フレイムアロー) を穴に向けて放った。

炎の矢が穴に入った瞬間、ドーンという重い音が響き、地面を僅かに揺らす。岩の蓋は一瞬浮き上がったものの、吹き飛ぶことなく耐えていた。

正門の上からリディが「百 m(メルト) くらい先で火柱が上がったわ!」と叫び、その言葉に自警団員から歓声が上がる。

俺はその歓声に応えることなく、「負傷者を集めろ! リディも治療に回ってくれ!」と叫び、更に伝令を捕まえ、

「おじい様に連絡。トンネルの敵は排除。正門にて負傷者多数。ザカライアスとリディアーヌは負傷者の治療に当たる。そう伝えてくれ」と命じ、負傷者たちの治療を行っていく。

正門前にいた自警団員二十名のうち、十名が最初のボルケーノの魔法の直撃を受けていた。更に残りの十名も噴石により火傷と打撲を負っている。

直撃を受けた自警団員のうち、五名が既に事切れ、五名が瀕死の状態だった。リディは「私では無理だわ」と首を横に振っている。

俺は治癒魔法を掛けながら、「俺がある程度治す。その後追加で治癒魔法を掛けてくれ」と頼み、焼け爛れた若い男の治療を続けていく。

一人一分ほどだが、五人目の若者は俺の魔法が間に合わず事切れた。

六名の若者が命を散らした。これが今回の戦闘で初めての戦死者だった。

大まかな治療を終えると祖父が後ろに立っていることに気づく。

「命令を無視しました。申し訳ありません」と頭を下げ、「重傷者が十四名、戦死が六名です」と報告する。

祖父は「現場指揮官の判断として、今回の判断は間違っておらん」と言い、俺の肩に手を置いて、「この勇者たちは儂が何とかする。辛いだろうが、お前は魔力の回復を優先させるんじゃ」と言ってニコラスに重傷者の後送を命じていた。

今回戦死した若者たちを含め、自警団の連中とは全員顔見知りだ。半年前の酒類品評会では楽しげに騒いでいたことを記憶している。そんな知り合いが命を落としたことに衝撃を受けるが、今はそのことを考えないようにした。

(村を守りきってから悲しめばいい。今は彼らの犠牲を無にしないことが俺にできる唯一のことだ……)

後ろではリディとベアトリスが心配そうに俺を見つめていた。

「大丈夫だ。これで敵もトンネル作戦を採ってこないだろう。百メルトのトンネルにどの程度のアンデッドがいたかは分からないが、一気に倒せる手段を見せ付けたからな」

それでも心配そうな表情の二人に、「貯蔵庫のテイスティングルームで休んでいるよ。まあ、ちょっとだけ飲むかもしれないが、それは内緒にしておいてくれ」と笑って手を上げる。

リディが「じゃあ、私も魔力の回復のために一緒に行くわ。私はスコッチには手を出さないけど」と笑い、ベアトリスも「あんまり飲むんじゃないよ。鍛冶師たちが寄ってきて宴会になっちまうからね」と言って笑っていた。