作品タイトル不明
第三十三話「ドワーフフェスティバル:その三」
トリア暦三〇一八年四月二十一日の午後二時。
酒類品評会は時間が経つにつれ盛り上がり、午後二時過ぎにはドワーフたちが歌いだし、それに釣られる形で村人たちも彼らと肩を組んで歌い始めた。さながら季節外れの収穫祭だ。
始まった当初は村人たちも相手が親方クラスのベテラン鍛冶師ばかりということで遠慮があったようだが、料理片手にドワーフたちの酒を飲み始めると、村人たちも友人同士のように何の遠慮もなく杯をあわせている。
極端な言い方だが、ドワーフたちには酒を飲んで楽しむということ以外、政治的な思惑も拘るべきメンツもなく、盛り上がる分には少々のことをしても誰も気にしない。実際、村人の中には匠合長であるウルリッヒと酒の話で盛り上がり、バシバシと肩を叩いている者もいたが、彼は全く気にしていない。ウルリッヒの方もそのハンマーで鍛えた腕で同じように叩き返していたため、村人の方が大変そうだったが。
今回感じたことだが、親方連中がこれほど集まり、更に気兼ねなく飲める場所は案外少ないのかもしれない。ギルドの集会室や行きつけの居酒屋ではない屋外という環境にドワーフたちのテンションも上がっている。
歌はエンドレスで続いている。
『ジョッキを掲げろ! わが友よ!
歌を歌えよ! わが友よ!
一時(いっとき) 前は見知らぬも、
共に飲めば、友とならん!
我らが自慢の麦酒、葡萄酒!
我らの 魂(いのち) を燃やす蒸留酒!
スコッチ! ブランデー! カルバトス!
酒が尽きるまで飲み明かそう!
さあ、友よ、共にジョッキを掲げよう!
さあ、友よ、共に足を踏みならそう!
さあ、友よ、共に一気に飲み干そう!
一、二、三、乾杯!』
調子に乗った若者が飲み過ぎで倒れていくため、俺とリディは大忙しだ。
(この歌は悪魔のような歌なんだよな。一節ごとに酒を飲めるし、周りが飲むから釣られて飲んでしまう。ドワーフならいいんだが、普通の人間だと急性アルコール中毒で死人が出るレベルなんだよな……それにしても蒸留酒のくだりがバージョンアップしているな……)
俺が気付くより前にジョニーの方が先に気付いていた。一般客の飲みすぎに気づいた彼は各支部のギルド職員たちに注意を促すのだが、鍛冶師たちは「飲め飲め」と勧めていくため、飲みなれない若者はすぐに潰れてしまう。
予め会場の外に休憩所を作っておいたが、そこはさながら野戦病院だった。累々と横たわる男たちに職員たちが水を飲ませ、更に苦しむ者には鍛冶師ギルド職員が常備する二日酔いの薬を飲ませていく。
俺とリディは顔色が酷い者や意識を失った者に解毒の魔法を掛けていく。鍛冶師や商人たちの護衛の中には治癒師もいるのだが、アルコールに対する解毒の魔法は俺たちしか使えない。
酒自体は毒ではない――体質や飲み方によっては毒だが――ので、明確なイメージが伝えられないと精霊たちもアルコールのみを除去することができない。そのため、普通の治癒師では急性アルコール中毒の治療はできないのだ。
俺の場合、血中アルコール濃度を下げるイメージ――アルコールを分解しアセトアルデヒドに変えてから除去するイメージ――で解毒しているからか、それとも知識が精霊に伝わるためか、割ときれいにアルコールを除去できる。
リディにも俺の知識は伝えてあり、概念的なところは理解している。更に何度も実地訓練をしている――俺の見ていないところでダンがドワーフによく潰され、彼女が介抱している――ため、俺と同じくらい使えるようになっている。
今回は人数が多いこともあるが、若者に二日酔いの辛さを覚えてもらおうと思い、二日酔いが残る程度の解毒しか掛けていない。
(簡単に治ると俺たちがいない時に急性アル中で死人が出るからな。こういうことは若いうちに痛い目に合ったほうがいい。まあ、何度も経験しても俺も学習できなかったから、痛い目に合ったからといって覚えるとは限らないんだが……)
酒と料理のコラボレーションも順調で投票開始までに全ての酒がエントリーできた。
酒樽の前に投票用の木箱が置かれ、来場者が次々と札を入れていく。ドワーフたちはそれぞれの酒と料理を味わいながら談笑しているが、気になるのかチラチラと木箱を覗いているのが印象的だった。
中でも人気だったのはアルスの麦酒だ。匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーらが金に糸目をつけずに作らせたビールやエールは品質もよく、更にそれに合わせた肴も質が高かった。ドワーフたちだけでなくラスモア村の村人や近隣の住民にも大好評だった。
アルス以外で好評だったのが、ウェルバーン支部の支部長デーゲンハルト・グラブシュのペールエールだ。
ホップを通常の倍使った独特の製法であり、苦味と香りが強く、この辺りにはない麦酒だ。
これにタルタルソースを掛けたマスのフライの組合せは絶妙だった。サクッとした歯触りと香ばしい香り、柑橘とタルタルソースの酸味が口に広がり、それを強いホップの香りで流し込む。
デーゲンハルトは午前中の技能評定会で見事な剣を披露しており、鍛冶師仲間から多くの賞賛を受けたが、ここでも美味いという評価を得て満面の笑みを浮かべている。
「やっぱり、このエールは美味いな。それに魚のフライを選ぶところはさすがだ。しかし、よくこの組合せを見つけたな。ウェルバーンにはない料理だったはずだが?」
俺の問いにデーゲンハルトが「この村で揚げ物に嵌ったのだ」というが、どうも視線が泳いでいる気がする。少し突っ込んでみると、「ジョニーの意見を取り入れたんだ」と呟き、更に「お前がそう言っていたとジョニーから聞いたんだ」とからくりを告白した。
確かにベルトラムが飲んでいる時に味を見て、フィッシュフライにタルタルソースを掛けたものが合いそうだと言った気はするが、ジョニーがそれを聞いていたらしい。
俺たちの会話を聞いていたドワーフたちが「何じゃ、こいつもザックの知恵か」と呆れていた。
「まあいいんじゃないか。美味い酒と肴はみんなが幸せになるんだから」と俺が言うと、周囲で「全くじゃ!」という声が上がり、「儂らにも恩恵はあるしな」と爆笑が起きる。
あっという間に二時間の投票時間が過ぎた。
これから開票作業に入るが、その時間が無為に空くため、ちょっとした余興を行うことにしている。
武具の披露を行った舞台の上にテーブルと道具類を並べていく。会場の人々は俺が何やら始めたため、興味津々という感じで舞台に近寄ってくる。
「それでは開票が終わるまで、少しだけお付き合いいただければと思います」
そういうと司会であるジョニーがイベントを進めていく。
「これよりザカライアス様から新しい蒸留酒の使い方、飲み方について説明していただきます。まずは蒸留酒の使い方だそうです」
俺の後ろではメルとシャロンがアシスタントとして控えており、俺の合図で準備したバーベキューコンロで肉を焼いていく。
ドワーフたちは「酒の飲み方じゃないのか?」と疑問を口にしながらも、何が起きるのかと興味深く見つめている。
「普通の牛肉を鉄板で焼いています。味付けは塩と胡椒のみ。メル、どうだい。もう焼けそうかな」
「はい。もうそろそろですね」と笑顔で答える。
「では、試食をしていただきましょうか。どうぞ、興味のある方は上がってきてください」
そう言うとドワーフたちがぞろぞろと上がってくる。二十人ほど上がったところで一枚の肉を素早く一口大に切り分け、串に刺して手渡していく。
当然ウルリッヒも上がってきており、肉を口に放り込むが、「まあ、美味いといえば美味いが」と首を傾げて、ジョッキを呷る。
「それではこの肉を蒸留酒で美味くしてみます」
そう言った後、「ここには五年物のブランデーが入っています」といってガラスのボトルを見せる。ドワーフたちは何をするんだという顔でそのボトルを眺めている。
「それではこのブランデーを肉に振り掛けます」と言ってボトルを逆さにして焼けている肉に振り掛けていく。
同時にドワーフたちから「「何をするんじゃ!」」という悲鳴が上がる。
その直後、鉄板から炎が上がる。
そう“フランベ”だ。
肉の脂が焼ける香ばしい香りにフランベによる甘いような何ともいえない香りが加わる。ドワーフたちは「もったいない」とか「何ということを」と言っているが、俺はそれに構わず仕上げていく。
全員が疑わしげな視線を俺に向けるが、素早く切り分け、再びドワーフたちに手渡す。
ゲールノートが肉を口に放り込む。疑わしげな表情が驚愕に変わっていく。
「何じゃ、これは……同じ肉とは思えん……」
同じようにドワーフたちは口々に「美味い!」と言って手に持ったジョッキから酒を流し込んでいく。
「このように蒸留酒は料理にも使えます。今回のように肉の香り付けや臭み取りにも使えますし、焼き菓子に使っても香りが引き立ちます。料理人の皆さん、いろいろな工夫を考えてみてください」
そこで一旦頭を下げ、コンロを片付けていく。会場からは拍手が沸いた。
「ロックハート家のテントで味見ができますので、そちらでどうぞ」というと味見ができなかった人々から歓声が上がる。
コンロの代わりに氷を満載したガラスのアイスペールがテーブルに置かれる。更にスコッチの入ったボトルやグラスなどが用意されていく。
「次はいよいよ蒸留酒の新しい飲み方です。ザカライアス様、お願いします」というジョニーの声で再び頭を下げる。
「それでは新しい蒸留酒の飲み方を提案します。といってもウェルバーンでは少しだけ披露しているのですが……」
今回披露するのは水割り、ハイボール、トゥワイスアップ、ハーフロック、オン・ザ・ロック、ミストだ。
最初はカクテルでも作ろうかと思ったのだが、ベースとなるスピリッツが少ないこと、味のバリエーションを増やすリキュールがほとんどないことから、カクテルをメインにした提案は断念している。
理由はもう一つある。カクテルは確かに美味いが、ベースになるスピリッツはウォッカやジン、ホワイトラムなど熟成させない蒸留酒が多い。もちろん、ウィスキーベースやブランデーベースのものもあるが、一般受けするカクテルは先の三種類のスピリッツベースだろう。
ウォッカがいい例だが、基本的には熟成が不要で蒸留したらすぐに売れる。これが爆発的に売れると俺が飲みたい二十年物くらいのスコッチやブランデーが駆逐される可能性がある。今は長期熟成酒を大切に育てながら、スピリッツの種類を増やしつつ、飲み方を提案していくほうがいいと考えたのだ。但し、遊びとして一つだけシェイカーを使ったカクテルを作るつもりでいる。
(あと二十年は掛かるだろうな。スピリッツだけじゃなく、リキュールも作っていかないといけないし、ソーダやトニック、ジンジャーエールも必要だ。今は俺の魔法で何となくそれらしい物は作れるが、結局、俺にしかできないとなると普及しない……)
そんなことを頭の片隅で考えながら、説明を行っていく。
「……スコッチはストレートで飲むだけではありません。 酒精(アルコール) の強さによって味の感じ方が変わってくるのです」
ウルリッヒらドワーフたちから「水で薄めるのか」という声が出る。
「単に水で薄めればいいというものではありません。酒精の強さをうまく調整することによって味と香りをより引き出すのです。言葉よりも実際に感じていただきましょう」
そういってウルリッヒたちドワーフの鍛冶師と人間代表ということでカウム王国の若手官僚オットー・エルウェスを壇上に呼ぶ。エルウェスとドワーフたちがゆっくりと上がってくるのだが、観客席からしきりに手を振る女性がいた。そう、カティこと、カウム王国の王妃カトリーナ・ブレントウッドだ。
(お忍びなんだから、目立っちゃ駄目だろ……)
目でそう訴えるものの、どうしても上がってきたいと身振りで訴えてくるため、ジョニーもそれに気づき、小声で「どうしますか?」と聞いてくる。
ウルリッヒは「カティにも飲ませてやればよかろう」と無責任に言うが、「そんなことより早くせんか」と本音をぼそっと呟いていた。
「それではカティさんもどうぞ……」と言って舞台に上げる。
「ありがとう、ザックさん」と優雅にお辞儀をして上がってくるが、全く悪びれたところがない。
俺は溜息をつきながら、「それでは」といって仕切りなおす。
「今回使うスコッチは三年物のスコッチに先日飲んで頂いたピートの利いた半年物を 混ぜた(ブレンドした) ものです。まずは“水割り”と“炭酸割り”を味わっていただきます。これは酒精の強さを白ワインか強めのエール並にしています」
ウィスキーが一に対し、水を四で割るため、アルコール度数が四十度なら八パーセント、五十度なら十パーセントになる。この程度の度数までが 普通(・・) の人間がアルコールの刺激を感じず、ストレスなく飲めると思っている。
まずは水割りを作る。
メジャーカップで正確に測りながらグラスに注ぐ。会場は静まり返り、俺が氷を入れるカランという音と水を注ぐコッコッコッという音だけが響いていた。
作った物はアシスタントのメルとシャロンがすぐに配っていく。全員に行き渡ったところで「どうぞ」というと、一斉にグラスを持ち上げる。
「これでは水だ」とゲールノートが不機嫌そうに言い、ドワーフたちは同じ思いだというように全員が頷いている。一方、エルウェスは「これならジョッキで飲んでも大丈夫ですね」と比較的好評だ。カティはドワーフ寄りなのか「この水割りはちょっと」とお気に召さないようだ。
解説はせず、彼らが飲んでいる間も作業を続けていく。
次は炭酸割り、つまりハイボールを作る。ここは俺の拘りだが、水割りには氷を入れるが 炭酸割り(ハイボール) には入れない。ボトルのスコッチを疑似ペルチェ効果の魔法でキリキリに冷やし、同じく氷でボトルごと冷やした炭酸水を静かに注いでいく。更にバースプーンを二、三度上下させることで軽くかき混ぜる。
「この炭酸割りもいただけんな。まるでコクのないビールじゃ」と神槍のオイゲンがいい、ドワーフたちも賛同する。人間代表となっているエルウェスは「これはいいですね。ビールよりさっぱりしてスコッチの飲み方では一番美味いです」と大好評だった。
カティも「この炭酸割りは美味しいと思いますわ。何かつまむものが欲しくなりますけど」と気に入っている。
「カティさんのおっしゃる通り、この二つは食事を邪魔しない濃さに調整したものです。ですが、そもそもスコッチやブランデーは食中酒ではありませんので、それほどお勧めの飲み方ではありません。但し、炭酸割りの方は少し工夫するとおいしくなります」
そう言って彼らの前にいき、飲みかけの 炭酸割り(ハイボール) にレモンの皮でピールを行う。ピールは柑橘の皮から香り成分を含んだ油分を飛ばす技だ。やらないバーが多いが、個人的にはピートの利いたスコッチのハイボールにはレモンピールがよく合うと思っている。もちろん、レモンの香りが邪魔になるウィスキーも多いので、好みの問題かもしれないが。
このピールでエルウェスが「ほんの少しだけなのに凄く爽やかになりました」と感想を述べ、カティも「本当だわ」と一気に飲み干す。ドワーフたちはあまりお気に召さないのか、「まあ、味は変わっておるな」と頷く程度の反応だった。
「これはあまり強くない方のための飲み方です。次はもう少し濃くしてみます」
そう言いながら、ウィスキーを同量の水で割るトゥワイスアップを作っていく。脚付きのグラスにスコッチを入れ、そこに程よく冷やした水を注いでいく。最後にバースプーンで軽く上下させる。
「これはスコッチと同量の水で割ったものです。酒精の強さは赤ワインより強く、通常のビールの四倍ほどです。ではどうぞ」
またしてもドワーフたちから「薄い」というクレームが付くが、「この煙臭さが美味く感じるな」という肯定的な意見も出る。カティは満足そうに「これも美味しいですわ」と頷き、エルウェスは「これなら何とか飲めますね。それに何となく味も判るような気もします」と気に入ってくれたようだ。
その言葉に頷くだけで特にコメントはつけず、次にハーフロックを出していく。
口の広い大き目のグラスに丸い氷を一つ入れ、そこにスコッチを垂らしていく。バースプーンで軽く氷を回転させてスコッチを冷やし、同量の水を入れて更に優しく混ぜる。
「先ほどの物と同じ割合で、それに氷を入れています。ではどうぞ」
ゆっくりと口をつけるが、ドワーフたちの反応は先ほどと同じだった。しかし、カティだけは「味が違うような気がしますわ」と言い、「いいえ、香りも違いますわ」と言って立ち上がる。その言葉にドワーフたちはもう一度グラスを口にする。
「冷たさが違うが、味は変わらん気がするが?」とゲオルグが言うと、リュックも「儂もそう思う」と頷いている。
「どう表現していいのか分からないのですけど……ザックさん、解説をお願いしますわ」
カティからの言葉を受け、「さすがはカティさんですね」と軽く頭を下げる。
「まず先に出したものはトゥワイスアップといい、スコッチの味と香りが最も感じられる飲み方です。グラスも丸いものを使い、香りが立ちやすいようにしています。その分香りが感じられたのだと思います」
その言葉にドワーフたちが一斉にグラスに鼻を突っ込む。
「そう言われればそんな気もするが」と首を傾げているが、それを無視して説明を続ける。
「氷を入れた方はハーフロックと言います。分量は全く同じですが、明確に違う点があります」
「グラスの形かしら?」と自信無さ気にカティが答える。
「それもありますが、決定的に違うのは温度です。トゥワイスアップのスコッチは冷やしていませんし、水も少し冷たいと感じる程度にしています。一方のハーフロックは大きな氷を入れていますのでキリキリに冷えています。付け加えるなら、ハーフロックの方は氷が解けていく分、薄まっています」
「温度が重要ということですか?」とエルウェスがロックグラスを持ち上げながら疑問を口にする。
「はい。本日のビールやワインも全て私とシャロンとで冷やしています。これは温度によって酒の味が明確に変わるからです。味が変わるというより、感じ方が変わるといったほうがいいかもしれません」
「この二つはそれほど温度が変わらん気がするが、それでも味が変わるのか?」とウルリッヒがいうので、「では、次のオン・ザ・ロックとミスト、そしてストレートで比べてみましょう」と言ってロックを作っていく。
まずはロックを作り、更に細かく砕いた氷、クラッシュドアイスをぎっしりと詰めたグラスにスコッチを注ぎミストを作る。
最後にストレートを出すと、俺が何も言わなくてもドワーフたちも納得し、「これほど変わるんじゃな」と感心していた。