軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十四話「大宴会:中篇」

ドワーフたちとの宴会も音楽に踊りが加わり、ほとんど祭と言っていいほどの盛り上がりを見せていた。

俺はそんな雰囲気を楽しみながらも、時折、街道の方に視線を動かしていた。

(もうそろそろのはずだが……)

宴会の開始から一時間半ほど経過した頃、街道側から一台の荷馬車と十名ほどの兵士が会場に向かってきた。俺以外にも気付いた者がおり、「誰が来たんだ?」という声が上がる。

デーゲンハルトが「ありゃ、誰だ?」と聞いてきたので、

「多分、ラズウェル辺境伯閣下だろうな。美味いエールがあると言っておいたから、飲みに来たんじゃないか」

俺が 惚(とぼ) けるようにそう言うと、デーゲンハルトは「最初からこれを狙っていたな」と言って、ギロリと睨む。だが、すぐに表情を緩め、

「まあいい。今日はロックハートが主催の宴会だからな。誰を呼ぼうが、俺たちがとやかく言う筋合いじゃねぇ」

辺境伯が乗っているのは、豪奢な馬車ではなく、騎士団で使用する無骨な荷馬車だった。彼の他に兄の婚約者ロザリンドと嫡孫フランシス、その母であるコーデリアがその荷馬車に乗っている。

最初は誰が来たのかとざわついていたドワーフたちだが、急に言葉を発せず、一点だけを見つめるようになる。

彼らの視線の先にある物はやや小さめだが極普通の樽だ。但し、樽の側面には立ち上がった獅子の紋章がくっきりと描かれている。

辺境伯は荷馬車を降りると、父のもとにゆっくりと歩いてきた。

彼は遠乗りに行くような極普通の乗馬服姿であり、帝国でも指折りの大貴族とは思えないほどラフな格好だった。

「マサイアス卿。我らも参加しても良いだろうか」

父は相好を崩し、「飛び入り参加は大歓迎ですよ、閣下」と言って、自らのテーブルに招く。

辺境伯は「ありがたい」と言った後、一点を見つめる鍛冶師たちに気付き、

「我らも参加させてもらうぞ!」

そう声を上げるが、ドワーフたちの反応が薄い。薄いというよりほとんど反応がなかった。辺境伯は苦笑しながら、もう一度声を上げる。

「今回は酒を持ち込み、皆で味わうと聞いた! 儂からの酒も存分に味わってほしい!」

その瞬間、ドワーフたちが一斉に立ち上がった。そして、両腕を天に突き上げ、「「オウ!!」」という怒号のような雄叫びを上げる。

辺境伯が何を持ってきたのか理解しており、歓喜を雄叫びで表したようだ。ただ、その怒号に幼いフランシスが怯え、母であるコーデリアにしがみついてしまう。

それを見た末の妹のソフィアが「怖くないですよ、フランシス様」と笑顔で話しかけると、フランシスも少し安心したのか、母親の後ろからゆっくり顔を出してきた。

辺境伯の隣にいたロザリンドもその怒号に驚くものの、すぐに笑顔で父たちに挨拶を行う。

その彼女だが、普段着ている騎士服ではなく、かといって華美なドレス姿でもなかった。

彼女は大きなつばの帽子と少し膨らんだ感じのスカート、レース飾りがあしらわれた純白のブラウス姿という貴族の令嬢らしい出で立ちだった。兄ロドリックは少し顔を赤らめながら、彼女を椅子へエスコートしていた。

(お転婆姫って言うあだ名にしては意外だったな。てっきりいつもみたいに騎士服に剣を佩いてくると思ったんだが……今回の宴会の意味を理解しているということかな?)

ドワーフたちは歓喜を表したものの、樽に向かっていいものか迷っているようだ。ただ、彼らの視線が荷馬車の上にある五つの樽から離れることはなかった。

その微妙な間に、父もそして辺境伯も苦笑いを浮かべている。困った父が「ザック、お前が仕切れ」と小声で命じてきた。

俺は小さく頷き、荷馬車の前に立つ。

「閣下の差し入れは、先日飲んで頂いた麦で作った“スコッチ”の他に、りんご酒の蒸留酒とぶどう酒の蒸留酒です。やや甘めなのがりんご酒。ぶどうのものは香りを楽しんでもらうものです。とりあえず、いろいろ楽しんで下さい!」

俺の言葉が口火となり、瞬く間に荷馬車の前に鍛冶師たちの行列が出来上がった。以前と同じく、全く混乱することなく並んでいく姿に、初めて見る父や辺境伯は目を丸くしていた。

今回、三種類の蒸留酒が供されることから、ガラス製のグラスを五百個ほど準備してあった。

ドワーフたちは基本的に一つのジョッキ――木製のものを使うものが多い――でエールもワインも飲んでいる。

しかし、それでは三種類の蒸留酒の微妙な色や味わいを楽しんでもらえない。そのため、ガラス製のグラスを用意しておいたのだ。さすがに酒一種類に一つとまではいかなかったが、水で洗い流せば味や香りに影響は出ないはずだ。

「今回はこのグラスで飲んでください!」

俺の言葉にドワーフたちから驚きと困惑の声が上がる。

この世界のガラス製品は高価なものだ。辺境伯の居城があるウェルバーン市のような大都市はともかく、中規模以下の都市ではガラス製品はほとんど使われることはない。まして小さな町や村では目にすることすら無い。

高価なガラス製品であるグラスを自分たちのような平民の宴会で使用することに対して、驚き戸惑っているようだ。

「三種類とも味も香りも違います! このグラスなら繊細な違いが分かります。それに目でも楽しんでほしいんです。もちろん、二杯目からはジョッキでもいいですが、一杯目は必ずこれでお願いします!」

ドワーフたちもグラスを使う理由が分かり、納得したようだ。だが、反応がいまいち良くない。

デーゲンハルトがドワーフを代表して、俺に確認してきた。豪快な彼にしては珍しく、不安げな表情をしている。

「使う意味は分かったが、割ってしまわんかと心配なんだが」

俺は出来るだけ大したことがないと分かるように笑顔を絶やさず、

「ああ、このグラスは全部俺が練習で作ったものだ。だから割れても構わないし、原料費も高くもないしな」

その言葉にリディたち以外の全員が目を丸くする。

俺が説明している間に、従士のイーノスたちがグラスの乗った 盆(トレイ) を荷馬車の前に運んでいた。そして、とりわけ用に用意したデキャンターのような陶器製の器に蒸留酒を移していく。

今回用意したものはワインのテイスティングに使う 脚(ステム) 付きのグラスに近い。形は不揃いだが、透明度はこの世界のガラス製品を遥かに上回っている。

形が不揃いなのは練習で作ったものであるためで、 脚(ステム) や 台(プレート) 部分に色を入れてあるものもある。

辺境伯はグラスを手に取り、日の光に翳しながら眺め、独り言のように呟いていた。

「帝都の物より質が良い……この透明度と薄さ……これならば、金貨一枚は下るまい……」

デーゲンハルトは金貨一枚――百 C(クローナ) :十万円相当――と聞いて小さく首を振っている。

「“酒に妥協しない!”鍛冶師ギルドの言葉だったんじゃないか。なら、一番美味い方法で飲むのがドワーフだろ?」

俺がおどけてそう言うと、デーゲンハルトは苦笑する。

「確かにそうだが……よし! お前が言うなら、これが一番うまい飲み方なんだろう……みんな! 聞いてくれ! グラスを割ってもギルドがすべて弁償する! だから、安心して飲んでくれ!」

「別に弁償してくれなくてもいいんだが……」

俺はどうすべきか悩んだ。恐る恐るグラスを持って飲んでも味などしないだろう。安心して飲んでもらうにはどうしたらいいのかと考え、一つの方法を思い付く。

「皆さん! ちょっと見てください!」

俺はそう言って、一つのグラスを手に取り、目の高さまで持ち上げる。

全員の視線が集まったところで、そのままゆっくりと手のひらを返した。

誰かが「あっ!」という声を上げるが、グラスは地面に落ちていく。

パリンという音とともに、グラスは数個の破片に砕ける。その瞬間、周りから“はぁ”というため息が漏れた。

周りでは何をするんだという感じでこちらを見ているが、俺は何も言わずグラスの破片を拾い集め、「見ていてください!」と大声で叫び、もう一度周囲の人たちの関心を集めた。

左手に乗せた破片を掲げ、

「良く見てください。魔法で簡単に直せるんです」

土属性魔法の“ 成形(モールディング) ”の呪文を唱えていく。

「すべての大地を支えし 土の神(リームス) よ。御身を作りし 素(もと) 、我が意のままに形作らせ給え。我は御身に我が命の力を捧げん。 成形(モールディング) 」

割れたグラスから白い光が放たれ、光が収まると、同じ形のグラスが現れる。俺はそれを高く掲げ、

「割っても大丈夫です! 安心して使って下さい!」

俺の言葉にドワーフたちが驚き、顔を見合わせる。デーゲンハルトは呆れ顔で、「本当に非常識な魔術師だな、お前は……」と呟く。

「言い忘れていましたが、そのグラスはお土産に持ち帰ってもらう予定ですから!」

そう言うと、更にドワーフたちは驚くが、デーゲンハルトは、「何でもありだな、お前は。だが、ありがたく頂戴するとしよう」と彼らの動揺を制するように笑顔を見せた。

そして、小さく俺に頷き、

「では、飲まして貰おうか」

そう言ってグラスを受け取った。

グラス作りだが、昨年の十月に 収納魔法(インベントリ) を覚えたのをきっかけに本格的に始めた。それまでは収納場所がなく、数を作れなかったのだが、いくつでも収納でき、割れることがない 収納魔法(インベントリ) を覚えたことから、大量に作るようになったのだ。

グラスを作るに当たり、まず原料の確保が必要だった。原料のケイ素は地中に多く存在する元素だが、俺のケイ素のイメージが石英ということもあり、うまく取り出すイメージが作れなかった。無理やり魔力をつぎ込んで取り出そうとすると美しい石英の結晶ができるのだが、それを原料にしてもグラスがうまくできなかったのだ。

そのため、ある方法で原料を確保することにした。

それはドクトゥスの商業ギルドに、割れたガラス製品を買い取るという張り紙を張ってもらうことだった。

ガラス製品のほとんどがカエルム南部の帝都プリムスか、ルークス聖王国の都パクスルーメン周辺で生産されている。

ガラス製品を北部のラクス王国やサルトゥース王国、東部のカウム王国に輸送するためには、海路でアウレラに行き、そこから陸路に入り、アウレラ街道を通って各国に運ばれていく。このため、アウレラ街道の中間点にあるドクトゥスを必ず通っていた。

ガラス製品は非常に脆いが、この世界の陸上輸送手段である馬車は振動が大きい。緩衝材として麦藁などが敷き詰められているが、それでも割れてしまうものが続出する。

この世界でも元の世界と同様に、ガラス製品は割れたり欠けたりしたら、その価値はほとんどゼロになる。利益を追求する商人たちも割れたガラス製品に価値を見いだせず、そのすべてが廃棄されていた。

そこに俺が買い取るという情報が入る。捨ててしまうより、少しでも収入の足しにしようと 挙(こぞ) って俺に売りに来たのだ。

それでもグラスやガラス製の装飾品は、一つ当たりのガラスの量としては大したことはない。グラスを作るだけなら、問題はなかったのだが、他のガラス製品を作ることを考えると量の確保が難しい。だが、一箇所だけかなりの量を供給してくれる組織があった。

それは光神教だった。

彼らの神殿――光神教では教会と称している――には、多くのステンドグラスが使用される。

数年前にカウム王国から追い出されてから、ラクス王国が重点的な布教先となり、ラクスでは神殿の建設ラッシュが起きているそうだ。

そして、そのステンドグラスはルークスで生産され、北部のラクス王国に運ばれていく。だが、品質上の問題なのか、それとも輸送上の問題なのか、結構な量のステンドグラスが輸送途中で砕けてしまう。

商人たちの言い分では、光神教の聖職者が無理に納期を早めたり、一台当たりの輸送量を増やしたりと無理な要求を突き付けてくるので、割れても仕方がないとのことだった。

但し、これについては別の情報もあった。

光神教の現地担当者は少しでも傷を見付けると引き取りを拒否した。また、指定した数に達しないとペナルティが課せられ、逆に多く納品しようとしても、買い取りを拒否するか、買い叩かれることが多かった。

商人たちにとっては堪ったものではない。規定数ぴったりで納品しなければ、儲けが減ることになるのだ。

そこで商人たちは、自分たちが買い取って輸送するのではなく、教団の輸送を代行しているという形にしようとした。更に輸送時に一定割合が破損すると想定し、その割合分を見越して多めに発送し、規定数以上届くようにすべきであると光神教本部と交渉したそうだ。

巧妙なことに彼ら商人たちは光神教の幹部に直接交渉を持ちかけた。ガラスの破損によって建設が遅れているが、担当者たちは一向に改善しようとしない。そう訴えたのだ。

実際、建設の遅れが目立ち始めていた時と重なったため、官僚主義に染まった担当者たちは慌てて商人たちの言い分を飲んだそうだ。

その結果、アウレラ街道のガラスの流通量が増えることになった。

商人たちは契約で決まった量のガラスを納期までに現地に配送できればよく、必要以上に気を使う必要が無くなった。更に規定以上のガラスを輸送してもボーナスがあるわけでもなかったため、傷が付いたことにして処分する者もいた。

しかし、色とりどりのステンドグラスは光神教以外に需要は少なく、完全に割れた物に至っては廃棄処分にするしかなかった。

そこに割れたガラスを買い取ってくれる者がいるという話が広がった。それも安く買い叩くわけではなく、色付きだろうと何でも買い取ってくれるという話であり、彼らにとっては渡りに船の話だった。

商人にとってはほとんど売れないものを抱えているより、安くとも安定的に買い取ってくれる取引先があるほうがいい。更に廃棄処分するしかない不良品も売却し、利益に変えられる。

そのため、割れていようがいまいが、俺に売ってしまおうと考える者が多く出てきたのだ。そうなると、納品分が確保されるなら、多少割れても問題ないと考え、それまでより雑に輸送することになる。それが不良率を上げる原因となり、更にルークスから発送されるガラスの量が増えることになった。

商人たちの思惑もあり、思った以上にガラス原料は簡単に集めることができた。

集めた原料をグラスに変えるには、普通なら炉で溶かして製造するしかないが、俺の場合、先ほど使って見せた土属性魔法、“成形”という強い味方がいる。

原料さえあれば後は比較的容易だった。ガラスを溶かすイメージで形状を変えれば、比較的容易にグラスを作ることができたのだ。

もちろん、比較的容易とは言っても吹きガラスの手法と比べればというだけで、魔力は結構消費する。

グラスの場合、一日当たり十個が限界だ。

一個当たりの 魔力(MP) 消費量は俺のMP保有量の五パーセントに達する。もちろん、昼間に何もしなければ、その倍以上は作れるのだが、魔物を狩りに行ったり、ラスペード教授の手伝いをしたりと、昼間に魔力を使うことが多かったので、一日当たり数個作るだけに留めていた。

並んでいるドワーフたちを前に、グラスにスコッチ、マール、アップルブランデーを注いでいく。そして、それらを後ろから見えるように一つずつ掲げながら、

「できれば、スコッチ、ぶどう酒、リンゴ酒の順に飲んで下さい。その方が香りと味が分かると思います。後は好きなものを自由に飲んでもらっても構いません」

イーノスらに任せ、蒸留酒を持って辺境伯のところに行く。

「閣下もどうぞ。強いですから、ゆっくりと口に含むようにお飲み下さい」

辺境伯もドワーフが目の色を変えるという酒、スコッチに興味を持っていたらしく、笑顔でグラスを受け取った。

そして、ゆっくりと口を付けるが、アルコールの強さに思わず顔を顰めてしまった。

「確かに強い。さすがに儂にはきつ過ぎるな」

俺はこうなることを予想しており、用意してあったタンブラーを取り出した。そして、ボール状に作った氷をいれ、そこにスコッチを注いでいく。 所謂(いわゆる) オンザロックスタイルで飲んでもらおうと思ったのだ。

「氷を転がすようにグラスを回してください。少しきつさが和らぐと思います。それでもきついようでしたら、スコッチと同じ量の水を加えても良いと思います」

辺境伯は俺が渡したグラスを手に取り、氷を転がす。そして、僅かに驚きの表情を浮かべる。

「このグラスは思ったより重いのだが。それにこの透明感……先ほどの物より遥かに美しい……うむ、グラスと氷が奏でる美しい音色……これは普通のガラスではないようだが?」

辺境伯はそういいながら、氷とグラスの当たるチリンチリンという独特の音を鳴らし続ける。

「はい。そのガラスには金属が溶かし込んであります。重さと音はそのためです」

辺境伯に渡したのは“クリスタルガラス”と呼ばれる鉛ガラスで作ったものだ。

イメージしたのはバカラのタンブラー。さすがにカットまでは入れていないが、底を厚くし、やや丸みを帯びた形で、ずっしりとした重量感を再現してみた。

元々、グラスには拘るほうだった。さすがに自宅でクリスタルを普段使いするほどの拘りと資金力はなかったが、クリスタルのグラスを使うバーに好んで行っていた。

クリスタルガラスの原料である鉛だが、これは山岳国家であるカウム王国から取り寄せていた。

この鉛だが、コストが馬鹿にならない。

銃弾は存在しないし、金や銀を抽出するのに魔法を使うこの世界では、鉛の需要はほとんどない。そのためかは分からないが、鉛は金や銀と同じく、金属性魔法で抽出する方法でしか生産されていなかったのだ。また、重量があることにより輸送コストも掛かり、クリスタルグラスの原料費のほとんどが鉛代だった。

クリスタルガラスの作成方法だが、最初は金属性魔法で融合する方法を考えていた。鉛三に対し、ガラス七の割合で融合し、鉛三十パーセント含有のクリスタルガラスを作り出すのだが、これが中々難しかった。

鉛が二十五パーセント以上含まれているガラスが 所謂(いわゆる) “クリスタルガラス”と呼ばれているということは知っていた。だが、どのようにしてそれらを混ぜ合わせ、非晶質のガラス状態にするのかが分からない。このため、中々イメージできず、屈折率の高いきれいなクリスタルガラスが出来なかった。

結局、バーで手にしたことがあるバカラやウォーターフォードのグラスを思い浮かべながら、融合と成形を同時に行うことで作れるようになった。このため、二属性の複合魔法になり、呪文がなく、消費MPが異常に大きくなった。ただでさえ、成形の魔法だけでも消費MPが大きいのに、その二、三倍、つまり一つ作るのに全保有MPの十から十五パーセントほど必要だった。

辺境伯がグラスを眺めながら、オンザロックのスコッチを口に含む。どうやら、ロックなら飲めるようで満足そうに頷いていた。

辺境伯とグラス談義をしている間に、ドワーフたちは次々とスコッチの入ったグラスを受け取っていく。だが、良く見ると並んでいるのは親方クラスのベテラン鍛冶師たちだけで、半数以上の職人たち、若手の職人たちは並ぶ気配がない。

デーゲンハルトのテーブルでも彼と妻のヘーデだけがグラスを受け取っているが、彼らの息子クルトと二人の弟子たちは座ったままだ。

クルトは三十二歳になる鍛冶師だが、まだ、父デーゲンハルトから一人前と認められていないとぼやいていた。

残りの二人も三十歳くらいで三人とも立派な髭を蓄えており、見た目だけなら十分にベテランだ。俺の持っているクナイの話になったときに感じたのだが、腕も知識も普通の人間の鍛冶師に比べれば十分に上だろう。

「大人だけなら全員分あるはずだ。遠慮する必要はないと思うんだが……何か 仕来(しきた) りでもあるのか?」

俺がデーゲンハルトにそう聞くと

「仕来りなんぞありはせんが……アルスの噂を聞いたんだろう。本部じゃ、親方が認めた奴しかスコッチは飲めんそうだからな」

鍛冶師ギルド本部があるカウム王国の王都アルスでは、スコッチを飲めるのは一人前の証だということだ。つまり、スコッチに手を出していいのは自他共に認める一人前の職人だけだと。

俺は出来るだけ多くの人に飲んで貰いたかった。もちろん、味の分からんような奴には飲ませたくないが、少なくともここにいるドワーフたちは皆、酒に一家言を持っている者ばかりだ。それを変な遠慮で飲まないのはどうしても納得できなかった。

「今日は ロックハート家(うち) の主催だ。何とか飲ませてやれないか。折角の宴会なんだ。今日は特別ってことにして欲しいんだが」

デーゲンハルトは「お前がそういうなら」と言って立ち上がる。

「みんな、聞いてくれ! 今日はロックハートの宴会だ! そのロックハートがみんなに飲んでもらいてぇと言っている! アルスの噂は忘れて、酒を楽しもうじゃないか!」

それでも中々若手の職人たちは動かない。

俺は三つのグラスを手に取り、デーゲンハルトの弟子たちに強引に手渡していく。

「悪いが、 ロックハート(うち) の酒は“酒好き”のための酒なんだ。“職人”のために作ったわけじゃない。いや、一流の鍛冶師だろうと味の分からん奴には飲んで欲しくないんだ! ここにいるのはみんな“酒好き”なはずだ! なら、これを飲む資格は十分にある!」

俺の熱弁に辺境伯が立ち上がる。

「気を悪くするかもしれんが、この中ではザカライアス卿が一番酒を愛しておる。少なくとも儂にはそう思える。そのザカライアス卿がこう言っておるのだ。今日は彼に免じて飲んではどうかな」

辺境伯の言葉にクルトらが頷き、グラスに口をつける。次の瞬間、三人の弟子たちが一斉に立ち上がった。

そして、「こいつは凄ぇ!」と叫び、満面の笑みを浮かべる。

それが口火となり、若手たちも樽の前に並び始めた。

俺はこの騒動について、考えさせられていた。

(特別な酒があってもいい……だが、飲むことを制限されるような酒は造りたくない。アルスの仕来りを否定する気はないが、飲みたい奴が飲むのが一番だ。背伸びでもいい。俺も若い頃はそうだった。憧れの酒って奴のために給料のほとんどをつぎ込んだこともある。だが、飲むのに資格がいるような酒は俺の目指す酒じゃない……やはり、流通量を増やすしかないか……)

俺がそんなことを考えている間にも、若い職人たちは次々とグラスを受け取っていく。その嬉しそうな顔を見ると、これが本来の姿だと思ってしまう。

最初に飲み始めた連中は既にマール――ぶどう酒の蒸留酒――を飲み干し、アップルブランデーに移っていた。

飲み比べを終えると、「俺はスコッチ派だ。うまい酒をありがとうよ」とか、「確かにこの順番が一番味が分かるな。俺はぶどう酒が一番だが」とか一言感想を言って自分たちのテーブルに戻っていく。

俺はそんな言葉を交わしながら、俺のやりたかったことは、これかもしれないと思い始めていた。

(村を発展させるのも楽しかった。だが、これだけ幸せそうな顔で飲んでくれるのを見ると、ぐっと来るものがあるな……好きなことをやって認められる。こんな夢のような話は日本にいる時じゃ考えられなかったな……)