軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十五話「欠かせないもの」

トリア暦三〇一七年九月二十八日。

蒸留所建設候補地探しを始めて四日目の朝。

今日もどんよりとした厚い雲の下から小粒の雨が落ちている。本降りというほどでもないが、さすがに三日目ともなると、街道のぬかるみも酷い。

昨日までは王都アルスから南側と北側、つまりケルサス山脈の山沿いの村を見に行ったが、今日は目先を変えて西側の村々を巡ることにした。

アルスから西側に行くと、大河ファータス河の方に向かうことになる。源流にかなり近い場所だが、日本の河川とは規模が違うため、かなりの水量があるそうだ。

今日はファータス河まで行くつもりは無く、片道二時間程度でいける範囲に絞っている。

ほとんど霧のような小糠雨程度の雨だが、それでも防水のマントをしっかりと着ていないと、中が徐々に濡れていく。九月の終わり頃とは言え、涼しいほどの気温ではなく、高い湿度と着こんだマントによってかなり鬱陶しい。

今日の目的地はアルスから西に十kmほどの場所にある村だ。途中にもいくつか集落はあるが、規模が小さいため、素通りする予定だ。

今日も朝一番で鍛冶師たちのところに顔を出した後、出発した。

調査は空振り続きだが、武具の進捗は順調で、アルスを出発するまでに完成することは間違いない。それどころか、鍛冶師たちのやる気がすさまじく、月が変わる前に完成しそうな勢いだ。

雨が降っていることと、昨日までの成果が芳しくなかったことから、護衛を含め、全員の士気はあまり高くない。それでも気合を入れ直して、今日の調査に向かっている。

アルスから西に向かう道は緩やかな下り坂になっているが、所々に丘があるため、道は一定の下り坂ではなく、何度もアップダウンを繰り返していた。

いくつかの丘を越えたところで、かなり広い草原が見えてくる。

最初は放牧地かと思ったのだが、放牧されている家畜も無く、背の高い草が伸び放題という感じだ。

草原の中の道に入ったところで、放牧が行われていない理由が判った。

(なるほど……放牧されていないはずだ……)

ここは草原ではなく、湿地だったのだ。

それもかなり広い湿地で南北に二kmほど、東西に一kmほど。周囲が丘で囲まれており、盆地のような地形と言えなくもない。

西の端に集落が見えており、そこが今日の目的地の村なのだろう。

湿地ということで蚊のような小さな虫が多数飛んでおり、小雨程度は関係ないのか、蚊柱のような黒い塊が何本も見えている。

ここも駄目そうだなと何となく感じていた。

まず、湿地ということで水質が良くない可能性が高い。更に原料となる麦の栽培にも向いていないから、わざわざ原料を運んで酒を造る必要がある。

(ここまで来たんだが、無駄足だったか……まあ、折角だから見るだけ見ていくか……)

小雨で霞が掛かった道をゆっくりと進んでいく。

徐々にはっきりとしてきた集落は緩やかな丘の斜面にあり、一軒一軒の家が石積みの壁と木の柵によって囲まれていた。

事前に聞いた話では人口は四百人ほどと、それほど大きな村ではない。

近づくにつれ、徐々に丘の様子が明らかになる。

まばらにある家の周りには、葉野菜や根菜らしき野菜の畑があり、この村では穀物ではなく、野菜類を主に生産しているようだ。

そして、変わったものを見つけた。

湿地の一部に四角い土の塊のようなものが何段も積み上げられているのだ。

俺はその光景を見て、思わず馬を駆けさせていた。

(もしかしたら……俺が思っているものなら……)

俺が馬を駆けさせたことにリディが驚き、「何があったの!」と叫び、振り返ると 蒸留酒護衛隊(スコッチガーディアンズ) の面々やベアトリスたちが一気に警戒を強めていた。

俺はしまったと思ったが、「危険はない! ちょっと確認したいだけだ」と叫んで、目的地に向かった。後ろからリディ、メル、シャロンが追いかけてくる。

目的地に着くと、馬を飛び降り、そこにあったものを手に取った。

「ようやく見つけた。これが絶対に必要なんだ」

俺が手にしているものは、半ば朽ちた草が混じった泥の固まりだった。

そう、俺が見つけたものは泥炭。つまり、ピートと呼ばれる燃料だ。

スコッチに欠かせないスモーキーな香りを付ける 泥炭(ピート) 。

ラスモア村近くで探したが、全く見付からず、学術都市ドクトゥスで調べても、北のサルトゥース王国の海側で使っているところがある程度で、トリア大陸の中央部付近ではほとんど使われていなかった。

泥炭は草が石炭化したようなもので、燃料や土壌改良剤として用いられる。うろ覚えだが、植物が枯れた後、微生物の分解より堆積が早いと出来るらしい。そのため、微生物の活動が活発でない寒冷地に多かったはずだ。この辺りが寒冷地なのか微妙な気がするが、標高が高いため、冬はかなり寒いと聞いていた。

俺が嬉しそうに泥炭の塊を手に取っていると、リディが「どうしたの。突然」と少し棘のある声で聞いてくる。

「探していた 泥炭(ピート) なんだ、これが。ようやく見つけたんだ……」

その時の俺は周りが全く見えていなかった。宿に帰ってからリディとベアトリスにきつい説教されたのだが、その時はピートを見つけたことで舞い上がっており、リディたちが心配していることに気付かなかった。

「これがあれば、スコッチはもっとうまくなる。どうやって運ぼうか。それより、これを売ってもらえるんだろうか……」

そんなことを呟いていると、全員が俺のところに到着したようだ。

スコットが馬車をおり、俺の横に立ち、「これが例の……」と小声で聞いてくる。そこで俺もようやく周りが見えてきた。スコット以外の全員が呆れ顔で俺を見ていることに気付く。

俺はばつが悪く、誤魔化すように笑いながら、

「ああ、これがピートだ。いや、多分そのはずだ。俺も実物は乾燥したものを見たことがあるだけだからな。本当にそうなのか、まだ判らない……」

スコットには小声でそう言ったが、本で見たアイラ島――スコッチの名産地。スモーキーなフレーバーが特徴でピートが多く採れる――の写真にそっくりで、間違いないと思っている。

「これでザック様がおっしゃる“ スモーキー(ピーティ) ”なスコッチが……」

スコットも俺の話を聞いているため、顔を紅潮させてピートを手にしていた。

ギルド職員のジャックとジョニーが恐る恐る俺たちの会話に割り込んできた。

「これが必要なものなのですか? ただの泥のように見えますが?」

ジョニーがそう言うと、アルス育ちのジャックが「確か燃料になるはずなんだけど……」と呟き、

「これは質の悪い燃料で、これを使うと家中が煙たくなるそうです。それにこれを使うと麦酒が臭くなると聞いたのですが……」

俺は頭を振り、「これは絶対に必要だ」と言ってから、ジャックの肩を掴む。

「ぜひともラスモア村に送って欲しい。量はそれほど必要じゃないが……後でスコットと相談するが、何とかこの村と交渉してもらえないか」

俺の勢いに驚くものの、ジャックは大きく頷き、

「ザカライアス様がそうおっしゃるなら、きっと必要なものなのでしょう。お任せください。必要な量は必ず確保します」

ジャックはなぜ必要なのかは理解できないものの、俺とスコットが必要だということで納得したらしく、やる気を漲らせていた。

後で乾燥した物を実際に燃やして確認したところ、独特の香りが立ち込めた。本物のピートの香りを嗅いだことはなかったが、俺の求めていたもので間違いないと確信している。

俺が落ちついたところで、村の中に入っていく。

その頃には俺たちに気付いた村人が何事かと集まっていた。

「私たちは鍛冶師ギルドの依頼を受けたものです! 新しい酒を造るための候補地を探しています……」

ジャックがいつものようにそう宣言すると、村長らしき人物が現れ、この村には大きな醸造所はなく、原料も少ないので難しいと申し訳無さそうに頭を下げる。最初からかなり腰が低いので理由を聴いてみると、ここの野菜や家畜の主な顧客はドワーフたちだそうで、いつも高値で買ってくれる上客なのだそうだ。

確かにジャガイモらしき根菜の畑とキャベツ畑のようで、ジャガイモとキャベツというと 麦酒の国(ドイツ) を思い出すほどだから、ドワーフたちが買ってもおかしくない気がする。更にここには良質な豚が多く、 腸詰(ソーセージ) にしてギルドに買い取ってもらっているらしい。

「ドワーフの皆さんもうちの村の酒は口に合わんそうで……それにこの村の職人はついこの間、代わったばかりで……まだまだ、麦酒も時々失敗するような職人の酒をドワーフの皆さんにお売りするわけには……」

都合のいい話が次々と出てくる。

(この村で蒸留所が造れれば、“アイラ”のような特徴的なスコッチができるかもしれない……ピートも鍛冶師ギルドを通じて頼めば、足元を見られることは無さそうだし……)

その後、醸造所を見せてもらうが、村長の言うとおり、三十にもなっていない若い職人たちが酒造りに励んでいた。それまで仕切っていたベテラン職人が突然病に倒れたため、急遽、若い職人たちが力を合わせて跡を継いだそうだ。

交渉を進めていくと、良質な燃料の調達や貯蔵庫の設置場所など、いくつかの問題はあるものの、職人たちは新しい酒、蒸留酒に興味を示し、ラスモア村に修行に行きたいと言う者もいるほど順調に進んでいった。

最終的にここに蒸留所を造るかは、ここの職人が修行を終えた段階で決めることになった。

泥炭(ピート) についても、鍛冶師ギルドが輸送の責任を負うということで、かなり安く手に入ることになった。

翌九月二十九日。

アルスから数km圏内の渓流を中心に、山裾にある森の調査を行うことになった。

昨日までの雨模様が嘘のように晴れ渡り、秋特有の高い青空が天を覆っている。

今日は森の中が主ということで徒歩での移動となる。このため、鍛冶師のところに顔を出すことなく、早朝に出発している。

危険な森ということで、 俺たち六人(ザックセクステット) だけで候補地を探すことにしていた。ギルド長のウルリッヒは 蒸留酒護衛隊(スコッチガーディアンズ) を護衛に付けると言ってきたが、連携がとれる六人の方が安全だということで断っている。

ギルド職員からの情報を元に、アルスの南二kmほどのところにある川を遡っていくことにしていた。情報では森の中は比較的平坦で道が作りやすいことと、森に入って二kmほど上流に遡ると小さな滝があるそうで、水が豊富な割りに水質が良いと言う話だった。

晴天の中、久しぶりに徒歩で行動すると、すぐに汗が噴き出てくる。しかし、森に入ると昨日までの雨のためか、ぼんやりと 霞(かすみ) が掛かる清涼な空気が満ちており、暑さを忘れさせてくれる。

楢のような大木が多く、ラスモア村の森を思い出させるが、ここの方が魔物や獣の気配が濃い。

実際、何度か 巨大クモ(ジャイアントスパイダー) や森狼、 茸魔人(フォングス) に襲われている。もちろん、大した敵ではなく、近づく前に魔法で倒している。

ケルサス山脈はアクィラ山脈ほど有名ではないが、上に行けば竜が多く棲み、中腹辺りでも三級相当の 火竜(サラマンダー) や四級相当のコカトリス、マンティコアなどの魔物が多く現れる危険な場所だ。さすがに麓であることと、最も警戒が厳しい王都周辺であることから、そんな強力な魔物は滅多に出ないそうだが、油断はできない。

幅五mほどの渓流を遡っていくが、それほど険しいわけではなく、二時間ほどで目的地である滝に到着した。

そこは霧に覆われた幻想的な場所だった。

滝は落差四、五mほどのものだが、水量が豊富で辺りには細かい 飛沫(ミスト) が舞う。周囲の木々は瑞々しい緑と、始まったばかりの紅葉がコントラストをなし、神々しさすら感じさせていた。

滝の水をグラスに汲んでみるが、濁りは全く無く澄み切っており、水質は問題無さそうだ。実際口に含んでみたが、苦味やえぐ味もなく、硬度も申し分ない。

(街道から二kmほどか。道を作ればそれほど問題ないと思うが、魔物がどの程度出るかだな。まあ、鍛冶師ギルドが仕切るなら、スコッチガーディアンズのような優秀な傭兵を雇うだろうし……何より水が豊富だ。それに木材も。この辺りを切り開けば、数十人程度の集落ならすぐに出来そうだな……)

その後、この森の中を調査していくと、湧き水が豊富でところどころに泉があった。ケルサス山脈の伏流水が湧き出しているようだ。

(これなら、この森の中に蒸留所を造っていけば、輸送の効率も上がるな。この川の名前を知らないが、川の名前を取って“何とかサイド”ってしたら、いいかもしれないな……)

ここをスコットランドにあるスペイ川沿い、つまり、スコッチの蒸留所が集まる有名な“スペイサイド”のような場所にできないかと考えていた。

今回の調査結果をウルリッヒに報告すると、

「その川沿いに蒸留所を造れというのじゃな……良かろう。あの辺りなら王家の直轄地で間違いない。ならば、我々で開墾しても問題なかろう。カティがおるかぎり、王家も貴族も何も言ってこれぬだろうしな……」

昔の日本やヨーロッパなどとは異なり、この世界において開墾はどの国でも奨励されている。これは“森”というものに対する考え方の違いだ。地球では森は資源を与えてくれる恵みの地であり、中世頃でも勝手に開墾することは出来なかったはずだ。だが、この世界での森の認識は、“危険な魔物がいる場所”であり、積極的に森を切り開いていくことは、人間の生存圏を広げていくことになる。特に人口が少ないカウム王国では森を切り開くことに対し、魔物の討伐や免税措置なども行っている。

今回は王家の直轄地ということで一悶着あるのかと思ったが、王妃という押さえがある限り、問題は無さそうだ。

後に知ったことだが、この川の名前はスレイ川というそうだ。

ちなみに 泥炭(ピート) があった村だが、ボウ村と呼ばれており、ピートが採れる湿地はボウ 湿地(ムーア) という名だ。近くの人たちは“ボウムア”と発音しているらしい。

俺は暢気に蒸留所候補地探しをしていた。その間に、運命の歯車が大きく動いているとも知らずに。