軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十四話「邂逅」

トリア暦三〇一七年十月十日午前六時。

俺たちザックセクステット六人は、昨日オークたちの痕跡を見付けた従士のガイ・ジェークスと猟師のジョアンの案内のもと、村の北東にある湖、シーリン湖を目指していた。

ガイたちは昨日見付けた足跡の場所まで俺たちを案内した後、シェハリオン山――ラスモア村の北にある小さな山――の麓付近を偵察し、村に戻ることになっている。

ここ数日は天気もよく、今日もこんな状況でもなければピクニックに行きたくなるほど爽やかな秋晴れだ。

俺たちの装備も見た目には数日に渡って、敵を追跡するような重装備ではなく、自らの武具と小さめの背嚢を背負っているに過ぎず、傍目に見れば狩りにでも行くようにしか見えないだろう。もちろん、食料や野営道具などの嵩張る物を俺の 収納魔法(インベントリ) に収納してあるためで、準備は万全だ。

村からシーリン湖までは五kmほどだが、足跡を追いながら湖を迂回すると更に十km近い距離が加わる。

学院に入るまで何度も村近くの森に入っていたが、シーリン川を越えたことはなく、あまり土地勘がない。そこでガイたちに猟師たちが使うルートを案内してもらい、最短距離を進むことにしていた。

シーリン湖までは村の北を流れるアーン川という小さな川沿いを進むため、比較的歩きやすく、一時間半ほどで湖が見えるところに到着した。

この湖は主にアクィラ山脈の地下水を水源としているためか、一年を通して透明度が高く、非常に美しい。今の時期は紅葉には幾分早いが、色づき始めた木々が湖面に映り、イングランドの湖水地方か北欧の美しい森のようだ。

そんな美しい風景だが、俺の目にはほとんど映っていなかった。

湖から西に川が流れ出しているが、これがファータス河の支流、シーリン川になる。湖は下流のキルナレック付近に比べ標高が高く、ファータス河に合流するまで急峻な渓流が続いているそうだ。特に源流付近は渓流というより、ほとんど滝と言っていいほどで、俺には渡れそうな場所があるとは全く思えなかった。

「ここから百mほどのところに滝があります。そこに丸太が渡されておりますので、少人数なら通ることができるのです……」

ガイの説明を聞きながら渓谷沿いを進むと、渓谷が徐々に深くなっていく。周りの木々が川に張り出し、湖からすぐ近くとは思えないほど深い谷になっていた。ガイが言うとおり、百mほど行ったところに、落差五mほどの滝があり、直径一mほどの倒木が天然の丸太橋を築いていた。

「確かに知らなければ、渡れる場所があるとは思えないな」

その場所は川幅が十mほどとかなり狭く、更に猟師たちが設置したのか、一本のロープが渡されていた。その丸太には緑色の苔がびっしりと生えているが、俺たちの運動能力なら苦もなく渡れるだろう。

「御覧の通り、苔が生えていますから、足を取られないように気をつけて下さい。私が先に行ってロープを確認してきます」

ガイは慣れた様子でロープを掴むことなく、丸太橋を渡っていく。そして、ロープの状態が問題ないと確認したのか、大きく手を振って合図を送ってきた。

最も運動能力が低いシャロンでも問題なく渡り、すぐに北上を再開する。

森の中を三kmほど進むと、先頭を行くガイが手を上げて停止の合図を送ってきた。そして、足元を指差し、「これです」と草が踏み倒された痕跡を示す。

「見辛いですが、靴を履いている痕跡はありません。足の大きさ、形からオークのもので間違いありません」

ガイの指差した足跡は南東から北西に向けて進んでおり、草の折れた箇所が茶色く変色しており、二日ほど経っていることが判る。

「では、私たちはここから村に戻ります。無理をなさいませんよう」

そう言って立ち去ろうとするが、息子であるダンのところで止まり、小声で何か呟いていた。後でダンに聞いてみると、「命をかけてザック様をお守りするように」と言っていたそうだ。ガイも今回の追跡が単なる偵察ではなく、俺の使命に関わることだと思っているようだ。

ガイたちと別れたが、まだ、出発から三時間ほどしか経っておらず、日は上り切っていない。

「行けるところまで行ってみよう。先頭はダン。悪いが三十mほど先行してくれ。俺、メル、シャロン、リディ、ベアトリスの順で進む……」

ダンを先行させたのは敵の位置が判らないからで、 斥候(スカウト) として優秀な彼が先行することで、俺たちの足音などの雑音が消えることにより、待ち伏せなどを防ぐことができると考えたからだ。

その日は順調に進み、足跡を辿り始めてから二十二、三km、村から三十kmほどの距離を進んでいた。普通の森ならこのような速度で進むことは難しいのだが、今回はオークたちの足跡を追うだけでルートを考えなくてもいいことに加え、二百匹以上のオークが歩いて出来た即席の獣道を辿ることにより、このような速度で移動できている。

敵を追っていることで、少しずつ彼らのことが判ってきた。

まず、オークたちの足跡に迷いが見え始めた点だ。

シーリン川を越えて数kmほどは迷いもなく目的地に向かっている感じだったが、キルナレックの北の険しい山岳地帯に入ると、道を探りながら進むようになり、一気に行軍速度が落ちている。

このことは敵に空を飛べる翼魔族らがいないこと、更にはこの辺りの情報を完全に把握できていないことを示唆している。

(恐らく地図は持っているんだろう。だが、空を飛べる翼魔族はいないようだな。それとも翼魔族が別行動を取り始めたか……いずれにしても、敵の行軍速度が遅くなったことはいい兆しだ。うまくいけば明後日くらいには追い付ける……)

翌日の十月十一日も順調に追跡を続けた。

懸念であったオークたちの行動だが、ラスモア村へ向かうこともなく、また、翼魔などの飛行系の魔物の姿もなかった。その日の夕刻にはアルス街道の最大の難所であるカルシュ峠を越えていた。

さすがに危険な峠に近くなると何度か魔物に襲われたが、俺たち六人の敵となるほどの危険な魔物はなく、ほとんど時間をロスしていない。

かなりアバウトな予想だが、オークたちから半日程度の遅れまで縮められているはずだ。

翌十月十二日の早朝。

朝からカラスたちが騒がしい。

抜けるような青空の下、黒い点をばら撒いたようなカラスの群れが、カルシュ峠から北に向かって飛んでおり、その数は優に百を超えていた。その多くは魔物である 大黒鴉(ブラックレイブン) だった。

ベアトリスが「どこかで死人が多数出たんじゃないか」と呟く。

(まさか……どこかの村が襲われたのか?)

悪い予感が 過(よ) ぎるが、「どの辺りに向かっているか分かるか?」と一番目がいいリディに確認する。リディは目を細め、カラスたちの群れの行き先を見つめる。

「そうね……なんとなく分かったわ。ここから北に真っ直ぐ行ったところ。距離はちょっと判らないけど……あそこが見えるかしら。森の切れているところ……」

俺も小型の望遠鏡を使い、必死になって目を凝らすと、なんとなくリディの言っている場所が判ってきた。

「場所的にはティセク村だな……距離は直線で七、八kmくらいってところか。急げば二時間くらいの距離だな」

ちなみに、この望遠鏡だが、グラスを作った際に思い付き、レンズを作って自作したものだ。ドクトゥスには眼鏡はあるのだが、不思議なことに望遠鏡を見かけることはなかった。

俺はこの望遠鏡が軍事に利用されることを恐れていた。

飛竜部隊などの航空戦力があるから、軍事革命というほどの大きな変化があるとは思えないし、この技術が戦争のきっかけになることはないだろうが、俺のような異分子が持つ知識や技術はできるだけ広めたくないと思っている。

いずれ誰かが発明するだろうが、それまでは出来るだけ秘匿するつもりだ。但し、村には何本か配備しており、言行不一致も甚だしいのだが、出来るだけ目立たないようにしてほしいと頼んである。

場所を確認すると、すぐに出発する。

カルシュ峠付近は荒地になっているが、大きな木が生えていない分、見通しがいい。大きな石がゴロゴロと転がる荒地は歩き辛いものの、大きな川や崖などの障害がなく、見通しがいいことから旋回しているカラスたちを目印にでき、目的地に真っ直ぐ向かうことができている。

峠を下るにつれ、雑木林のような林になるが、上空の視界は開けていることから、道に迷うこともなく、北に進んでいける。一時間半ほどで峠を下りきり、深い森に入っていく。

この森はラスモア村近くの森と同じく、楢や樫などの大木が生い茂る原生林で、人の手が入った形跡はなかった。

森の中を進んでいくと、オークたちが通った痕跡を見つけた。

倒木や岩に生えている苔が剥がれている箇所が多くあり、歩いていたというより、休息していた感じがする。

一旦、小休止を取った後、再び足跡を追っていくと、カラスたちのガーガーと言う、うるさい鳴き声が聞こえ始めてきた。

「どうするんだい? 大黒鴉(ブラックレイブン) とはいえ、あの数だよ。 集(たか) られたら、ただじゃ済まないよ」

ベアトリスがそう言って、警告してきた。

大黒鴉(ブラックレイブン) は翼を広げると優に二mを超える巨大なカラスで、その鋭いくちばしと、カラスらしい狡猾さが武器の魔物だ。単体では八級相当の弱い魔物だが、通常は数十羽程度の群れをなしており、防御力の低そうな相手を集中的に狙い、更には目などの弱点をついてくることから、弓術士や治癒士などの後衛から非常に嫌われている。

その大黒鴉が百羽以上いることから、ベテランであるベアトリスは注意を促してきたのだ。

「見付からないように慎重に近づいて、魔法で一気に殲滅する。奴らも魔法で攻撃されれば、それ以上襲ってこないだろう」

ダンに代わり、俺が先頭を歩く。メルは俺の護衛、ベアトリスとダンはリディとシャロンを守る隊形として、上空にも気を配りながら慎重に進んでいった。

自分たちの真上にもカラスたちが見え始めると、ベアトリスが鋭い声で「血の匂いだ」と伝えてきた。

「やはり死体に群がっているようだね。だとするなら、オークたちはいないと考えていい。まあ、野犬の 類(たぐい) はいるかもしれないがね」

俺たちは姿勢を低くして進んでいたが、ついにカラスたちに発見された。ギャーギャーとうるさく鳴きながら、俺たちの頭上を、急降下と急上昇を繰り返しながら威嚇してくる。

「ある程度集まったら、一気に叩き落す。 刃の竜巻(トルネードスラッシュ) で行くぞ」

隊形を変え、リディとシャロンを四人で守る形に変更する。

更に進むと、前方に民家が見えてきた。貧しい村なのか、茅葺屋根の小屋のような家が多く、全体にくすんだ印象を受ける。

そこまで進むと、カラスたちの威嚇は激しさを増し、隙を狙うように頭上スレスレまで降りてくるようになった。

「呪文の詠唱を始めるぞ。数多の風を司りし 風の神(ウェントゥス) よ。荒ぶる竜巻、乱舞する刃を我に与えたまえ。我が命の力を御身に捧げん……」

俺が詠唱を始めると、リディとシャロンも追従する。

風の精霊の力が一気に集まってくる。カラスたちもそれに気付いたのだろう。警戒するような鳴き声を木霊させながら、次々と上空に舞い上がっていく。三十mほどの高さまで上がると、それ以上は俺たちから離れることなく、直径五十mの円を描くように旋回を続けていた。

精霊の力が臨界に達した。

息を合わせ、三人同時に魔法を発動する。

「「我が敵を引き裂け! 刃の竜巻(トルネードスラッシュ) !」」

二十mほどの高さに正三角形を描くように三本の竜巻が顕現する。カラスたちは突然現れた竜巻にパニックを起こし、ギャーギャーと鳴きながらまちまちの方向に逃げ始める。

カラスたちに逃げ場はなかった。

竜巻をカラスたちの旋回ルート上に出現させたため、どう逃げようとしても竜巻の影響範囲に入ってしまう。カラスたちの力では竜巻の強い吸引力に抗えず、次々と引き摺り込まれていく。

カラスたちが判断を誤ったわけではない。

通常の弓術士が相手なら三十mも舞い上がれば、ほぼ安全だ。打ち上げることにより矢の勢いは殺されるし、第一、高速で飛ぶ鳥に当てるのは至難の業だ。もちろん、これが魔術師であっても事情は大して変わらない。俺たちのように誘導型の魔法が使えるのならともかく、通常の魔術師では当てることすら難しい。

カラスたちの行動は理に適っていたのだ。俺たちが相手でなければという条件はつくが。

竜巻に吸い込まれたカラスたちは、真空の刃に切り刻まれ、黒い羽を散らしていく。

三本の竜巻が消えると、切り刻まれた百羽近い大黒鴉が落ちてきた。そのほとんどが翼を折られた無惨な姿で、ドサドサという音を立てて地面に突き刺さるように落ちていた。

カラスたちの死骸が落ちきると、それに代わって、ゆっくりと黒い羽だけが舞い降りてくる。その様はまるで黒い雪が降っているようだが、血の匂いと死に切れていないカラスの断末魔の声が響き、情緒は全くない。

運良く生き残ったカラスたちは俺たちに近づくことなく、大きな円を描いて旋回している。死んだ同族たちを食うためだろう。

「これで大丈夫だろう。それより、あの村の方が気になる」

俺は上空を気にするダンたちにそう声を掛け、村に向かった。

慎重に村の中に入っていくと、そこには地獄絵図というべき凄惨な光景が広がっていた。

数十人にも及ぶ村人が死んでおり、その死体のほとんどがカラスや野犬に食い荒らされていた。

大量の血が放つ鉄のような臭いと内臓から出る吐き気を催すような臭い。

内臓を引き出された無惨な死体。

野犬たちは死体を奪い合い、引き千切った 腸(はらわた) を咥えて走り回る。その隙を突くようにカラスが死体に群がっていく。

その光景に目を背けるしかなく、上がってこようとする胃液を抑えるのに、かなりの努力が必要だった。

上を見上げると十月の抜けるような高い青空が広がり、真っ黒なカラスたちが場違いに見える。青い空と凄惨な地上の光景とのギャップが大きく、現実感を失うほどだ。

村の中を進んでいくが、野犬たちは俺たちの姿を認めても死体に顔を突っ込んだまま離れようとしない。

気丈なメルもこの惨状に「酷い……」と言うだけで言葉もなく、時折、嗚咽を漏らしていた。シャロンは何もしゃべらず、真っ青な顔で耐えていた。ダンとリディも顔色は悪く、俺も同じような顔をしているのだろう。

死体を貪り続ける野犬に対し、やり場のない怒りを覚え、 旋風の刃(ウィンドブレード) の魔法を放った。数匹の野犬を切り刻むと、ようやく野犬たちは村の外に逃げ出していった。だが、村の境界で未練がましく、こちらを眺めている。

そんな中でベアトリスだけは、冷静に死体を検めていた。

「半分くらいは剣で殺されているね。それも後ろからバッサリと。逃げようとしたところをやられたって感じだね……だが、腕は大したことはない。力任せに叩き切ったって感じだよ……」

ベアトリスは冒険者としての経験が長く、全滅した開拓村を何度も見たことがあるからだが、俺では冷静に死体を検めることはできなかっただろう。

見える範囲にある死体の数は三十から四十。老人から五歳に満たない 幼子(おさなご) まで惨殺されており、まさに 皆殺し(ジェノサイド) だった。

俺は吐き気と怒りを抑えながら、絞り出すような声でベアトリスに尋ねた。

「いつ頃だと思う」

「そうだね。昨日の夜ってところじゃないか。野犬どもが食い荒らし始めてから、それほど時間は経っちゃいないと思うね」

俺も一旦は「そうだな」と同意するも、何となく違和感を覚えていた。そして、あることに気付く。

「いや、夜じゃないな」

俺の言葉にリディが「どうして?」と聞いてくる。

「夜なら家の中にいたはずだ。いくら逃げようとしたとしても、これほど死体がいろんな場所にあることは不自然だ。それに遺体の近くに農具が落ちている。恐らく農作業の途中で襲われたんだろう」

村の周りを調べていくと、村の南から襲い掛かられたようで、抵抗したと思われる数人の男たち以外は北に逃げようとして後ろから斬り殺されている。更にオークたちの足跡は北に続いていることから、運良く逃げ出すことに成功した村人もいたようだ。

「家の中に隠れている人がいるかもしれないわ。探してみましょう」

リディの提案に皆が頷く。

ダンとシャロンを警戒のために残し、生存者がいた場合、すぐに治癒魔法が使えるよう、俺とメル、リディとベアトリスのコンビで家を検めていく。

何軒か見て回るが、どの家の入口も開け放たれているか、壊されており、中に人の気配はなかった。

そして、惨状は家の中でも変わらなかった。

我が子を庇いながら共に刺し殺された母親。

隠れていたテーブルの下から引きずり出されたのか、ひっくり返されたテーブルの横で殺されていた十歳くらいの少女。

どの家も寝台はひっくり返され、収納用の木箱まで執拗に開けられており、身を隠せるような場所はなかった。俺もメルも生存者がいるとは思えず、無言で家の中を確認していった。

俺たちが担当する最後の家に近づいていく。

家の外には皮のベストを着た猟師らしい大柄な男が倒れ、その横には妻と思われる茶色い髪の女性が殺されていた。二人とも野犬やカラスに食い荒らされたのか、服は引きちぎられ、内臓が半ばはみ出しており、眼球のない虚ろな眼窩が空を見上げていた。

近くには折られた弓が落ちており、果敢にもオークに抵抗し、そして殺されたようだ。

家の中に入ると、テーブルの上には処理中の鹿らしい動物の皮が貼り付けてあり、外の血の臭いとは違った、なめした皮の強い匂いを感じる。

この家も他の家と同じように木箱はすべて開けられ、衣類や毛布などが散乱していた。

「何を探していたんでしょう?」

メルがそう呟く。

「分からないが、物じゃなさそうだ。人が入れそうにない箱や棚は検められていない。恐らく生き残った人がいないか確認していたんだろうな」

(目的が判らない……特定の人物を探していたのか、それとも皆殺しにするためなのか……命乞いしている人も殺されているから、皆殺しが目的かもしれないが、なぜこんな小さな村を……)

その時、僅かに物音がしたように感じた。

「メル。今、何か聞こえなかったか?」

彼女は「分かりません」と言って小さく 頭(かぶり) を振るが、すぐに表情を引き締め、腰の剣に手を掛ける。

「敵ですか? みんなを呼んできた方が……」

「いや、気のせいかもしれない……」

その時、家の奥、テーブルの下から微かな物音、床板が動くコンという音が聞こえてきた。

この家にはほとんど床板はなく、床は土間のような踏み固めた土だ。音がした辺りも木の板らしきものはない。それまで気にしなかったが、テーブルの下にはカーペット代わりなのか、薄い布が敷かれていた。

俺は声を潜め、

「誰かいるようだ。メルは下がっていてくれ」

俺はメルの返事を聞くことなく、剣を引き抜き左手に持った状態で、テーブルをゆっくりとずらしていく。そして、下に敷いてあった布を取り去った。

布の下には幅一m、長さ一・五mほどの木の板があり、地下収納なのか、取っ手代わりの紐が取り付けられていた。

「メル。リディとベアトリスを呼んできてくれ。二人が来たところで中を検める」

メルは「はい!」と答え、家の外に駆け出していった。

リディたちが来るまで様子を窺っていたが、小さな物音の他に嗚咽のような声が聞こえていた。

「誰かがいるんだって」

ベアトリスが軽い口調でそう言いながら家に入ってきた。だが、その表情に油断はなく、いつでも槍を使えるように構えている。

彼女と共に家を検めていたリディもやや緊張した面持ちで、「どうするつもり?」と尋ねてきた。

「多分危険はない。中にいるのは子供だと思う……俺が開けるから、ベアトリスとメルは何があっても動けるように。リディは家の入口から弓で援護を。過剰だと思うが、この状況では万全を期したい」

三人が頷き、それぞれの配置についたのを確認し、俺は粗末な紐の取っ手をゆっくりと引いた。

ギギィという小さな軋み音が静かな家に響く。

周囲より更に強いなめし皮の匂いが鼻をつく。扉の下には何枚もの毛皮が敷き詰められており、人の姿は見えない。

唐突に毛皮が持ち上がった。

そこにいる全員が息を飲んだ。横にいるベアトリスとメルがそれぞれの武器を強く握り締め、中を覗き込む。俺も剣を握り締め、警戒だけは怠らない。

毛皮の端を持ち、一気に引き剥がす。

その瞬間、「いやぁ!」という子供の甲高い悲鳴が響き渡った。

そして、俺は運命に出会った。