軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十二話「ワインと料理」

トリア暦三〇一八年三月十日の夕方。

シーウェル家の重鎮、イグネイシャス・ラドフォード子爵たちを歓待する宴が行われている。ロックハート屋敷の 大広間(・・・) はその名とは異なり、それほど大きくない。だいたい八メートル×八メートルくらいの大きさで、テーブルを置くと十五、六人で一杯になる。今日はロックハート家側が祖父、両親、兄夫妻、俺とベアトリスの七人、子爵側が子爵と二人の文官、四人の騎士の七名の計十四名だが、大柄な者が多く、少し窮屈な感じだ。

給仕として兄嫁の侍女アンジーとエレナに加え、従士ガイ・ジェークスの妻クレアとニコラス・ガーランドの娘ジーンが控えている。メイド長のモリーは娘のトリシアらと共に、調理場で調理に専念するようだ。

今日の主役と言ってもいいベアトリスだが、普段のような男装ではなく、ドレスを身に纏っている。何でも母ターニャの手作りだそうで、夜会用の華美なものではないが、レモン色でシンプルなデザインの女性らしいものだった。

ウェルバーンでもそうだったが、母はベアトリスを着飾らせようと自ら服を作っている。元々仕立屋の娘ということもあり、裁縫は得意なのだが、以前、理由を尋ねたことがあった。

「ベアトリスさんは似合わないと思っているみたいだけど、そんなことはないわ。だから、それを知ってもらおうと思ってね」

母の言う通り、ベアトリスは自分の容姿、特に大柄な体つきと少しきつめの顔つきにコンプレックスを抱いている。この村に来てからはそれほどでもないが、以前は子供に怖がられると本気で思っていたほどだ。森に入る時や訓練の時のような厳しい表情をしていなければ、小さな子供に怖がられることはなく、実際、末の妹のソフィアはすぐにベアトリスに懐いている。

「それにね。リディアさんはともかく、ベアトリスさんまで男装しかしないと、セラやソフィアの教育に良くないのよ。それにメルもいるし……」

五歳年下の妹セラフィーヌと八歳年下の妹ソフィアは、兄や俺に憧れ、一流の剣術士を目指しているが、近くにメルという手本がいるため、セラもソフィアも冒険者スタイル――革の上下にブーツ――という格好をしたがる。母はこれを気にしているのだ。

そうは言っても、メルの場合、森に行く時や訓練の時の印象が強いが、俺といる時は村娘のような服――ドイツの民族衣装のようなチュニックとロングスカート――を着ていることが多いため、常に男装しているわけではない。

男装していることが多いリディだが、どんな服装をしても、ちょっとした仕草から女性らしさが滲み出るため、母もあまり気にしていないらしい。

こうなると、最も教育に悪いと考えられてしまうのが、ベアトリスとなる。彼女の場合、普段のしゃべり方や仕草が男っぽいため、母は特に気にしているらしい。

「だから、少しずつでもいいから、女性らしい服装をしてもらおうと思っているの。それにあなたもその方がいいんでしょ」

そう言って少女のように小首を傾げて笑う。三十六歳になる母だが、未だ若々しく、違和感はないが、面と向かって言われると「確かにそうですけど……」と照れが出てしまう。

その母も領主の奥方らしく、普段は滅多に着ないAラインのドレスに袖を通しており、隣にいる兄嫁ロザリーとともににこやかに談笑している。以前なら子爵家の当主を相手にこれほど自然体でいられなかったのだが、ウェルバーンで侯爵や辺境伯などを相手にした経験から、傍目に見ると仕立屋の娘とは思えないほどだ。

辺境伯の娘であるロザリーはもちろん、母ですら堂々としているのだが、ベアトリスだけは未だに慣れていないようで、そわそわと落ち着きが無い。後で聞いたら、こんなことを言っていた。

「総督閣下とは鍛冶師たちと一緒に飲んだからいいんだがね。やっぱり、貴族と一緒に食事をするのは何だか緊張するよ。田舎もんだからね」

ベアトリスの生まれ故郷はカエルム帝国の北東部にある王虎族の村で、年に一回徴税官が来るくらいで貴族階級の者と会う機会はなかった。

冒険者になってからは自由な気質の都市国家連合の都市ドクトゥスで活動しており、貴族階級との接点はなかった。俺と出会ってからはロックハート家との付き合いがあるが、元々平民のロックハート家は貴族階級というほど格式は高くない。

普段は豪快に見える彼女だが、酒が入ってもドワーフほど身分に関係なく接することはない。但し、一度打ち解けてしまえば、小国の王に匹敵する権力者である帝国北部総督でも、一国の支配者の首をすげ替えるほどの力を持つ鍛冶師ギルドの匠合長でも問題はないのだが、相手側が積極的に近づいてこないと中々打ち解けられないのだ。

緊張気味のベアトリスだったが、食事が始まると一気に緊張が解けていった。

「このワインはうまいね。ウェルバーンで飲んだ時もうまいと思ったが、今日の方が香りがいい。ザック、何かしたのかい?」

シーウェル家のワインを手にしながら、そんなことを聞いてきた。

俺たちの前にいるラドフォード子爵も頷きながら、

「確かにシーウェル領のワインなのだが、いつもより香りがよい。味も洗練されている気がするが?」

大振りのワイングラスを掲げながら、僅かに俺の方に視線を送ってきた。

「まず、グラスを香りが立ちやすい大きなものにしました。これだけでも感じが随分変わるはずです」

子爵は俺の説明に頷くが、「それだけとは思えんのだが」と窺うような視線を送ってきた。さすがに侯爵家の名代になるだけの人物だと感心しながら、

「少しだけ魔法を使いました。御家のワインは素晴らしいものですが、長距離を輸送したためか、僅かに雑味を感じました。その雑味を取ってみたのです」

俺の言葉に子爵を始めシーウェル家の面々がもう一度ワインを口にする。

文官代表のレドリー・サザーランドが「言われてみれば、確かに……」と頷く。

「グラスを灯りの魔道具にすかしてみてください。澄んだルビー色に見えるはずです」

その言葉で子爵たちだけでなく、ロックハート家側の面々も一斉にグラスを持ち上げた。

「確かに美しい色じゃな」と祖父ゴーヴァンが頷くと、父マサイアスも「村のワインとは随分違うが、ザック、説明してくれんか」と話を振ってきた。場を盛り上げるためか、父にしてはいつも以上に酒の話に食いついてきている。

「シーウェル侯爵領のワインは非常に良い葡萄で作られています。恐らく葡萄の品種も違うのでしょうが、温暖な気候と良い土に恵まれているのでしょう……」

そう言うとバーナード・ダルントンという文官が「シーウェルに来られたことがあるのかな」と話に加わってきた。俺は 頭(かぶり) を振り、

「これだけ濃厚な赤ワインはこの辺りではできません。ここより温暖なペリクリトル近郊でも、もう少し軽い感じのものになります。私の知識では赤ワインは南に行くほど、濃厚で芳醇な物ができます。これは温暖な気候が影響していると考えます……」

一般的な知識に過ぎないが、赤ワインは白ワインに比べ、高緯度地域での生産に向いていない。分かり易い例はドイツだろう。

ドイツでは赤ワインも生産しているが、圧倒的に白ワインが多い。ラインガウやモーゼルなど品質の良い白ワインの産地はすぐに思い浮かぶが、赤ワインはフランス国境に近い辺りで作っているらしいと知っているくらいで、飲んだことがあるのはフランケンくらいだ。

フランケンの赤も白に比べれば、印象に残るほどのものではなかった。もちろん、俺が出会っていないだけで良い赤ワインもあるのかもしれないが、一般的には低緯度の方が赤ワインには適していると思う。

そう考えると、シーウェル侯爵領のあるカエルム帝国南部は絶好の立地なのだろう。地理に関する文献を見る限り、帝都プリムス周辺は温暖な気候の土地らしく、特産品は柑橘やオリーブなどであり、地中海、特にイタリアに近いイメージがある。

「……それだけではこの味にはなりません。色が濃いのは葡萄と作り手が良い証ですが、濁りがないのはそれを取り除いたからです」

サザーランドが「シーウェルでも濾過は行っているが」と言ってきたので、「もちろん、分かっております」と答えてから、

「濾過をしてもどうしても限界はあります。それに長距離の輸送で澱が回っていたのです。それを魔法で落ち着かせたものが、お手元のワインになります。更にこの方法で旨みも増すと考えております」

子爵は「魔法で……」と言って言葉を失い、サザーランドが代わりに「どのような魔法なのだろうか」と尋ねてきた。

俺は小さく首を左右に振り、「詳細は秘儀に属するため、お教えできませんが、四属性、それも反属性同士の複合魔法を使っています。今のところ、この魔法が使えるのは世界でも私だけのはずですので、あまり参考にはならないかと」と答える。

子爵が「さすがは全属性持ちだな」と呟く。

「ですが、魔法を使わない方法も考えてあります。これは時間こそ掛かりますが、とても簡単な方法です」

サザーランドが「どのような方法なのだろうか。ぜひともご教授いただきたい」と食いついてきた。

俺は言い方を間違えたと苦笑しながら、「本当に簡単な方法なのですよ」といい、「低温に保たれた場所でゆっくりと静かに保管するのです。そうすることで澱が溜まり、ワインは美しい澄んだ色になります」と付け加える。

「それだけでいいのだろうか?」とサザーランドが疑問を口にした。

「静かに寝かせることで熟成が進み、酸味や渋味などがまろやかになり、ワイン本来の持つ芳醇な香りが前面に出てくるのです」

そして、後ろに控えていたジーンから空いたボトルを受け取り、ボトルの底を見せながら、「このように大きく窪みを作り、溜まった澱が舞い上がらないようにします。そうすることで、注ぐ時にワインと澱をうまく分離させることができるのです」と説明する。

子爵たちは空いたボトルを眺めるが、「これでうまくなるのだろうか」と懐疑的だった。

熟成で全てのワインがうまくなることはないが、このフルボディのワインならうまくなる自信がある。

訝しげな子爵たちに「明日、そして、明後日のワインの味で、それを再現してみましょう」と言って、この話題を締めた。

その後、 発泡(スパークリング) ワインやラスモア村の白ワインなどを交えながら、食事を進めていく。三月という時期であり、野生の鳥や獣の旬は過ぎているが、 収納魔法(インベントリ) に保管してあった 槍鹿(スピアディア) という鹿の魔物の肉や軽く燻製したイワナやマスを使った料理が出されていく。

(鹿は旬の時期じゃないんだよな。まあ、魔物はそれほど時期に関係ないんだが、やはり季節感が欲しい……この時期だと 乳飲み子羊(アニョードレ) の季節だが、この辺りは子羊を食べる文化がないからな……シーウェルの赤ワインならアニョードレがうまそうなんだがな……)

ここラスモア村近郊では、基本的には羊は毛を取る家畜という認識であり、食用にするのは間引く場合くらいだ。そのため、 乳飲み子羊(アニョードレ) はおろか 子羊(ラム) すらほとんどない。

食事が進むにつれ、ベアトリスの緊張も解れてきたようで、子爵たちとも会話が弾んでいた。特に子爵の護衛の騎士たちとは武具の話で盛り上がっている。

子爵の護衛の責任者はオズワルド・タワーディンという騎士で、年の頃は三十代前半、身長百九十センチほどで鍛え上げられた肉体を持つ偉丈夫だ。さすがにシーウェル侯爵が選んだだけあり、男爵家の三男だが偉ぶった感じはなく、平民であるベアトリスに対しても横柄な感じは全くなかった。

「アルスで聞いたのだが、神槍をお持ちとのことだが」

タワーディンも槍術士のようで、名人オイゲン・ハウザーの槍に興味があるようだ。

ベアトリスも槍の話は楽しげで、「オイゲン殿の神槍はまさに神器。明日にでもお見せしましょう」と答えていた。

デザートを食べ終え、歓迎の宴がお開きになる。

「今宵はよき宴を開いていただき、感謝いたしますぞ、マサイアス殿」と子爵はご機嫌な様子で部屋に戻っていった。

■■■

イグネイシャス・ラドフォード子爵は与えられた客室に入ると、すぐにレドリー・サザーランド、バーナード・ダルントン、オズワルド・タワーディンの三人と話を始めた。

「レドリーはザカライアス卿からワインの品質向上策を確認してくれ。これは最重要事項だ。僅か数時間であれほどの味になった。明日にならねば分からぬが、ザカライアス卿が酒に関して偽りを申すことはあるまい。ならば、我がシーウェル侯爵領のワインの価値を今以上に上げる秘策となる」

サザーランドは「了解しました」と頷くが、「私にはそれほど感じなかったのですが……それほど味が良くなっていたのでしょうか」と僅かに首を傾げる。

「間違いなく、ワンランク上の味になっていたよ」と子爵が言うと、「イグネイシャス様がそうおっしゃるなら間違いないのでしょう。侯爵家一の美食家でございますからな」と笑う。

子爵は「私など足元にも及ばんよ。ザカライアス卿にはな」と苦笑する。三人が首を傾げると、その理由を説明し始めた。

「ここは帝都ではなく、辺境なのだよ。その辺境であれほどの食材と酒を出す。どれほどの拘りがあるのか……」

子爵がそう言うと、タワーディンが「確かにうまい料理でしたが」と首を傾げる。

子爵は小さく首を横に振り、「素材は香辛料や調味料以外、地の物だろう。だが、あの酒への合わせ方が尋常ではないのだ」と強く主張する。更に「料理が出た順序と酒を思い出してみよ」と言い、

「あの神酒というべき 発泡(スパークリング) ワインにワカサギのフリット。ワカサギの仄かな苦味を風味に変える絶妙なバランスなのだ。次に出てきたのはライトな白ワインとバターを利かせて焼いたニジマスの燻製。恐らく桜の木で燻した物だろうが、ギリギリの燻し加減があの軽いワインを生かしていたのだ……」

子爵の料理話は更に続いていく。

「そして、最も感じ入ったのが、シーウェル侯爵家の至宝とも言うべきワインに合わせた料理だ。じっくりとローストした鹿肉には風味豊かな森の果実がソースに使われていた。いや、それだけではないはずだ。他にも私の知らない素材が使われているはずだ。残念ながら、私にも分からなかったが……それがワインの華やかさを更に際立たせていたのだ。ザカライアス卿は半年前に一度だけ飲んだに過ぎん。この辺境で限られた素材を使ってあれほどの料理を供する。末恐ろしいとはこのことだ……」

自分の世界に入り込んでいる子爵に対し、ダルントンが「それは料理人の腕の問題ではないのでしょうか」と疑問を呈した。

子爵は「違う!」と強く否定し、

「確かに料理人の腕は悪くはない。しかしだ。言い方は悪いが、技法は家庭料理の域を出ておらんのだ。恐らく今日の料理はロックハート家に仕える侍女たちの手によるものだろう……一品や二品なら偶然ということもありえる。だが、全ての料理が完璧に酒と調和していたのだ。お館様から聞いた話ではウェルバーンでの祝宴でもザカライアス卿が提案した料理が出されていたそうだ。それを考えれば、彼以外には考えられん……」

そして、ダルントンに対し、

「“ブランデー”の製造に関してスコットから詳細を聞き出しておいてくれ」と指示を出すが、すぐに「いや、ザカライアス卿の方がよいかもしれん。作り方はともかく、どのようにすれば、最も成功するか、その秘訣を聞き出してくれ」と指示を加えた。

ダルントンが「まだ、十五歳の少年ですが」と言うと、「あれほどの知識を持っておるなら、年齢など関係ない。販売方法を、いや、販売戦略を必ず聞きだしてくれ」と命じる。

更にタワーディンには「オズワルドは明日の夜、この村にいるドワーフの鍛冶師と飲んできてくれ。お前ならドワーフと飲み明かしても何とかなるだろう」と命じると、タワーディンは「ドワーフとですか。身体がもちませんよ」と零す。

子爵はその言葉を無視して、「ドワーフとの関係を強化するための情報を何でも良いから集めるのだ」と命じ、更に「余裕があれば、有名なロックハート家の訓練に参加してくれ。そこで従士たちからも情報を仕入れるのだ」と命じた。

タワーディンは真っ青な顔で「それだけはご容赦を。北部総督府軍の騎士団長ですら手加減されなかったと聞いております」と頭を下げる。だが、子爵は「死にはせん。ザカライアス卿ともう一人の治癒師がいる限り、死者が出たことはないそうだ」と取り付く島がなかった。

タワーディンはがっくりと肩を落としていた。

そして、二人の同僚たちは彼の肩に手を置き、慰めた。