軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三話「得られた情報の扱い」

トリア暦三〇一七年十月十五日の夕方。

今日の午後、ルナの生家で月魔族という種族の羽根を見つけた。

その事実をどう受け止めればいいのか、悩んでいたが、一緒にティセク村に来ているリディ、ベアトリス、ダンの三人にはこの事実を告げている。

「月魔族なんて聞いたことがないわ。まあ、私が知っている限りだけど」

リディがそう言うとベアトリスも「あたしも聞いたことがないね」と頷いている。

「少なくとも、ラスペード先生の 研究室(ところ) の本にも大図書館の魔族に関する本にも翼魔族以外の妖魔族の話はなかったはずだ。キトリーさんからも聞いたことがないしな」

俺は来るべき神の敵との戦いに向け、学術都市ドクトゥスで魔族に関する情報を探していた。

当然、恩師であり世界最高学府ティリア魔術学院で最も権威のある研究者リオネル・ラスペード教授や、神や精霊の研究とともに古書に関して多くの情報を持つキトリー・エルバイン教授からも魔族に関する情報はできる限り聞くようにしていた。

それでも月魔族というキーワードを聞いたことがなかった。つまり、我々は月魔族についての情報を持っていないということだ。

リディの「で、どうするの? ルナに話すの?」という問いに、俺は 頭(かぶり) を振る。

「ルナにはそれとなく聞くだけにする」

リディが「どうして?」と理由を聞いてくる。

「下手に誰も聞いたことが無い月魔族なんていう魔族の話をすれば、なぜそんなことを聞くのかと疑問を持たれる可能性がある。魔族というキーワードから、今回のオークたちも鬼人族が使役したものだと気づくかもしれない。考えすぎかもしれないが、自分のせいで村が襲われたと思いこむ可能性がある」

リディも「そうね」と頷くが、「それじゃ、ラスペード先生に調べてもらうとか?」と更に聞いてきた。

「本心を言えば先生やキトリーさんに調べてもらいたいんだが、手に入れた羽根が月魔族のものだと証明できない。変わった魔物の羽根と言われても何も言えないからな」

俺が持つ特殊能力“参照”で分かっただけであり、客観的にみればただの大きな鳥の羽根にしか見えない。月魔族というキーワードを出すにしても証拠となるものは何もない。もし、この話をするなら、俺の能力を説明する必要がある。

「そうだね。とりあえず、様子を見るしかないね。後は消えちまった魔族が見つかれば多少は事情が変わるだろう」

ベアトリスの意見に俺もリディも首肯する。

ダンはあまり議論に加わっていなかったが、「ですが」と言って話し始めた。

「誰にも言わないのは危険ではないでしょうか。月魔族という全く知らない魔族がいるなら、みんなが知っておかないと大変なことになるような気がします」

そういった後、「すみません。出すぎたことを言いました」と頭を下げる。

「いや、ダンの言っていることは正しいと思う。十年前の大侵攻のことを思えば、魔族の情報は貴重だ。この情報がどの程度役に立つかは分からないが、大勢の命を救うことになるかもしれない……」

一番悩んでいたのはそのことだった。実際、月魔族というキーワードが分かっただけでは何も変わらないかもしれないが、一つのキーワードが見つかっただけで今まで繋がらなかった情報が繋がり、一気に解明できることもある。そう考えると情報を伝えるべきなのだろう。

「……だが、今回は無理だ。まず、情報の信憑性がなさ過ぎる。信じてもらうには俺の秘密を話す必要があるし、そうなれば魔族の話どころじゃなくなる。それにルナのこともある。ルナが神に遣わされた者であると公表することになれば、敵に伝わる可能性が高くなる。もちろん、敵は神々に戦いを挑むような奴だ。今でもこちらのことは分かっているんだろう。向こうにも俺と同じような奴がいるはずだが、直接手を出せないという話だった。まあ、人物なのか魔物なのかは分からないが……」

俺が考えたのはどちらがよりリスクが高いかだ。

情報を開示した場合、魔族に関する情報が得られる可能性が高くなるが、俺やルナの秘密も公になる。そうなった場合、俺の行動が制限されるだけでなく、敵に情報を与えることにもなる。

一方で情報を隠蔽した場合、月魔族に関する研究が進まず、大規模な侵攻が起きた場合に後手に回る可能性が高くなる。その一方で俺の行動の自由は確保できる。

(こういった問題でゼロリスクはありえない。どちらのリスクを取るかだ、だとするなら、自由に行動できる方が安全なはずだ……)

「……そう考えると、この話を公にするのは危険すぎる」というと、全員が頷いた。

日没前には五百人の冒険者たち全員がティセク村に到着した。

街道沿いに魔族の痕跡はなく、明日以降は村を中心に捜索を行うが、指揮官であるレジナルド・ウォーベックは慎重だった。魔族の別働隊の存在を考慮し、半数の冒険者はティセク村に残し、残りの半数を五十名の班ごとに周囲に向かわせる。

これは十年前の教訓を生かしているのだそうだ。

十年前、この村の近くにオーク二百匹とオーガ十五匹が別々に群れを作っており、今回も同じようにオーガが潜んでいる可能性がある。

前回はオーガの足跡が確認されているが、今回は痕跡がなく、そこまでやる必要があるのかという意見もあったらしいが、オーガ以外の魔物、特に翼魔や小魔に対する警戒のためということだった。

(慎重だな。魔族が絡むとこれくらい慎重になるのか……それともレジナルドの性格によるものなのか?)

さすがに百人弱しかいなかった村では全員が屋根の下で寝ることはできない。

迅速な移動を考えていたことと道が悪すぎるため、荷馬車が使えなかった。そのため、輜重隊を兼ねた本隊も食糧以外の物資はあまり持ちこめなかった。つまり、天幕はほとんどなく、半数近くの冒険者がキャンプファイアのような大きな焚き火の前で地面に雑魚寝することになったのだ。

俺たちは討伐隊の一員ではないということで家屋を割り当てられたが、明日にはソーンブローに戻るため、これから捜索が続く討伐隊に譲った。

十月半ばということと比較的標高が高い場所ということもあり、冷え込みが結構厳しいが、それでも真冬のサエウム山脈――アウレラ街道の北にある山脈――で魔物を狩るために野営していたことを思えば、それほど苦にならない。

夜襲を警戒しているのか、五十名ほどの冒険者が完全武装で周囲を警戒している。雑魚寝している者も皆、装備は外さず、武器もすぐに取れるよう手元に置いてあった。

(確かに魔族と言えば夜襲だ。獣人やエルフの割合が多いのもその辺りを考えているのかもしれないな……)

その夜は何事もなく過ぎ、早朝から冒険者たちがきびきびと動いている。

自分たちで持ってきた調理器具や村の家々から拝借した鍋などで朝食が作られていくが、さすがに五百人もの人間が集まっているため、混乱している。

(こういったことは苦手なようだな。うちの村の自警団の方がよほど統率が取れている。やはりパーティ単位で行動するのに慣れているんだろう。今回のような魔族が関与している事件が頻発すれば変わるんだろうが、十年に一回あるかないかなら中々合同訓練などできないだろうしな……)

朝食時に若干の混乱はあったものの、レジナルドの指示で捜索隊が次々と出発していった。

俺たちだが、昨日のうちにルナの生家を確認していたため、レジナルドにひとこと断りをいれ、午前八時過ぎにティセク村を出発した。

ソーンブローへの道は往路と同様に平和だった。

ダンがやや先行し警戒していたが、魔物が襲い掛かってくることもなく、怪しい気配も感じなかった。まるでラスモア村の西の森のように平和だった。

数度の休憩を挟み、午後三時過ぎにソーンブローに到着した。

すぐにメルたちが待つ守備隊の宿舎に向かう。宿舎の外ではメルとシャロン、そしてルナが俺たちを待っていた。

メルが「お帰りなさい!」と言って抱きつき、「ご無事で何よりです」とシャロンが笑顔を浮かべている。

俺が「ただいま。特に問題はなかったか」と言うと、シャロンが「こちらは何もありませんでした」と答えるが、表情に陰りがあるように見えた。

彼女の視線の先にはルナがいた。ルナの顔には何の感情も浮かんでおらず、魂が抜けたような印象を受ける。宿舎に入ってシャロンに詳しく話を聞くと、

「何もなかったのですが……ルナさんが……心がなくなったみたいに何もしなくなったんです。メルちゃんが慰めても全然何も言わなくて……」

完全に心を閉ざしてしまい、シャロンとメルも手の打ちようがなかったらしい。

俺はシャロンの頭をポンポンという感じで撫で、「お疲れ様。後は俺が何とかするよ」と労う。そう言いながらも心の中では途方に暮れていた。

(完全に心を閉ざしたって感じだな。心的外傷後ストレス障害(PTSD)なんだろうな。シャロンには何とかするといったが、精神科医でもない俺に何ができるんだろうな……)

その後、ルナが眠りに就くのを待ち、メルたちにも月魔族の羽根のことを話していく。

メルは俺の決定に何の疑問も差し挟まなかったが、シャロンは何か言いたげな表情で俺を見つめていた。

俺が「何か気になることでも」と聞くと、小さく頷き、ゆっくりとした口調で話し始めた。

「月魔族のことはいいのですが、ルナさんのことで気になったことがあります」

俺が首を傾げると、言い辛そうな表情を浮かべ、

「ルナさんは本当に人間なのでしょうか。闇の精霊たちがあれほど守ろうとしましたし、その月魔族の羽根というのも気になります。何か魔族に関係があるんじゃないでしょうか」

俺が何か言う前にメルが「ザック様が導く子なんだから特別なのよ」と反論する。

「うん。それは分かっているわ。でも……」

そう言って口篭る。

「俺が“参照”で確認したときには確かに“人族”だった。だが、気になることは何でも言ってほしい。間違っていてもいいから」

そう言うとシャロンは小さく頷き、

「もしかしたら、ザック様が勘違いさせられているんじゃないかって……」

その言葉にメルが「ザック様が騙されているって言うの!」と声を荒げる。

シャロンは小さく首を横に振り、

「相手は神様を倒そうとしているのよ。ザック様でも……」

メルが何か言う前に「確かに盲点だったな」とシャロンの言葉を認める。

(確かにその通りだ。神々が俺の心を弄る可能性を考えていたが、敵が俺の心に干渉してくることは考えなかった……)

シャロンの言葉に一瞬、自分が信じられなくなった。だが、すぐに思い直す。

(俺がルナを保護することで敵に何のご 利益(りやく) がある? 俺が神々に遣わされた者に出会うことを妨害することか? それとも俺を敵側に寝返らせることを狙っているのか?……神々と敵の力が拮抗しているなら、一つ目はあまり意味がない。いずれ神々に導かれて出会うはずだからだ。二つ目だが、これもあまり意味がないな。もし、運命に導かれて出会うなら、その場でルナが贋物だと分かる。精々出会いが遅れるくらいだが、これも神と敵の力関係で決まるなら、俺がどうこうできる問題じゃない……)

今考えたことをみんなに説明した。

「……つまりだ。神と敵の力が同じくらいなら、俺が操られたとしてもどこかで修正が入るはずだ。神の力が敵に劣るなら、人間である俺が足掻いても無駄だろう」

リディが俺の言葉に「そうね」と言って頷く。

「考えても仕方ないことだと思うわ。シャロンの言うことも分かるけど、何が大切か、私たちがいつも考えておけばいいわ」

シャロンは「何が大事かですか……」と考えるが、すぐに「はい、分かります。そうですね」と笑顔を見せた。

(しかし、シャロンに言われたことは盲点だった……厄介な話だが、みんながいれば何とかなる。そう思っていくしかないだろう……)

その後、シャロンが作った今回の報告書を確認する。

『……事の発端はカウム王国の北部、トーア街道に近いクララエ村が全滅した事件だった……カウム王国軍から入手した情報では、クララエ村及びエイリース村のいずれにおいてもオークと思われる魔物の足跡が多数残されており、カウム王国政府は二百匹程度のオークが村を襲撃したと考えている。しかしながら、この情報には不可解な点が多くあった。オークの群れならば必ず若い女性が陵辱されるはずだが、今回若い女性を含め村人が惨殺されていただけであった。現在知られているオークの習性を考えると、特異なことと言わざるを得ない。更に不可解な事実がある。いずれの村からも武具類が持ち去られていたことだ……』

更に村人たちの遺体に残された傷から武器によって殺害されたこと、ボグウッドの町にエイリース村の若者が現れたことなどの事実が淡々と記載されていた。

そして最後にこのような考察が記載されていた。

『……現状では魔族の存在は明らかになっていない。しかしながら、野生のオークが数百キロメートルにわたって武具を手に入れながら移動したこと、繁殖行為を行わなかったことなどから、魔族が使役していたオークである可能性が高いと考えられる。カウム王国及びラクス王国における過去の事例と比較した結果、オークの行動に共通点が多いこともその傍証となるであろう……今後我々は以下の点に留意する必要がある。一つ、魔族の捜索。これは言うまでもなく、魔物を使役しうる魔族を野放しにする危険の排除である。二つ、トーア砦周辺の抜け道の調査。これは十年前、すなわちトリア暦三〇〇七年に発見されたオーク及びオーガの群れの移動経路、今回のオークの行動からアクィラ山脈を抜けるルートがあることが示唆されており、最もリスクが高く、比較的調査が容易なトーア砦周辺の調査を行うべきと考えるためである……』

更に魔族の地であるクウァエダムテネブレに潜入し情報を収集すること、魔族及び闇属性魔法研究者に研究費の補助をし、既存情報の整理及び情報の共有化を図ることなどが記載されていた。

(凄いな。十五歳の少女が書くレポートじゃないぞ、これは……やっぱりシャロンは天才だな……)

報告書を読み終えた後、シャロンを労う。

「完璧だよ。俺よりよっぽどうまく書けている。さすがはシャロンだ」

そう言っていつものように頭を撫でる。

シャロンは恥ずかしそうな顔をしながら、「ありがとうございます」と言った後、

「ザック様ならどうお考えになるかを考えて書いてみました」

「そうなのか? 情報収集と共有化のところなんか、感心して読んでいたんだが」

俺がそう言うと小さく頭を横に振り、「五年生になった時に情報は大事だっておっしゃっていましたから……」と答えた。

(確かに“老将軍”の授業の後にそんなことを言った記憶があるな。そう言えば戦術論モドキもシャロンは読んでいた気がするな。それを憶えていたのかもしれないな……)

五年になった時に従軍魔術師としての授業があり、その講師が“老将軍”と呼ばれていた元宮廷魔術師ジョシュア・メトカーフだった。メトカーフは自らの経験のみに固執した戦術を教えており、それに呆れて戦術論モドキを作ったのだが、その時の話を憶えていたようだ。

昨日ティセク村で確認した事実を付け加えた後、シャロンと俺の連名の報告書とした。本来ならシャロンだけでもいいのだが、知名度の点で俺の名を入れた方が信憑性が増すと考えたのだ。

翌日、冒険者ギルドのソーンブロー支部に報告書を預け、傭兵ギルドや商業ギルドに写しを渡してもらうよう依頼した。

その夜、リディがいつも以上に甘えてきた。

理由を聞くと、「あなたがあなたでなくなるのが怖いの」と泣きそうな顔で答え、強くしがみついてきた。

俺は「大丈夫だ」と言って抱き締め返し、

「リディがいる。それにベアトリスもメルもシャロンもダンも……みんながいれば大丈夫だ」

そう言ってもう一度強く抱き締めた。