軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十四話「祭典」

トリア暦三〇一七年十一月のある日。

カエルム帝国北部の都市、ウェルバーンの一画で深刻な話し合いが行われていた。

場所は鍛冶師ギルド・ウェルバーン支部の集会室。カウム王国の王都アルスにある本部のメンバーよりやや若いものの、髭面で屈強な壮年の男たち、すなわちドワーフの鍛冶師たちがひしめいていた。

集会室では普段は陽気なドワーフたちが深刻そうな顔でぶつぶつと呟くように話し合いを続けていた。その中で、やや年嵩のドワーフが太い腕を組んで渋面を作っている。その男――支部長であるデーゲンハルト・グラブシュはラスモア村に派遣したギルド職員、ジョナサン・ウォーターからの報告を親方衆に説明したのだが、予想外の反応に頭を悩ませていたのだ。

三十分ほど前に親方衆と主だった鍛冶師を集めて集会を始めた。その冒頭、デーゲンハルトは「ジョニーから吉報が届いたぞ!」と機嫌よく話していた。

「スコッチが年に二十樽だ! ジョニーはこれだけのスコッチをアルスの本部から分捕ったのだ!」

その言葉にドワーフたちは「「オゥ!!」」という怒号、いや、歓声を上げた。ところどころで「よくぞやってくれたのぉ」とか、「あれが飲めるようになるのか」とか言いながら涙を流している者がいたが、種族的な特性からか陽気な彼らの口からはほとばしるような歓喜の声が上がっていた。

デーゲンハルトは「静まれ!」とドラ声で言うと、鍛冶師たちは何事かと彼の方に視線を送る。デーゲンハルトはニヤリと笑いながら、「それだけではないのだ!」と叫んだ。

「ジョニーは何と、“ザックコレクション”まで手に入れる算段をしたのだ! あの(・・) ザックコレクションが手に入るかもしれんのだ!」

その言葉に集会室は一瞬静まり返った。

次の瞬間、その重大な事実に気付き、「「ザックコレクションだと!」」という戸惑いと驚愕を含んだ怒号が集会室を揺らした。

ベテラン鍛冶師の一人クヌートが「もう一度言ってくれ! ザックコレクションと聞こえたのだが」と言うと、デーゲンハルトは満面の笑みを浮かべて、「聞き間違いではない。“ザックコレクション”だ。 あの(・・) ザックコレクションだ」と二度言い、大きく頷いた。

次の瞬間、スコッチが手に入ると言った時の数倍の歓声がギルド支部の建物全体を揺らした。普段は閑静な西地区だが、この異常なほどの騒音に北部総督府軍の一個大隊が派遣された。周辺住民はドワーフたちの怒号に、二ヶ月前の内乱を思い出し、不安を感じ、出動を要請したらしい。それほどの怒号、いや、歓喜の声だったのだ。

多くのドワーフたちがデーゲンハルトに詰め寄りながら「どれだけ来るのだ!」と話の続きを促す。デーゲンハルトも「今から話す」と言って仲間たちが落ち着くのを待つ。

「まだどれだけ回されるのかは決まっておらん! アルスの本部の連中が言うには、ザックコレクションを飲むに足る腕を持っているかを見てから決めると言っておるそうだ!」

ドワーフたちは一瞬意味を掴みかね、ベテラン鍛冶師の一人、ホルガーが代表して「腕を見る? どういうことじゃ!」と叫んだ。

デーゲンハルトは「文字通り、鍛冶の腕を見るということだ!」と言い、

「ジョニーの手紙には、ゴーヴァン・ロックハートとマサイアス・ロックハートの武具を作って、それをアルスの連中が見て決めるという話だ」

ドワーフたちは「儂がやってやる!」、「いや、俺だ!」などと叫んでいるが、ベテラン親方の一人、リヒャルトが疑問を口にした。彼はドワーフにしては非常に珍しく、冷静な性格の持ち主だった。

「 獅子心(ライオンハート) ゴーヴァンがこの街に来るのか? それにマットは領主だ。先代領主と現領主が同時に領地を離れるというのはおかしな気がするが」

デーゲンハルトは「いや、我々の代表が出向くことになっている」と答えた。

その瞬間、再び集会室に沈黙が下りた。ドワーフたちは瞬時に行き先が彼らの憧れの地、ロックハート領ラスモア村であることに気付いたのだ。

そして、ここにいる全員が行くことはできないことにも気付いていた。先ほどまで肩を叩き合って歓喜していた同胞が、その瞬間、 敵(ライバル) に変わった。

スコッチが来るという話とザックコレクションが手に入るということで舞い上がっていたデーゲンハルトは、自分が大きな誤りを犯したことに気付いた。

(抜かったわ。俺は支部長だから行くことは決定だが、他の連中は違う。この中から十人を選ばねばならんということが、完全に抜けておったわ……)

そして、ドワーフの中でも一際横幅のあるグスタフが沈黙を破った。

「何人が行けるんだ。誰が行けるんだ」

怒鳴るわけでもなく、ことさら大声を張り上げたわけでもないが、その声は集会室に 残響(エコー) を残しながら響いていく。

デーゲンハルトは「十人だ」と告げるが、その後の問い、誰が行くかについては言葉を発しなかった。彼は椅子にドスンと座ると、腕を組んで目を瞑る。他の鍛冶師たちも与えられている椅子に座り込み、周囲を落ち着きなく見回していた。

十分ほど沈黙が続いた。その沈黙を破ったのは、親方の一人エヴァルトだった。彼は静かに立ち上がり、「黙っておっても仕方なかろう」と言って、デーゲンハルトに仕切るように促す。デーゲンハルトはゆっくりと目を開けると、

「ゴーヴァンもマットも 片手半剣(バスタードソード) の使い手だ。つまり、バスタードソードか両手剣を得意とする者が行くべきだろう」

そこで槍や軽量の片手剣を得意とする鍛冶師たちが立ち上がり、「「儂らは行けんのか!」」と同時に叫んだ後、膝から崩れ落ちる。

デーゲンハルトはそれをあえて無視し、「武具というからには防具も必要だろう。 兜(ヘルメット) 、 胸甲(キュイラス) 、 腕甲(ヴァンプレイス) 、 籠手(ガントレット) と言った具合に 部位(パーツ) ごとに人選すべきだろうな」と言った。

その言葉に防具を得意とする鍛冶師たちの目が光る。

エヴァルトは「それは分かるが、どうやって決めるんじゃ」と具体的な回答を要求した。

デーゲンハルトは「うむ」と唸り、数秒間沈黙した後、「皆で決めるしかなかろう」と言い、

「こいつは自分の名誉の話じゃねぇ。ウェルバーンのドワーフの命運が掛かっているんだ。誰もが納得する奴を決めねば禍根が残る」

その言葉に全員が頷く。だが、それ以上、具体的な話がなく、再び沈黙していく。

グスタフが立ち上がり、「我こそはと思う奴が自分の作った物を皆に見せればよかろう。それを見て決めれば誰もが納得する」と言って座った。

それに対し、ホルガーが疑問を呈した。

「駆け出しの小僧どもなら、それで分かるじゃろうが、儂らくらいになれば、それほどはっきりと白黒付くとは思えん。例えばじゃ、デーゲンハルトとクヌートでは考え方が全く違う。言わずとも知っておるだろうが、デーゲンハルトは頑丈さの中に切れ味を求めるが、クヌートは切れ味の中に強靭さを求めておる。同じように見えて考え方が全く違うのじゃ。ど素人ならともかく、こいつは好みの問題じゃ。それに白黒つけるのは至難の業じゃぞ……」

グスタフを含め、全員がその通りだと頷く。そして、再び振り出しに戻ったことに渋い顔になる。再び沈黙が集会室を包む。

デーゲンハルトが「最低限、付与魔法が使えることが条件だ」と言うと全員が頷くが、「それでも四十人はおるぞ」という声が上がる。

更にリヒャルトから「 片手半剣(バスタード) は二本だ。職人は二人いれば十分だろう」と発言する。それに対し、デーゲンハルトが「ロッドの時のように競作という手もある」と応える。

彼が言っているのはロドリック・ロックハートにミスリル製のバスタードソードを贈ったことを指しており、実際、デーゲンハルトを始め、数人の鍛冶師たちが携わっている。

そこで「競作なら、儂らのような片手剣作りの職人も行けることになるぞ」と先ほど膝から崩れ落ちた鍛冶師が明るい声で叫ぶ。

デーゲンハルトはしまったという顔をし、「元の木阿弥だ」と呟く。そして、 三度(みたび) 議論は振り出しに戻った。

グスタフが立ち上がり、「“予選”を行うしかあるまい」と重々しく言った。ドワーフたちも「それしかあるまい!」と賛同する。

デーゲンハルトも「よかろう!」と言うが、「誰が優劣をつけるのだ」と頭を抱える。

その後、数十分間話し合いが続き、一つの結論に達した。

デーゲンハルトは疲れた表情で「総督しかおるまい」と言った。彼らはゴーヴァン・ロックハートと旧知の間柄であり、更にマサイアス・ロックハートとも親交がある帝国北部総督ヒューバート・ラズウェル辺境伯に判定を依頼することにした。

翌日、デーゲンハルトら主だった鍛冶師たちが辺境伯の居城ウェルバーン城に赴く。辺境伯はドワーフの鍛冶師たちを温かく迎えるが、話を聞いていくうちに困惑の表情を浮かべていく。

「つまり、誰の武具が優秀かを儂に選べということか」

辺境伯はこめかみを押さえながらそういうと、腹心のフェルディナンド・オールダム男爵に「良い知恵はないか」と尋ねた。

オールダムは申し訳なさそうに 頭(かぶり) を振り、「申し訳ございません」と頭を下げた。辺境伯はドワーフたちに、「儂に武人としての才能はない。武具も見た目の美しさくらいは分かるかもしれんが、ロックハートの者たちが命を託すような武具を見極める目は持っておらん」と告げた。

デーゲンハルトは「ならば騎士団長なら」と言うが、辺境伯はそれにも「マンフレッドでも無理であろう。済まぬな」と頭を振る。

デーゲンハルトは辺境伯の執務室を後にするが、その肩はがっくりと落ち、剛毅な支部長の姿はどこにもなかった。

残された辺境伯は「このようなことを解決できるのはザカライアス卿しかおらんじゃろう」と呟いた。オールダムも「まことに」と頷くしかなかった。

デーゲンハルトはギルド支部に戻ると、再び頭を悩ませ始めた。

(十人に絞ることは無理だ……二十人なら何とかなるかもしれんが、それだけの職人が抜ければ、 ウェルバーン(ここ) の仕事に支障が出る……)

結論が出ないまま、数日が過ぎた。突然、ラズウェル辺境伯よりデーゲンハルトに召喚の連絡が入った。

デーゲンハルトがウェルバーン城に向かうと、多くの北部総督府軍の幹部たちとすれ違った。

(こんな時期にどうしたんだ? 大規模な演習でもあるのか?)

彼が通された場所は辺境伯の執務室ではなく、総督府軍の大会議室だった。そこには第一騎士団長マンフレッド・ブレイスフォード男爵を始め、四つある騎士団の団長の他、副官、大隊長ら幹部級の武人たちが数十人集まっていた。

デーゲンハルトは戦が始まると直感した。

(こいつは戦の話だな。だとすれば、ルークスへの報復か。こいつは忙しくなるぞ……)

辺境伯がオールダム男爵を引き連れ、会議室に入ってきた。

辺境伯は開口一番、「陛下よりルークス討伐の下知が下された」と告げる。デーゲンハルトの予想通り、九月に発生した帝国北部域を独立させる陰謀に対し、皇帝が出兵を決めたのだ。

「来年三月一日をもってウェルバーンを出立する。我が北部総督府に命じられた兵力は一万五千。第三軍の指揮下に入る。指揮官はマンフレッド・ブレイスフォード男爵……」

辺境伯の口から概要が伝えられると、ブレイスフォード男爵が代わる。

「今回は第一騎士団、第三騎士団を主力とし、残りは義勇兵と傭兵を当てる……戦闘が始まるのは四月半ばを予定している。よって、早くても六月までは戻って来れぬと考えて欲しい……」

ウェルバーンからルークスとの国境まではおよそ千 km(キメル) 。足の遅い輜重隊を同行させることから、片道一ヶ月以上はかかる。

職業軍人で編成される帝国軍に対し、ルークス聖王国は農民兵が主力である。そのため、ルークスの国力低下を狙い、農繁期である春から秋に掛けて戦端を開くことが多かった。今回は懲罰的な出兵であるため、可能な限り早い時期ということで四月中旬が設定されたと騎士団長は説明する。

騎士団長はデーゲンハルトに向かって軽く頭を下げる。

「準備期間は三ヶ月強しかない。鍛冶師方には申し訳ないが、三月までは無理を言うかも知れぬ」

デーゲンハルトは「構わん。総督閣下と“ロックハート”に喧嘩を売った奴らが相手だ。我々も協力は惜しまん」と大きく頷く。聞いていた騎士たちには“総督閣下”という言葉がつけ足しに聞こえたという。

その後、騎士団からの要望が多数伝えられるが、デーゲンハルトは別のことを考えていた。

(三月からは騎士団の数は三分の一になる。つまり、仕事は一気に減るということだ。ならば、二十人、いや、三十人くらい街からいなくなっても問題はなかろう。これなら話し合いで何とかなる……)

鍛冶師ギルドに所属するドワーフの鍛冶師たちは基本的には従軍しない。従軍するのは軍属である人間の従軍鍛冶師たちで、戦場での武具の手入れ、修理などは従軍鍛冶師たちが行うことになっている。

ウェルバーン周辺は魔物も少なく、治安もいいため、冒険者や傭兵に対する鍛冶師の需要は少ない。つまり、ここウェルバーンの鍛冶師たちの主な顧客は騎士団だ。ウェルバーンに常駐しているのは三個騎士団。そのうち、二個騎士団が出征するということは顧客が三分の一に減ることになる。

翌日、デーゲンハルトは親方たちを招集した。ウェルバーンにある鍛冶師工房は約三十。近隣の町や村にある工房を含めると、その倍、六十ほどの工房があるが、その工房のうち、ドワーフの鍛冶師が率いているのは四十ほどになる。つまり、四十人の親方が集められていたのだ。

デーゲンハルトは「重要な話がある」と言って、真面目な表情で北部総督府からの伝達事項を伝え始めた。

「これから三月までは死ぬほど忙しいぞ! 若い奴らに気合を入れておけ!……」

途中までは真面目な表情だったデーゲンハルトだが、自然と笑みがこぼれ始め、その様子に親方たちは首を傾げながらも真面目に話を聞いていく。

デーゲンハルトが「そして、最も重要なことだ!」と演台をバンと叩く。

「三月以降は仕事がほとんどなくなる! つまりだ! ここを離れても迷惑を掛ける心配がなくなるんだ! ジョニーに確認させるが、十人ってことはないはずだ!」

その言葉に「何と言ったデーゲンハルト!」、「もっと行けるんだな、ラスモア村に!」という歓喜の声が上がり、親方たちのボルテージが上がっていく。

「俺は三十人ほどねじ込むつもりでいる! だが、中途半端な腕の奴は連れていかん! 俺たちの命運が掛かった 大戦(おおいくさ) なんだからな!」

■■■

後日、ラスモア村にいる鍛冶師ギルド職員ジョナサン・ウォーターに業務連絡文書が届いた。

そこには三月二十日頃に、二十五人の鍛冶師がラスモア村に到着すること、それまでにラスモア村の工房の増強を終えておくこと、アルスの本部からミスリルなどの材料を十分に確保しておくことなどが記載されていた。

その文書を読み終えたジョニーはこめかみを押さえ、

(二十人でも無理だったか……それにしてもベルトラム師の工房はほとんど建て直しになるな。十人が同時に作業できるスペースと炉、会議室に宿泊施設……指示にはないが、当然、酒の貯蔵庫は必要だ……今から三ヶ月でできるんだろうか……)

ジョニーは頬を両手でパンと打ちつけ、気合を入れる。

(アルスに工房の専門家の派遣を要請した方がいいな。最高の道具も用意しないと……ベルトラムさんに監督をお願いするとしても、まずはご領主様に報告だな……ザカライアス様がどのような顔をされるのか……気が重い……)

ジョニーは領主マサイアス・ロックハートに鍛冶師ベルトラムの工房の改造の許可を申し出た。その場に先代領主ゴーヴァン、嫡男ロドリックらの姿もあった。当然、ザカライアスもいた。

マサイアスはドワーフの話ということで、「また、とんでもないことではないだろうな」と口にする。ジョニーは「それほどのことでは……」と口篭るが、すぐにデーゲンハルトからの申し出を伝え始めた。

ジョニーの話を聞き終えたマサイアスは安堵した顔で頷く。ザカライアスたちも同じように安堵の表情を浮かべていた。

「村の大工たちは使えんが、アルスから職人が来てくれるなら問題はない。ザックとベルトラムとよく相談しながらやってくれればよい」

ジョニーは「ありがとうございます」と礼を言うが、マサイアスたちの表情につい「もう少し驚かれるかと思ったのですが……」と疑問を口にしてしまった。言ってしまってから、「申し訳ございません」と謝罪するが、マサイアスは気にした様子もなく、「想定の範囲内だ」と笑う。ジョニーが首を傾げると、

「総督閣下から出兵の話と共にここに来る鍛冶師の人選で悩んだという手紙を貰っていたのだ。三十人は来ると思っていたからな。二十五人ならさほど問題はない。ベルトラムの工房の規模が大き過ぎるが、まあ仕方ないだろう」

そして、更に「しかし、父上と私の武具を作るのに一流の鍛冶師が二十五人というのは大仰過ぎるとは思うがな。ハハハ!」と機嫌よく笑った。

ジョニーは納得するが、

(それにしてもロックハート家の方々も随分、鍛冶師方に慣れられたものだな。これがいいことか悪いことかは分からないが)

そして、言い忘れていたことに気付き、「言い忘れていたことがございます」と申し訳なさそうに頭を下げる。マサイアスが機嫌よく「何かな?」と聞くと、

「総本部のジャック・ハーパー氏より連絡がございました。各地の鍛冶師方がこの噂を聞き付けられ、総本部に問い合わせが来ているそうです。恐らくですが、主だった支部から見学を希望される鍛冶師方がいらっしゃるのではないかということでした」

マサイアスの笑みが固まる。

「で、どの程度の数が来ると予想しているのだ?」

ジョニーは小さく頭を下げる。

「各支部の職員たちがどこまで説得できるかですが、 少なくとも(・・・・・) 、ペリクリトル、アウレラ、ドクトゥス、フォルティスの鍛冶師方が視察と称して、十名単位で来られるのではないかというのが、総本部の考えのようです。それ以外でもフォンス支部からも鍛冶師方の様子がおかしいという報告が来ておりますので、もしかしたら、秘密裏に来られる鍛冶師方も多数出るのではと……」

その言葉にマサイアスの表情が強張る。

「ま、待て! 四都市から 少なくとも(・・・・・) 四十名、他にもどれほどの数のドワーフが来るか分からんということか……」

ジョニーは 頭(かぶり) を振り、「アルスの総本部での調整次第ですが、我々の予想では十名を超える人数になることは間違いありません。まだ情報は上がってきていないようですが、帝都支部からも……恐らく九十人、いえ、百人を超えても私は驚かないと思っています」と静かに説明した。

ザカライアスは下を向き、「だから酒樽専用の貯蔵庫と宿泊施設が必要なのか……」と呟く。その横では豪胆なゴーヴァンが顎を外しそうなほど口を大きく開けて驚き、「百人じゃと……このまま、ここが本部になるのでは……」と口走る。すぐにザカライアスが「それ以上は口になさらないで下さい!」と遮り、「口にすると本当になりそうで怖いのです……」と落ち窪んだ目で呟いた。

■■■

ドワーフたちの並々ならぬ意欲により、アルスから数十人にも及ぶ職人たちが投入され、ラスモア村に新しい工房が完成した。

特殊な金属の加工も可能な最新型の炉、精密な加工が施せるアダマンタイト製の工具類、蒸留器用の大型加工設備など、規模は小さいとは言え、帝都プリムスにある帝国の工廠を遥かに超える設備が揃えられている。

この工房は今後、蒸留器の製造を学ぶための研修施設とすることが鍛冶師ギルド総本部の総会で決定している。

このため、工房の横には五十人以上が宿泊できる宿泊棟が作られ、大型の調理場が設置された。更に、ギルドから委託された管理人や料理人たちが常駐することも決まっている。もちろん、“酒樽”専用の大型倉庫が併設されており、ここで研修する鍛冶師がドワーフであることは容易に想像できる。

この工房と宿泊棟を見たマサイアス・ロックハートは諦め顔で「我が屋敷よりも遥かに立派だ。しかし、蒸留器の製造を学ぶためだけに、これほどのものが必要なのだろうか」と呟いたという。

なお、この工房に関し、ザカライアス・ロックハートは何もコメントを残していない。常に彼の傍らにおり、詳細な記録を残すことで有名なシャロン・ジェークスの日記にすら、以下のような記載しかなかった。

『……ザック様は工房が完成するまで、あまりベルトラムさんのところに行かないようにしていました。また、この話題を口にされることもほとんどありませんでした……完成したという知らせを聞いてもあまり乗り気ではなく……中を見ていく途中で何度も聞き取れないほど小声で何かを呟いておられました。私には聞こえませんでしたが、多分、“やはりこうなったか”と呟いておられたのだと思います……』

そして、三月のある日、ラスモア村にいるジョナサン・ウォーターにアルスの鍛冶師ギルド総本部からある通知が届いた。

『……本鍛冶技能評定会については優秀者に対し、“ザックコレクション”を個人的に授与するものとする……また、今後もザックコレクションの鍛冶師ギルド内配分を決めるため、定期的に各支部の技量を確かめる方針である……本件について、ロックハート家への連絡および調整を貴殿に依頼する。鍛冶師ギルド匠合長ウルリッヒ・ドレクスラー』

トリア暦三〇一八年の春、ドワーフたちの祭典「鍛冶技能評定会」が開催されることが正式に決まった。この件に関し、ロックハート家からは正式なコメントは出されていない。ただ、粛々と準備を行ったと記録には残っている。