軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十四話「候補地探し」

トリア暦三〇一七年九月二十五日。

グレンジャー伯爵が起こした事件は無事解決した。

未だにリディたちはグレンジャー伯が処刑されないことに納得していないようだが、俺自身は王国からの干渉がなくなることに満足している。

もちろん、グレンジャーが手を出せなくなったことも安心材料だ。彼は近衛隊である聖銀騎士団に移籍しており、王宮外で権限を振るうことができないだけでなく、逆恨みで俺たちを害そうとしても力を失っている。爵位を失った上に、平騎士に落とされ、地位も権力も失った彼に手の出しようはない。

仮に手を出そうと画策しても、王国がそれを許すはずは無い。これ以上鍛冶師ギルドを刺激する危険性について、少なくとも王妃は気付いている。それに父親であるノーリッシュ公爵はグレンジャーが何か事を起こせば、公爵家に災いとなることを理解している。王国と公爵家の双方はグレンジャーを厳重に監視しているだろうから、何か動きがあればすぐに処分されるはずだ。

今日も朝から武具を作ってくれる鍛冶師たちのところを回ってから、その後、蒸留所建設の候補地を確認しにいくことになっている。

鍛冶師たちとの打ち合わせも昨日ほど時間を取ることもないだろうから、十時前には王都アルスを出発できるだろう。

予想通り午前九時頃には全員が集まり、昨日行きそこなったタナック村に向かう。

ただ、俺たちのことを心配した鍛冶師ギルドが、護衛として付ける 蒸留酒護衛隊(スコッチガーディアンズ) の人数を昨日の倍、つまり五名から十名に増員していた。

指揮を執るのは隊長であるラッセル・ホルトで開口一番、「昨日は災難だったな」と苦笑交じりにそう言ってきた。

俺も苦笑交じりに「確かに災難だったよ」と返し、

「これで王国の邪魔は入らないし、結果的には良かったかもしれないよ」

ギルド職員たちの見送りを受け、何事も無く本部前を出発する。

スコッチガーディアンズに加え、俺たち六人と従士のウィル・キーガンが騎乗し、鍛冶師ギルドウェルバーン支部の職員ジョナサン・ウォーターと総本部職員ジャック・ハーパー、そして、ラスモア村の蒸留責任者スコット・ウィッシュキーが馬車を使う。

今日の目的地であるタナック村はアルスから五kmと非常に近い場所にあり、タナック村を調査した後は近隣の村を回ってアルスに帰ってくる計画を立てていた。

タナック村では、鍛冶師ギルド向けではないが、アルスに売る麦酒や葡萄酒を造っているという。その生産量の多さと立地条件から蒸留所の建設候補地として選んだそうだ。ちなみに事前の調査では、タナック村の酒の評判は人によって大きな差があるという話だった。万民がうまいという酒ではないが、個性的な酒を造っているのかもしれない。

ここ数日は天候が良かったが、今日はやや不安定な感じで西の空には朝から灰色の雲が垂れ込めていた。アルスに住んでいるジャックに聴いてみると、天候の変化に敏感な行商人に尋ねた結果を教えてくれた。

「明日は雨かもしれませんが、今日一杯はもちそうな感じだそうです」

俺たちはいつも通り、防水性の高いマントをつけているし、スコットたちの乗る馬車も幌がかけられるタイプであるため、多少の雨なら問題はないのだが、やはり天気はいい方がいい。

やや蒸し暑い空気を感じつつ、アルスの正門を出て街道を南下していく。

山の斜面を利用して作られた王都の前面である西側には農地が広がり、小さな集落がいくつも点在している。八月頃には春播きの麦の収穫も終え、更に葡萄畑の収穫もほぼ終わっており、今は葉野菜や根菜類の畑で農民たちが農作業を行っている。ところどころに豚が放されており、養豚も盛んなようだ。

アルスから街道に出ると、東にあるケルサス山脈から流れ出す水が、多くの小さな川を形成している。街道には石造りの橋が架けられているが、大雨が降ると川が溢れ、街道が水浸しになることが多いそうだ。

一時間ほどで目的地のタナック村が見えてきた。

ここは宿場町となるにはアルスに近すぎるため、村自体は街道沿いには無かった。街道から三百mほどの東に入ったところに集落が形成され、その周囲は耕作地になっている。

村に向かう脇道に入ると、農作業をしている村人が何事かという感じで、こちらを窺っている。

二十名近い護衛を引き連れた馬車、それも荷馬車でもない普通の馬車が小さな集落に入ってくれば気になってもおかしくはない。

村には百軒近い家があるそうだが、比較的分散しているため、それほどあるようには見えない。ただ、一軒一軒の家は割りと大きく、周囲に花を植えるなどかなり余裕があるように見える。

中心部に近づくと、他の民家より大きな建物が見えてきた。外には大きな樽がいくつも並んでおり、今日の目的地である醸造所のようだ。

まずは村長に挨拶すべく、広場になっているところで馬を下り、俺とウィル、ジャックの三人が村長のものらしき大きな家に向かう。

傭兵を引き連れた馬車を見ていたのか、村長らしき、やや小太りの五十代の男性が俺たちを出迎えた。愛想笑いのような笑みを浮かべているが、警戒しているのかやや表情が硬い。

「この村の村長をしておりますデータスと申します……で、どのようなご用件で?」

データスは誰に話していいのか悩みながら、騎士のような出で立ちのウィルに話しかけた。

ウィルが答える前にジャックが目配せをしてから話し始めた。

「鍛冶師ギルドの職員をしておりますジャック・ハーパーと申します」

そう言って右手を差し出すと、データスは鍛冶師ギルドが何をしに来たのかといぶかしみながら、ジャックの右手を取った。

「鍛冶師ギルドでは蒸留酒の製造を考えており、その下見にここに寄らせていただきました」

データスは「蒸留酒?」と首を傾げるが、ジャックが「スコッチですよ」というとすぐに腑に落ちたのか、「あの噂の酒か」と納得する。

「で、うちの村でその蒸留酒を造るということですかな?」

ドワーフたちが愛して止まない酒、スコッチと聞き、データスが目を輝かす。その様子に現金なものだと思うが、鍛冶師ギルドの資金力を考えれば仕方ないだろう。

ジャックは内心呆れているかもしれないが、そんな素振りは一切見せず、冷静な声で「いえいえ、まだ決まったわけでは」と首を横に振り、

「今回はスコッチの発明者スコット様に蒸留酒造りに相応しい場所か見ていただこうと……水や元になる酒の状態、他にもいろいろとありますが、それらを確認いただくつもりです……」

食いつき気味のデータスをいなしながら、簡単な説明をしていく。

「分かりました。それでは私が案内いたしますが、まずは我が家で休憩されてはいかがでしょう」

データスは愛想笑いを浮かべながら、後ろにいる妻らしき女性に「すぐに用意しろ」と命じていた。

「お気遣い無用です。まだ、他にも回らなければならないところもありますし」

ジャックと断ると、意外なほどあっさりと引き下がり、

「では、私がご案内いたしましょう。少々お待ちいただけますかな」

データスはそう言うと奥に入っていった。

二、三分で戻ってくると、「では」と言って先導していく。

(想像していたより、鍛冶師ギルドの影響力は大きいみたいだな。やはりこれだけ近いとアルスの話はよく聞こえてくるんだろう……)

入口から外を見ると、データスの家から数人の若者が走り出すのが見えた。先ほど裏に行った際に、指示を出したのだろう。

村は至って平和で、のんびりとした空気が流れている。

だが、俺たちが何者か気になり、ちらちらとこちらを窺っている者が多い。やはり、都会に近いと言っても、小さな村では他所者は気になるようだ。

スコットたちと合流し、醸造所に向かう。醸造所は五百人程度の村にしては大きく、十人近い男たちが働いていた。

今は葡萄酒の仕込みをやっているようで、葡萄の甘酸っぱい香りが辺りに漂っている。仕方がないことなのだが、葡萄酒の仕込み時期によく見られる小バエのような虫が多く、目や口に入り閉口する。

ラッセルたち護衛には外で待ってもらい、スコットたちとともに醸造所の中に入っていくと、白っぽい漆喰で固められた壁の広い作業場になっていた。

「思ったより清潔そうだな。それに水も豊富だ」

俺がそう呟くとスコットも同意するように頷く。

引き込んでいる水を見せてもらうが、山の湧き水を直接引き込んでおり、水量も十分にあった。

水を飲ませてもらうと、沢の水らしくかなり冷たい水で硬度もそれほど高くはなく、蒸留酒に適している感じだ。

「水質もいいな。建物も蒸留器を置いても問題無さそうだし……スコットはどう思う?」

スコットにそう問い掛けると、

「そうですね。水と建物には問題は無いと思います。後は酒と職人でしょうか?」

意見は同じようなので、職人を呼んでもらう。

データスが呼びに行くと、奥から上半身裸の四十歳くらいの筋肉質の男が現れる。俺たちを見るとデータスに向かってぶつぶつと何か呟いているが、遠くてよく聞こえない。

「この男がここの責任者のゴドフリーでございます。少々偏屈ですが、腕は……」

データスの言葉を遮り、ゴドフリーが割り込んでくる。

「こちとら収穫祭の前で忙しいんだ。葡萄酒の仕込みもせにゃならんし、麦酒の出荷もある」

忙しいのか、かなり気が立っているようだ。

スコットはゴドフリーを見ながら、「確かにこの時期は忙しいね」といい、

「出来た麦酒の味を見させてもらえないだろうか」

データスがゴドフリーに小声で「蒸留職人のスコット様だそうじゃ」と耳打ちする。

ゴドフリーはスコットの名を知っているのか、僅かに目を見開くが、特に表情は変えず、不機嫌そうなままだった。

「奥にある。勝手に飲んでくれ。村長、俺は仕事に戻るぞ」

それだけ言うと、データスを無視して奥に引っ込んでいった。

データスは俺たちに「気難しいもので」と何度も頭を下げる。

スコットがそれに「気にしておりませんよ」と笑顔で答え、「奥に行かせて貰います」と言って中に入っていく。俺たちも遅れないようについていくが、さすがに酒造りの現場に来ると生き生きとしている。

若い職人を捕まえ、麦酒の味を見させてもらう。

色はやや濃い目の赤銅色。アンバータイプの麦酒のようだ。

口に含むが、さすがに温く、ビール特有の爽やかさは感じられない。僅かにホップの香りがするが、麦芽の甘さとともに酵母の雑味が口に広がる。

(不味くはない。冷やしたとしても美味いといえるかは微妙だが……ただ、度数は十分にありそうだ。ウィスキーにするならビールとしてうまい必要はないしな……これなら十分に原料に使える。後はゴドフリーという男が使えるかだ……)

「いけるんじゃないか?」

俺がそう言うとスコットも頷いて同意する。

「確かに酒精はかなり強そうです。これがいつも同じように出来るのなら、十分に候補になりますね」

そういいながら、他の樽の麦酒も試飲していく。

三つ目の樽のところでスコットの表情が曇る。

「品質が安定していません。彼の腕なのか、今回が特別に悪いのかは判りませんが……」

確かに三つの樽を飲み比べると二つ目は発酵が十分ではなかったのか、雑味が多くて度数も低い感じ。三つ目の樽は温度管理に失敗したのか、酸味が強すぎて酢のような味がする。他のものも確認したが、かなりいい加減に作っているようだ。

(事前調査で評価に幅があったのは、これが原因だな。味にムラがありすぎる。鍛冶師ギルド御用達になっていない理由も判った気がする。こう思うとスコットの腕は元々良かったんだよな。味が変わるなんて話はベルトラムから聞いたことが無いし……)

ラスモア村の鍛冶師ベルトラムはドワーフらしく酒の味にはうるさい。その彼が文句を言ったという話を聞いたことが無いということは、スコットの醸造の腕が良かったのだろう。

「ゴドフリーがうちの蒸留所に修行に来ればいいんですが……もし、来ないなら、この村で蒸留酒を作るのは難しいかもしれません」

俺もスコットの意見と同じだった。

麦酒の味がどうこうではなく、酒に対する意識の問題だ。発酵時間や温度の管理は酒造りの基本中の基本だ。それが疎かになっている。つまり、俺とスコットはゴドフリーという職人から酒に対する情熱を感じなかったのだ。

もう一度ゴドフリーを呼んでもらい、蒸留所で修行をする気はないかと尋ねたが、「はぁ? 今更三年も修行をやれるかよ」と答えてきた。

更にここに蒸留所が出来た場合に、若い蒸留職人の指示に従って原料の酒を造ることが出来るかと率直に尋ねたが、「若造の言うことなど聞けるか」と反発されただけに終わった。

俺とスコットは頷くと、

「邪魔をしてすまなかった」

と言って、醸造所を出て行く。

ジャックとジョニーにここの若い職人や近くの村人に、それとなくゴドフリーと村人の関係を聞きに行かせており、その結果を聞くと、意外にも面倒見がよく、村人との関係は良好だということだった。どうやら、人見知りでもないが初対面の人間とうまくやるのが苦手なだけのようだ。

(そうなるとこの村に蒸留所を造るのは難しいかもしれないな。立地的にはいいんだが、村人の関係を壊すのは本意じゃないしな……)

ジャックを呼び、

「ここは候補止まりだな。他にいいところがなければ仕方がないが、とりあえず、他を見に行こう」

彼は頷くとすぐにデータスに出発することを告げにいった。

データスは「昼食時ですので、うちで食事をされてはいかがでしょうか」と引止めに掛かったが、ジャックがやんわりと断り、タナック村を出発した。

タナック村に近い次の候補地を二箇所見に行ったが、水質が良くなかったり、保守的な村で蒸留所建設に乗り気でなかったりと、結局、その日は大した成果を上げることができなかった。

ウルリッヒにそう報告すると、「さすがに一日目で見つかることは無かろう。お前がいる間に見つけてくれればよい」と逆に励ましてくれた。

だが、それから三日間、周辺の村を調査したが、タナック村と事情はほぼ同じであり、蒸留所に適した醸造所を探し出すことは出来なかった。

収穫祭の前夜祭を明後日に控えた九月二十八日。

その日も空振りで、俺たちの士気は低い。特にここ二日間、雨模様だったことも気を重くさせている原因の一つだ。

その日の夕方、雨に濡れた体を乾かしながら、俺とスコットでもう一度、考え方を整理することにした。

「村にこだわる必要は無いかもしれないな。ここアルスに作っても良いわけだし」

やや諦め気味の俺の言葉にスコットは首を横に振る。

「しかし、ここでは水の問題がありますよ。それに貯蔵も」

確かに彼の言うとおりで、アルスはケルサス山脈の麓にあり、斜面を利用して作られた特殊な城塞都市と言える。そのため、城壁の内側の面積に余裕がなく、また、狭い都市の割には人口が多いことから、生活用水の問題もある。

幸い、アルスには豊富な水源があり、一万人の住民の生活用水をまかなうことは出来ている。だが、蒸留所は醸造段階だけで無く、樽の洗浄など水を多く使用する。正確に水量を測定することは困難だが、住民の生活を脅かす可能性があるなら、ここに作ることは出来ない。

更に言えば、この狭い都市に樽の貯蔵庫を設置することは非現実的だ。

もちろん、スコットに言われるまでもなく、俺もそれは理解している。だが、四日間空振りが続いたため、つい愚痴がこぼれたのだ。

「そうだな。だとすれば、見方を変えて、新たに森を切り開くか」

俺たちがなぜ近隣の村に拘ったのか。

スコッチは原料である麦が大量に必要であり、農村であれば、それらを入手することは容易だ。また、農閑期には労働力を確保することも比較的容易い。

それに農村であれば、スコッチに必要な飲料に適した水もあるはずで、後は麦芽の乾燥と蒸留釜の燃料に使用する石炭や薪が豊富に手に入ればいい。

この辺りは山に豊富に石炭があるため、道路さえ整備されていれば、燃料の心配はほとんど必要ない。

それに引き換え、新たに森や山を切り開いて蒸留所を造るとなると、まず道路の敷設から必要になる。それだけではなく、当然労働力が必要であり、その確保も課題だ。

家族も含め、数十人が住む集落の建設が必要になるし、当然、魔物や盗賊から身を守るための手段も講じなければならない。

そのため、短期間での調査ということもあり、まずは近隣の村々から始めたのだ。もう一つの理由は、森や山での行動に慣れていないスコットやジャックたちのことも考慮したことだ。

さすがに王都近郊ということもあり、街道や村で魔物や盗賊が出没することは稀なのだが、山や森に入れば、少なくとも魔物に対する危険は一気に増大する。

「……そうですね。まずはアルスに近い場所にある渓流沿いから調べてみますか」

スコットも腹をくくったようで、控えめな彼にしては珍しく決意を前面に出していた。鍛冶師たちに期待されながらも結果が出せないことが気にかかっているようだ。

「明日はギルドの職員たちに冒険者や狩人からの聞き取りをやってもらおう。その結果を聞いてから、山に入る方が効率的だ。明日もう一日だけ、近隣の村を回るとするか」

俺たちはもう一日だけ近隣の村を調査することにした。