作品タイトル不明
第五十七話「候補地の調査へ」
トリア暦三〇一七年九月二十四日。
剣を打ってくれるウルリッヒ・ドレクスラーと、防具を担当してくれるゲオルグ・シュトックの工房を後にし、午前十一時過ぎに集合場所である鍛冶師ギルド本部に到着した。
ラスモア村の蒸留責任者スコット・ウィッシュキーとウェルバーンの鍛冶師ギルド職員ジョニー・ウォーターは、午後からの 醸造所(・・・) 調査のために地図で場所を確認している。既に鍛冶師との打合せを終えた従士のウィル・キーガンも彼らに合流していた。
二人の鍛冶師を相手にして疲れを感じていた俺は、待機場所になっている応接室に向かった。そこにはシャロンしかおらず、他の四人はまだ鍛冶師たちと調整を行っているようだ。
彼女は俯き加減で椅子に座っており、入ってきた俺に気付いた様子がない。
「リディたちはまだか……疲れているみたいだが、大丈夫か?」
俺の声にハッと顔を上げ、笑顔を見せるが、いつものような柔らかい笑顔ではなく、少し硬い笑顔だった。
「すみません。気付きませんでした……まだ、私だけみたいです。少し疲れましたけど、大丈夫です」
そして俺の顔を見て、
「なんだかお疲れのようですけど? ザック様でも鍛冶師がたのお相手は疲れるんですね」
そう言って小さく笑う。俺も釣られるように笑みが浮かぶ。
「確かに疲れたよ。あれほど大変だとは思っていなかったな。ベルトラムも細かいことを聞いてくるが、あれほどじゃないし……」
しみじみと「本当にそうですね」と言った後、
「ところでザック様の防具はどうされるんですか?」
俺が竜種の皮革で新調しそうだというと、シャロンは「よかったです」と喜ぶ。俺の防具の性能が上がることに、心から喜んでくれた。以前、俺が防具をつけずに大怪我をしたことがあったが、その時の記憶が残っているのだろう。
「シャロンはどうだったんだ?」
「私も新しく作るみたいです……それに少し怒られてしまいました。もっといいものを装備しなさいって……」
彼女の今の装備は牛革を硬く加工した一般的な革鎧に同じ素材の兜、それに魔法を付与した皮のマントをつけている。ちなみにシャロンは魔術師ということで、今まで訓練目的以外で魔物と剣で戦ったことはない。革鎧はあくまで“保険”として装備させていた。
更に話を聞いていくと、かなり手の込んだものになるらしい。
「…… 蛇竜(サーペント) の皮にミスリルの板を貼り付けるっておっしゃっていました。ヘルメットも新調するみたいです。後衛でも矢と魔法から守れないと意味がないって……」
確かに言っていることは正しい。
ドクトゥスで魔物を狩っていた時は、遠距離攻撃を行う魔物はほとんどいなかった。だが、人相手では少し様子が異なる。
兄の結婚式のため、ウェルバーンに行く途中、盗賊に扮した傭兵に襲われたが、その時はシャロンも弓での攻撃を受けていた。
対人戦闘がどの程度起きるか判らないが、これから先のことを考えれば、シャロンやリディが攻撃に晒される可能性は否定できない。
(これから先、神の言う“敵”との戦いにシャロンも巻き込まれるはずだ。敵が何者かは判らないが、少なくとも知性をもった存在だろう……俺が敵なら、真っ先にシャロンとリディを倒しに掛かる。二人の魔術師からの援護射撃がなくなれば、戦いは格段に有利になるからな……)
そんな話をしていると、ダンとリディが一緒に戻ってきた。二人は剣も防具も同じ職人に作ってもらうため、順序を入れ替えて別々に打合せを行っていたはずだが、偶然同じタイミングで終わったのだろう。二人とも俺たちと同じように疲れた顔をしている。
リディは俺の横に座ると、開口一番、「疲れたわ」と溜息混じりにそう零す。
「ありがたい話って言うのは分かるのよ……こう言ってはなんだけど、本当に災難だったわ。ねぇ、ダン。あなたもそう思うでしょ」
ダンは大きく頷き、「言ってはいけないんでしょうけど」と前置きした後、
「ヨハンさんは何度も試し斬りさせるし、ウードさんは壁を登れって……それだけならいいんですけど、“ここをこうするがどうだ?”とか、“こっちの方がいいかもしれん”とおっしゃって……言われた通りに動いていたんですが、全然終わる気配がなくて……」
ヨハン・ヴィルトは片手剣を作るのが得意な鍛冶師だ。特にサーベルなどの軽量の片手剣を得意としている。
ウード・レーヴェンガルトは補強やパーツ作りの名工だそうだ。リディもダンも 斥候(スカウト) として動くことが多いから、その動きを阻害しないことを第一に考えているのだろう。
「私なんか、ミスリルの魔法剣を勧められたわよ。ダンならともかく、私は魔道弓術士なんだから、勿体無いと思うんだけど……」
本来ならリディには属性を付与した弓が理想なのだが、弓は木などが素材であるため、アルスのドワーフたちはほとんど作っていない。
もっともリディは剣の腕も悪くはなく、ダンとほぼ遜色ないレベルの剣術士でもある。だから、良い剣を持っていても無駄ではない。
ヨハンはリディだけでなく、ダンにも魔法剣を勧めていたそうで、その話になると感動が蘇ってくるのか、ダンはやや興奮気味に早口でしゃべりだす。
「本当にびっくりしました。ロッド様の剣を握らせていただいたことがあるんですが、今日は完成品の魔法剣を持たせてもらいましたから。でも、あんなに簡単に使えるものなんですね……」
ダンは魔法剣を一発で発動させたようだ。
さすがに魔法剣で試し斬りはしなかったが、炎を纏った剣を実際に握った時には物語の主人公になった気がしたそうだ。
そして、更に疲れ果てたベアトリスが入ってきた。
話をする気力もないのか、どさりと腰を下ろしたまま、テーブルに突っ伏してしまう。
俺が「で、どうだったんだ?」と尋ねるが、「ああ、何とかなると思う」としか答えない。ベアトリスがしゃべる気力を無くすほど、ドワーフたちは気合が入っていたのだろう。
これ以上聞いても駄目だなと思っていると、メルが入ってきた。
最後に戻ってきたメルだが、彼女だけは元気で、楽しげに工房の話を始めた。
「ウルリッヒさんもゲールノートさんも本当にいい方たちですね。何でも聞いてくれるんです。それにあんなものまで……」
どうやら俺が使わせてもらった魔法剣で試し斬りをさせてもらったようだ。
「両手剣の方は本当に凄いです! ザック様の斬った鎧みたいに、きれいな切り口にはなりませんでしたけど、青っぽい光で本当によく切れるんです!……」
彼女も一発で発動させ、更に見事に金属鎧を切り裂いたようだ。
興奮気味のメルの話を聞きながら、俺はダンとメルが魔法剣をいとも簡単に使えたことについて考えていた。
(小さな時から、リディの魔法の指導を見ていたからな。普通は魔法の訓練なんて見る機会はないだろうし、それでなんだろう……それにしても、俺と同じ両手剣なんだが、何で色が……いや、もう何も言うまい……)
俺は心の中で小さく溜息をつき、未だに興奮して喋っているメルの話を聞いていた。
スコットたちも地図の確認を終え、応接室にやってきた。ベアトリスは未だに突っ伏したままだが、少し回復したのか、装備について教えてくれた。
「チェインメイルはミスリルだ。胸のところが普通のものと変えなきゃならんから、今つけている奴を渡してきた……」
今着ている革鎧とチェインメイルもかなり特殊な形である――胸部分が大きく作ってある――ため、さすがのゲールノートも困ったらしい。
「……槍は神槍になりそうだよ。あたしが神槍持ちだよ……いいのかねぇ……」
ベアトリスも火属性を付与した槍になるようだ。
神槍とは名工オイゲン・ハウザーが作る魔法槍のことで、槍使いにとっては憧れの一品だ。それが自分の物になることが、未だに信じられないのか、まだぶつぶつと呟いている。
彼女ほどのベテランでも魔法剣や魔法槍の実物を間近で見たことがなく、酒場での与太話以外で自分がその貴重な武器を持つなどとは思ったことがなかったのだろう。
(ベテランになるほど、気になるんだろう。素材がミスリルやアダマンタイトというだけでも、一生のうちに一度手にするかどうかという品だ。それが超一流の鍛冶師の手によるものなら、夢を見ていると思ってもおかしくはない……それにしても、これでシャロン以外全員が属性魔法を付与した武器を持つことになるんだな……)
昼食をとりながら、午後の予定を確認していく。今日は時間が短いということで、近隣の村にいくことにしたようだ。
ギルド職員のジャック・ハーパーより、その場所の説明を受ける。
「スコット様たちが候補に挙げられた場所のうち、タナックという村がよろしいのではないでしょうか。南門を出て南におよそ五kmほどですから、醸造所を見ても日没までには十分に戻って来れます」
タナックはケルサス山脈――カウム王国の東側にある山脈――の山裾にある人口五百人ほどの比較的小さな村だが、古くから王都アルスに食糧を供給している豊かな農村だ。特に大麦の生産が盛んで、ドワーフたちのエールやビールの多くがここで生産されている。
スコットに選んだ理由を聞いてみると、
「沢から直接水を引き込んでいるそうですから、水質、水量ともに問題ないでしょう。近くで石炭も取れるそうですから、燃料の心配もありません。話を聞く限り、気候的にもラスモア村に近い感じで、熟成にも問題は無さそうです……実際に麦酒を飲んだわけではありませんから、何とも言えませんが、 アルス(ここ) に近いというのはかなり有利ですから」
王都に近いため治安もよく、石炭や鉱石を運ぶための街道も整備されているなど、条件的には申し分ない。
スコットたちの提案どおり、午後一番にタナック村に向かうこととなった。
スコットとジョニー、ジャックの三名が馬車で移動し、俺たちザックセクステットとウィルが騎乗で馬車を護衛する。
俺はそのつもりだったのだが、ギルド本部の中庭に行くと、馬車とともに 蒸留酒護衛隊(スコッチガーディアンズ) のラッセル・ホルトと四人の傭兵が待ち受けていた。
「 匠合(ギルド) 長直々の依頼があってな。 スコット殿(・・・・・) の護衛だそうだ。明日以降もよろしく頼む」
ウルリッヒがスコットの身を案じて、アルスでも腕がいいと評判のスコッチガーディアンズに護衛を依頼したそうだ。
俺は「休暇なのに悪いな」と頭を下げ、
「俺たちだけで十分だと思うんだが。それにスコットも一応、剣くらいは使える。第一、日帰りできる距離のところにしか行かないつもりだから、危険はないはずなんだが……」
スコットも若い頃は自警団の訓練を受けていたので戦えないことはない。もちろん、十年ほど前から訓練が免除――職人は自警団の訓練が免除――になっているから、腕は錆び付いているだろうが、それでも駆け出しの冒険者よりよほど使えるはずだ。
第一、アルス周辺は非常に治安がよく、街道から大きく外れなければ、大型の魔物に出会うことはないし、俺たちの手に負えないほどの盗賊もいないはずだ。
「気にするな。お前さんが悪いわけじゃあないんだ。それに、どうせ次の仕事まで訓練をやっているんだ。その骨休めみたいなもんだ」
スコッチガーディアンズを含め、優秀な傭兵団は力量維持のため、常に訓練を欠かさない。ラスモア村の訓練ほど過酷ではないそうだが、それでも一流の傭兵団という看板を守るため、かなりハードな訓練を行っている。輸送から輸送までの期間は最初の二日と最後の一日だけが完全休養日で、それ以外は訓練をやっているそうだ。
ラッセル以外のメンバーは毎日変わる予定で、彼らもこっちの方が楽でいいと笑っている。
「それに今回は手当てを弾んでもらっているんだぜ。こんなうまい話に乗らんわけにはいかんだろう」
ラッセルはそう言ってにやりと笑っている。正確には教えてもらっていないが、 蒸留酒定期便(スコッチライナー) の日当の倍以上なのだそうだ。
気心が知れている連中なので全く問題はない。問題はないどころか、ベアトリス以上の腕を持ち、アルス周辺の事情にも詳しいラッセルが同行することは非常に大きなメリットだ。
ラッセルたちと行き先の確認など簡単に打合せを行い、出発というところで問題が発生した。
先日、ギルド本部で話をしたカウムの貴族、エッジカンブ伯爵が俺たちの前に姿を現したのだ。