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作品タイトル不明

第六十一話「王宮での茶番劇:後篇」

トリア暦三〇一七年九月二十四日午後四時頃。

陛下と三公爵家による鍛冶師ギルドへの対応の会議において、私――ウィルフレッド・スウィントン公爵――が王国と自らの未来に絶望しかけていた時、謁見の間の扉の外で言い争うような声が聞こえてきた。

エッジカンブ伯が陛下に一礼し、様子を見に行こうとすると、突然扉が開いた。

陛下と三公爵の極秘の会議の際は相当な事情が無い限り、邪魔が入ることは無い。扉を守護する騎士が認めたということは相当な事情に当たるのだろう。

そのようなことを考えながら、扉を見つめていると、意外な方が入ってこられた。スカートの裾を持ち上げ、急ぎ足で玉座に向かってこられたのは、カトリーナ王妃殿下だった。

妃殿下は今まで政治に関与されることはほとんど無く、良妻賢母という言葉を体現したようなお方だ。そのような方が重要な会議の場に現れ、私は驚きを隠すことができなかった。

見慣れぬ光景に一瞬不安が 過(よぎ) る。

だが、先ほどのシャーゴールド侯の説明を思い出し、強引に不安を消し去る。

妃殿下がドレクスラー匠合長を説得され、未然に事を防がれた。ならば、そのことで何か言うべきことを思い出されたのかもしれない。私はそう考えることで、本能的に感じた不安を心の片隅に追いやった。

玉座近くまで早足で入って来られたが、陛下のお姿を認められると、歩調を落とし、笑みを浮かべられる。私はその笑みに違和感を覚えた。

ゆっくりと進まれる妃殿下に対し、陛下が咎められる。

「カトリーナよ。この場は三公爵以外、余が認めたものしか入れぬのだ。すぐに後宮に戻るのじゃ」

普段なら優しい笑みを絶やさない妃殿下だが、今日に限ってはその笑みに得も言われぬ迫力があった。私はそこで気付いた。先ほどの違和感はこれだと。

妃殿下は陛下のお言葉に臆することはなかった。

「重々承知しております。ですが、王国の危機が迫っております。私も傍観しているわけには参りません」

陛下が「しかしじゃ……」と更に咎めようとされたが、妃殿下が陛下の言葉を遮られる。

「陛下にお尋ねしたき儀がございます。鍛冶師ギルドへの対応は 如何様(いかよう) になさるおつもりでしょうか?」

陛下に代わり、シャーゴールド侯が答える。

「妃殿下のご宸襟を騒がし、臣の不徳と致すところ。ですが、既に陛下と公爵方により十分な対応をとることと相成りましたので、ご心配になられるような……」

ここで妃殿下の笑みが消え、厳しい表情でシャーゴールド侯を叱責された。

「お黙りなさい! 原因を作った貴方には聞いておりません! 陛下に直接お尋ねしているのです!」

いつに無く迫力があり、同一人物かと見紛うほどだ。

そして、その真剣な表情のままで陛下に詰め寄られる。

「重ねて、お尋ねいたします。どのような対応をお考えでしょうか? 鍛冶師ギルドに今日中に、そして、納得していただける回答をしなければ、王国の存亡に関わることはご理解いただいているのでしょうか?」

陛下は妃殿下の迫力に目を見開かれたまま、グレンジャー伯の公開処刑とザカライアス卿への慰謝料の支払い、蒸留所建設への全面的な協力が対応方針だと説明された。

妃殿下の表情が更に険しくなった。

「陛下、そして、皆様は、これでドワーフの鍛冶師たちが納得されると思っていらっしゃるのですか!」

ほとんど叫ばれるかのような声で私たちを糾弾される。

「ドワーフたち、そして、ザカライアス卿に対して、それで謝罪になるとお考えなら、王国は滅びます……それ以前、このような愚策を実行するなど、何を考えておられるのですか! このままでは、カウムは鍛冶師ギルドに見限られてしまいます!」

さすがに我々の面前で罵倒され、陛下もお怒りになられた。

玉座から立ち上がられ、

「愚策とは何のことを申しておる! 此度の事はここにおるグレンジャー伯の責任じゃ!……」

妃殿下は首を横に振られ、ややトーンを落としながらも反論された。

「グレンジャー伯以外、ここにいる者は全員、陛下とシャーゴールド侯が画策した結果だと分かっております。ですが、そのようなことはどうでもよいのです。鍛冶師ギルドをいかにして繋ぎとめておくか、それが重要なのです」

陛下は興奮されたまま、

「これ以上の策はない!」

妃殿下は陛下の叫びを無視するかのように視線を外され、モンクトン公と私を交互に見つめられる。

「ラディスラス殿も同じ考えですか? スウィントン公も?」

ラディスラス・モンクトン公爵は陛下の女婿、すなわち、妃殿下の実子の婿に当たり、妃殿下は彼のことをファーストネームで呼ぶことが多い。だが、モンクトン公は義理の母の問いに答えることなく沈黙していた。

ここにいる全員の視線が私に突き刺さる。私は「十分とは申せませんが、これ以上の策は思いつきません」と素直に自らの考えを口にした。

妃殿下はノーリッシュ公に向かって、

「では、ノーリッシュ公に伺いますわ。このようなことでドワーフたちの機嫌が直るとお思いですか?」

ノーリッシュ公は小さく頷き、

「金の事はともかく、酒造りに協力すれば十分に納得するのではありますまいか」

妃殿下は首を横に振りながら、「話になりません!」と切り捨て、私とモンクトン公にも同じ問いをされた。

モンクトン公は「恐らく納得すまいかと」と答え、私も頷くことで同意を示した。

私にも妃殿下のおっしゃりたいことが徐々に分かってきた。確かに王国が蒸留所の建設に協力すれば事は早く進むかもしれない。だが、ドワーフたちの酒に対する情熱を考えれば、必要でもない王国の支援を受け、“紐付き”になった蒸留所など望まないだろう。

「彼らが酒に掛けている情熱と金のことを考えれば、王国からの協力は不要というより邪魔だと考えるかもしれませぬ」

私の呟きに妃殿下は大きく頷かれる。

「ではどうすればよいのじゃ。このままでは鍛冶師ギルドがカウムから出て行ってしまう」

陛下は自ら招いたことを忘れたかのように泣き言をおっしゃられた。

妃殿下は陛下に「私に考えがございます」とおっしゃり、今日初めて本当の微笑みを見せられた。そして、ここにいる全員に向かって宣言された。

「この件は私が何とかいたします。ドレクスラー匠合長に納得する回答をすると約束したのは私ですから。もちろん、お金はほとんど使いませんし、ここにいる誰かが傷付くこともございません。どうか、ご安心を」

私には妃殿下が何をされるのか分からなかったが、その清々しい笑顔に安堵を覚えていた。陛下も妃殿下の迫力に何もおっしゃることができず、シャーゴールド侯に視線を送られたが、侯爵は陛下の視線を避けるように下を向いていた。

数分後、妃殿下に一任するという裁可が下った。

妃殿下は優雅にお辞儀をされ、去っていった。

残された私たちは何とも言えない雰囲気の中に取り残されていた。

特にグレンジャー伯は深刻だった。実の父親に公開処刑でも構わないと言われた上、陛下のご裁可がほぼ下りるところまで来ていたのだ。それが妃殿下の登場で自身の処分が有耶無耶になり、何とも言えない表情で跪いたまま固まっていた。

■■■

スウィントン公爵が茶番と称した会議の影響をもろに受けた人物がいる。そして、その影響はカウム王国だけでなく、後の歴史に大きな影響を与えることになる。

時は三時間ほど前の正午過ぎにさかのぼる。

トーア街道――東の要衝トーア砦と宿場町バルベジーを結ぶ街道――の中間点付近にある開拓村、クララエ村が全滅したという報告が王都にもたらされた。

その情報を持ってきたのは、トーア街道警備隊所属の騎士ルイス・サッカレーで、彼は三百kmもの距離を、馬を替えながら走り抜け、僅か三日半で王都に辿り付いた。

彼の持ってきた情報は極めて重要であった。

クララエ村が全滅した原因が、大規模なオークの群れの襲撃であり、その数は二百を超えると推定されていた。そして重要なことは村人たちの多くが殺されていたが、村の人口と数が合わないということだった。もちろん、脱出したり、村から離れていたりと、当時村人全員が村にいたわけではないが、その数があまりにも違いすぎたのだ。

更に立ち去ったオークたちの足跡の中に村人のものらしい足跡があり、オークたちに拉致されたのではないかとの推測も含まれていた。

いずれにせよ、野生のオークにしては不思議な点が多く、早急な調査が必要というのが、街道警備隊の結論だった。だが、街道警備隊の戦力では本格的な調査を行うには心もとなく、騎士団からの増援を要請するためにサッカレーは派遣された。

若いサッカレーはあずかり知らぬことだが、警備隊幹部はこの情報の公開を躊躇していた。

単に野生のオークの群れであれば、大規模であっても駆逐することはそれほど困難ではない。だが、もしそれが中鬼族に率いられたオークであれば、事情は大きく変わってくる。

魔族の侵攻が確認されればトーア街道はもとより、大動脈であるアルス街道の流通も止まり、食糧などの物資の価格は高騰する。特に収穫祭を控えたこの時期は最悪だった。

もし、この情報を流せば消費は一気に冷え込むだろう。

街道警備隊の上層部には街道沿いの町の領主が多く、消費の低迷は何としても避けたいという意識が強かった。そのため、この情報を騎士団の派遣の発表と合わせて行って欲しいと報告書に記載していたのだ。

疲労困憊で王宮に駆け込んだサッカレーだったが、騎士団本部で無為に待たされたまま、報告の機会は一向に訪れなかった。

彼は任務に対する情熱と領民の安全のため、早急な対処が必要だと考え、出来る限り国王に近い人物に報告しなければならないと思い詰めていた。街道警備隊上層部からも騎士団上層部か国王に直接報告するよう指示されており、彼は無為に待つことを止め、自ら動き始めた。

その時、王宮、そして、黒鋼騎士団本部は街道警備隊の一騎士に構っている状況ではなかった。

騎士団の将であり、王国一の大貴族ノーリッシュ公爵家の縁者であるグレンジャー伯が、鍛冶師ギルドとトラブルを起こしたからだ。鍛冶師ギルドから正式な抗議――抗議というより殴り込みに近いと噂されている――を受け、王妃の機転により何とか危機的な衝突は避けたものの、国王以下、騎士団の幹部全員がその対応に追われていた。

そんな状況であり、積極的に動くものの、彼が報告を伝えるべき相手は全く見付からなかった。時間との勝負だと考えていたサッカレーはターゲットを副官クラスに切り替えたが、それすら捕まえることができなかった。

苦労の末、近衛隊である聖銀騎士団の幹部に接触し、クララエ村に関する報告書と街道警備隊からの派遣要請を手渡すことに成功した。

本来、実戦部隊である黒鋼騎士団本部に報告すべきだったが、田舎育ちのサッカレーは国王に近い聖銀騎士団の幹部なら、国王に直接手渡ししてくれると思い込んでしまった。

通常の状態なら、サッカレーの考えはあながち間違ってはいない。だが、国王自身、自らの失策の回復を考えることに必死であり、サッカレーが命を削って運んできた書類は国王の決裁箱に入っていたものの、それを手にすることはなかった。もちろん、書類には“至急”という表記がされており、完全に国王の落ち度だった。更に不幸なことにその書類は書記官のもとに決裁済みとして送付されてしまう。通常通りの処理を行っていた書記官が未決裁であると気付いたのは収穫祭が終わった後、十月に入ってからだった。

結局、国王アルバート十一世がその書類を目にしたのは、クララエ村の悲劇発見から半月が経とうとしていた十日後のことだった。

■■■

辛辣な評価を下すことで有名なシンクレアなる歴史家は、国王アルバート十一世に対し、著書で以下のような評価を下していた。

『……当時の国王アルバート十一世は凡庸な君主であった。カウム王国において凡庸な君主は珍しくなかったが、彼は自らが凡庸であることを認めることができない人物だった。その結果、自らが理解できる、すなわち、自分と同等かそれ以下の人物しか傍らに置くことができなかった……彼が自らの凡庸さを認め、優秀な側近を従えていれば、ドワーフを“出汁”に使うような危険な策略を用いることはなかっただろう。また、意図しなかったとはいえ、無為に国民の生命を危険に曝し、更には他国に危険を押し付けたという批判を受けることはなかったはずだ……彼にとって唯一の救いは王妃カトリーナの存在だった……王妃カトリーナはカウム王国の危機を幾度も救った才女だった。彼女は先代の国王がその才能を認め、次期国王であるアルバート十一世の側室となり、その後、王妃の病死により正室となった。もし、子爵家の生まれではなく、侯爵家以上であれば初めから正室として迎えられただろう……』

辛辣なシンクレアだが、王妃カトリーナに関しては手放しで評価していた。

『……彼女が政治の場に初めて登場したのは、トリア暦三〇一五年頃のロックハート家異端認定事件を発端とした光神教のアルス追放の時だった。一連の出来事の中で、カウム王国政府は今までに無く的確に対処していた。鍛冶師ギルドへの支持表明は当然としても、教団本部に不満を持つ神官たちを探り出し、秘密裏に教団から切り離したり、本国に戻った 件(くだん) の司教の情報を取得し続けたりするなど、国際感覚に乏しかったカウム王国にしては異常なほど用意周到だった。当時からアルバート十一世やシャーゴールド侯ではあれほど的確な判断はできないと噂されていたが、神官たちや鍛冶師たちの証言から、現在ではカトリーナが巧みに貴族たちを操り、更に官僚たちに的確な指示を与えていたことが判っている……また、ザカライアス・ロックハートに対する暴行未遂事件でもドワーフたちの心情を汲み取り……これほどの才を見せながらも彼女は夫である無能な国王を支え続け、自らが権力を握ろうとしたことは一度も無かった。この一点だけでも賞賛に値する……』

更に、ノーリッシュ公爵についてもこう評している。

『……セオドア・ノーリッシュ公爵は自分で思っていたほど有能ではなかった。ただ、彼の 政敵(ライバル) である国王との相対的な関係において、優位に立っていたに過ぎなかった……私が最も評価できない点は政治的センスの無さだ。もし、国王の謀略に対し、内心はともかく誠意をもって鍛冶師ギルドに対応していたら、そして、王妃カトリーナの存在が無ければ、アルバート十一世の代でブレントウッド王朝は終焉を向かえ、ノーリッシュ王朝に代わる可能性すらあった……ノーリッシュ王朝が生まれなかった要因は、セオドア・ノーリッシュ個人に帰するだろう。彼の限界は政敵と同じく、自らの能力を過大に評価したことにある。国際的な感覚が必要とされないカウム王国という特殊事情があったにせよ、君主と最大の公爵家の当主が共に無能であったことはこの時代のカウムの民にとって最大の不幸だった。もし、この後に……』

そして、問題となった空白の十日間について、以下のように批判していた。

『……もし、騎士ルイス・サッカレーが持ち込んだ情報をもとに、早急に軍を派遣していれば、最小限の損害でオークたちを殲滅し、後にあれほど批判を受けることはなかっただろう。実際、トーア街道で活動する勇敢な冒険者たちによって、オークの足取りはほぼ掴めており、十日間近くクララエ村近くに潜んでいたことが確認されていたのだ。クララエ村の惨劇の情報を受け、直ちに千名程度の兵力を派遣したとすれば、クララエ村付近には六日以内に到着していたはずだ。この時のオークの正確な数は不明だが、最大でも三百と推定されており、森の中という不利な条件であっても千名の重装備の騎士たちであれば、容易に殲滅できたのだ……そして、これは国王だけの問題では無かった。ノーリッシュ公爵家はトーア街道付近に広大な領地を持ち、強力な騎士団を有していた。これはトーア砦が万が一陥落した場合、ノーリッシュ公爵家が魔族を食い止めるという戦略によるものだった。つまり、公爵家の家臣団に領民を守る意思があれば、能力的には十分に可能だったのだ。だが、セオドア・ノーリッシュの家臣たちは主君と同じく無能であり……もし、トーア街道付近でオークたちを倒していれば、後に起きた惨劇は防ぎ得たはずだ。それにより、その後の歴史が大きく変わり、 数多(あまた) の人命が失われることも……』

後知恵に近いシンクレアの批評に対し、すべての人が 肯(がえ) んじたわけではなかったが、アルバート十一世が自らの権力基盤を強化することにうつつを抜かし、人命を軽んじたという点に異論を唱える者は皆無だった。