軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十七話「影使い」

トリア暦三〇一七年十月十二日、午後四時頃。

ティセク村で神より遣わされし者、ルナを救出した俺たちは、アルス街道沿いの宿場町であるソーンブローを目指していた。

あと二時間ほどで完全に闇に包まれるが、町はまだ遠く、普通に歩いたとしてもギリギリ日没に間に合うかという状況だった。

それ以上に危機的なのは、敵の本隊が接近していることだ。

それほど遠くない位置から百を超えるオークの咆哮が聞こえている。そして、それは確実に近付いており、このままでは一時間もしないうちに追いつかれるだろう。

俺たちだけなら、仮に百匹程度のオークに囲まれたとしても、うまく立ちまわれば突破することは不可能ではない。だが、ルナを守りながらとなると、敵が五月雨式に押し寄せたとしても対処は難しいだろう。

俺はルナをダン、メル、シャロンの三人に任せ、リディとベアトリスと共に敵を足止めする策に出た。

ダンたちが西に走り去った後、この策に最初に同意したベアトリスが口を開く。

「さて、どうやって足止めするんだい? 何か考えているんだろう? 前に盗賊相手に使った闇の蝶の魔法かい?」

ベアトリスの問いに 頭(かぶり) を振る。

「ウェルバーンの騎士と同じで、 黒蝶の円舞(スパングルワルツ) は効かないと思う」

闇属性魔法は精神に作用する魔法だ。そのため、薬物や魔法で精神を操られている場合は非常に効果が低い。実際、カエルム帝国北部の街ウェルバーンで薬物によって操られた騎士と戦った際、ほとんど効果はなかった。

「じゃあ、どうするつもりだい?」

俺はその問いに直接答えず、

「オークたちは狂ったようにルナを追い掛けていた。なぜだと思う?」

ベアトリスは「分からないね」と肩を 竦(すく) める。

「リディが気付いたんだが、ルナの周りは異常に闇の精霊の力が強いそうだ。村でパニックを起こした時に暗くなっただろう。あれから異常なくらい闇の精霊が騒いでいるそうだ」

ベアトリスは頷きながらも疑問を口にする。

「確かにあの時は急に夜になったのかってくらい暗くなったね。だが、それがオークとどう関係するんだい?」

「オークは元々闇属性の魔物だ。それに魔族が使う闇属性魔法で操られているなら、あれだけ濃い闇の力を見せられたら過剰に反応してもおかしくはない。つまり、より強い力に酔ったという感じだと思う」

リディが大きく頷く。

「そうね。私でも魅入られそうになるくらいだから、闇属性の魔物だと可能性はあるわね」

魔術師ではないベアトリスでも直感的にイメージは理解できたようだ。

「なるほどね……そうだとしてもだ。それをどう使うつもりなんだい?」

ベアトリスの問いに「さっき走りながら考えていたことがある」と答え、

「闇の精霊の力を俺が集めれば、オークたちはこっちに寄ってくるんじゃないかと思う。魔法で奴らを錯覚させるつもりだ……」

俺が考えたのは次のようなことだ。

オークたちが音や匂いを感じるように精霊の力を感じているのであれば、彼らの前に同じように感じるものを置くことによって、目くらましになるのではないか。家の光に集まる蛾に対して、誘蛾灯を前に置けば、それに集まるようなイメージだ。

幸い闇の精霊の力が満ち始めている時間だ。闇属性魔法によって、強い力を集めることは比較的容易だ。それを囮にすれば、ルナに向いている目を逸らすことができるはずだ。

「でも、それじゃ、あなたにオークたちが殺到するわよ。オークとは言え、二百匹以上なのよ! 無茶よ!」

リディがそう言って強く反対する。

「あたしも反対だね。あたしは魔法の素人だが、長い時間精霊の力を集め続けるってのは難しいんじゃないのかい。呪文だって戦いながら唱え続けられるもんじゃない。それに十分や二十分引き付けてもすぐに追いつかれちまうよ。なら、別の方法を考えた方がいいんじゃないか」

そう言われるのは予想していた。

「それについては考えがある。俺自身が囮にならなくてもいい方法が。それに時間も日没までなら何とかできる。一番の問題はそれがうまくいくかだ。闇の精霊の力を集めても囮にならない可能性はあるんだ。うまくいかなければ自力で二百匹のオークと渡り合わないといけない」

オークの咆哮が接近している。俺はこれ以上は時間の無駄だと思い、議論を打ち切った。

「時間がない。リディは木の上から弓と魔法で囮を無視して抜けていく奴を狙撃してくれ。ベアトリスも同じだ。茂みに潜んで抜けていきそうな奴を妨害してくれ」

リディはまだ納得していないという顔だが、ベアトリスが「あんたが勝算があると思っているなら乗ってやるよ、その策に」と言って潅木の茂みに向かうと、リディも仕方なく、近くの大木の枝にロープを引っ掛けてするすると登っていく。

途中まで登ったところで俺に顔を向けた。その表情は硬く、思い詰めたような瞳が印象的だった。

「駄目だったら、森を焼くことも考えておきなさい。何があっても逃げ延びるのよ」

森の守護者たるエルフが森を焼くという言葉を口にした。俺が無茶をしないか不安なのだろう。

「判っている。森を焼くかはともかく、次の手は考えておく」

俺はそう言って軽く手を上げ、魔法の準備のため、やや開けた場所に向かった。

日が傾きオレンジ色になった光が木々の間から差し込んでいる。

足元には長い影ができており、十分な濃さがあることに満足する。

(ぶっつけ本番だが……何とかならなければ、打つ手はない……)

「夜と平穏を司りし、 闇の神(ノクティス) よ。我が 分身(わけみ) に意思を与えたまえ。その代償に我が命の力を御身に捧げん。目覚めよ、影法師! 影流離(シャドウストーク) !」

呪文を唱え終わると、足元に伸びた影の形が変わっていく。長く伸びていた先端が持ち上がるように立体化し、俺の姿を写し取ったような黒い人型が現れる。真っ黒だが、鎧や兜の形だけでなく、顔の造作も写し取っており、黒炭で作った彫像のようだ。

その俺そっくりな影は踵を返すようにゆっくりと振り向く。そして、俺の指示通り北に向かって歩き始めた。

影は歩くような動きを見せて茂みに入っていくが、草や木の枝は一切動かず、影の体は素通りしていく。障害物も関係なく直線的に進むため、一分もしないうちに五十mほど離れていた。

今回使った魔法だが、影に命令を与え自律的に動かす魔法だ。

この魔法なのだが、ある魔法の失敗から生まれた。

当初は戦闘能力を持つ“ 影分身(シャドウクローン) ”という魔法を作るつもりだった。忍術の影分身とはイメージは異なるが、俺がいつも黒い装備に身を固めていることにヒントを得て、影を分離しても違和感がないのではないかと思い付いた。

しかし、どうやっても影を物体化できず、実体がないものしかできなかった。実体がないことから武器を持たせることができず、また、影から魔法を放つことができないため、攻撃手段を一切持たない。視覚や聴覚などの感覚を共有できれば、偵察に使えるのだが、 普通(・・) の影と全く同じで感覚などなく、有効な使い道が思いつかなかった。

ただそこにいるだけ、まさに 影(シャドウ) が さまよい出て(ストークして) いるだけの魔法なのだ。

それでも、この 影流離(シャドウストーク) は、遠目に見れば俺にそっくりなため、囮くらいには使えるかもしれないと思い、一応名前をつけて呪文も考えておいたものだ。

この魔法、戦闘力は皆無だが、有利な点はある。

実体がなく、熱や麻痺などの効果もないためか、闇の精霊が要求する 魔力(MP) が非常に少ない。また、 燕翼の刃(スワローカッター) や 黒蝶の円舞(スパングルワルツ) のように自律制御型であるため、明確な指示を与えておけば、勝手に行動してくれる。つまり、適当にうろつかせるだけなら、意識を向ける必要もなく、魔力の消費もそれほど気にせず使えるのだ。

今回の場合、闇の精霊の力を継続的に供給しているという点がポイントだ。

ここでおさらいなのだが、魔法は発動時に術者の 魔力(MP) を対価にして精霊の力を集めるが、術者の体内に入ってから魔法になるわけではない。

判りやすく言うと、 炎の玉(ファイアボール) などの現象を生み出す魔法は発動中魔力を消費し続ける。だが、この生み出された現象は術者を介さずに直接現象に精霊の力が供給され続ける。

この時、魔術師は精霊に対価となるMPを与え続ける必要があるが、魔術師が精霊から直に力を受け取るのではなく、現象である炎に対して精霊の力が供給されるのだ。

この考えからいけば、俺が闇の精霊にMPを与え続ける限り、俺の作った影に闇の精霊の力が流れ込み続ける。つまり、リディが言った闇の精霊の力が濃い状態を作り出すことが出来るはずなのだ。

俺には精霊の力がはっきり見えるわけではないが、影に精霊の力が流れ込んでいるのは感じている。

(何とかなりそうだな。問題はこいつの行動範囲だけだ……)

この 影流離(シャドウストーク) の有効半径は百mほどしかない。それ以上離れると俺との 連絡線(パス) が切れるのか、勝手に消滅してしまう。

つまり、うまくいったとしても、オークたちを引き付けておける距離は俺から百m以内であり、俺たちは二百匹以上のオークに取り囲まれることになる。

オークであれば一対一なら負ける気はしないが、仮に俺とベアトリスが前衛、リディが後衛として戦った場合、横や後ろに回りこまれないという条件であっても一度に五、六十匹を相手にするのが限界だろう。メルたちがいたとしても、それほど結果は変わらない。

オークを引き付けながら、囲まれてはいけないという二律背反の策なのだ。

(俺一人だけでオークを引き連れて森の奥に行ければいいんだが、絶対に認めないだろうな。あの二人なら……)

そんなことを考えながら、俺も手近な潅木の茂みに身を隠す。但し、オークたちが俺の策に掛からなかったことを考え、道からそれほど外れていない場所を選んでいる。

数分後、オークたちが茂みの中から姿を現した。

道を使わず、森の中を最短のコースを直進してきたためか、木々の間や茂みの中から湧きだすようにどんどん増えていく。

そのオークたちは先ほど倒した二十匹と同じように、すべてが狂ったような咆哮を上げている。人間を遥かに上回るスタミナを持つオークたちだが、既に数時間走り続けているためか、その息は荒く、特徴的な豚のような鼻から噴出す鼻息が汽笛のような音を出していた。

五十mほどの距離に来た時、俺は安堵の息を吐き出した。

オークたちが西に向かうコースを外れ、俺の影に向かい始めたのだ。

(第一段階は成功だ。後はどうやって時間を稼ぐか。どうやって逃げ延びるかだ……)

俺は影を大木の枝の上に配置していた。オークたちはその大木に殺到するが、木登りができるような器用さを持ち合わせておらず、太い幹にしがみつくことしかできない。更に後ろから次々と押し寄せ、さしずめ巨大な押しくら饅頭と言った様相になっている。そのため、最前列にいるオークは圧力に屈し、苦しげな咆哮を上げている。それが静かな森に木霊していた。

良く見れば影であることは判るはずだが、強めに闇の精霊の力を集めたことと、元来オークは視力があまり良くないこと、更には闇の精霊で暴走していることなどから、未だに偽物であることに気付いていない。

しかし、すべてのオークが影に向かったわけではなかった。極少数ながら、影の存在を無視して西に走り続けている者もいた。影を道から離れさせたため、逆に道沿いに走っていたオークが気付かなかったのかもしれない。その数は約二十匹。そのオークたちはソーンブローに向かう道を駆け抜けようとしていた。

既にリディもベアトリスも気付いており、ハンドサインで攻撃することを伝えてきた。

二人は他のオークに気付かれないよう、影に殺到するオークたちの死角に入ったところで攻撃を仕掛けるようだ。俺も距離に注意しながら、魔法で支援する準備を行っていく。

最初、リディが何をするつもりか判らなかった。深い森の中では、彼女が得意な風属性の範囲魔法である 刃の竜巻(トルネードスラッシュ) や 大嵐(テンペスト) 、水属性の 雪嵐(ブリザード) などは木々が邪魔になり効果が低い。単発魔法なら 光の矢(シャイニングアロー) や 旋風の刃(ウィンドブレード) などがあるが、致命傷を与えるには威力が足りない。だからと言って、 氷柱の槍(アイシクルランス) などの強力な単発魔法では連射が利かない。その状況であるにも関わらず、弓を構えるでもなく、魔法を使おうとしていたからだ。

(何をする気なんだ、リディは?……なるほど……)

その直後、彼女の意図が読めた。

リディを中心に木属性の精霊の力が集まっていく。

彼女は自分が登った大木を使い、オークの足元に尖った木の根を突き出すつもりのようだ。

この魔法だが、 硬根の杭(パイル・オブ・ザ・ルーツ) と名付けたオリジナル魔法で、木属性の魔法では数少ない範囲攻撃魔法であり、先端を尖らせた長さ十cm、根元の直径が三cmほどの杭が数十本飛び出してくる。元々はジャングルなどでゲリラが使うトラップ、パンジーステークス――斜めに切った竹や木を落とし穴に埋め込んだ罠――をイメージして作ったものだ。

この魔法、殺傷力はほとんどないが、足止めにはかなり有効だ。特に二足歩行の人型の魔物は足の裏に掛かる荷重が大きく、蹄のような硬い足をしていない限り、かなりの確率で足を痛める。本来なら土属性魔法の 落とし穴(ピット) の魔法と組み合わせて、本物のパンジーステークスのようにするのだが、リディのように木属性魔法が得意な魔術師であれば、地面から打ち出すように杭を出せるため、この魔法だけでも十分に攻撃魔法として使える。もっとも、 硬根の槍(ルートスピア) という一本の根を槍のように打ち出す単体攻撃魔法が基となっているので、その使い方の方が原型に近い。

オークたちが進む獣道は草が生い茂り、足元が見辛い。恐らくその状況を利用するため、この魔法を選んだのだろう。

ちなみにこの魔法だが、必要がなくなった後に撤去する必要がない点が気に入っている。ある程度の時間が経つと、木の根に力がなくなり、地面に出てきた木の根という感じで後始末が簡単なのだ。これを土属性の 岩の槍(ロックスピア) でやってしまうと、罠を残すことになり、後々、そこを通る無関係な人に迷惑を掛けることになる。

リディがどの程度の面積に杭を作り出したのかは見えないが、二十匹のうち半数程度が喚き声を上げて倒れこむ。

(さすがだな。通り道が分かっているなら、この魔法は有効だ。後はベアトリスに任せておけば何とかなるだろう……)

残りのオークは痛みにうめき声を上げ蹲るオークたちを避けようと道を外れたため、難を逃れていた。

十匹のオークは潅木の茂みを力任せに強引に突っ切っていく。

突然、一匹のオークが悲鳴のような鳴き声を上げて倒れていく。倒れたオークの陰から、槍を構え、不敵な笑みを浮かべたベアトリスの姿が現れる。

行く手を阻むベアトリスに対し、オークたちは一斉に襲い掛かっていく。

次の瞬間、ベアトリスの槍の穂先が眩い光を放った。

我を忘れていたオークたちだが、その迫力に一瞬たじろぐように動きを止める。その隙をベアトリスは逃さず、残光を残す連撃をオークたちに加えていった。その突きは正確にオークの喉を捉え、一瞬にして三匹のオークを葬っていた。

仲間が瞬く間に倒されていくが、オークたちの戦意は旺盛なまま変わらず、ベアトリスの周囲を取り囲むと、剣を振り上げて襲い掛かる。俺の位置からは彼女がオークの壁に飲み込まれたかのように見えたが、オークたちの断末魔の声が響き渡ると、オークの壁が崩れていった。

そして、全てのオークが倒れた後に返り血を浴びたベアトリスの姿だけが残っていた。満足げな笑みを浮かべると、軽く槍を掲げて潅木の茂みに消えていった。

(相変わらず凄いな。槍で薙ぎ払ったんだろうが、支援する暇もなかった……しかし、神槍に替えたとは言え、十匹のオークをほぼ一瞬だ。俺はダンと二人でも二分近く掛かったのに……)

この調子で行けば二百匹でも簡単に倒せそうな気がしてしまうが、そう簡単にはいかない。ベアトリスの神槍は使える時間がかなり短い。連続で五分程度、断続的に使うと四回が限界だ。

魔力(MP) 量が少ないためだが、ベアトリスが特別少ないというわけではない。獣人族は特殊な場合を除いて、種族的に魔力保有量が少ないと言われている。実際、魔術師である俺はともかく、メルやダンと比較しても半分程度の時間しか使えないのだ。もちろん、魔法を纏わせなくても十分に強いのだが、薙ぎ払いのような攻撃でオークのような分厚い皮を持つ魔物を倒すにはどうしても魔法を纏わせる必要があった。

(さて、影が消えた後のことを考えるか……)

オークたちの動きを監視しながら、脱出手段を考え始めた。