軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十話「王宮での茶番劇:前篇」

トリア暦三〇一七年九月二十四日午後四時頃。

私はウィルフレッド・スウィントン。カウム王国の三公爵家に数えられるスウィントン公爵家の当主だ。

この国では王家に次ぐ権力を持つ三公爵の一人だが、今は出来そこないの喜劇のような茶番を見せられている。いや、私もその 配役(キャスト) の一員として演じているのかもしれない。

三十一歳で家督を継いでから、既に十年の時が流れているが、未だに宮廷の茶番には慣れることができない。

事の発端は国王陛下からの召集だった。

執務を行っていた午後三時頃、陛下の腹心、ジェローム・シャーゴールド侯爵がわざわざ私のところまで足を運び、「陛下より、至急お集まりいただきたいと」と伝えてきたのだ。

緊急の用件という割には、彼の表情に切迫感はなかった。

また、いつものようにノーリッシュ公爵が陛下に難題を吹っ掛けたか何かで、それに対する話し合いでもするのだろう。もしかしたら、昼過ぎにあった事件らしい出来事についての話かもしれないが、それにしては切迫感が無さ過ぎる。

今日の昼過ぎに城門で何かトラブルがあったようなのだが、私のところには未だに正確な情報は入ってきていないため、事件らしいというような曖昧な表現を使わざるを得ない。大した話でもなかったのか、それとも緘口令が敷かれているのかは判らないが、三公爵の私に情報が入ってこないというのはかなり珍しいことだ。

謁見の間に到着すると、そこには私より若い公爵、ラディスラス・モンクトン公爵が既に待機していた。更にアドルファス・エッジカンブ伯爵、そして、傲然とした表情を浮かべているオズワルド・グレンジャー伯爵もいる。珍しい組合せであるため、余計に何の話なのか判らなくなった。

モンクトン公爵とエッジカンブ伯爵に目礼するが、話しかける雰囲気でもなく、自らの定位置である玉座の右側に向かう。

もう一人いるグレンジャー伯は私にとって父の仇とも言える人物であり、いつも通り無視を決め込んでいる。

しばらくすると、不機嫌そうに顔をしかめたセオドア・ノーリッシュ公爵が現れた。彼は自らの次男であるグレンジャー伯に近づき、「この愚か者めが!」と叱責する。グレンジャー伯が反論しようと口を開きかけたが、シャーゴールド侯を引き連れた国王陛下が入場されたため、口を閉ざすしかなかった。ノーリッシュ公はなおも何か言いたそうだったが、小さく舌打ちした後、私の左側にやってきた。

陛下が不機嫌そうな表情を浮かべて玉座に着かれた。

全員が陛下に頭を下げて敬意を表す。但し、ここにいる半数以上は、形式上敬意を表しているに過ぎない。私がどちらであるかは言うまでもない。

陛下は正面で片膝をつき、 頭(こうべ) を垂れて控えているグレンジャー伯を無視して、話を進めていく。

「急な呼び出しで済まぬな。だが、事は急を要するのじゃ」

そうおっしゃると、ノーリッシュ公にちらりと視線を送られた後、「我が王国に危機が訪れようとしておる」とおっしゃった。

陛下はそこで初めて、グレンジャー伯に視線を送られる。陛下の目には怒りだけでなく、蔑みの感情も見えていた。

「ここにおるグレンジャー伯がこともあろうか、鍛冶師ギルドと揉めたのじゃ。それも 酒(・) のことでな……」

陛下はシャーゴールド侯に小さく頷かれ、侯爵は恭しく一礼した後、事の次第を説明し始めた。

「皆様もご存知のように、現在、 あの(・・) ロックハート家の関係者が、ここアルスを訪れております。その中にはロックハート家の次男ザカライアスと蒸留所の責任者であるスコットなる職人が含まれております。昨日はかねてより噂となっております、長期熟成酒、いわゆるザックコレクションなるものがドワーフたちに振舞われ、盛大な宴会が行われたと聞き及びます。ドワーフたちが熱狂した話は皆様も既にご存知でしょう……そして、鍛冶師ギルドはこの二人にアルス近郊での蒸留所建設の候補地の調査を依頼したそうです……」

侯爵はそこで一旦話を切り、グレンジャー伯を一瞥する。

「陛下は鍛冶師ギルドとの関係を考慮し、その二名に護衛をつけることをお決めになられました。そして、その長にグレンジャー伯を指名されたのです……しかるにグレンジャー伯は、何の非もないザカライアス 卿(・) に対し“平民風情”と罵った上で剣を向けたのです。それに立腹したザカライアス卿がこう言い放ったそうです……」

侯爵は“卿”という部分を強調し、平民だと罵ったグレンジャー伯の考えが誤っていることを暗に示唆する。そして、劇的な効果でも狙ったのか、観客に視線を送る役者のように全員に視線を順に送り、言葉を続けた。

「……彼はこう言ったのです。“自分を害する気なら、カウム王国には 永久(・・) にザックコレクションは売らぬ”と。そしてこう付け加えました。“ウルリッヒに伝えろ。これはザカライアス・ロックハートの遺言だ”と……ザカライアス卿に死を覚悟させるほど、伯爵は彼を追い詰めたのです。このことはエッジカンブ伯の目の前で行われており、 紛(まご) う方なき事実……更に先ほど鍛冶師ギルドを代表して、ドレクスラー匠合長自らが正式に抗議に参りました。その時、匠合長の他に百名程度の鍛冶師たちが城門に押しかけ、陛下への謁見を 要求(・・) しました。偶然、妃殿下が通りかかられ、事なきを得ましたが、本日中に彼らが納得できる回答がなくば、何らかの行動を起こすことは間違いないかと……」

私には信じられなかった。

我が祖国は古い歴史を誇るが、他国に比べると国力はかなり劣る。それだけではなく、魔族の地、クウァエダムテネブレと接しており、常に魔族の侵略に警戒しなければならない国なのだ。その小国が、カエルム帝国、ラクス-サルトゥース連合王国と並び、三古国の一角であり続けられるのは、ひとえに豊富な金属資源と鍛冶師ギルドの存在のおかげだ。

ロックハート家と言えば、鍛冶師ギルドが最も重要視している存在であり、更にザカライアス卿はスコッチの名付け親として、ドレクスラー匠合長らドワーフたちと非常に懇意であると聞いている。その事実に鑑みれば、彼を国賓として遇してもおかしくはない。私ならそうするだろう。

だが、グレンジャー伯はそれに思い至らなかった。それだけでなく、敵対行動を取ってしまったのだ。

陛下は冷たい声で、「グレンジャー伯よ。言いたいことはあるか?」と問われた。

感情を全く感じさせない陛下の声に、グレンジャー伯は深く頭を下げた後、グイッという感じで顔を上げる。

「王国貴族として、何ら恥ずべき事はしておりません。陛下のご温情を無下に断ろうとしたのです。その行為を咎めることに何の問題がございましょうや……」

グレンジャー伯は演説するかのように、自らの考えを話していく。最初のうちはところどころで自信無げな表情を見せていたが、自らの言葉に酔い始めたのか、徐々に熱を帯びて行く。更に自らの言葉が真実であると思い込み始めたのか、自分に逆らったザカライアス・ロックハートは王国の敵であるという、論理も何もない話を熱く語っていった。

「……あの 儒子(こぞう) は……失礼いたしました……あの者は不遜にも陛下の御心をおはかりするなどと申し、我らのことを邪魔だと言い放ったのです!……恐らくは最初から調査に行く気などなかったのでしょう。ドワーフどもを焚きつけ、王国に混乱をもたらそうとしておるに違いございませぬ。あの好戦的な眼は必ずや……」

そこまで聞いたところで、陛下は「もうよい!」とおっしゃり、伯爵の“演説”を止められた。そして、侮蔑に近い表情を浮かべられると、ノーリッシュ公に顔を向け、

「ノーリッシュ公よ。公の一門の失態、どう収める?」

ノーリッシュ公は苦々しい表情を隠そうともしなかった。

「陛下の御心のままに。この者が死を賜ったとしても、否はございませぬ」

謁見の間の気温が数度下がったかと思われるほど冷ややかな声でそう答えた。その言葉にグレンジャー伯は先ほどまでの自信有り気な表情が一気に凍りつき、「ち、父上……」と絶句していた。

陛下は伯爵には一切視線を向けられず、ノーリッシュ公だけを見据えられ、

「この者の命一つで償えるほど軽い話と思っておるわけではあるまい? 余の命に背いただけなら、それでもよい。だが、今回は公の次男が王国の力の源泉たる鍛冶師ギルドの怒りを買ったのじゃ……よもや忘れたわけではあるまい。光神教のことを……」

陛下は二年前に起きた、ロックハート家を巡る鍛冶師ギルドと光神教のトラブルのことを持ち出された。光神教の司教がロックハート家を異端と認定し、嫌がらせをしただけでなく、ドワーフたちが待ち望むスコッチの輸送を邪魔し、ドワーフたちの怒りを買った。その結果、カウム王国から光神教関係者は排除されただけでなく、教団の頂点に立つ、総大司教の首まで挿げ替わっている。

「此度は あの(・・) ザカライアス・ロックハートに剣を向け、彼の怒りを買った。そして、ドワーフたちも彼に同調しておる……ザカライアス卿は若い。一時の感情でドワーフたちを扇動するやもしれぬ。これについてはどう考える」

陛下の問いにノーリッシュ公は「あり得ぬことかと」と小さく答え、

「ザカライアス卿は年齢に比して、非常に聡明と聞き及びます。恐らくは、ここにおる愚か者を破滅させるために芝居を打っただけでしょう」

陛下は「ほう」と声を上げられた。

「仮に卿が言うとおりであったとして、ドワーフたちが暴走せんとは限るまい。彼らの怒りが我が王国に向かぬという保証はどこにあるのか? 事実、匠合長自らが王宮に乗り込んできたのじゃ。彼らがどう動くか、卿なら読めると申すか?」

その言葉にノーリッシュ公は答えることができなかった。酒に関し、そしてロックハートに関する限り、ドワーフたちの行動を予測できるものなどいない。

ここに至って、私にもようやくシナリオが見えてきた。

陛下は愚か者のグレンジャー伯を利用し、ノーリッシュ家の力を削ごうと考えられたのだ。

グレンジャー伯は黒鋼騎士団の将だが、現在は無役に近い。そして、陛下はグレンジャー伯を嫌っているだけでなく、その能力を疑っていた。

その陛下がザカライアス・ロックハートの護衛、すなわち、鍛冶師ギルドに関わる重大な任務をグレンジャー伯に命じたことが、そもそもおかしい。

だから、グレンジャー伯の失態を利用し、ノーリッシュ公の力を削ぎ、更には調停者として陛下自らがドワーフたちに謝罪することで、彼らとの関係を強めようとしたのではないか。見え透いているが、陛下とシャーゴールド侯なら十分にやりかねないシナリオだ。

だが、私には危惧があった。

老練なノーリッシュ公が私程度でも思い付けることに気付かないはずがない。だとすれば、彼はこれを逆手にとってくるのではないか。

私がそんなことを考えていると、陛下が決着を付けようとされた。

「さて、最初の問いに戻るが、ノーリッシュ公はこの事態をどう収める?」

ノーリッシュ公は軽く頭を下げた後、

「まずは、ここにおりますオズワルド・グレンジャーの伯爵位を剥奪の上、王宮前広場で公開処刑に処します。罪状は王命に背きしこと……我がノーリッシュ家についてでございますが、ザカライアス・ロックハート卿と鍛冶師ギルドに対し、公式の場で謝罪。更にザカライアス卿に十分な慰謝料を支払うとともに、鍛冶師ギルドが進める蒸留所建設に対し、全面的に協力いたします」

陛下はそれまでの余裕をなくし、「全面的に協力じゃと!」と声を上げる。

「はい。蒸留所建設に関し、建設費の全額負担および資材の供給を行います。更に我が領内に蒸留酒原料生産用の農地を提供いたします」

それまでは笑みをかみ殺すような表情だった陛下だったが、その言葉に苦虫を噛み潰したような表情になる。

陛下は自らの考えと異なる方向に進むことに焦りを感じておられるようだ。

「蒸留所建設については、国を挙げて支援することになっておる。卿が行う分も王国が行ったことにするが、よいのだな?」

ノーリッシュ公は笑みを浮かべながら、「御意」と答える。

私はこの茶番に辟易としていた。

陛下が焦るお気持ちは判らないでもないが、鍛冶師ギルドを政争の具とすることは浅慮と言わざるを得ない。

特に今回はあまりにあざとい。

グレンジャー伯は十年前の魔族の大侵攻時のトーア砦の司令であり、彼の無能さ、傲慢さは誰もが知るところだ。ノーリッシュ公の縁者でなければ、十年前に敗戦の責任により死を賜ってもおかしくないほどだ。

そして、私の父、先代のスウィントン公爵はアクリーチェインの戦い――魔族を撃退するきっかけとなった戦い――で命を落としている。つまり、グレンジャー伯の無能が前スウィントン公爵の命を奪ったと言っても過言ではない。もちろん、私の父だけでなく、多くの兵士たちが命を落としており、彼の存在は多くの民からも忌み嫌われているのだ。

そんな人物に王国の命運が掛かるほどの相手、鍛冶師ギルドに関わらせることは不自然過ぎる。

ノーリッシュ公の方も当初は混乱していたが、グレンジャー伯の死だけで陛下の失態と出来ることに、ほくそ笑んでいることだろう。

グレンジャー伯はトーアの敗戦でノーリッシュ公爵家の家名に泥を塗った。トーアの陥落がノーリッシュ公爵家の責任となれば多額の賠償金などが発生する。これを回避するため、ノーリッシュ公はトーアの陥落は指揮官の資質ではなく、魔族の物量に敗れたのだと主張した。結局、公爵の主張が通り、彼は処刑を免れているが、彼が生きていられるのは、ノーリッシュ公爵家の損害を軽減するためだけであり、公爵自身、グレンジャーを助けたいと思っているわけではない。

このことに気付いていないのはグレンジャー本人だけで、ノーリッシュ公自身は身内を優遇し過ぎると言われていることを随分気にしている。

今回の件で、王国に対して損害を与えるような失敗を犯せば、実子であろうとも処断するという姿勢を公にできる。なおかつ陛下を出し抜くこともでき、ノーリッシュ公は内心さぞ喜んでいることだろう。

そこまで考えた時、私は陛下とその側近たち、そして、ノーリッシュ公の視野の狭さに絶望した。自分たちの権力争いに鍛冶師ギルドを巻き込むなど、僅かな想像力があれば十分に危険だと気付くはずだ。

更に純朴なドワーフたちはともかく、ザカライアス卿は魔術師ギルドのワーグマン議長やカエルムの北部総督ラズウェル辺境伯と互角に渡りあえる逸材だ。私など比ぶべくもないが、陛下を始め、ノーリッシュ公、シャーゴールド侯でも相手にならぬはずだ。そんな相手の怒りを買うような愚策を何故行ったのか……

しかし、蒸留所の建設に協力するだけで、ドワーフたちの態度が軟化するのだろうか?

陛下とノーリッシュ公はあまりにドワーフたちの酒に対する思いを軽く見ているのではないか?

ドワーフたちだけではない。アルスには鍛冶師たちと緊密な関係の民が多くいる。光神教の件でも鍛冶師たちに与する民たちが光神教の信者と衝突し、死者まで出しているのだ。もし、今回のことで鍛冶師ギルドがアルスから出て行くことになったら……この都から民が消えるかもしれない。

だからと言って、私に妙案があるわけではない。そもそも、私ならこのような危険な賭けに出ることはない。

私はそこで、はたと気付いた。

彼らは自分たちが油の池の中で危険な火遊びをしていると気付いていないのだ。僅かな失敗で相手だけでなく、自分を含め、全員が焼け死ぬことに気付いていない。

その焼け死ぬ者の中に私も含まれている。そう気付きながらも、何もできない自分にも絶望していた。

だが、その絶望は長く続かなかった。陛下のご裁可が下りようとしている時、扉の外で言い争うような声が聞こえ、すぐに救いの主が現れたからだ。