軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十五話「闇の御子」

トリア暦三〇一七年十月十二日、午前十時頃。

惨劇のあったティセク村の中で、俺たちは生存者を捜していた。

執拗とも思えるほど徹底した虐殺を目の当たりにし、捜索開始当初は生き残りがいるとは思えなかった。だが、一軒の民家の中で僅かな気配を感じ、床下の収納に隠れていた生存者を発見した。

中にいたのは十歳くらいの少女で、泣き続けていたのか鼻は真っ赤になっており、恐怖に震えている。

貧しい農民が着るような荒い繊維の貫頭衣を身に纏い、うっすらと日に焼け、ほこりで煤けた顔をした極普通の少女だった。だが、良く見ると濃い 栗(・) 色の髪に鳶色の瞳で、この辺りには珍しいオリエンタルな顔立ちの整った容姿をしている。

だが、俺には姿など、どうでも良かった。

(これが……この感じは……夢で神が言っていた“運命”という奴か……確かに分かるんだが……)

少女を見た瞬間、神の言っていた運命の相手であることは判った。だが、想像していたような感動的な、あるいは運命的な出会いという感じは全くなかった。淡々と事実のみを伝える事務的な印象が強く、実にあっさりとしたものだった。

(運命的な出会いと言えば、リディと初めて会った時の方が感動したな。それとは違った、震えが来るような感じがすると思ったんだが……)

そんなことを考えていたためか、僅かな時間だが、毛皮を握ったまま動きを止めていたようだ。そんな俺に対し、後ろで警戒していたベアトリスが声を掛けてくる。

「どうしたんだい? ……何か不都合でもあるのかい?……」

そこまで言ったところで、俺の困惑したような表情に気付き、

「この子がそうなのかい……あんたの言っていた……」

リディも「その子が……」と言っただけで言葉を失った。二人は目と口を開けたまま固まり、俺もこの事実をどう受け止めればいいのか考えていたため、三人の間に僅かな時間だが沈黙が流れた。不審に思ったメルが声を掛けなければ、更に数秒はその状態が続いただろう。

「ザック様。この子を何とかした方がいいのではないでしょうか……」

その言葉でようやく目の前の少女がガクガクと震えていることを認識した。だが、恐怖に震える少女に、どう声を掛けていいか判らない。

何とか絞り出すように「安心しろ。俺たちは助けに来た冒険者だ」と声に出すが、少女は目を見開いたまま、首を横に振るだけで効果はほとんどなかった。

俺が何もできないでいると、メルがその少女に近づき、頭を抱えるように抱き締める。

「大丈夫。私と一緒にいれば。だから、安心なさい」

メルの言葉に少しずつ震えが収まっていく。ようやく声が出るようになったのか、「お母さんは? お父さんは?」と囁くような声で尋ねてきた。

幼子(おさなご) という歳ではないが、精神状態が不安定なのか、幼児退行したようなたどたどしい口調だった。

その声で家の外に倒れていた男女のことを思い出す。

(あの二人がこの子の両親なのだろう。だとすれば、あの悲惨な遺体を見せるわけにはいかない……)

俺はメルに小さく合図を送り、床に敷いてあった布を手に取って、さりげなく外に出ていく。

外を警戒していたダンとシャロンの二人が俺に気付き、駆け寄ってきた。

「生存者がいたんですか?」

ダンの問いかけに頷き、

「ああ、セオたちと同じくらいの女の子だ」

正確な年齢は判らないが、弟のセオ――セオフィラス。セラフィーヌと双子で十歳になる――より幼く見えるが、神の話では俺より五歳年下と言っていたから、弟と同じ歳で間違いないだろう。

俺は二人の遺体に手を合わせてから、魔晶石――人間や魔物の体内にあり、魂が宿ると言われている宝石のような結晶――を抜きだしていく。更に腕にあるブレスレット型のオーブ――個人情報が刻まれた魔道具――を外す。

血に塗れたオーブを拭き、遺体に布を掛ける。

ゆっくりとした足取りで家の中に戻り、

「多分、君のお父さんとお母さんのものだと思う」

そう言って魔晶石とオーブを手渡した。

自分でも他に言いようはあると思うが、それ以上の言葉が出てこない。

その少女は気丈にも「ありがとうございました……」と小さく頭を下げて礼を言い、か細い声で呟く。

「お父さんもお母さんも死んでしまったんですね……」

そこまで言ったところで、大粒の涙が零れる。

このやりとりを聞いていたベアトリスだったが、「ここはヤバいよ。早く立ち去った方がいい」と促してきた。

確かに今は野犬や 大黒鴉(ブラックレイブン) 程度だが、この村を襲ったオークたちの行方は判らず、血の匂いに誘われて、更に強力な魔物が来ないとも限らない。

「俺はザックだ。ベアトリスが言った通り、ここは危険だ。とりあえず、村から出た方がいい」

俺の言葉に少女はどうしていいのか判らないためか、何も言わずに首を横に振る。

「とりあえず、どうしても持っていかなければならない物だけ、選んでくれ。それもすぐに」

少し強めにそう言うと、少女は再び首を横に振った。

「持っていきたい物はありません。この魔晶石以外は」

「分かった。今は辛いと思うが、もう少し我慢してくれ。それと君の名を教えてほしいんだが」

少女はコクンと頷くと、「ルナです」と名を告げた。

「ルナか……では、ルナ。この村はティセク村で間違いないな」

俺の問いに小さく頷く。

「ソーンブローの町に向かう。町に向かう道は知っているか?」

ルナは「はい」と小さく答えると、西の方を指差した。

ソーンブローはアルス街道にある城塞都市で、地図ではティセク村から西に二十五kmの距離にある。

今から出発すれば、俺たちの足なら午後六時頃には町に到着できる。アルス街道の宿場町の門が閉まるのは午後八時のはずだから、十分に間に合う。

だが、十歳の少女を連れていくとなると、到着できるか微妙なのだが、この死体だらけの村にいるよりは森の中の方がまだ安全だ。特にソーンブローの近くは定期的に魔物を狩っているため、町の近くなら野営せざるを得なくなっても、最低限の安全は確保できる。

そう判断した俺は「すぐに出発する」と全員に指示を出した。

「ダンは先行して敵を探ってくれ。だが、あまり離れないでくれ。血の臭いに誘われた魔物が襲ってくるかもしれないからな」

ダンが「了解。道を見てきます」と言って、森に向かった。

「ベアトリス。済まないが、俺と交代でルナを背負ってくれないか。二十五kmは十歳の子供には厳しい距離だからな」

「そうだね。まあ、このくらいの子なら、あたしがずっと背負っていっても問題ないよ。なんせ、荷物がほとんどないからね」

俺たちのパーティの特徴は各自が持つ荷物の少なさだ。俺の 収納魔法(インベントリ) があるため、武器と個人持ちの細々とした物――現金や非常食など――が入ったウェストポーチ程度しか必要ない。一応、人に見られても良いようにダミーとして 背嚢(バックパック) は背負っているが、ほとんど何も入っていない。

「大丈夫だと思うが、疲れたらいつでも代わるからな。無理はするなよ」

ベアトリスにそう言い、ルナにも簡単に説明しておく。

「今日中に町に行かなければならないんだ。そうしないと森で一夜を過ごすことになるから。少し辛いかもしれないが、我慢して欲しい」

ルナは小さく頷き、ゆっくりと立ち上がった。

両親の死という事実を知っても思いのほか冷静であったからだが、この時、俺は相手が 普通(・・) の子供であることを完全に失念していた。心のどこかで神に選ばれた者だから、どこか普通の子供と違うと思い込んでいたのかもしれない。

ルナを伴って家の外に出た瞬間、甲高いヒステリックな悲鳴が響き渡る。

「いやぁぁ!」

慌てて振り向くと後ろを歩いていたルナが体をかき抱くようにして、しゃがみ込み、真下を向いて目を瞑って叫んでいたのだ。

僅か十歳の少女が目にするには凄惨すぎる光景だった。彼女は散乱する無残な死体にパニックになり、悲鳴を上げたのだ。

(しまった! 両親の遺体にしか気が回らなかった。昨日まで同じ村で生活していた知り合いが内臓を撒き散らして死んでいるんだ。もう少し考えるべきだった……戦いに慣れている俺でも吐き気がするほどだ。十歳の 普通(・・) の子供に耐えられるわけがない……)

ルナの後ろを歩いていたメルが慌てて宥めようとするが、下を向き、目を瞑ったまま体を揺らすばかりで、パニックは収まりそうにない。

泣き叫ぶルナに近づくと、不意に目眩のような不思議な感覚が襲ってきた。

目の前ではルナを中心に闇が集束していき、それに伴って辺りが徐々に暗くなっていく。

精霊の力の流れが見えるリディが叫ぶ。

「闇の精霊が!……物凄い力が集まっているわ! 何とかしないと危険よ!」

リディの警告が耳に入るが、何をしていいのか判らず、立ちつくすしかなかった。

その間にも闇は渦を巻くように濃くなっていき、周囲は皆既日食のような薄暗さになっていく。

俺はこの闇の精霊の力に強い恐怖を感じていた。その闇はタールのような強い粘度を持ち、俺に纏わりついてくる。それは単なる闇ではなく、魂に直接恐怖を植え付けてくる深い闇だった。その恐怖に気力を振り絞って耐える。

闇の精霊の力が更に強まると、今度は力そのものが暴風のように吹き荒れ始める。

魔術師であるリディとシャロンは苦しそうに顔を歪めてその暴風に耐え、魔術師ではないベアトリスやメルも強い力を感じているのか、息苦しそうに首を振っている。

俺は歯を食いしばって耐えながら、打開策を考えていた。

(闇の精霊が恐怖を振り撒いている……いや、暴走しているだけなのか……それにしても、この感じは拙いぞ。ルナを何とかしなくては……)

パニックに陥った子供をあやす方法など全く知らなかったが、とにかく、安心感を与えるしかないとルナを強く抱きしめた。

「大丈夫だ。目を瞑ったまま、俺にしっかりとしがみつけ。大丈夫だ……」

そう言いながら、強く抱き締めて立ち上がり、ゆっくりと森の方に向かう。俺の言葉が届かないのか、未だに狂ったように泣き叫び続けている。

森の中に入ったところで、深呼吸をするように促す。

「ゆっくり息を吸うんだ……」

更に一、二分ほど泣き叫んでいたが、さすがに肺の空気が足りなくなったのか、徐々に声が小さくなっていく。落ち着くところまではいかないが、それでも声が届くようになったのか、ゆっくりと息を吸い始めた。

「よし、いいぞ。そのまま、ゆっくりと吐いて……そう、もう一回、息を吸って……」

そう言いながら、幼い子供をあやすように背中をさする。

深呼吸を繰り返すことにより、少し落ち着きを取り戻したのか、周囲の明るさも元に戻り、暴風のような闇の精霊の力は何事もなかったように消えていた。

大きく安堵の息を吐き出した後、ルナを抱いたまま更に森の中に入っていく。

村が見えなくなったところで、立ち止まった。

「もう目を開けても大丈夫だ。すまなかった……」

それでも目を固く閉じたまま、俺にしがみつくだけだ。先ほど見せた気丈さは霧消し、自分の殻に閉じ篭っている感じだ。

シャロンが近づき、ゆっくりと頭を撫でていく。

「怖かったよね。でも、もう大丈夫。怖いものはもう何もないのよ」

優しい言葉に僅かに表情が緩み、ゆっくりと目を開けていった。それでもしがみついた手は離さず、森の木々を眺めるだけで言葉はなかった。

「俺が抱いていくよ。ダンが先頭、メル、リディ、シャロン、俺、ベアトリスの順で行く。周囲の警戒は任せる」

ルナは思った以上に軽かった。

身長は百三十cmほどで極端に小さいわけではないが、食糧事情があまり良くなかったのか、かなり痩せている。それでも三十分も抱きかかえて歩けば、かなり腕や腰に来る。腕がだるくなり、筋肉がプルプルと震えていた。

途中でベアトリスが代わろうとしたが、ルナはしがみついたまま離れようとせず、結局俺が抱いていくしかなかった。

警戒は五人に任せ、ひたすらルナを運ぶことだけに専念する。

村に繋がる唯一の道は、獣道と言っていいほど細い道だった。

(昔のラスモア村の道より酷いな。荷馬車なんて通れないんじゃないか? まあ、家の数からいって人口はラスモア村の五分の一もいないだろうから、荷馬車なんて来ないんだろうが……それにしても、何でこんなところに開拓村があるんだ?)

俺が疑問に思ったのは、主要街道からこれほど離れた場所にわざわざ開拓村を作った理由だ。普通に考えれば、消費地に近い場所を開墾した方が効率はいい。交通機関が発達していれば、二十五km程度の距離は気にならないが、馬車が最大の陸上輸送手段のこの世界では、一日分の移動距離になる。

更に今回の襲撃でも分かるように、危険な魔物が跋扈するアクィラ山脈に近い場所にあるのだ。少々距離が離れていても安全であるなら、開墾するかもしれないが、ここは安全とは程遠く、より危険な場所なのだ。

通常、このような場所に村を作る場合は、鉱物資源などがあるか、砦などの軍事拠点がある場合に限る。ティセク村はそのどちらにも当てはまらない。ちなみにラスモア村は軍事拠点である城塞都市キルナレックへの食糧供給を目的として建設された村だ。但し、帝国の政策が変わったため、キルナレックは軍事拠点とはなっていない。

(ソーンブロー近郊にいくらでも適地はあるんだが、特別な理由でもあるんだろうか?)

頭の片隅でそんなことを考えているが、警戒は続けている。

一時間ほど西に進んだところで、小休止に入った。そこでようやくルナから解放された。だが、彼女の顔から表情は抜け落ちたままで、言われるまま手を離したという感じだった。

「次はあたしがこの子を背負っていくよ。代わりに 殿(しんがり) を頼むよ」

そう言いながら、ベアトリスはルナに笑いかける。俺の近くに来ると、耳元で囁くように危険を伝えてきた。

「やばい気配がする。風向きが悪いから、後ろには気をつけておくれよ……」

後ろからオークが追いかけてくる場合、西にいる俺たちの方が風上になる。オークは鼻が良いため、こちらに気付くかもしれない。

その鼻が良いオークがルナを見付けられなかった点が不思議だったが、ベアトリスに聞いてみたところ、毛皮の中に隠されたからだと教えてくれた。

「あれじゃ、気付かなくても当たり前だね。テーブルの上になめした皮があって、下にも毛皮があるんだ。あたしでも判らなかったよ」

そして、ぼそりと呟いた。

「この子の親はそれが分かっていたのかね」

確かに他の家でも子供が見付け辛い木箱や布袋の中などに隠されていた。だが、ルナ以外の全員が見付かり、殺されている。テーブルの上の毛皮はそれほど新しい感じはしなかったから、彼女の両親が娘を救うために偽装したのだろう。

(だが、俺たちが来なければ、身寄りもない十歳の子供が取り残されたはずだ。まあ、逃げる時間もなく襲われたら、とにかく思いつく方法しかできないんだろうが、俺たちが来なければ、どうなっていたんだろう)

もし、俺たちが到着しなければ、誰もいない村にルナは一人で取り残されることになる。この獣道のような道を見る限り、村を訪れる者はほとんどおらず、死体を漁る野犬か、この辺りに多い狼たちの餌食になるしかなかっただろう。そう考えると、俺と同じように何らかの啓示を受け、床下に隠したのかもしれない。

(神が遣わした者とはいえ、十歳の女の子には酷過ぎる状況だ。庇護してくれる両親を失い、友人や知人を一気に失ったんだからな。神はこの状況を見越して、俺に使命を与えたんだろうか。それなら、神という奴は残酷なことをする……)

ティセク村を出て二時間ほど経ち、休憩を兼ねて昼食をとる。ラスモア村を出発する時にメイド長のモリーに焼いてもらったパン、はちみつ、炙ったベーコン、茹でた野菜を 収納魔法(インベントリ) から取り出す。インベントリ内の時間の流れをかなり遅くしているため、二日経った今でもパンはほとんど焼き立てだ。ベーコンを刻んで木のコップに入れ、魔法で水を出し、刻んだ野菜とともに擬似ペルチェ効果の魔法で温めて、即席のスープを作る。

蜂蜜を塗ったパンとスープをルナに渡すが、相変わらず表情は抜け落ち、機械的に受け取り、食べていく。

昼食を終え、再び森の中を西に進む。

俺がルナを背負い、他のメンバーが警戒する。

魔物の襲撃はないものの、敵意にも似た視線を何度も感じる。この森は見た目以上に危険な場所のようだ。それがいつものことなのか、今日が特別なのかは分からない。

更に二時間ほど進み、日は中天を越えていた。深い森の中であり、現状の位置は全く把握できないが、思ったより曲がりくねった道であり、あまり距離を稼げていない気がする。

更に厄介なことに、時折、北東の方から魔物の咆哮が聞こえ始めている。まだ、視認できるほどの距離ではなさそうだが、かなり近づいている。

「このままじゃ、拙いわよ」

俺の後ろを歩くリディがそう声を掛けてきた。

「ああ。このままじゃ、一時間もしないうちに追いつかれるだろうな。だが、前に進むしかない」

更に後ろにいるベアトリスも「そうだね」と同意し、

「今の状況で戦力を分けるのは愚策だね。今は行ける所まで行くしかない。あとは状況が変わるのを祈るくらいさ」

軽い口調でそう言うものの、俺たちが焦ったり落胆したりしないように気を使っていることは明らかだった。リディもそれしかないと分かっており、それ以上は口にしなかった。前を歩くダンたちも、不安は感じているのだろうが、周囲の警戒に専念することで不安を隠していた。

背中では眠っているのか、目を瞑ったまま静かに運ばれているルナの姿があった。

俺たちはソーンブローに向かうため、更に歩みを速めていった。