軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八話「小隊長ロドリック・ロックハート」

トリア暦三〇一七年七月八日午後四時頃。

兄ロドリックが俺たちの宿に到着した。

兄はカエルム帝国北部総督府軍の装備――青を基調とした 胸甲(ブレストプレート) 、 肩当て(スパールダー) 、 大腿甲(キュイス) に銀色の 籠手(ガントレット) ――などに身を固め、銀色に輝く飾り角のついた 兜(ヘルメット) を小脇に抱え、背筋を伸ばした騎士らしい姿勢で、父に護衛を命じられたことを報告する。

「カエルム帝国北部総督府軍第一騎士団所属第三二二小隊、北部総督閣下の命により、ロックハート卿の指揮下に入り、護衛の任に当たります」

生真面目な兄らしく、家族としての挨拶より騎士としての勤めを優先し、真剣な表情で父に護衛の任に就くことを報告する。

父も同じように真剣な表情で「ロックハート小隊長、よろしく頼む」と返した。

そこで父はようやく表情を緩め、「元気そうだな、ロッド」と兄に声を掛ける。兄の方もその言葉で笑顔を見せる。

「はい。父上たちもお元気そうで何よりです」

セオとセラは「ロッド兄さま!」と言って飛び出し、兄の両側にまとわり付いていく。

七年前にラズウェル辺境伯領の騎士団に入った兄だったが、一昨年に一度里帰りをしている。特に騎士に憧れるセオは、兄のことを崇拝していると言っていいほど慕っており、双子の妹のセラも剣術士として兄に憧れに似た感情を抱いているようだ。

兄は「ザックも元気そうだな」と言って、俺の肩を軽く叩くと、リディたちにも声を掛けていく。

ベアトリスの前では、「ザックがいつもお世話になっています」と頭を下げる。一昨年の里帰りの際にドクトゥスで顔合わせをしているため、二人に面識はあった。

兄の後ろには、メルの兄シム・マーロンが控えている。彼も従騎士の正式装備に身を固め、直立不動で立っていたが、懐かしい顔を見て、表情を緩めている。

父はシムに近づき、「いつもロッドが世話になっている」と彼の肩を叩く。

シムは顔を紅潮させ、「いえ、ロッド様に引き立てて頂いております」と真面目な表情で答えて背筋を伸ばした。

俺たちは食堂に場所を移し、兄の部下たちと挨拶を交わしていく。

北部総督府軍では、一個小隊二十名を最小単位とし、五個小隊で一個中隊、五個中隊で一個大隊という構成で、五個大隊で一つの騎士団となる。つまり、一騎士団は二千五百名で構成される。

北部総督府軍には騎士団が四個あり、約一万名の常備戦力を有していることになる。この他に各領主が有する戦力もあるが、通常は街の警備などに従事しており、まとまった戦闘単位ではない。

ちなみに兄の小隊、第一騎士団第三二二小隊は第三大隊第二中隊の第二小隊の略だそうだ。

一個小隊には小隊長の下に、正騎士二名、従騎士四名、従士八名と軍属五名で構成される。各役割だが、正騎士と従騎士は騎乗での戦闘を行う騎兵、従士が歩兵に当たり、ここまでが軍人と言う括りになる。

軍属は馬の世話や野営の準備など雑用を行う若者たちで、基本的には戦闘に参加しないが、戦闘訓練は受けており、才能次第では従士に取り立てられることもある。

この小隊は兄を筆頭に皆かなり若い。ベテランが多いと言われる正騎士でさえ、十九歳の兄とそれほど変わらないように見える。

あとで聞いてみると、サイクロプス討伐で昇進した者が多く、半数ほどが入れ替わっているとのことだった。それでも皆、兄に対して敬意を持って接していた。

その兄ロドリックだが、結婚を機にラスモア村に帰ることが決まっており、この護衛を最後に、騎士団を辞めることになっている。

結婚の準備の方だが、これも順調に進み、簡単な打合せの他には七月二十日の結婚式と翌日からのお披露目――ラズウェル辺境伯領の主要都市を回ることになっている――を残すだけのようだ。

父と母は満足そうに頷くが、俺たちが襲撃されたことを話さざるを得ず、それまでのにこやかな雰囲気とは打って変わり、父はやや不機嫌な表情でこれまでの経緯を説明していった。

兄は襲撃のことを聞かされていなかったようで、驚きと怒りの表情を浮かべるが、誰一人怪我をしなかったと聞き、安堵の息を吐きだしていた。

「ボイエット卿はウェルバーンに報告しないつもりなのでしょうか? このような事件が起きれば、直ちにウェルバーンに報告がなされるはずなのですが」

父は小さく首を振り、諦め顔で話し始めた。

「ボイエット卿は自らが疑われているという事実を隠したいのだろう。恐らく、詳細な調査を行ってから報告するつもりとでも言うのだろう」

ボイエットがラズウェル辺境伯に報告の伝令を出していないことは、何となく想像がついていた。

父の言う通り、しらを切るつもりでいるのだろうが、こちらにはマドックと言う証人がいる。

ボイエットが男爵以上なら、爵位にものを言わせて父を黙らせるのだろうが、同格の騎士ではそうはいかない。逆に父が騎士団の上位の役職についていれば、ボイエットを拘束することもできたのだが、同格であるため、どちらも動きが取れない。

(それにしても、ボイエットは何か手を打っているのか? 黒幕がボイエットを消すこともあり得るが……まあ、ロークリフの支配権を握っていれば、黒幕がどれほどの地位でも簡単には始末できないだろう)

俺は一瞬疑念を感じたが、ボイエットが打つであろう方策と黒幕がどう動くか思い付かず、その疑念は頭の片隅に追いやられていった。

兄との再会は和やかな雰囲気で始まったが、襲撃事件が解決していないことから、兄の小隊の面々も緊張の色が窺えた。

何もなければ、ロークリフからウェルバーンまでの安全な街道を同行するだけの形式的な護衛任務であり、辺境伯も護衛という口実を作り家族だけで会える機会を作ろうとしただけだろう。兄の部下たちも同じような考えだったようで、この急展開に戸惑っているようだ。

兄に俺たちを襲った者に心当たりがないか聞いてみるが、恨まれるような覚えはないという答えが返ってくるだけだった。兄の従士も務めているシムに聞いてみると、

「ロザリンド様との御結婚のことで一部の方が反対されておりました。もしかしたら、その方たちが手を回したかもしれません」

シムがそう言うと兄は「憶測でものを言うものではない。あの方たちも今では納得されている」と 窘(たしな) める。

シムは兄に頭を下げ、それ以上何も言わなかった。

その後シムにその話を聞いてみるが、兄に止められたということで中々話してくれない。兄と父たちの安全のためにどうしても知る必要があるというと、ようやく話を聞かせてくれた。

「辺境伯閣下のご実弟、タイスバーン子爵閣下とその腹心ゲートスケル准男爵様が、つい先日まで反対のご意見を述べておられたと聞いております……」

予想通り、ラズウェル辺境伯の親族が反対していたようだが、十日ほど前から反対しなくなったとのことだった。

子爵らも辺境伯の意志が固く、ここまで来て取りやめることは不可能だと気付き、ようやく諦めたのではないかという噂が流れていたそうだ。

(怪しいと言えば怪しいが、タイスバーン子爵がロックハート家を襲う理由が思い付かないな。確かに父が殺され、母たちが誘拐されれば、結婚は延期せざるを得ないが、そこまでする必要があるのか? もし、タイスバーンなら他に理由がありそうだ……)

ようやく黒幕らしい人物が浮かんできたことから、気を引き締め直す。

(辺境伯の弟ならある程度の力は持っているだろう。まあ、領地はかなり東だそうだから、いきなり武力で襲ってくることはないだろうが、敵地に乗り込むくらいの気持ちでいた方がよさそうだな……)

兄は俺たちの話を書面にまとめると、翌朝の夜明けとともに、伝令として騎士と従士各一名をウェルバーンに派遣した。

その夜も念のため不寝番に立つが、何事も起きず、無事七月九日の朝を迎えた。

七月九日午前八時。

朝食を済ませた俺たちは北方街道――カエルム帝国中央部の主要都市ネザートンから北部ロークリフまでの街道――を南に向かう。ロークリフの街の南門にはファータス河に掛かるロークリフ大橋を渡るべく、多くの商人たちが列を作っていた。

俺たちもその列に並び、順番を待っていた。前後の商人たちは騎士団に守られた俺たちが大人しく並んでいることが不思議なのか、チラチラと俺たちの方を見ている。

橋の警備に当たるロークリフの守備隊も俺たちに気付き、優先的に通行させると言ってきたが、父が「急ぐ旅ではない。このままでよい」と言って兵士を下がらせる。

三十分ほどで南門に到着し、橋を渡っていくのだが、中々壮観な眺めだった。

全長二キロにも及ぶ巨大な直線の橋は、石畳とは思えないほどきれいに舗装されており、馬車特有のガタンという音がほとんど聞こえない。

もちろん、ゴムタイヤなど無いため、ガラガラという車輪の音はしているのだが、帝国の土木技術の優秀さに驚きを禁じ得ない。

途中にある監視塔には弓兵が上空と川面を監視している。橋の上を通行する人々をファータス河にいる魔物から守るために警戒しているとのことだ。

長い橋を渡りきったところに、コの字型の城壁と巨大な城門がそびえていた。万が一、ロークリフを奪われたとしても、この場で敵の侵攻を食い止める砦の役目を果たすようだ。

城門を抜けると、草原地帯が広がっていた。森が続くアウレラ街道とは異なり、緩やかな起伏はあるものの、大草原という言葉が相応しい眺めだった。

そして、その大草原を貫くように真直ぐな道が南に続いている。軍事道路でもある北方街道は、北部の主要街道であるアウレラ街道や東部のアルス街道とは異なり、道幅は広く、橋と同じように土属性魔法で舗装されていた。

道の両脇に広がる草原には牛や馬が放牧されており、小さな集落が点在している。集落には魔物除けらしい木の柵はあるものの、仰々しい壁はなく、その事実だけでもこの辺りの治安の良さが窺える。

放牧地の草は高さ一メートル以下であり、伏兵が潜む可能性は低い。更に起伏が乏しい平原であるため、見通しが利き、奇襲を受ける可能性はほとんどなかった。

それでも警戒を怠らず、慎重に北方街道を進んでいった。

その日は夜も含めて、不審なことは何も起こらず、翌日も天候が少し崩れたことと、途中でウェルバーンから増派された小隊と合流したほかには、特に特筆すべきことは起きなかった。

七月十日午後二時。

カエルム帝国北部最大の都市、ウェルバーンの巨大な城壁が、俺たちの目に入ってきた。

城門の前には既に行列が出来始めており、三キロ四方の城壁が街を囲むカエルム帝国らしい城塞都市を眺めながら、ゆっくりと前進していく。

ウェルバーンは都市部だけで人口三万人、食糧などを供給する周辺の村や町を合わせると十万人を超える大都市である。

ウェルバーンの南部には街の名の由来であるウェル川が流れ、街の周辺は草原と森が混在する豊かな土地だ。

北方街道沿いに広がる農地では、夏麦の穂が吹き渡る風に静かに揺れている。農民たちは、夏の暑さに何度も作業の手を止めて汗を拭いているが、その顔には笑顔が絶えなかった。その牧歌的な風景は、ここが平和であることを如実に物語っているように思える。

行列の最後尾に着いてから三十分ほどで、ウェルバーンの北門をくぐる。兄に先導され、領主であるラズウェル辺境伯の城に向かった。

ウェルバーンの市街地は南北を貫く北方街道が大通りとなり、多くの商店が軒を連ねていた。大通りには商人や住民たちがあふれ、四方から聞こえる掛け合いの声が、活気のある街という印象を与えている。

住民の一人が兄ロドリックに気付き、「ロックハート卿!」と声を掛け、大きく手を振り始めた。

大通りにいる人々もその声に気付き、買い物の手を止め、同じように笑顔で手を振る。時間が経つにつれ、建物の二階や三階の窓からも人々が顔を出し始め、さながらパレードのような様相になっていた。

父を始め、俺たちはその光景に眼を丸くするが、兄は慣れているのか、馬上から笑顔でそれに応えていた。

街の中心部からやや東よりの場所に、再び城壁と鮮やかな旗がはためく尖塔が現れる。それは北部総督府が置かれているラズウェル辺境伯の居城だった。

城と言っても戦闘用の城砦ではなく、白い石材をふんだんに使い、円錐状の屋根がいくつもある宮殿に近いものだ。

城の西側にある正門の前で兄が開門の申請をすると、重厚な作りだが、白く塗装された木製の門がゆっくりと開いていく。

中には緑鮮やかな芝生と、色とりどりの花が咲き誇る美しい庭園が広がっている。

騎乗していた俺たちは一斉に下馬し、馬を引いて城の中に入っていった。