軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話「館ヶ丘防衛計画」

トリア暦三〇一七年十月十九日。

ソーンブローから帰還した後、“神に遣わされた者”ルナのことで、ロックハート家の面々と主だった従士たちが集まり、話し合いをしていた。

村の防衛強化のため、自警団の訓練時間を増やすこと、村の周囲の偵察頻度を上げることが決まり、更に俺が魔法を使って館ヶ丘の周囲に城壁を作ることも承認された。

しかし、まだこれでは足りないと思っており、それを提案するつもりだが、その前に父たちの認識を確認しておく必要がある。

「魔族が襲ってくると考えた場合、何に気をつけたらよいとお考えでしょうか」

俺の問いに父が自信無さげに答える。

「そうだな……まずは数が多いことだろう。十年前のアクリーチェインの戦いでもカウム王国軍の数倍の戦力で攻撃している。ゴブリン程度でも数が多ければ十分な脅威になるからな」

俺は「そうですね。ですが、それだけでしょうか」と更に促す。

「後は数が少ないとはいえ、オーガの存在が気になるな。オーガと一対一で渡り合えるのは父上、ウォルト、ニコラス、バイロン、ガイ、ロッド、それにベアトリス嬢だけだ。お前も渡り合えるだろうが、お前の場合は魔術師として戦ってもらった方がいい。だとすれば、三十程度のオーガでも梃子摺るだろう」

父の分析は正しい。三級相当のオーガと渡り合うにはレベル五十以上は必須だ。レベルが四十台後半のメルでは荷が重い。俺の方がメルより剣術士レベルは低いが、魔闘術という切り札があるから何とかなる。

しかし、父の言う通り、魔術師として戦った方が戦術の幅ができ、戦いを有利に進めることができるだろう。

現在、ラスモア村自警団の平均レベルは三十程度。そうなると四、五人で一体と渡り合うことになる。自警団の剣術士、槍術士の数は約二百人。五人一組と考えると四十組になる。これに弓術士が三十人くらいだから五十体のオーガと互角という計算だ。

これに先ほど名が上がった祖父たち七人が加われば六十体程と互角ということになる。

しかし、これはあくまで理想的な状況での話だ。四、五人が同時に戦うためにはある程度のスペースが必要となる。

巨体とはいえ一体のオーガに対し、その人数が有効に攻撃できるというのは、少なくとも前と左右の三面から攻撃する必要がある。数十体のオーガが都合よく散開してくることはないだろうから、一体のオーガに対して二、三人で攻撃できれば良いと考えておくべきだ。

そう考えると敵が三十体程度でも梃子摺るという父の見立ては現実に即している。

俺が「他にはありませんか」というと、「忘れていた」と頭をかきながら、

「 妖魔(デーモン) たちがいる。今回も 翼魔(レッサーデーモン) や 小魔(インプ) が攻めてきたら、どうするかで頭を悩ませたのだった」

「その通りです。確かに敵の数が多いことやオーガのような大型の魔物も脅威ですが、最も警戒すべきは翼魔などの飛行型の魔物です。私が防壁を築いたとしても空を飛んで来られたら役に立ちません」

「お前たちがいれば、翼魔も恐れる必要はないと思うのだが?」

俺は大きく頷き、

「翼魔の能力はよく分かりませんが、小魔なら、私とシャロン、リディがいれば、百や二百は叩き落してみせます。ですが、不在の時のことを考えておくべきです」

「では、どうするつもりなのだ」と父が聞いてきた。

「今回も用意されましたが、 弩(クロスボウ) を大量に導入します」

「大量と言うとどれくらいなのだ? 百くらいか」

俺は 頭(かぶり) を振り、「五百以上です。できれば千基は欲しいですね」と言うと、その場の全員が唖然とする。

今まで聞き役に回っていた祖父が、 頭(かぶり) を振る。

「それほどの数はどの国も持っておらん。帝国ならば集めればあるかもしれんが……北部総督府軍でも二百か三百というところのはずじゃ」

歴戦の祖父にはその数が非常識に思えたようだ。

確かにこの世界の 弩(いしゆみ) の地位は低い。長弓に比べ連射速度が低いことと、魔法に比べ威力が低いことから、中途半端な兵器という認識なのだ。

「弩は非常に強力な武器です。連射性能は数でカバーできますし、魔法ほど個人の資質に影響されません。 太矢(ボルト) を装填さえできれば、腕力の弱い女性でも扱えます。弓に比べれば、個人の技量の差は小さいですし、攻撃力も近距離ならオーガにすらダメージを与えられます……」

俺の考えはこうだ。

館ヶ丘に防壁を設置し要塞化する。その際に三十メートルくらいの高さの塔を多数設置し、敵と同じ高さから射撃できるようにする。この塔は防壁と同じく土属性魔法で作った石造りの構築物にしておく。

飛行型に対し有効な手段が少ないのは弓でも魔法でも打ち上げの際に威力が落ちるからだ。俺やシャロンの魔法は別だが、普通の魔術師の魔法は重力の影響を受ける。これは矢や投石を模しているためだ。

敵である翼魔や小魔の攻撃手段は闇属性魔法らしい。塔を作ってもそれ以上の高さから攻撃されたら同じではないかと考えがちだが、魔法も矢のように距離が遠くなれば威力が落ちるし、盾などで防ぐことも容易になる。だから、攻撃する際は接近、降下しなければならない。

もちろん、撃ち下ろしになるから威力の低下は少ないが、それでも確実にダメージを与えるためには、五十メートル以下まで接近する必要があり、そうなると高度を下げざるを得ない。

仮に地表の兵士に攻撃をかける場合、五十メートルの距離を考えるなら、四十五度で撃ち下ろすとすると三十五メートル程度の高度になる。三十メートルの塔を作れば、ほぼ同高度の敵に攻撃できるのだ。

もし、塔に翼魔たちが集中攻撃を掛けてくれれば、更に楽になる。石造りの塔に銃眼のような遮蔽物をつけておけば兵士たちに損害は少ないし、闇属性魔法では石造りの塔を破壊するだけの攻撃力はないから、航空戦力を釘付けにできることになるのだ。

後は数の話だが、これは自警団員以外の主婦たちにも武器を取ってもらうことを想定している。

攻城戦では一般市民の多くが武器を取り、女性といえども戦いの場に駆り出されることがある。それならば、最初からダメージを与え得る武器を用意しておけばいいはずだ。

もう一つの理由だが、篭城した場合、剣術士や槍術士の出番が極端に減る。数箇所に分散してせめてきた場合は別だが、どうしても遊兵ができてしまうのだ。その遊兵を戦力化するのがもう一つの目的だ。

「しかし、弩は高価ですが……一千もの数を買うには百万 C(クローナ) は必要ではないでしょうか。手入れのことも考えなければなりません。弩の整備ができる職人が必要になりますが」

ニコラスが問題点を提示した。

彼の言う通り、弩は安い物でも一基千C、日本円で百万円以上する。千基なら十億円だ。スコッチの売り上げで潤っているとはいえ、千人にも満たない人口のロックハート領にとって、捻出することが難しい額だ。

更に職人の問題もある。弩は複雑な機構を持った機械であり、専門の職人がいなければ武器として役に立たない。この職人だが、市井の鍛冶師というわけではなく、各国軍に属する軍属だ。当然、人数は少なく、他国に行くことも少ない。

「ニコラスの言う通り、百万Cもの金を一気に出すことはできない。ただ、最初に導入する百基分は私が出してもいいと思っている」

アルスで武具を作ってもらう資金が丸々余っている。その資金を回せば百基程度は買える。

俺の言葉に父が「息子の稼いだ金を使う気はないぞ」と釘を刺してきた。

「この十万Cはアルスで武具を作ってもらうつもりで貯めたものです。我々の武具はこれ以上ないくらい最上のものですが、対価を払っていないのです。今のところ、この金の使い道がありません」

父は未だに納得していないが、話を先に進めていく。

「職人については考えています。ラスモア村に移住する条件で職人を募集するのです。鍛冶師ギルド辺りに仲介を頼めば、酒好きの職人の一人や二人は集まるでしょう」

俺の言葉に父が難しい顔で「……一人や二人で済めばよいが……」と呟き、

「ドワーフたちが鍛冶師を辞めて、大量にやってくるのではないか?」

父の言葉に頷きそうになる。

(確かにラスモア村への移住を条件にすると、ドワーフたちが何百人も来そうだ……まあ、今でも移住を制限しているわけじゃないから条件は変わらないが、ロックハート家が募集すると何が起こるか分からない……)

「そうですね。その辺りはもう少し考えてみます。ですが、若い職人なら来てくれる可能性はあると思います」

その後、 弩(いしゆみ) の導入については順次増やしていくことが決まり、職人についても商業ギルドに仲介を頼むことになった。

そして、もう一つ提案があった。

「もう一つ提案があります。この村の子供で魔法の才能がある者がいた場合、ロックハート家が留学費用を負担するという制度を作りたいのです……」

もう一つの考えは魔術師の増強だった。

この村には子供が多い。これは俺の改革プランが成功し、幼児死亡率が下がったことが関係しているのだが、十歳以下の子供が百人くらいいる。

今までは治癒師の才能がある者がいるかの確認はしていたようだが、本格的に魔法の才能がある者を探してはいなかった。というより、探すことができなかったのだ。だが、これからはリディがいるし、俺やシャロンもいる。だから、才能のある子供を見つけることができるのではないかと思ったのだ。

幼い内に見出し、シャロンのように訓練すれば優秀な魔術師となれる可能性が高い。もちろん、シャロンのような天才ばかりとは限らないが、それでも俺たちが教えれば普通の魔術師が教えるより効率よく魔法が使えるようになるはずだ。

基礎的な部分をこの村で教え、ドクトゥスに留学したい者はロックハート家が奨学金を出す。都会暮らしに慣れ、田舎に戻ってこないかもしれないが、それはそれで割り切るしかない。

父はこの提案を快諾した。

「お前やリディアがいれば間違いが起こることもなかろう。子供の可能性を伸ばしてやるのはよいことだ」

ロックハート家は昔から教育に理解があった。ニコラスと彼の妻ケイトは学術都市ドクトゥスの私塾に留学しているし、俺が提案した巡回授業も抵抗なく受け入れられ、大都市でも少ない学校の建設にも賛成している。

もちろん、貧しかった時には経済的な理由で難しかったが、経済的に余裕が出てきた今では、十歳未満の子供に限って言えば、帝都どころか学術都市であるドクトゥスよりも教育水準は高い。

この提案だが、今回の議題であるルナを守ることに対しては有効だと考えていない。

神々から言われたのは彼女を守り、そして“教え導く”ことだ。“教え導く”ということは俺が関与する期間は十年か、長くても十五年といったところだろう。だとすると、今から魔術師を育てても時間的には間に合う可能性は低いからだ。

俺やシャロンのような特別な例はあるが、普通は修行を始めて十五年から二十年で一人前になる。同級生だったクェンティン・ワーグマンのような、素質もあり努力をした者でも、学院に入る前の期間を含め十年程度の修行と実戦を多くこなしてもレベル二十になるのが精一杯だ。

一方で一人前の魔術師というのはレベル二十五程度と言われている。クェンティンなら五年も掛からずにレベル二十五になるだろうが、彼ほどの努力家でもそのくらいの期間が掛かるのだ。だから、魔術師を育てるという提案は今回の件とは切り離して考えている。

話し合いが終わったところで、屋敷の食堂に移動する。母ターニャ、メイド長のモリー・ヴァッセルらを呼び、父が事情を説明していった。その場には兄嫁ロザリーの姿もあった。

彼女にはこの村に落ち着いたところで俺の秘密は話してあり、更には彼女の侍女であるアンジーことアンジェリカ・コールリッジと、エレナことエレアノール・メイスフィールドにも打ち明けられている。

三人とも俺の秘密を知っても特に態度を変えていない。兄が説明しており、どの程度の話をしているのかは知らないが、信用していいと思っている。

父の説明が終わると母が深刻そうな顔をしていた。

父が「それほど心配か」と聞くと、母は 頭(かぶり) を振り、

「あなたたちが守ってくださることは疑っておりませんわ。ですが、そのルナという子が不憫で……ザックと同じようにこの世界に来たのならば、その段階で親や兄弟たちと引き離されているのです。それだけでなく、十年間一緒にいた、この世界の両親や友人たちとこんな風に別れるなんて……」

母の言葉にシャロンの母クレアやメルの母ポリーも頷いている。同じ歳の子供を持っているから余計にそう思うのかもしれない。

「私たちにできることは何でも致します……いえ、良いことを思いつきましたわ!」

母の表情が急に明るくなった。

「あの子をうちの子にしましょう。養女として引き取るのです。そうすれば一気に家族が増えますわ」

母の言葉にロザリーが「それは良いことですわ、お義母様」と賛同する。

俺はどう言っていいのか分からず黙っていたが、本当にそれでいいのかと疑問を感じていた。

(そんなに簡単に家族になれるものなんだろうか。二度も家族を失っているんだ。今は悲観的な考えに染まっているはずだが、大丈夫なんだろうか……)

母の提案に父も「そうだな。それが良いな」と賛同し、場の雰囲気は母の提案で決まりそうになっていた。俺は思わず「本人の意向を確認した方が……」と声に出した。

一斉に俺に視線が集まる。

「家名はなかったはずですが、それでもロックハートの名を持てば、前の家族との絆を失ったと思うかもしれません。それに今の精神状態ではルナも決められないでしょう。ですから、正式な養子ではなく、そのように扱うというのでどうでしょうか」

俺の言葉に母も納得したのか、

「そうね。勝手に決めてはいけないわね。でも、私はあの子の母になるつもりよ」

父はやる気になっている母に苦笑しながら、

「そうだな。正式に養子にするのはルナが十五になった時に考えよう。その頃なら十分に私たちのことも分かっているはずだ」

ルナがロックハート家の養子扱いとなると、メルやシャロンは“ルナ様”と呼ぶ必要がある。

(ティセク村は開拓村だから、身分の上下は基本的にはなかったはずだ。村の家を見ても極端に大きな家はなかったし、いきなり身分制度のある生活になったら、戸惑うんじゃないか? 特に俺と同じ時代の日本人だとするなら、壁ができたと思うかもしれないな。できるだけ“普通”に接した方がいいだろう)

「ルナの呼び方ですが、いきなり“様”付けでは彼女が戸惑うかもしれません。もし、私と同じ場所に生きていた者なら特に」

俺が理由を説明するが、父たちも従士たちもあまりピンと来ていないようだ。唯一、母だけは「そうかもしれないわね」と頷いていた。母はウェルバーンの町娘から玉の輿に乗って、騎士の奥方になっている。兄の結婚式でも親族との間に微妙な距離があったからそう思うのかもしれない。

「分かりました。ルナはリディアさんやベアトリスさんと同じで家族扱いとしましょう。モリー、あなたも様付けじゃなくてルナさんと呼んであげて……」

こうしてルナの処遇が決まった。