作品タイトル不明
第十三話「販売戦略」
トリア暦三〇一八年三月十一日。
シーウェル家の重鎮、イグネイシャス・ラドフォード子爵たち一行がラスモア村に来てから二日目。今日は午前中に蒸留責任者スコット・ウィッシュキーの蒸留所を見学し、午後はそれぞれの目的に従って行動する予定となっている。
もちろん、スコットの蒸留所の見学ツアーの 案内人(アテンダント) は、俺以外にはできない。分かってはいるが、午前の訓練が潰れるのが少し悔しい。
それでも日課になっている対空用の塔の建設作業は朝食後に行うことで中断はしない。作業自体はそれほど時間が掛からないためで、蒸留所に向かうまでの時間を利用し、屋敷の北側の建設地で作業を行うのだ。
子爵も気になったのか、「見せてもらってもいいだろうか」と言ってきた。別に隠すこともないので了承し、作業を開始した。
作業といっても建設予定地で魔法を行使するだけだ。特に造り始めて日が浅いため、 土の壁(アースウォール) と 石の生成(ストーンクリエイト) の魔法の呪文を唱えるだけの作業でしかない。
屋敷の北側には既に一辺が五メートルほどの真四角の岩が鎮座している。切り出したような岩に見えるが、一メートルほどの厚みの壁でできており、中は空洞だ。出入口や内部の階段は全体が出来上がってから作っていくため、やや赤茶けた一個の岩に見えるのだ。
「すべての大地を支えし 土の神(リームス) よ。御身の化身、大地の壁を我に与え給え。我は御身に我が命の力を捧げん。 土の壁(アースウォール) 」
土の壁(アースウォール) の呪文を唱えると、ゆっくりと岩が持ち上がっていく。一メートルほど持ち上がったところで、 石の生成(ストーンクリエイト) の呪文を唱え、基礎を固めていく。
「すべての大地を支えし 土の神(リームス) よ。柔らかき御身を硬き岩に変え給え。我は御身に我が命の力を捧げん。 石の生成(ストーンクリエイト) 」
今回のように二つの魔法を交互に使うのには理由がある。以前、恩師ラスペード教授が標的用の石の壁を作った際、アースウォールで土の壁を作ってからストーンクリエイトで石に変えており、その際、教授からこの方が魔力の消費が少ないと教わったことが理由だ。
石の壁を作るという結果から見れば同じなのだが、 石の壁(ストーンウォール) の魔法で作るより、アースウォールとストーンクリエイトを組み合わせた方が半分程度の魔力消費量で済む。教授の説明ではイメージの差という理由だったが、俺はもう少し詳細な理由を考えていた。
俺の魔法のイメージは地下にある土ないし岩を持ち上げるというものだ。このため、土を石化してから持ち上げると土を押し退ける抵抗が大きくなり、それよりも柔らかい土をそのまま押し上げる方がより効率的であると考えたのだ。
但し、このまま押し上げていくと、既に作ってある部分の重量で押し潰されるため、変形を起こしやすい。そのため、すぐに石化する必要があるが、この石化の魔法もコンクリートをイメージすることにより魔力消費量は少なく、大きな負担にはなっていない。
この組合せだが、僅かだが副次的な効果があった。押し上げた土を上部の構造物が押さえつけるため、下に行けば行くほど圧縮され、強度が増していくという効果だ。
この手順で五メートルほど持ち上げると、魔力を八割以上消費する。単純な石の壁なら、倍の体積は作れるのだが、中が空洞と言うだけで消費する魔力が増えてしまうのだ。これも一面ずつ作る方法や大きな岩の塔を造ってから中を空洞にする方法など試してみたのだが、いずれの方法も最終的には手間が増えるだけで明確な利点はなく、今の方法を標準としている。
残った魔力で基礎部分の補強を行い、今日の作業は終了した。この間に掛けた時間は三十分程度。時間的には非常に効率のいい作業だ。
俺の作業を見守っていた子爵たちは口をあんぐりと開けたまま、呆然としていた。
「今日はこれで終わりです。それでは屋敷に戻りましょうか」と言っても動こうとしなかった。もう一度声を掛けると、子爵が「帝国の拡大期の話は真だったのだな」と呟き、「いや、土属性魔術師の有用性を目の当たりにして、そう思ったのだ」と笑う。
子爵の言う通り、帝国の拡大期、すなわち、二千年ほど前の時代には、今より優秀な魔術師が多く存在し、城塞や橋梁、道路の建設などに土属性魔法が利用されていた。帝国の膨張政策が終わると、それに従い、魔術師たちの数も減り、今では大掛りな土木工事に魔法を使うことはほとんどない。
これはティリア魔術学院でも研究されていることだが、帝国で冷遇され始めた魔術師たちが各国に流れたこと、千年前から始まった魔族との戦闘で多くの魔術師を失ったことが原因と言われている。
「私も学院で初めて見たときに同じことを思いました」と伝えると、子爵たちも納得するように頷いていた。
スコットの蒸留所の見学には子爵の随行員の多くが同行していた。特に関係無さそうな護衛の兵士たちまでいることから、話の種にするつもりなのだろうが、受け入れる方が大変だ。
三十人ほどの参加者を三つの班に分け、それぞれ、スコット、ブランドン、カルバートの各蒸留責任者が同行する。俺は子爵の相手をしていたが、子爵を始め、文官たちは興味津々という感じで多くの質問をしていた。
二時間ほどで見学ツアーが終了した。子爵はやや上気した顔で、「今までとは全く違う酒の造り方だということがよく分かった」と興奮気味に語るが、自分たちにできるのか不安を感じたのか、「我がシーウェル侯爵領でも、このような新しい酒造りができるのだろうか。ぜひとも、ロックハート家の方々にはご助力いただきたいのだが」と頭を下げる。
後ろを歩く文官たちも同じように頭を下げるため、俺は慌てて、「もちろん、お手伝いはさせて頂きます」と言うしかなかった。
俺の言葉に子爵たちの顔が綻ぶが、特別扱いするつもりはないので、「協力はさせていただきますが、特別扱いは致しません」と釘を刺しておく。
子爵は僅かに目を見開いた後、「ハハハ!」と大きく笑うと、「いや、失礼した」と頭を下げる。
「もちろん、酒の質を落とすようなことは頼まぬよ。卿を敵に回すことになるからな。そうなれば、全世界のドワーフが敵に回るのだ。そんな恐ろしいことはできんよ」
俺は子爵の軽口には乗らず、真面目な表情でこう答えた。
「ドワーフたちが敵に回るかはともかく、彼らに対する責任があります。我々は彼らを満足させる酒を造り続けると約束しておりますので」
子爵も真面目な表情になり、「私も卿ほどではないが、酒好きを自認している。その考えにはまったく異論はない」と答えた。
午後は文官であるレドリー・サザーランドとバーナード・ダルントンからワインの熟成法やブランデーの販売戦略などの聞き取りで捕まり、結局、午後の訓練も参加できなかった。武官代表のオズワルド・タワーディンは訓練に参加したが、結局ほとんど訓練にならなかったらしい。最初の素振りだけで力尽き、模擬戦に入ってからは従士頭のウォルト・ヴァッセルの一撃で気絶したためだ。
(ワインの熟成方法を聞きたいのは分かるんだが、ブランデーの販売戦略まで俺に聞くことはないだろう。それにしても、いくらウォルトの突きが重いとはいえ、一発で気絶するとは……ウォルトのことだから、一応手加減しているはずだが……シーウェル家は武門ではないとはいえ、これで大丈夫なんだろうか……)
その日の夜の宴会では 収納魔法(インベントリ) で一日、経過時間で言えば三年弱寝かせた赤ワインを出した。まろやかさが増し、更に品質の良い赤ワインになっており、子爵たちも目を見開いて驚いていた。
俺の印象だが、“まだ若い感じはあるが、高品質なイタリアかスペイン辺りの果実味の多いワイン”という感じで、翌日の五年寝かせた状態のものが楽しみという程度だ。
ベアトリスやリディも気に入ったようで、ベアトリスからは「毎日飲むから、最高の状態にしておいてくれ」と拝まれてしまった。元々彼女の物だが、一日に三本は飲むと言われた時には「ボトルが足りないよ」と苦笑してしまったほどだ。
そして、翌日、子爵たちが宿泊する最終日には五年物に当たるワインを出した。テイスティングした時に作った俺自身も驚いた。これほど美味くなっているとは思わなかったからだ。
上質なカベルネ・ソーヴィニオンのような深い香りと味わいに加え、マルベックのような葡萄本来の果実香が加わり、牛肉の赤ワイン煮――もちろん、シーウェルワインで煮込んだもの――に合わせた時、思わず「絶妙のマリアージュだ」と呟いてしまったほどだ。
子爵から一ケース分ほど分けて欲しいと懇願され、注意事項――日射や温度の管理など――を伝えた上で三十本渡している。侯爵への土産にしたいそうだが、持ってきたワインを手土産に持ち帰るというのはどうなのだろうと首を傾げてしまった。
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レドリー・サザーランドは主君であるシーウェル侯爵への報告書を作成していた。
『……ザカライアス・ロックハート卿により提案された赤ワインの品質向上法は画期的な方法であった。ガラス製の容器に密閉度の高い木製の栓を施すことで外気を遮断した上で、地下室などの気温が上昇せず、一年を通して一定である場所に保管するだけである。本案を採用した場合の初期投資として地下式貯蔵庫の建設があるが、これについてもザカライアス卿より助言を受けている。彼の助言は城の地下を利用するというもので、“シーウェル城にある地下牢を流用できるのではないか”という助言だった。この点について、提案理由をザカライアス卿に確認したところ、“戦時を想定して地下牢が設置されているが、シーウェル侯爵領の地理的条件から使用することは考えられず、遊休施設の活用の観点からも効果的である”と述べた……』
更に貯蔵庫以外の設備や経費についても記載していた。
『……地下貯蔵庫の初期投資額は小さいものの、経費については削減が難しい。特にガラス製のボトルを使用する場合、帝都もしくはジルソールのガラス工房と契約する必要があり、輸送中の破損率を考慮すると、一本当たり一クローナ程度の費用が必要になる。これについてもザカライアス卿より助言を受けている。それは領内にガラス工房を立ち上げるというものであった。小職より“帝都の工房と競合するため、妨害が予想される”と懸念を示すと、彼は“ワイン用のボトルのみを生産するものであり、腕が未熟な若手を多く雇い入れることで競合の危険が小さいと思わせればよい”と述べた。小職は納得できず、更に“それでも潜在的な競合相手と見られるのではないか”と疑問を呈すると、“工房の規模を大きくしたとしても、ボトルの生産量に追いつくまでには数十年オーダーの時間がかかる。更に安定的な生産が始まるまでは帝都から買い入れることで、帝都側の抵抗感を無くすことができる”と述べた。彼の予想では年間のボトル生産量は当面数千本オーダーで、将来的には数十万本オーダーとなると考えられるため、帝都の工房と競合することはありえないとのことであった……』
更に事業戦略についても述べていく。
『ザカライアス卿は、“シーウェル侯爵領産赤ワインの最大の利点は強いブランド力である”と述べた。確かにシーウェル侯爵領の赤ワインは帝国で最も高い評価を得ているが、比較的品質の低い物も少なからず存在する。このことについて問うと、ザカライアス卿は“シーウェル家のワインは最高級のものでなくとも熟成により、それ以上の品質に変わる 潜在力(ポテンシャル) を持っている”と述べた。そして、現状で中級品として販売しているワインを最高級品と同等の価値にまで引き上げることができるならば、利益率は格段に上がるため、ボトルの製造コストを除いても十分な収益が上がると断言した……』
サザーランドは報告書を完成させると、大きく伸びをした。そして、手元にある報告書を見ながら、ザカライアス・ロックハートのことを思い出していた。
(不思議な少年だった。魔法の腕もさることながら、知識の豊富さは天才という言葉では言い表せないほどだ。美食家である子爵閣下を唸らせ、更にワインの生産についても現在の常識を覆す考えを持っている。そして、一番不思議なことはそのことを一切隠蔽することなく、我々に教えてくれたことだ……)
そこで彼は笑みを浮かべた。
(その理由が傑作だった。『私が飲みたいのですよ。最高のシーウェルワインを』と言った時の顔が忘れられない。本当に飲みたそうな顔だった……『私には時間がありませんが、もし、できることなら自分で作ってみたいと思っています』と言った時の顔が少し寂しげに見えたことが意外だった……しかし、侯爵閣下もよい人物と誼を結んだものだ。最初は最高級ワインを五樽と聞いて憤慨したものだが、今ではそれでも安いと思える。ダルントンも同じことを言っていたから、“ブランデー”の生産でも良い知恵を授けてもらったのだろう……)
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後にシーウェル侯爵家はカエルム帝国で最も裕福な貴族と呼ばれることになる。
それは一本百クローナ(約十万円)という高級ワインの販売と、ハイランド――カウム王国の王都アルスからラスモア村までのスコッチの名産地を指す――のスコッチに比べ、比較的安価な蒸留酒、“シーウェルブランデー”の販売により、帝都の鍛冶師たちとの安定的な取引が行われるようになったためだ。
更にシーウェルブランデーは熟成をさせずにフルーツの香りを付けたものや、甘みを足したものまで作られ、ドワーフ以外の顧客も開拓していた。
ザカライアス・ロックハート卿が陰で助言をしていたとの証言があるが、彼がそのことを明確に認めたという事実はない。
但し、このような発言が残されている。
『シーウェルのワインはベアトリスのお気に入りだからね。何としてでもうまく作ってもらわないとね』
この発言はシャロン・ジェークスの日記に記されており、信憑性は高いと言われている。