作品タイトル不明
第四話「帰還と対策」
トリア暦三〇一七年十月十七日の朝。
俺たちは今日、故郷ラスモア村に向けて、ソーンブローを発つ。
ペリクリトルから派遣された冒険者たちが行っているティセク村周辺の調査結果は気になるが、それを待つより少しでも早く、安全なラスモア村に帰った方がいいとの判断だ。
もちろん、冒険者ギルドや商業ギルドを通じて調査結果は確認する予定で、その旨は伝えてあり、キルナレック支部に情報が届くことになっている。
冒険者ギルドも相当おかしな結果が出ない限り、調査結果は公表するつもりでいるが、今回の件は不可解なことが多いため、個人的に依頼したのだ。ギルドも今回の当事者でもあるロックハート家に対しては、きちんと報告すると快諾してくれた。
ティセク村唯一の生き残りルナだが、心を閉ざしたまま、何もしゃべらなくなっている。家族や友人を全て失い、自らも死を覚悟するほどの衝撃を受けたことが原因だが、今は打つ手がなく途方に暮れている。
(恐らく 心的外傷後(PT) ストレス障害(SD) なんだろうが、どうしたらいいんだろうな……)
俺に精神科関係の知識はなく、時間が解決してくれるのかすら分からない。俺に思いつくのは、平和なラスモア村でリハビリをする方がいいだろうという程度だ。
ルナについてだが、気になっている点がある。
今回の再調査で出てきた“月魔族”という種族との関係も気になるが、今は情報を集めるだけしかないと思っている。それ以上に気になっているのは、以前聞いた神の啓示だ。啓示では“俺と同じ世界から呼んだ”と聞かされており、その点が非常に気になっている。
元の世界と同じということは、地球から来たことは間違いないのだろうが、どの国から来たのか、それを言ったら、どの時代から来たのかも定かではない。今のところ、生まれた国や時代で何か変わるものではないが、今後、彼女との関係を考えると知っておくべき情報だ。
しかし、今の彼女は完全に心を閉ざしている状況であり、話を聞くことすらできない。
話は変わるが、ティセク村で育ったルナは恐らく馬に乗ったことがない。俺たちだけなら二日もあればラスモア村に戻れるが、馬に乗り慣れていない彼女のことを考え、三日掛けて村に戻るつもりでいる。
但し、ダンには俺が書いた手紙を持って先行してもらい、父や祖父に神に遣わされた者、ルナを見つけたことを報告してもらう。
危険なカルシュ峠――ソーンブローの南にある峠、盗賊や魔物が多く出没する難所――を単騎で行かせることになるが、今回の騒動でカルシュ峠付近の魔物が減っていることと、ダンの技量なら無事に通過できると判断した。ベテランのベアトリスやリディも大丈夫だろうと太鼓判を押している。
午前八時、既にダンは朝早く出発しており、俺たちは商隊と共にアルス街道を南下する。足止めを食らっていた商隊は既に一昨日に出発しており、それほど多くはないが、それでも物流が止まっていた関係でいつもより多くの荷馬車が門から出て行く。
馬の負担を考え、ルナはシャロンの馬に乗せることにした。シャロンの馬術スキルは十五とそれほど高くないが、一般的な操作は十分できるレベルであり、戦闘や馬を疾走させるようなことがない限り問題は無いだろう。
秋の青空のもと、ガラガラという荷馬車と共に馬を進めていく。三時間ほどでカルシュ峠に差し掛かるが、特に危険な兆候もなく、峠を上っていく。
途中、頂上手前の休憩所になっている広場で昼食をとるが、眼下にはソーンブローの町とそこから東に広がる森が見えていた。ルナはぼんやりと自分の故郷があった辺りの森を眺めていた。
(こんな悲惨な旅立ちもないな。故郷と家族をすべて一度に失ったんだ……何を考えているんだろうな……)
何度か声を掛けているが、相変わらず反応はない。俺たちの中でメルにだけは反応らしきものを示すが、歳が近いシャロンにすらほとんど反応を示さない。
メルにはできるだけルナに声を掛けてほしいと頼んであり、食事などの世話も彼女がほとんど行っている。メルは俺からの頼みということもあるのだろうが、元々子供の世話は好きだそうで、喜んでやってくれている。
峠の頂上に着いたが、懸念していた魔物や盗賊の姿はなかった。
(闇の精霊が大人しくいうことを聞いてくれている。これなら普通に行動しても問題はないな)
ルナを見ながらそんなことを考えていた。
今回は商隊と離れずに行くつもりであるため、ゆっくりとした速度で峠を下っていった。
カルシュ峠の南にあるボウデン村で一泊し、翌日からは比較的安全なキルナレック近郊ということで、俺たちだけで街道を進むことにしていた。
オークの群れを殲滅したという情報がアルス街道を駆け巡ったためか、街道の通行量は普段以上に多い。前方から来る荷馬車を避けながら馬を進めていく。
キルナレックに到着すると、ダンが北門のところで待っていた。
「お館様、先代様に報告しました」
「ご苦労様」と労い、「父上たちから何か指示はあったか?」と尋ねる。
ダンは「一つだけありました」と頷く。
「村に入る時に目立たない方がよいのではないかとおっしゃられました。荷馬車を用意しましたので、ルナさんにはそれで村に入ってもらおうと考えています」
「目立たない方がいいか……確かにそうだが、俺たちだけなら目立たないんじゃないか?」
ダンは「いいえ」と 頭(かぶり) を振り、
「村はオークの話で持ちきりでした。特に危険を顧みずオークを追ったザック様のことを皆、気にしておりましたから。ザック様が到着されれば村の者たちは総出で出迎えるはずです」
「確かにオークたちを追ったが、村のみんなが出迎えることにはならないんじゃないか?」
俺が疑問を口にすると、ダンは笑みを浮かべて理由を説明する。
「一昨日、キルナレックに到着した商人がソーンブローでの話を広めたみたいです。数百匹のオークを相手に僅か数人で立ち向かい、魔法を使って全滅させたと。それにノートン商会の方たちが村に着きましたからね。黒池亭ではその話で持ちきりですよ。村のみんなはザック様が他の町や村が襲われないために、オークを倒しにいったと思っていますよ」
詳しく聞いてみると、オークの群れを殲滅した翌日の十月十五日、ソーンブローに留まっていた商隊が南に向けて出発した。
そして、一昨日の十七日に商隊がキルナレックに到着した。
そこで商人たちはソーンブローで護衛の傭兵たちを使って俺たちを助けたという話をしたらしい。その際に俺がオークの群れと死闘を繰り広げ、英雄的な働きをして倒したという話になったようだ。
彼らにしてみれば、命からがら逃げてきた俺を助けたという話より、死闘の末、絶体絶命になった英雄を助けたという話にした方が受けがいい。確かに表面上の話をつなげれば、ティセク村から一人の幼い少女を救出し、更には魔法と策略をもって 数(・) 百匹のオークを倒したように見えなくもない。
それに加えて、ペリクリトルにスコッチを運んでいるノートン商会がソーンブローに偶然いたことも話が大きくなった要因のようだ。
昔はキルナレック渡しという条件で取引していたが、今ではラスモア村まで取りに来ており、村の社交場でもある宿屋兼酒場の黒池亭に泊まっている。彼らにしてみれば、俺の話をすれば酒場での受けはいいから、酒を飲んだ勢いも加わって尾鰭がついたのだろう。
そのため、村人たちは俺が村の危機を救うためにオークの群れを追ってカウム王国から舞い戻り、更には他の町や村を救うため、ラスモア村から遠ざかっていくにかかわらず、オークを追っていったと思っているらしい。
(過大評価もいいところだが、確かにルナの存在は目立たない方がいい。ソーンブローで協力してくれた商人たちが話を広めるのはいいが、ルナのことをあまり広められると困るな。口止めするには遅すぎるが、俺の話がメインになるだろうから、時間が経てば話題にならなくなるだろう……)
ダンの言う通り、キルナレックの街でも俺がいることが分かると、町長、守備隊の隊長、各ギルドの支部長など、この街の名士たちがひっきりなしにやってきた。
宿の食堂でも不躾な視線ではないが、多くの視線を感じていたし、商人たちは大げさに触れ回っているようだ。
翌日は俺とリディ、ベアトリス、メルの四人が先に村に入り、一時間ほどずらしてルナを乗せた荷馬車が到着するようにする。ダンが御者をし、シャロンがルナの世話をするという分担だ。今はまだ到着していないが、従士であるバイロン、イーノス、シムの三人も護衛に回る予定だ。
本当はメルもルナの荷馬車の方に回すつもりだったが、三人しかいないと不審がられる可能性がある。シャロンなら何かの用事があって兄のダンと共にキルナレックに留まったと思われても違和感は少ないが、いつも俺にべったりのメルがいないのは目立つと思ったのだ。
安全な西の森であり、バイロンら三人にダンとシャロンが加われば危険はないが、それでも妖魔族が出てくるのではないかという不安はあった。だが、心を閉ざしているルナに村人たちの熱烈な歓迎は心の傷を抉ることになりかねない。
十九日の朝、二十五キロメートル先のラスモア村に向けて出発する。ダンが村を出るときに俺が今日の昼頃到着する予定を伝えているから、昼前くらいに到着すればちょうどいいだろう。
相変わらずルナは無表情なままで、濃い鳶色の瞳には何の感情も映し出されていない。
ルナをダンとシャロンに任せ、俺たちは馬に乗り宿を出発する。南門までの間に街の人々から声を掛けられ、それに手を振って応えていく。
街道に出たところでようやく一息つくことができた。メルが「凄かったですね」と笑いながら話し掛けてくる。俺は「確かにな。想像以上だったよ」と苦笑いを浮かべるしかなかった。
(商人たちはアルスでどんな話をするんだろう。嫌な予感しかしない……助けてもらった恩はあるが、釘を刺しておけばよかったかもしれないな……)
そんなことを考えながら馬を進めていくと、ラスモア村に向かう分かれ道に到着した。
(何にせよ、神の言っていた運命の子に出会ってしまった。これから先は神々の敵との戦いになるはずだ。この村に災いが降りかからないようにしなければ……)
決意を新たに村に向かっていく。
僅か五キロメートルほどの道のりであり、一時間ほどで村の入口であるフィン川に掛かる橋に辿りついた。
十日ほど前に村に戻ってきた時は自警団が厳重な警戒をしていたが、ソーンブローを発した早馬――キルナレック経由でラスモア村にも情報が届いている――と、昨日ダンからもたらされた情報などによって、普段通りの平和な農村に戻っていた。
西ヶ丘の南を通り村の中心部に向かう頃には、俺の到着は村中に伝えられていた。道の両脇では主婦たちが手を振り、丘の上では農作業をしていた男たちが大きく両腕を振っている。村の中心部に入ると祭の時のように人で溢れ、口々に俺を称えてくれる。
気恥ずかしさを感じるが、それに手を振ることで応え、館ヶ丘に向かっていった。
北ヶ丘に差し掛かる頃にはようやく人の数も減り、リディたちと会話する余裕ができる。
「それにしても想像以上だったわね」
リディの独り言ともつかない言葉に俺は大きく頷いていた。
「ダンから聞いていなければ、何があったのかと思ったところだ。ルナを別にしたのは正解だったな。あの人の波に揉まれたら下手をすればパニックになったかもしれない」
メルが大きく頷く。ベアトリスも「親を失っているんだ。あんな幸せそうな連中を見せたらかわいそうだ」と頷いている。
館ヶ丘に入ると、ここだけは普段通りで、ようやく落ち着くことができた。
ちょうど正午というタイミングであり、自警団の訓練が休憩に入っており、へとへとに疲れている自警団員たちが肩で息をしながら手を振ってくれている程度で済んだからだ。
丘を登りきると父を始め、家族が出迎えてくれる。
「無事で何よりだ。報告は後で聞く。ゆっくり休んでから私の部屋に来てくれ」
父の表情はやや硬く、運命の子がここに来ることを気にしているようだ。
母たちは「お帰りなさい」といつも通りの笑顔であり、父はまだ全員に話していないようだ。
馬を従士頭のウォルトに預け、装備を外しに自分の部屋に向かう。東の林に近い離れ――俺たち六人が住むために増築された建物――は俺が帰ってくることから窓が開け放たれ、部屋の中には爽やかな秋の風が吹き込んでいた。
剣だけを持ち、屋敷の食堂に向かうと、リディたちもすぐにやってきた。メイド長のモリーが作ってくれた昼食を食べ終わると、ダンたちが到着したと知らされる。
ダンとシャロンを労った後、「道中は? それに村の中はどうだった?」と聞くと、ダンが「特に問題はありませんでした」と答える。西の森は俺たちが通った時と同じく平和そのもので、村に入っても時間をずらしたことが功を奏し、ほとんどの人は仕事に戻っていたことから、あまり注目されずに館ヶ丘まで来られたとのことだ。
ダンとシャロンは着替えと食事を取り、ルナはメルに任せ、俺とリディ、ベアトリスの三人は父の待つ執務室に向かった。
執務室には父の他、祖父ゴーヴァン、兄ロドリック、従士のウォルト、ニコラスら主要な従士が既に待っていた。
俺たち三人が部屋に入ったところで、父が重々しい声で「あの娘が神の遣わした者なのか」と確認してきた。
俺が頷くと、父は「想像とは違ったな。男子だと思っていたのだが」と呟き、苦笑いにも似た表情を浮かべていた。
「私もそう思っていました。ですが、神の言った通り啓示を受けました。間違いありません」
祖父は誰に言うわけでもなく「遂にこの時が来たんじゃな」と言い、従士たちも張り詰めていた表情を崩すことなく息を吐き出していた。
「それでこの先のことはどう考えておるんだ。まずはお前の考えが聞きたい」
父の問いに「まずは心の傷を癒さねばならないと考えています」と答え、
「一瞬にして両親を含め、友人知人を全て失っているのです。それにこれは私のミスですが、無残な遺体を目の当たりにしています。僅か十歳の少女には過酷過ぎる試練でしょう」
父は頷くが、祖父はやや異なる見解を示した。
「しかしじゃ。あの者は神に選ばれし者。お前と同じように別の世界から来ておる。身体は十歳であっても心はお前と変わらぬ歳かも知れんのではないか」
俺は「そうですね」と答えた後、考えていたことを話していく。
「確かに魂の年齢は分かりませんが、少しだけ話した感じでは、それほど年齢を重ねている印象はありませんでした。それに、もし私のいたところと同じであれば、殺し合いなど無縁だったはずですし、今も前の世界の記憶を持っているのか分かりません」
父が祖父に代わり「確かに」と頷く。
「心の傷を癒すというのは分かった。その上で我らがすべきことは何だと考える?」
「まずは母上たちにルナのことを話すべきでしょう。少なくともここ館ヶ丘が安全な場所であると認識させなければ。今は母上たちにルナの心を癒してもらった方がいいのではないかと……あまり自信はないのですが……」
父と祖父は頷き合い、
「分かった。ターニャたちには後で私から話をしよう。その上であの娘を守るために何を成すべきかだが」
「そうですね。当面は今まで通り村の守りを固めることと、村の周囲を今まで以上に警戒することでしょうか」
父は「うむ」と頷き、ウォルトに「自警団の訓練を増やす。自警団にはそう伝えてくれ」と言った。更にヘクターとガイには「今まで以上に森に偵察に行ってもらう。猟師以外でついていけそうな者を選んでおいてくれ」と命じた。
ニコラスは「学校の建て増しを行いましょう。今の大きさでは避難所としては手狭ですから」と提案してきた。
「ザックと相談して決めてくれ。予算は気にしなくていい」
兄には騎馬隊の訓練と武具類の調達を指示し、更に細々としたことが決められていった。
話がまとまったところでここに戻ってくるまで考えていた、館ヶ丘の防壁の強化について提案する。
「館ヶ丘の防壁を強化したいと思います」
父も祖父も異存は無いようだが、学校の建て増しなどで優先順位を決める必要があると言ってきた。
「私一人で行いますから、問題ありません」
俺の言葉にその場にいた全員が首を傾げる。
「魔法で防壁を作ります。学院で学んだことを応用すれば、半年程度で頑丈な防壁ができるはずです……」
俺が考えていたのは土属性魔法による城壁の建設だった。恩師であるラスペード教授に師事したことで土属性魔法での土木工事に自信がついている。
先日のティセク村での墓掘りでもペリクリトルの魔術師たちが驚いていたが、俺の土属性魔法のレベルは五十四とベテラン宮廷魔術師並とはいえ、世界有数というレベルには程遠い。
しかし、魔力制御と変換効率の高さから世界最高水準の魔力効率だと自負している。単純作業ならレベル八十を超えるラスペード教授に匹敵しているはずだ。
城壁の建設だけに 魔力(MP) を使えると仮定すれば、一ヶ月で高さ五メートル、幅三メートル、長さ三百メートル程度のものであれば問題なく作れると思っている。館ヶ丘の直径は約三百メートルであり、周囲は約一キロメートルだから、四ヶ月もあれば十分にできるだろう。
俺の言葉に父たちは最初絶句していたが、思い直したのか「ザックならできるかもしれん」と笑う。
「館ヶ丘の周囲に城壁を作ることは認めよう。お前の思ったようにやれ」
父はそう言って快諾してくれた。