軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十四話「ドワーフフェスティバル:その四」

トリア暦三〇一八年四月二十一日の午後四時過ぎ。

酒類品評会の開票待ちの時間を使い、余興としてスコッチの飲み方を紹介した。

水割りに始まり、ハイボール、トゥワイスアップ、ハーフロック、オン・ザ・ロック、ミスト、そしてストレート。温度やアルコール度数の違いで味が変わることを実感してもらった。

そして最後にカクテルを紹介する。

テーブルの上にステンレスで作った大き目のシェイカーを用意する。

「今まではスコッチと水、氷の組合せでした。もちろん温度の差も感じていただきましたが、基本的にはスコッチの濃さを変えただけです。次は少しだけ別の物を混ぜる飲み方を紹介します。まず、この 撹拌器(シェイカー) に氷を詰めていきます……」

銀色のシェイカーが珍しいのか、ドワーフたちは自分の席から覗き込むように見つめている。ただ単に酒の飲み方に興味があるだけなのかもしれないが。

会場の人たちも俺が何をするのか息を止めて見ている。

「……そして、スコッチ三に対し、この柑橘の絞り汁を一、更にこのザクロのシロップを少々と精製した砂糖を加えます。きちんと蓋をして、シェイカーを振っていきます……」

全ての材料を入れ、 徐(おもむろ) にシェイカーを振り始める。プロのバーテンダーではないため、あまり美しい振り方ではないが、少なくとも氷が砕けるような無様な音だけは立てないようにしっかりと撹拌していく。

時々勘違いしているバーテンダーがいるが、シェイクは酒を混ぜながら冷やす方法であり、氷は砕けないほうがいい。もちろん、あえて砕くような振り方のものもあるので一概には言えないが、水っぽいサイドカー――ブランデーベースのショートカクテル――など飲めたものではない。

ガシャガシャという音が聞こえてくるだけでバーを出たこともある。逆にうまいバーテンダーの奏でるシェイカーの音は一流の音楽家の演奏に匹敵する。そのBGMだけで充分に満足できるとさえ思っている。

その間にメルがグラスを配り、シャロンがそれをキリキリに冷やしていく。すぐにグラスの表面が霜で白く曇る。

シェイクが終わったところでグラスに注いでいく。透明感のある美しいピンク色の液体がグラスに満たされていく。グラスに注いだ後、用意しておいたオレンジの皮でピールする。

「全員分を作りますが、この飲み方はでき立てが一番おいしいのですぐに飲んでください」

そういいながら次のシェイカーを用意していく。

「何じゃ、これは……これがスコッチなのか?」と一番に出されたウルリッヒが唸る。

「儂には少し甘いが、こいつはありじゃ。何とも言えん香りが酸味と交じり合っておる……」

次々と出していくとドワーフたちの意見は真っ二つに割れた。ウルリッヒのような肯定的な意見と逆に甘さと酸味が強すぎて美味くないという意見に分かれた。

王国の若手官僚オットー・エルウェスは「ストレートやロックより断然飲みやすいです。それにしても美しい色ですね」と満面の笑みを浮かべるが、「でも、これはかなり酒精が強いのでは?」とカクテルの危険性に気づく。

「エルウェス卿のおっしゃるとおり、この飲み方は先ほどのトゥワイスアップより酒精は強いです。ですから油断するとあっという間に酔い潰れるので注意が必要です。もちろん、ドワーフの皆さんには関係のない話ですが」

その一言で会場に笑いが起きる。そんな中、真剣な表情でグラスを見つめる女性がいた。そう、カティこと王妃カトリーナだ。

彼女の前のグラスに静かにカクテルを注いでいく。「どうぞ」というとゆっくりと口をつけていく。

一口飲み、二口目も飲むが、いつもならここで何かコメントを言うのにコクコクと飲むだけで何も言わない。

全てを飲み干したところで突然立ち上がった。

「赤いバラを溶かしたような美しい色! 甘さの中に爽やかな酸味。それでいてスコッチの香りを強く感じます! これは何という飲み方ですの! ぜひ教えてください!」

そう興奮気味に叫ぶ。

「落ち着け、カティ」とゲールノートが言ったところで興奮していたことに気づいたのか、顔を赤らめて腰を下ろした。

「すみません……ですが、これほどおいしい飲み方があるなんて知りませんでしたわ。本当においしかった……」

そう言って名残惜しそうにグラスを眺める。

今回作ったカクテルはウィスキーベースのカクテルである“ニューヨーク”のアレンジ版だ。バーボンやライウィスキーがないためスコッチで、ライムが手に入らなかったのでレモンで代用している。レモンなので“アイリッシュ・ローズ”のアレンジに近いかもしれない。

グレナデンシロップ――ザクロのシロップ――は偶然プリムスの商人が持ち込んでいたので、それを使っている。

「この飲み方に名前はありません。というより、未完成すぎて広める気は全く無いのです」

「どうしてですの。こんなにおいしいのに……」とカティが縋るような目で見つめてくる。麗しい貴婦人が上目遣いで見てくる分にはグッと来るものはあるが、商店のおばちゃんが同じように見つめても特に感慨はない。

「この飲み方が一般的になると本当の酒の美味さが損なわれるのです」

「そうですの? 私には絶妙な風味に感じますけど」

頭(かぶり) を振り、材料を持ち上げながら説明していく。

「これは甘さと酸味と香りを無理に付けています。質の悪い蒸留酒にはいいかもしれませんが、この村で目指している蒸留酒はそれのみで完成された質の高いものです。飲んでいただいて分かったかと思いますが、スコッチ本来の香りが死んでいるのです」

「確かにそうかもしれん……それなら何で飲ませたんじゃ? こんなことを思いつくのはお前くらいしかおらんじゃろう。黙っておれば誰も気づかんのになぜじゃ?」

ウルリッヒがドワーフたちを代表して疑問をぶつけてきた。

「そのうち誰かが気づくと思ったからです。この飲み方自体を否定する気は全くありません。これから先、いろいろなところでいろいろな酒が作られるでしょう。その中にこのような飲み方を目指す酒があってもいいのです。ですが、ロックハート家が目指すものではないと宣言したかったのです」

俺自身、カクテルは好きだった。いや、今でも腕のいいバーテンダーがこの世界にいて、充分な素材があれば好きだろう。

しかし、カクテルという飲み方は柑橘系を多く使うこととフレーバー系のリキュールで香りと味を付けることから、ベースとなる酒の味を生かすという点では外れていると思っている。

ジンベースのカクテルにはジン本来の香りを生かしつつ飲みやすくしたものも多いから一概には言えない。それでも質の良いスコッチやブランデーをカクテルベースにする意味はなく、俺の目指す酒ではないと考えたのだ。

僅かな沈黙の後、俺の言葉に「さすがはザックじゃ!」、「お前の考えに賛同するぞ!」とドワーフたちが立ち上がって宣言する。カティも同じように立ち上がり、

「確かにそうですわね。ザックコレクションとどちらかを選べと言われたら、私は迷わずザックコレクションを選びますわ。もちろん、両方選びたいですけど」

今回の趣旨を説明していく。

「今回、この余興を行ったのは蒸留酒はストレートで飲むだけの酒ではないと知っていただきたかったからです。料理にも使えますし、薄めて飲んでも美味く飲める。何かを混ぜてもいい。もちろん、ドワーフの皆さんのようにストレートで飲んでもいいでしょう。ですから、ストレートで美味いと思わなくても、自分に合った飲み方がきっとあるはずです。私はそれを見つけてほしいと思っています……」

観客たちは俺の説明を唖然として聞いていたが、カティが「素晴らしいですわ」と言って立ち上がると拍手を始めた。

「お酒の可能性を追求するその姿勢、感服いたしました。ぜひとも、もっと多くの皆さんに広めていただきたいものです」

その言葉にウルリッヒたちも立ち上がって拍手を始め、観客たちも同じように拍手をしていく。日が傾く草原に割れんばかりの拍手が響いていた。

ちなみにエルウェスはドワーフやカティと同じようにスコッチを飲み、フラフラになっていた。

「味の雰囲気が変わると飲めてしまうんですね。うっぷ……気持ち悪い……」

一応、解毒の魔法を掛けた上で休憩所に運び込んだが、彼には悪いことをしたと反省している。

(水割り、ハイボール、トゥワイスアップ、ハーフロック。これだけでもダブルで二杯分。それにロックとミストとストレートにニューヨークモドキ……さすがに全部飲みきっていないが、それでもこの短時間でダブル三、四杯分は飲んでいるな。その前にも結構飲んでいるし、ドワーフと一緒に出演させたのは失敗だったな……)

午後五時。

鍛冶師ギルド主催の酒類品評会という名の祭典も終幕に向かっていた。

俺の余興という名の講座?の間に行われていた集計作業も終了し、結果発表の準備が整った。

司会を務める鍛冶師ギルド職員のジョナサン・ウォーターは結果が書かれた封筒を領主である父に手渡す。

鍛冶師ギルド主催なのだから、匠合長のウルリッヒ・ドレクスラーが 贈呈者(プレゼンター) でいいような気もするが、ウルリッヒ自身が参加者であるため、父マサイアスに頼んだのだ。酒が入った勢いもあってか父も快く引き受け、ノリノリという感じで贈呈者を演じている。

ジョニーが渡した封筒をゆっくりと開けると、楽士たちが奏でる音楽が一斉に止む。会場のざわめきも静まり、辺りには風の音だけが聞こえていた。

(さすがにドラムの音は響かないか……)

日本のテレビ番組なら“ダララララ”というドラムロールが響くのにとぼんやりと思いながら、結果の発表を待つ。

父が重々しく「それでは第一回酒類品評会の投票数第三位を発表する。第三位は……」と言い僅かに溜める。その“溜め”にどこかの司会者みたいだなと思いながらも知らず知らずのうちに固唾を呑んでいた。

「プリムス支部、ギュンター・フィンク殿のブラウンビールと同じくプリムスの 大角牛(グレートホーン) の香草焼き!」

プリムス支部から歓声が上がるが、優勝できなかった落胆の声も混じっている。ギュンターのビールはブラウンタイプのビールでコクがあり、香草をたっぷりまぶした大振りの肉の串焼きと非常に相性が良かった。この香草焼きには串に刺さずに骨付き肉のまま焼いたバージョンもあり、串焼きとは違うしっとりとした食感で甲乙付けがたい。

歓声が静まったところでジョニーが「ではご領主様、第二位の発表をお願いします」と父に続きを促す。父はそれに小さく頷き、

「では、第二位……アルス総本部、ウルリッヒ・ドレクスラー殿の白ビールとアルスの白ソーセージ!」

その発表で周りからは歓声が上がるが、ウルリッヒはがっくりと肩を落とす。

そして、再び会場が静まるのを待ち、第一位の発表に移る。

「一位と二位は非常に僅差だった。では、第一位! ウェルバーン支部、デーゲンハルト・グラブシュ殿のペールエールとラスモア村 黒池(ブラックラフ) 亭のマスのフライ!」

その瞬間、ウェルバーン支部のブースから「よっしゃ!」、「ウォォ!」という怒号のような歓声が上がる。また、ラスモア村のブースでも大歓声が上がっていた。

父は「私にはいずれも美味かった。ザック、お前が総評を行いなさい」と俺を手招きする。

一応、ここは打ち合わせ通りなので「はい」と頷き、舞台に上がっていく。

そして一礼した後、

「先ほど父が述べた通り、投票は大きく割れました。実際、一位から五位まではそれほど票が離れているわけではありません。つまり、それぞれが美味かったということです。もし、ここではなく別の場所で行われたなら、恐らく結果は変わっていたでしょう。その程度の差でした。酒は楽しく飲む。ですから、今回の結果は結果として拘ることなく楽しみましょう」

そこで会場をぐるりと見回し、

「こういったイベントはもっといろいろな場所でやるべきです。そのためには平和でなくてはなりません。残念なことに今回アウレラ支部が急遽不参加となりました。他にもラクスやサルトゥースの支部も参加できていません。できることなら次回はあらゆる国が参加できる祭典になっていてほしいものです! この 時間(とき) を共有できたことを神に感謝します!」

そこで大きく頭を下げる。すぐに割れんばかりの拍手に包まれる。

ウルリッヒが舞台に上がってくる。

ドワーフ以外の誰もが閉会の宣言をすると思っていた。しかし、彼の発した言葉は俺の予想を超えるものだった。

「まだ酒はあるぞ! まだまだ飲み足らん! 酒がなくなるまで飲み明かすんじゃ!」

その言葉にドワーフたちが「「オゥゥ!!」」と応える。父もそして司会のジョニーも唖然とし、言葉を失っていた。もちろん、俺もだ。

そんな中、ウルリッヒは「何をしておる! 飲め飲め! 歌え!」と言って歌い始めた。

(いや、これでお開きだろう、普通……)

そう考えたがすぐにドワーフの習性を思い出す。

(そうだった……ドワーフたちが宵越しの酒を残すはずが無いってことを忘れていた……明日の朝、ここがどうなっているのか、想像するだけで恐ろしい……)

そんなことを思いながらもウルリッヒに引き摺られるように歌の輪に入っていった。

■■■

後に第一回ドワーフフェスティバルと呼ばれた祭典について、シャロン・ジェークスが日記に記している。

『……おいしいお酒と料理がたくさんあって、今日はとても楽しかった。でも、それ以上によかったのはザック様が楽しそうだったこと。ルナさんが来てからずっと張り詰めていた感じだったから……最後にウルリッヒさんに引き摺られていった時に悲鳴を上げていた気がしたけど、大好きなお酒を飲むのだから多分気のせい。私も一緒にいたかったけど、奥方様が「私たちは帰った方がよさそうね。今日は食べ過ぎたし、お風呂に入ってゆっくりしましょう」と真面目な顔でおっしゃられたのでリディアさんとベアトリスさん以外のロックハート家の女の人は残れなかった。その時、奥方様の視線が遠くを見ていた気がした。それと何となくだけど、残らない方がいいと思ったのはなぜかしら?』

そして、翌日の日記にはこう記されている。

『……朝の訓練の前にザック様は眠そうな目をしながら館ヶ丘に帰ってこられた。お館様、ロッド様もご一緒で徹夜をしたと教えてもらった。リディアさんはいつの間にか帰ってきていたけど、ベアトリスさんも徹夜したみたい。でも、ベアトリスさんはいつも通り元気だった。「鍛え方が違うんだよ」と言うんだけど少し違う気がする……先代様はいつも通り朝の訓練に来られていた。夜の警備があるからあまり飲まれなかったみたい……ザック様やお館様はフラフラになって剣を振っていた。滅多に叱られないロッド様も何度も先代様に叱られていた。三人とも本当に辛そうだった。私には治癒魔法が使えないからリディアさんにお願いしたんだけど、「自業自得よ。二日酔いじゃないから少し寝れば元気になるわ」と言って断られてしまった。リディアさんがそういうなら心配はいらないはず……』

更に祭典が終わった後の会場の様子についても記していた。

『……朝の訓練が終わってから北の草原に行ってみたら凄いことになっていた。ウルリッヒさんたちはまだ飲んで歌っていた。本当にドワーフの皆さんってどれだけ飲めるんだろう。でも、なぜかカティさんも一緒に歌っていた。本当にこの人は人間なのかしら……ジョニーさんが後片付けをしていたので挨拶してみたら「もう少しで全部の樽が空になりそうです。これで私も寝られる……」と半分眠りながら手を動かしていた。こんな状態でもきちんと仕事をするこの人は、本当に凄いと思う……舞台の裏に行くと、酔い潰れた人たちが毛布に包まって寝ていた。その中に兄がいたので起こしておいた。だって、ザック様たちが訓練をやっているのに寝ているのは許せなかったから。目覚めた兄は真っ青な顔でテントの裏に走っていった。どこに行ったのかは知らないけど、その日は夜まで青い顔のままだった。ドワーフの皆さんとカティさん以外、ほとんどの人がそんな感じだったから誰も気にしなかった……』