軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十二話「王妃の策」

トリア暦三〇一七年九月二十四日午後三時過ぎ。

カウム王国の王都アルスの一画、鍛冶師街と呼ばれる地区には、普段の活気ある雰囲気とは異なり、不穏な空気が漂う。昼過ぎにギルド本部前で起きた王国貴族の暴挙により、ドワーフの鍛冶師たちが殺気立ち、それに釣られるような形で近隣の住民や、取引先の商人たちの気が立っていることが主な要因だ。

鍛冶師ギルドの匠合長ウルリッヒ・ドレクスラーは、俺からの言葉――グレンジャー伯爵に対して言ったザックコレクションをアルスには売らないという言葉――を受け取った後、直ちに王宮に抗議に行った。抗議というよりほとんど殴り込みのような形で、最終的には百人以上の鍛冶師たちが彼に付き従っていた。

そんな状態で王宮に向かった彼らだが、少し前に戻ってきている。その表情は未だに怒りに満ち、必ずしも納得して戻ってきたわけでは無さそうだ。

当事者である俺たちは宿に戻ることなく、ギルド本部に篭っていた。

国王が派遣した伯爵が剣を向けたという事実がそうさせているのだが、自分でも過剰反応だったのではないかと思い始めていた。

(おかしなことが多かった……エッジカンブ伯の態度もそうだが、グレンジャーという伯爵の行動は異常だった。何が目的で、誰が仕組んだのかは判らないが、冷静に考えれば、ここで俺を排除して得をする人物がいるとは思えない。カウム王国の国力が低下して喜ぶのは魔族ぐらいだが、そもそも魔族がこんなまどろっこしい手を使うとは思えない……だとすれば、俺を出汁にした謀略が行われている可能性が高い……もし、そうなら、俺たちがあの場で傷付けられる可能性は限りなく低かったんじゃないか……)

そう考えるが、判断できるだけの材料がなく、悶々としていた。

王宮から戻ってきたウルリッヒが俺のところにやってきた。

「王妃と話をしてきた……」

怒りを抑えながら話を聞いていくと、偶然通りかかった王妃カトリーナが話を聞き、今日中に納得できる説明をするということで引き上げてきたらしい。

「……だが、納得したわけじゃねぇ。まあ、あの王妃さんは王宮の中じゃ唯一話が分かる御方じゃ。何とかしてくれそうだと思って戻ってきたんじゃが……国王がお前に頭を下げねば納得などできん!」

再び怒りが込み上げてきたのか、声が大きくなっていく。

「これから緊急の総会を開くんじゃ。もうそろそろ揃う。お前も出てくれ」

徐々に話が大きくなっている気がするが、こちらに非はないし、ウルリッヒが信用している王妃が何とかすることを期待して、とりあえず静観することにした。

集会室には既にほとんどの親方クラスのドワーフが集まっていた。今回はアルコールの 類(たぐい) は一切無く、職員たちの姿もほとんどなかった。

ザックコレクションの試飲会の時とは異なり、皆表情は険しい。だが、俺の姿を見つけると、「無事でよかった」とか、「俺たちが何とかしてやる」と明るく声を掛けてくれるが、すぐに表情は硬くなる。蒸留所の建設のことや、俺に対する仕打ちに義憤を感じていることもあるのだろうが、鍛冶師ギルド本部とともに自分たちもここから出て行くとなれば、やはり生活への不安もあるのだろう。

ウルリッヒが総会の開会を宣言する。

「今日は王国の騎士がザックに絡んだことと蒸留所建設への妨害について、話し合ってもらう。まずは状況から説明せねばならんな。ジャック、お前は一部始終を見ておるな」

ギルド職員のジャック・ハーパーは大きく頷く。

「では、お前からみんなに説明してくれ」

ジャックは演壇に立って一礼すると、グレンジャー伯爵が俺の意向を無視したこと、更には平民風情と罵り、最後には剣を向けたことなどを説明していく。

特に脚色や誇張することも無く、淡々とした説明だったが、ドワーフたちの表情が更に険しくなり、途中で怒号が上がるなどして、何度も中断した。

「……そして、グレンジャー伯に剣を向けられたザカライアス様が私にこうおっしゃいました。“カウム王国が、私と私の仲間に危害を加えるつもりなら、今後、永久にザックコレクションはこの王国に住む者には売らぬ”と。その言葉を遺言として匠合長にお伝えするようお命じになられました。私が知っているのは以上です」

ザックコレクションを売らぬという言葉のところで、ドワーフたちの顔に落胆の表情が浮かぶ。決まったわけでもなく、自分たちに売らないと言ったわけではないことは理解しているようだが、それでも長期熟成酒が飲めなくなるかもしれないということがショックだったようだ。

(悪いことをしたな。グレンジャー伯を脅すだけのつもりだったんだが、これほど落胆されると……これからは言葉をきちんと選ばなければいけないな……)

俺は手を挙げ、発言の許可を貰う。

「皆さんに売らないと言った訳ではありませんし、決まったわけでもありません。私としては、王国が訳の判らない対応をとらなければ、それだけで十分なのです」

俺の言葉に安堵の息が漏れると同時に憤りの表情を見せる。

ウルリッヒが「言いたいことがある奴はいねぇか」と言うと、次々と発言を求める。

「この国にいなきゃならんという法はねぇ。儂らの邪魔をするなら、とっとと他所へ移っちまった方がいいじゃろう」

この意見が大勢を占めていたが、こんな意見も出てきた。

「いっそのこと、ラスモア村に移ればいいじゃねぇか。あそこならカウムはそう遠くねぇ。材料は手に入るし、何より酒がある!」

その意見に「そうじゃ、そうじゃ!」と同意の声が上がる。

「森を切り開きゃ、いくらでも土地はあるはずじゃ。儂らが勝手に開拓するが、領主がロックハート家なら帝国は文句どころか大賛成じゃろうし、ラクスもペリクリトルもアウレラも近くなるから、賛成するはずじゃ」

確かにその通りなのだが、そんなに簡単な話ではない。

森を切り開いて町を作ることは豊富な資金を持つ鍛冶師ギルドなら、それほど困難ではないだろう。だが、国際関係を考えると頭が痛くなる。

ロックハート領はカエルム帝国の騎士領だが、遠隔地であり、かつ、飛び地になっている。このため、半独立国と言ってもいいほど帝国からの干渉はなく、逆にロックハート家も帝国に対して義務を果たしていない。

これについては、ロックハート領を管轄する北部総督府の意向が関わっている。北部総督であるラズウェル辺境伯は、命の恩人である祖父が領都ウェルバーンで貴族たちのやっかみなどを受け、嫌気がさして村に引きこもったことを気に病み、本来は騎士の義務であるはずの出兵についても免除している。仮に辺境伯が出兵を強要してきても帝国の庇護下にあるわけでもなく、騎士の爵位を返還し独立してしまえばいいだけなので、辺境伯も無理を言えない状況とも言える。

だからと言って、鍛冶師ギルドがロックハート領に移っていいと言う話にはならない。

鍛冶師ギルドは商業、魔術師、冒険者、傭兵の各ギルドと並ぶ五大ギルドの一つだ。いずれも国家の枠組に囚われず、独自の強大な力を持っている組織だ。

鍛冶師ギルドは危険な魔物が多く棲むこの世界にあって、武具の生産に対し、大きな影響力を持っている。ウルリッヒやゲールノート級の鍛冶師はギルド本部があるアルスにしかいないし、ドワーフの鍛冶師はほぼ全員鍛冶師ギルドに所属し、基本的にはギルドの方針に従っている。

特に酒が絡むとドワーフたちの結束力は異常なほど強い。一国を揺るがすほどの力を持つ組織がロックハート領に移転してきたら、ロックハート家は大変なことになる。

まず、カエルム帝国が積極的に動くだろう。帝国領内にギルド本部が出来るのだから、当然、それに対し何らかの影響力を発揮したいと考えるはずだ。そうなると、今の地理条件は非常に拙く、帝国としてはロックハート領と本国とを接続することを考えるはずだ。

ロックハート領と帝国本土との間にある国は、傭兵の国フォルティスと商業都市アウレラを筆頭とする都市国家連合だ。フォルティスは傭兵の国ということと、険しい山に囲まれた盆地にあるため、帝国が進攻することはないだろうが、都市国家連合は事情が異なる。

アウレラ街道沿いにある城塞都市国家の連合体であるが、傭兵と冒険者によって安全を守っているため、いずれの都市もほとんど固有の武力を持っていない。これは非武装中立により帝国の警戒心を和らげ、アウレラ街道の交易を活発化させるための方策なのだが、帝国が 一度(ひとたび) 牙を剥けば都市国家連合は一気に瓦解する可能性がある。更にアウレラ街道が帝国の支配地域に入れば、関税や腐敗した貴族に対する賄賂などで交易が停滞する可能性が高い。

つまり、鍛冶師ギルドがロックハート領に移転するという情報が流れれば、帝国が動く前にアウレラの商業ギルドが何らかの手を打ってくるはずだ。彼の国は金儲けのためなら少々のこと、いや、どんなことでもやる国だ。魔族がアクィラ山脈――魔族の地クウァエダムテネブレと西側の諸国を分ける大山脈――を越え、ラスモア村に侵攻したように見せかけて、ロックハート家を抹殺するような乱暴な謀略を行う可能性すらある。

ロックハート家がラズウェル辺境伯家ほどの力を持っていれば、遠隔地ということで帝国やアウレラに対抗することは可能かもしれないが、何分、従士が数名しかいない非常に小さな組織であるため、大国が何か仕掛けてくれば対抗することは困難な状況だ。

そう考えると鍛冶師ギルドがロックハート領に移転してくることは非常に危険だ。

俺が考える最善のシナリオは鍛冶師ギルドがアルスに居続けることだ。もちろん、カウム王家が俺に牙を剥くなら、対抗手段としてギルドの移転を促すかもしれない。

移転先の候補はラクス王国の王都フォンスになるだろう。ラクスであれば国力は十分にあり、帝国やアウレラの干渉を防ぎえる。但し、帝国と休戦状態にあるとは言え、決して良好な関係ではないため、戦争を引き起こす可能性は否定できない。結局のところ、アルスにいてもらうのが一番なのだ。

そんな声が上がるが、ウルリッヒは「結論を急ぐことはなかろう」と言って、移転の話を打ち切った。

(いい判断だ。さすがはギルド長というところか……)

ウルリッヒは更に言葉を続けていた。

「……本部の移転はともかく、どう落とし前をつけさせるかじゃ。蒸留所の建設を邪魔されたことはもちろんじゃが、ザックに手を出そうとしたところが気に入らん! 儂らの“仲間”に手を出そうとしたんじゃ。落とし前の付け方によっちゃ、儂らの出方も考えねばならん」

ウルリッヒの言葉に「そうじゃ!」という賛同の声が上がる。

開会から二時間ほど経ち、一旦、休憩に入る。

俺はウルリッヒに頭を下げ、

「すまない。俺がもう少しうまく立ち回っていれば、こんなことにならなかったかもしれない」

ウルリッヒは「お前のせいではなかろう」と俺の肩を軽く叩いてから、

「国王か、シャーゴールド辺りが企んだのじゃろう。お前さんはそのとばっちりを受けたに過ぎん」

カウム王国の国内事情について、俺も少しだけ調べていた。

王家であるブレントウッド家とノーリッシュ、スウィントン、モンクトンの三公爵家の関係は、長年にわたり対立しているのだが、その四家は複雑に合従連衡を繰り返しているため、簡単な図式で対立を表すことができない。

単純化して状況を整理すると、王家とノーリッシュ家が対立している状況で、王家がモンクトン家を取り込もうとしている。スウィントン家は現在の当主が慎重な性格であり、両者から距離をとることで中立を保っている。王家とつながりを持つモンクトン家だが、これも単純ではない。現当主であるラディスラスはまだ三十になったばかりだが、野心家で王家を乗っ取る気でいるという話すら聞こえてくる。

こんな状況で国として何とかまとまっていられたのは、ひとえに魔族の存在にある。魔族が定期的にトーアに進攻してくるため、国難に対し図らずも協力することになり、国として維持できているようだ。

(外敵が適度なタイミングで刺激を与えるから、国として崩壊していないんだろうな。それにしても、王妃はどうやってこの事態を収めるつもりなんだろう。権力、金では動かない集団相手に……手がないわけじゃないが、王家が取る手段とは思えないしな……)

休憩時間を終え、再開しようとした時、慌てた様子の職員がウルリッヒに耳打ちする。何が耳打ちされたのかは聞き取れなかったが、「何じゃと……」という声とともに、彼の顔に驚きの表情が浮かんでいた。

彼はすくっと立ち上がり、

「王宮の方針が決まったそうじゃ」

その言葉に鍛冶師たちの表情が一斉に厳しさを増す。

「今、下に王妃様が来ておる。我らに直接伝えたいとの仰せじゃ」

王妃が直接乗り込んでくるとは思っていなかったようで、さすがのドワーフたちも驚きを隠せない。

俺自身、自国の王都の中とはいえ、一国の王妃が王宮から赴いてきたことに驚いていた。

(フットワークの軽い人だな。それとも危機感がそれだけ強いということか……しかし、どんな方針になったんだろう。聞くのが怖い気もするが……)

俺がそんなことを考えている間に、ウルリッヒは集会室を出て行った。

数分後、ウルリッヒとともに一人の中年の女性が入ってきた。

煌びやかな衣装を身にまとった貴婦人が入ってくると思っていた俺は意表を突かれた。

仕立てはよいのだろうが、着ている服は平民のそれとほとんど変わらず、 帆布(キャンバス) のようなベージュっぽい色のチュニックに、やや濃い茶色のロングスカートを身に着けた、商店の女将と言った方がしっくり来る。

王妃が入ってきたところで、全員が立ち上がり、頭を下げる。

身分に無頓着なドワーフの鍛冶師たちでも、さすがに一国の王妃ともなれば、きちんと敬意を表すようだ。

俺たちも同じように立ち上がり、王族に対する礼を捧げる。

「昼間の件で話したいそうじゃ」

ウルリッヒがそういうと、王妃はにこやかな笑みを浮かべ、「皆様、お座りになってください」と着席を促す。

その声は母性を感じさせる落ち着いたもので、聞く者に安心感を与える気がする。

俺は素直に感心していた。

(さすがは一国の王妃様だ。怒れるドワーフたちを前に、これだけ落ち着いていられるんだからな。こう言っては失礼なんだろうが、見た目はそこらの八百屋か飯屋の 女将(おばちゃん) だ。だが、一つ一つの所作や物腰には 女王(・・) の貫禄がある……)

「我が王国が皆様にご不快な思いをさせたこと、深くお詫びいたしますわ。特にザカライアス卿には本当に申し訳ないと思っております」

そういって、俺に向かって頭を下げる。

俺はまさかこの段階で頭を下げてくるとは思っておらず、慌てて頭を下げ返し、「頭をお上げください」というのが精一杯だった。

王妃はにこりと微笑み、ドワーフたちに向かって話を続けていく。

「今回の件についてですが、 私(わたくし) に全て任されております。もちろん、陛下もご承知いただいております……」

そこで集会室にいる全員を見回し、

「今回のようなことが二度と起こらないようにするためにはどうすべきか、そのことについて、私の結論を直接皆様にお伝えしたいと思い、参りました……」

どのようなことが伝えられるのかと、集会室の緊張感が一気に高まる。

「……私の結論、いえ、王国の方針でございますが……」

聞いている鍛冶師たちが一斉に息を飲む。

「……王家及び王国貴族は鍛冶師ギルドに対し、どのようなことであれ、一切干渉しない。これを国是とし、公文書として永久に残します」

俺を含め、ここにいる全員が肩透かしを食らったように混乱していた。

(干渉しないだけなのか……)

ドワーフたちが困惑している中、王妃は更に言葉を続けていく。

「……もちろん、他の民たちと同様に王国の庇護下にあり続けます。ですから、民たちと同様に納税などの義務は果たして頂きますし、罪を犯せば当然罰します。ですが、義務を果たして頂ければ、それ以上の干渉は一切致しません。これは王家であるブレントウッド家が存続する限り、変わることはありませんし、破るものがあれば、厳しく罰します。当然、その中には王家ブレントウッド家も入ります」

随分と都合のいい話ではないか、最初はそう思った。

住民としての義務はそのまま、単に干渉しないだけというのは、普通に考えれば謝罪の意味は全くないとしか思えないからだ。

ウルリッヒが鍛冶師を代表して、「それだけなのか?」と疑問を口にした。

「私には鍛冶師の皆さんが、これ以上のことを望まれると思えなかったのですが?」

王妃の言葉に思わず頷いてしまった。

確かにその通りなのだ。

鍛冶師たちにとって、王国から便宜を図ってもらうメリットはほとんどない。 競争相手(ライバル) がいるわけでもないから、王国が後ろ盾になって産業として保護してもらう必要はなく、経済的にも政治的にも十分な力を持っているため、鍛冶師ギルドに王国の庇護は全く必要ないのだ。

「皆さんに必要なのは、自由に仕事が出来る環境ではないのでしょうか? それを守るというのが、今回の私の、いえ、カウム王国の提案なのです」

王妃の言葉にウルリッヒ以下の鍛冶師たちが考え込む。王妃の言っていることは理解できるが、何となく腑に落ちないのだろう。

十秒ほどの沈黙の後、ウルリッヒが顔を上げる。

「儂らにはそれでいいとして、ザックに剣を向けたことはどうするんじゃ?」

王妃は「もちろん考えておりますわ」と小さく頷く。

「ザカライアス卿には慰謝料をお支払いいたします」

その言葉にドワーフたちから不満気な言葉が漏れる。

「金で解決しようというのか」

王妃は「そのような無粋な真似は致しません」と言って、にこりと笑う。

「爵位も、領地も、金銭すら求めず、そして、これだけの美姫に囲まれたザカライアス卿に普通の慰謝料は無意味ですわ」

(過大評価だ……確かに爵位は要らないが、金が要らないわけじゃない……しかし、何を考えているんだ、この王妃様は?)

ドワーフの一人が「そんなら何を渡すんじゃ」と声が掛かる。

王妃は「もちろん」と言って言葉を切り、満面の笑みを浮かべる。

「お酒ですわ! それもカウム王家が持つ最高の葡萄酒とりんご酒を!」

その意外な言葉に一瞬、集会室が沈黙に支配される。

次の瞬間、言葉の意味を理解したドワーフたちから怒号のような声が上がった。だが、それは怒りではなく、豪快な笑い声だった。

「そりゃいい! ザックにはぴったりじゃ!」

場の雰囲気が一気に明るくなる。先ほどまでの重苦しい雰囲気が嘘のようだ。

(凄いな、この王妃様は。これでさっきの方針は完全に認められたな……案外この国は、この人でもっているのかもしれないな……)

笑い声が収まると、王妃が急に神妙な顔つきになる。

何事かと思って見ていると、「私から皆さまにお願いがあるのです」と言って小さく頭を下げる。

全員の意識が集まったところで、

「私を皆さまのお仲間に加えて頂けないでしょうか。もちろん、お酒は持参します! 何卒、お仲間に加えて頂きたいのです!」

先ほどまでの余裕のある表情から、信じられないほど真剣な表情で訴えていた。自らが 女主人(ホステス) 役になり、ドワーフたちを取り込む接待をしようというのだろう。

先ほどまでの賞賛が失望に変わるのを感じていた。

(王国のためにここまでやるのか? さすがだと言いたいが、少し幻滅するな……)

俺と同じことを考えているのか、ドワーフたちの表情が硬くなっていく。

鍛冶師の一人が「何で仲間に加えて欲しいんじゃ」とやや不機嫌な声を上げる。

王妃は俯き加減で、「……たいのです……」と蚊の泣くような声で呟くが、声が小さすぎて聞き取れない。あれほど雄弁に話していた人物と同一人物とは全く思えないほどだ。

「聞こえねぇぞ!」

その声に王妃は顔を上げ、もじもじとする感じで躊躇っていた。だが、覚悟を決めたのか、表情を引き締め、「飲みたいんです!」と叫んだ。

ウルリッヒが「何が飲みたいじゃ?」と尋ねると、王妃の声のトーンが再び下がる。

「ザックコレクションが……」

そう答えたところで、やけくそ気味に声が大きくなっていく。

「……ザックコレクションをどうしても飲みたいのです! 皆さんが涙を流すほど熱狂したというザックコレクションを……それはどのような味なのでしょうか? 香りは? 私はどうしても飲んでみたいのです!」

王妃以外、全員が口をぽかんと開けて呆けていた。もちろん、俺もだ。

(一国の王妃が酒を飲みたいから、むさくるしいドワーフたちの飲み会に加えろって言っているのか? 俺にはそうとしか聞こえなかったが……)

その間にも王妃の熱い想いは語り続けられていた。

「世にも美しいガラスの器、それに劣らぬ美しい琥珀色のお酒……嗅ぐだけで涙を流すほどの芳醇な香り……そして、舌を焼くほどの酒精……それなのに柔らかな喉ごし……どれほどのお酒なのでしょうか? 今、この世界でザックコレクションを味わえるのは、ロックハート家の方を除けば、鍛冶師ギルドの方々しかいないのです。我がブレントウッド家もロックハート家に申し入れておりますが、鍛冶師方にお売りする分しかないと……そのギルドがすぐ近くにあるのに……私には飲むことが許されないのでしょうか!」

最後は両手を握りしめ、懇願するようにウルリッヒたちを上目遣いで見つめていた。

俺は唖然としたまま、王妃を見つめ続けていた。

さっきまでの女王然とした表情からは全く想像ができないほど、情熱を前面に出し、酒について熱く語っている。

俺は目の前の光景が現実なのか疑い始めていた。

(この状況は何なんだ?……それにしても何時の間にこれだけの情報を……そんなことより、さっきまでの冷静な政治家はどこに行ったんだ? それとも演技なのか……)

そう思ったものの、演技ではないと感じていた。事実、ウルリッヒを始めドワーフたちが誰一人演技だと思っていない。

(……演技ではあり得ない。もし、ドワーフたちの前で酒に対する想いを偽ったら、すぐにばれる。ドワーフたちなら本能的に本心から酒を愛しているか判るはずだ……もし、これが演技だったら、俺は人間不信に陥るだろうな……)

俺がそんなことを考えている間にウルリッヒたちの表情が満足げなものに変わっていく。

「そこまでスコッチを、いや、ザックコレクションを飲みたいというのなら、もう儂らの仲間じゃ! なあ、みんな! 王妃様は儂らの“飲み仲間”ということでどうじゃ!」

その瞬間、「「おう!!」」という了承の怒号が集会室を支配する。

「ならば、すぐに宴会の準備じゃ! 酒を運びこめ!」

ウルリッヒの号令で全員が立ち上がった。

既にジャックら職員たちは集会室を出て、廊下を走っていた。

俺たちラスモア村組は完全に取り残されていた。

メルやシャロン、ダンはもちろん、リディとベアトリスの顔からも表情が抜け落ちている。スコットは未だに何が起きているのか理解していないようで、しきりに俺に視線を送ってくる。

(これで今回の事件は解決したのか? グレンジャーの処分を聞いていない気がするが、もうどうでもいい気になったな……まあ、この王妃様がいる限りは大丈夫だと思うが……しかし、これほど意表を突かれたのは初めてかもしれないな……)

そんな俺たちを見て、王妃はにこりと笑い、「うふふ、ザカライアス卿でもそんな表情をなさるのね」と言い、

「ビックリされたみたいね。でも、本当に飲みたいのよ。噂のザックコレクションを……どんなお酒なのかしら。本当に楽しみだわ……」

俺はこの時、思った。

この人の魂は ドワーフ(酒飲み) なのだと。

だから、ウルリッヒが信用に値すると言ったのだと。