作品タイトル不明
第二十五話「大宴会:後篇」
ドワーフたちが蒸留酒で盛り上がる中、兄の婚約者ロザリンド・ラズウェル嬢が楽しそうな笑顔を浮かべ、話しかけてきた。
「ザカライアス卿は本当に多才な方ですね」
俺は苦笑しながら 頭(かぶり) を振り、
「多才というより器用貧乏ですよ、ロザリンド様」
普通の十五歳なら十分に多才と言えるのだろうが、生きてきた時間は六十年を越えている。もちろん前世の記憶があることも大きい。
しかし、自ら望んで手を出したとはいえ、手を広げすぎたとも考えていた。
「ロドリックから剣の腕でも弟には負けると聞いています。今度、稽古をつけて下さいね」
ロザリンドは笑いながらそう言うと、「家族になるのです。ロザリーと呼んでくださいね」と付け加えた。
「兄上には敵いませんよ。それから、私のことはザックとお呼びください。家族は皆、そう呼びますから」
俺は聞いていた話や初めて会ったときの印象と大きく異なる彼女に違和感を覚えていた。
(男勝りのじゃじゃ馬っていう話だったが、本来は温和な性格な人だったんだな。そう言えば初めて会ったときも、俺たちが襲われたのは自分のせいだと涙ながらに謝罪していたし……じゃじゃ馬を演じていただけなのかもしれない。そう考えると辻褄が合う部分が多い……)
ロザリンド・ラズウェルという少女は十六歳という年齢に比して聡い少女だったのではないか。そう考えると辻褄が合う部分が多い。
五年前、彼女の兄である嫡男パトリックが死亡、それをきっかけにラズウェル家では家督争いが表面化する。ロザリンドが剣を習い始めたのがちょうどその頃だったはずだ。
騎士団の演習に参加するようになったのは、味方を探していたのかもしれない。実際、お転婆姫と言われながらも騎士たちの間でロザリンドの人気は高いと聞く。兄が婚約したとき、祝福と共に高嶺の花を得た兄に対するやっかみの声が上がったのは、彼女の高い人気を物語っている。
ロザリンドと少し話をしたが、どうも蒸留酒は苦手のようでほとんど口をつけていない。まあ、十代半ばの少女が 生(き) のスコッチをくいくい飲んだらそっちの方が驚きだが。
「ロザリー様。お酒は苦手ですか?」
「ワインは嗜むのですけど、これはちょっと……」
ドワーフたちが美味そうに飲んでいるから、少し遠慮気味に苦手であることを伝えてきた。
「では、もう少し飲みやすいものを用意いたしましょう」
俺がそう言うと、デーゲンハルトがしっかりと聞いていた。
「まだ、何かあるのか! 俺たちにも飲ませてくれるんだろうな?」
俺は“酒”に敏感に反応するドワーフに苦笑しながら、
「あるにはあるが、それほど用意していないんだ。というより、完全に俺の手作りだからな。大量には作れないんだよ。第一、 酒精(アルコール) は普通のワインと変わらんよ」
“俺の手作り”というところでデーゲンハルトの眼が光った気がした。
俺はそれに気付かない振りをしながら、ワインが冷やしてある石製の水槽に向かう。
氷水の中にガラス製のボトルが十本だけ冷やしてあった。それは厚めのガラスで作られており、ボトルの肩から首部分に掛けて徐々に細くなっている。
更に特徴的なのはコルクの栓がしてあることだ。そして、そのコルクは針金で厳重に固定してある。
そう、 発泡(スパークリング) ワインのボトルだ。
この 発泡(スパークリング) ワインだが、 所謂(いわゆる) シャンパン方式――瓶内で二次発酵させ、澱引きをして作る方法――で作った本格的なものだ。
これを作るためにはボトルの製造とコルクの入手が必要だった。この世界のワインは基本的には樽から出されて供されることが多く、陶器製のボトルに詰められる場合も木の栓を使うだけだ。
コルクは地中海辺りで取れる木の樹皮だという知識はあったが、この世界で使われているのを見たことがなかった。ドクトゥスの情報屋サイ・ファーマンに依頼し、調査してもらったり、自ら学院の図書館で調べたりしたが、結局存在すら確認することが出来なかった。
見付からなかったが、それで諦めることはなかった。なければ作ればいいと、試行錯誤の末、木属性魔法で木材の組織をスポンジ状にしたコルクモドキを作り出した。
コルクの問題は解決したが、シャンパン方式の作り方は結構難しい。だが、それもすべて魔法で解決している。
二次発酵後に溜まった澱を抜く際に凍結させて抜くのだが、その際の凍結も擬似ペルチェ効果の魔法で解決しているし、二次発酵に掛かる時間も 収納魔法(インベントリ) で時間を加速させて時間短縮を行い、二年近く掛かる発泡ワイン作りを僅か数日に短縮している。
今回冷やしてあるものは一・五リットルほど入る所謂マグナムボトルだ。
発泡ワインの在庫はマグナムボトルで三十本ほど、七百五十ミリリットル用のレギュラーボトルで五十本ほどだ。
ただし、レギュラーボトルはリディ専用となっている。初めて飲ませた時から、彼女はこの発泡ワインの虜になり、事あるごとにねだるようになったのだ。
魔法を使えば数日で作れるとはいうものの、作業工程が面倒であり、更にガラス製のボトルが量産できていないため、大量にストックすることができない。
また、原料の白ワインの状態との相性――樽熟成が進みすぎると木の香りが強すぎて俺の好みの味にならない――もあり、時期によっては作ることが出来ない。
このため量が確保できず、リディのたっての頼みで彼女用の酒として保管している。
我ながらリディには甘いと思う。
冷やしてあるマグナム瓶を手に取り、丁寧に水分をふき取る。ちなみに エチケット(ラベル) は貼っていない。
コルクを固定してある針金を緩め、用意してあるナプキンでコルクを覆う。
ゆっくりとボトルを回しながらコルクを緩めていく。コルクモドキであるため、普通のコルクよりやや硬く、キュッキュッという音が聞こえている。
シュッというガスが抜ける音が聞こえる。その直後、炭酸ガスの独特の香りと白ワインの果実香が鼻をくすぐっていく。
時々、ポンという音を立ててあけるバーテンダーがいるが、俺は絶対に認めない。もちろん、営業的な思惑――シャンパンを開けたということが周りに分かるようにする演出――でやっているのだろうが、グラスに注いだときの泡が荒くなるし、グラスを口につけたときにガスが上がりすぎ、香りが変わる気がするからだ。
クリスタルガラスで作ったフルート型―― 脚(ステム) が長く、 本体(ボウル) 部分が細い形のもの――のグラスを傾け、マグナムボトルの底の窪みを挟むように持ち、ゆっくりと注いでいく。磨き上げられたグラスに薄い黄金色の液体が静かに満たされていく。
重さが三kg以上あるマグナムからの一杯目は握力を試されるのだが、日本にいた頃より遥かに鍛えているためか、腕が震えるようなことはない。
七割ほど注ぎ、静かにテーブルにグラスを立てる。
その時、初めて周りの状況に気付いた。家族や辺境伯一家だけでなく、ドワーフたちの視線が俺に集中していたのだ。
俺はまたやってしまったと思ったが、気付かない振りをしてグラスをロザリーに手渡す。
「基本は白ワインです。気に入ってもらえると嬉しいのですが」
受け取ったロザリーは絶えず微細な泡が上がるグラスを眺め、小さく頷く。
“サッ”と言う音が聞こえたと思えるほど、周りの視線が一斉にロザリーに移る。俺とは違い、さすがに大貴族の娘であって周囲の視線を気にした様子はない。
グラスに口をつけると、彼女の目が一瞬見開かれる。そして、上品に一口味わうと満面の笑みを向けてきた。
「おいしいですわ! 普通のワインとは全く違います。上がってくる香りも上品ですし、口に含んだときの香りが……ああ、なんて表現したらいいのでしょう! とにかく、とてもおいしいですわ!」
再び周囲の視線が一斉に俺に向く。
デーゲンハルトが何か言いたそうに口を開けるが、言葉が出ないようだ。
「なぁ、それは飲ませてもらえんのか? ザック……」
俺はその姿に笑いがこみ上げる。
「全員の分はないんだ。そうだな……二本は閣下や俺たちの分として、八本分か……仕方がない。全部出すか……」
今回、発泡ワインを用意したのは兄の結婚式に出すためだった。だが、その結婚式が今回の騒動で延期になるなら、ここで全部放出しても問題ないだろう。念のため、辺境伯と兄にそのことを確認する。
「兄上の結婚式に出すつもりだったのですが……」
辺境伯は「うむ。儂は構わん」と頷き、兄も同様に頷く。辺境伯は更に、
「命の恩人に飲んでもらうのだ。遠慮は要らぬよ。ああ、そう言えば、卿には言っておらなんだが、ロザリーたちの式は予定通り執り行われることになった……」
既に父や母、兄は聞いていたようだが、俺はドワーフたちの相手に忙しく聞きそびれていたようだ。
俺と同じように聞いていなかった者たちが兄とロザリーに対し、祝福の声を上げる。
更に辺境伯から詳しく聞くと、第四大隊の遺族たちが兄とロザリーの結婚式を予定通り執り行って欲しいと直訴してきたそうだ。自分たちの夫や父たちは名誉を回復してもらっているのに、その追悼のためという理由で目出度い祝い事を延期するのは心苦しいというのだ。
俺がどうしようかと考えていると、デーゲンハルトが先に話し始めた。
「そういうことなら、俺たちは遠慮しよう。まあ、味見はさせて欲しいがな」
だが、辺境伯が大きく 頭(かぶり) を振る。
「いや、ぜひ飲んで欲しい。何と言ってもザカライアス卿の酒なのだ。諸君らが飲むのが一番酒も喜ぶ」
辺境伯とデーゲンハルトで押し問答が始まった。飲む飲まないで何度かやりとりをしたが、最終的に一人グラス半分、五十ミリリットルで手を打つことになった。
大人四百人に対し、五十ミリリットルだから、二十リットル必要だ。あと六本、計十四本で何とかなる。
俺は荷馬車から取り出す振りをして、残りの六本を 収納魔法(インベントリ) から取り出した。温度は十三、四度くらいであり、冷やす必要がある。シャロンがそれに気付き、擬似ペルチェ効果の魔法で冷やし、氷の入った桶に入れていく。
しかし、開栓は俺にしか出来ない。ベアトリスやリディも出来ないことはないが、俺ほどきれいに開けられないのだ。
仕方なく一人で開栓していくが、さすがにマグナム十六本はきつい。時々、治癒魔法で腕を回復させながら開けていく。
開けながらドワーフたちに「グラスに蒸留酒が残ると味が変わります。きれいに水で流してください」と声をかけていく。
本来ならシャンパングラスで味わってもらいたいのだが、クリスタルのグラスを出すわけにはいかない。一応二百脚ほど準備してあるが、ここで収納魔法を見せるわけにはいかないことと、量が少ないためテイスティング用のグラスでも十分に味わえると考えたからだ。
何とか全員に行き渡ったが、やはりドワーフたちの心を掴むことは出来なかった。
「確かに美味い。他のワインじゃ、この味は出せんことは分かる。これは飲む価値があるものだ……しかしなんだ。無理を言って飲ませてもらっておいてなんなんだが、俺にはこっちの方が断然いい」
デーゲンハルトは少しばつの悪そうな表情を浮かべながら、スコッチが満たされたジョッキを掲げる。
他のドワーフたちの反応も似たようなもので、皆、蒸留酒の話で盛り上がっていた。
人それぞれの好みがある。だから、どうということはないのだが、今回の発泡ワインは自信作だった。
もちろん、蜂蜜を想わせる芳醇さと繊細な香りを持つサロン――もちろん七十年代以前の物に限る――や、ずっしりとした重厚な味と複雑な香りのポール・ロジェ――残念なことに NV(ノンヴィンテージ) しか飲んだことはない――などとは比べ物にならないが、俺のお気に入りだったドゥーツ――料理との相性が良くバランスが抜群――のようなシャンパーニュ、いや、発泡ワインを目指し、自分としては満足のいく味になったと思っていた。
(蒸留酒好きのドワーフでも、少しくらいはこっちがいいっていう奴がいると思ったんだが……まだまだということか……)
俺がドワーフたちの反応に苦笑していると、なぜかリディが憤っていた。
「どうして、これの良さが分からないのかしら! 蒸留酒よりずっと繊細な味なのに! 舌触りも滑らかだし、香りもこんなに……」
そこまで言ったところでベアトリスが大きな声で笑い出す。
「ハハハ! リディアーヌもずいぶんザックに毒されてきたな! 今の口調はザックにそっくりだったぞ! ククク……」
ベアトリスだけでなく、父や母、メルやシャロンも笑っている。リディは急に恥ずかしくなったのか、真っ赤な顔で俺の肩に顔を埋めた。
その後、日が暮れるまでこの大宴会は続いた。
鋼鉄の肝臓を持つドワーフたちはともかく、普通の人間である父や辺境伯たちは飲むペースを落とし、談笑する方に切り替えていた。
子供たちは午後四時頃に引き上げることになり、母たちとともに街に戻っていった。
日が傾く頃には接待側だった俺も飲食と談笑が中心となっていた。そんな中、ジョナサン・ウォーターたち鍛冶師ギルド職員と料理人たちだけが働き続けていた。
雇われた料理人はともかく、ギルド職員たちに一緒に飲むように声をかけるが、彼らは誰一人、首を縦に振らなかった。彼らの心情をウォーター氏が語ってくれた。
「これは私たちの仕事なのです。それも最も重要な。ですから、お気遣いは無用です。それに私たちも後で打ち上げはしますよ」
彼らにとってはこの宴会は重要な仕事のようだ。鍛冶師に気持ちよく仕事をしてもらうために裏方に徹する。このプロ意識に頭が下がる想いだった。