軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話「ロークリフの街」

トリア暦三〇一七年七月七日午後七時前。

盗賊の襲撃、その後のロークリフの代官とのやりとりなどで時間を浪費し、この時間になってようやく宿に入ることができた。

ロークリフの街はカエルム帝国の標準的な城塞都市で、一辺が一キロの城壁に囲まれている。城壁の四隅には高い塔が建ち、南門近くに城となる代官の屋敷と守備隊の詰め所がある。

北側の城壁には門はなく、東西を貫くアウレラ街道と南に抜ける北方街道――カエルム帝国中央部の主要都市ネザートンからロークリフまでの街道――に使う東西南の三つの門しかない。

街の中心部は西門から東門に抜けるアウレラ街道と南門に向かう北方街道が交差し、店舗や宿などが並ぶ商業地区になっている。

俺たちの宿は、その商業地区にあった。

兄ロドリックの結婚式は七月二十日となっており、ここロークリフからラズウェル辺境伯領の中心都市ウェルバーンまでは五十キロと、二日あれば十分に到着できるため、急ぐ必要はない。

事前の連絡では、明日七月八日に兄がここロークリフまで迎えに来ることになっており、明日一日はここで休養することとなっている。

今のところ、旅慣れない母ターニャと弟セオフィラス、妹セラフィーヌ、ソフィアの四人も疲れはでていないようで、ロークリフで休養を取る必要はない。

しかし、盗賊たちを使った黒幕の思惑が分からない状況であり、自らの小隊を率いて護衛を務める予定の兄ロドリックと合流することを父は優先したようだ。

ロークリフは交通の要所であり、西にある商業都市アウレラからと南のカエルム帝国の物資が集積し非常に豊かな街だ。危険なアウレラ街道とは打って変わり、街の中の治安はよく、統治が行き届いている印象を受ける。

宿の主人に話を聞いてみると、

「ボイエット様は七、八年ほど前に赴任されてきましてね。見掛けと違って儂らのような商売人のことをよく分かっておるんですよ……」

ボイエットが赴任してから、税の簡素化やゴロツキたちの排除など、商業の活性化につながる施策を次々と行ったそうだ。

「あの方は見掛けがああですからね。割と損をしておられるんですよ。まあ、儂らにとっては見掛け通りの騎士様よりよっぽどいいんですがね……いえ、ロックハート卿のことじゃないですよ」

宿の主人は慌てて言葉を濁すが、以前の代官が典型的な武人であり、街の経済が一時おかしくなったことがあったと教えてくれた。

(見掛け倒しの小心者だと思ったが、政治家としては有能か。経済にも明るいし、治安の重要性も理解している。衛生状態も問題ないから、意外と細かいところまで気が回っているようだ。何より街の人々の表情が明るい。宿の主人もボイエットに好意的なようだしな……こうなると、ボイエットの考えが益々分からなくなるな……)

ロークリフの街の代官、騎士アルマン・ボイエットの先ほど取った行動が引っ掛かっていた。

もし、ボイエットが俺たちロックハート家の者を暗殺、誘拐しようとした連中と繋がっているなら、盗賊の頭目であるマドックを早急に始末する必要がある。

実際、マドックはロークリフの代官が便宜を図ってくれるはずだったと証言しているから、このままウェルバーンに連行されれば、ラズウェル辺境伯はボイエットを召還し尋問するだろう。

ロックハート家に危害が加えられ、それが辺境伯領の者が実行ないし手引きしたことだと世間に広まれば、カエルム帝国北部総督である辺境伯と鍛冶師ギルドとの関係が悪化する可能性がある。下手をすれば帝国全体に影響が及ぶかもしれない。

こうなると、北部総督の責任問題に発展する可能性も否定できない。つまり、辺境伯としては早急にロックハート家襲撃事件に決着を付け、影響を最小限に留める必要がある。

カエルム北部の最高権力者が全力をもって事態解決に当たれば、ボイエットのような小心者が耐えられるはずはない。

今の段階でそれが分からないほど愚か者であるなら別だが、政治家として優秀ならこの状況がどれだけ危険か分からないはずはない。

と言うことはボイエットがこの状況をどうにかしようと足掻くことは容易に想像できる。

そのボイエットが大人しくマドックを引き渡したことが、どうしても引っ掛かっていた。

更に先ほどのボイエットの取り乱し方を見ると、マドックたちの成功を疑っていなかった節がある。確かに成功率の高い襲撃ではあったが、それでもこういう作戦に絶対はないはずだ。軍事の素人とは言え、彼に襲撃の成功が間違いないと思わせる根拠があったのだろう。

考えられるのは、襲撃を手配した人物をよく知っており、その人物が失敗するなどありえないと思っていたか、失敗したとしても何らかの手を打てると考えていたかだろう。

そう考えてみると、思い当ることがある。

襲撃の時、マドックは終始後方にいた。つまり、襲撃が失敗に終わってもマドックだけは無事に逃げ出せた可能性が高い。

他の盗賊たちから詳しく聞いていないが、恐らくハロルドなる人物と交渉したのは、マドックと商隊の前方を襲った別働隊の指揮を執った盗賊くらいなはずだ。

ロークリフの代官であるボイエットが便宜を図るという話は当然秘匿されているだろうから、ボイエットが共犯であるとばれる可能性は低い。

(抜けがある策というより、シナリオ通り進むと考えるような人物が立てた策だな。失敗が想定されていない……だとすれば、優秀だが経験の少ない人物、更に言えば、自信過剰な人物が立てたか……あるいは、シナリオ通り進むと考えて策を立てざるを得なかったのか……今は材料が少なすぎるな……いずれにせよ、マドックを消しに掛かる可能性は高いな……)

合法的にマドックを始末できなくなった以上、敵が非合法な手段に訴える可能性がある。そして、俺はそのことを父たちに伝えた。

「……つまり、マドックの口を封じに来る可能性が高いということです。ここロークリフでもそうですが、相手がどの程度の力を持っているかで、ウェルバーンでも口封じに来る可能性はあると思います」

父は小さく頷き、「そうだな。もちろん警戒はするが、具体的にどうすればいいのだ?」と自信がなさそうに聞いてきた。

森の中の野営とは異なり、不慣れな街の中での警護になるため、父も具体的な指示が出せないようだ。

「まずは不寝番ですね。それから、食料は私の手配したものだけを与えましょう。そうすれば、毒殺されることもないはずです」

俺たち六人とガイ、バイロン、イーノス、自警団の五人の計十四名でシフトを組むことにした。食事についても、俺の収納魔法のインベントリーには常に非常食が入れてあるから、安全な食事は確保できる。

水も魔法で出せば問題ないし、これで毒殺の危険は回避できるはずだ。

毒殺という言葉に父が「毒殺と言えば、我々に対する備えはいらないのか?」とやや不安げに確認してきた。

「大丈夫です。ここで我々を全滅させても意味はないですから。それに即死しなければ、私が治してみせますよ」

俺が冗談めかしてそう言うと父も少し安心したようだ。

実際には相手の思惑が分かった訳ではない。つまり、暗殺の危険が無くなった訳ではないということだ。父はともかく、母や弟たちを不安にさせる必要はないから、暗殺の危険はないと断言してみせたのだ。

(暗殺するつもりなら、もっとやりようはあるはずだ。ただ、相手が何を考えているのか分からない以上、絶対はない。今のところ相手の考えがちぐはぐなところが気になるな。もし、相手が論理的でなかったら、ただ単に衝動的に襲撃してきただけなら、この先も命を狙われ続ける。それと母や弟たちが狙われる可能性も……これは俺とリディ、ベアトリス、ガイ、バイロンの五人だけが知っていればいい……)

その夜、俺たちは不寝番を行うが、結局何事も起こらず朝を迎えた。

俺は眠い目をこすりながら、

(さすがに街の中で襲撃する準備はしていなかったようだな。宿に忍び込めるほどの人材がいるなら、昼間の襲撃に参加させているはずだ。少し考え過ぎだったか……)

そうは思うものの、ウェルバーンでの尋問が終わるまでは気が抜けない。

その日は自由行動ということになり、父は母と共に代官であるボイエットを表敬訪問することになった。昨日、顔を合わせているとはいえ、その地の統治者――領主や代官、砦の責任者など――に挨拶することは、騎士として儀礼上必要なことだそうだ。

そして、弟のセオフィラスと妹のセラフィーヌ、ソフィアの三人は、街の中を散策することになった。

弟たちを街に出すことに対し、ガイが危険であると反対する。

「ザック様のお考え通りなら、セオ様たちを狙ってくるのではないでしょうか? 人が溢れている街の中でお守りするのは容易なことではありません」

だが、俺の考えは少し違う。

「ガイの言うことも分かるが、この状況でセオたちを誘拐ないし殺害しても誰にもメリットはないんだ。今回の黒幕が何を狙っているか分からないが、少なくともロックハート家に対する遺恨ではないはずだ。もちろん、誘拐して父上を脅すということも考えられなくはないが、おじい様を知っていれば、ロックハート家が脅しに屈するとは考えない。つまり、ここで大きな隙さえ見せなければ、セオたちを強引に攫うことはないはずだ」

父、ガイ、バイロンの三人はしばらく黙考するが、父が代表して頷く。

「お前の言うことはもっともなことだが、あえて危険を冒す必要はないのではないか?」

俺にはもう一つ考えがあった。

「もう一つ考えたことがあります。つまり、私たちが普段通りに行動すれば、敵はこちらが何を考えているのか分からなくなるはずです。もし、マドックを操った連中が我々の行動を見張っているとすれば、彼の身柄を強引に確保したこと、更に夜間には厳重に警戒したことを知っているはずです。ここで、我々が今まで通り、つまり普段通りに行動をすると敵は混乱するはずです」

「確かにそうかもしれんが……」

「父上が黒幕と繋がっているボイエットを平然と表敬訪問し、幼い妹ソフィアですら外出が許可されるとしたら、敵は俺たちがどこまで情報を握っているのか悩むはずです」

父は「そうだろうな」と言って頷く。

「そして、敵はこちらが弟たちを餌に襲撃者を捕まえようとしているのではと疑うかもしれません。ロックハートの名を知っていれば、我々が自ら解決しようとしていると考えても不思議ではないでしょう。そうなれば、敵はロークリフの街の中で弟たちを襲うという行為を躊躇うと思うのです」

そこまで説明すると、父たちは納得したように大きく頷く。しかし、ガイが疑問を口にした。

「ですが、それではお館様、セオフィラス様たち、そして、マドックを別々に守らなければなりません。戦力の分散となりますが」

俺も同じことを考えていたので、護衛の割り振りについて説明していく。

「父上にはバイロンとイーノス、それにブレットたちを付ける。セオたちは俺とベアトリス、メルの三人で十分だ。マドックはガイ、リディ、ダン、シャロンで守ってもらえば、問題ないだろう。もっとも警戒すべきはマドックを暗殺されることだ。つまり、ガイのところが一番危険なはずだ……」

俺は更に自分の考えを説明していった。

俺たちが外に出たと知れば、敵はセオたち、つまり弱点を抱える俺たちを狙おうと考えるだろう。

しかし、この治安のいい活気ある街の中でならず者を 嗾(けしか) けてくることは難しいはずだ。

あとは黒幕かボイエットが、街の守備隊の兵士を使ってくるかもしれないが、昨日の兵士たちの様子なら一枚岩と言うことはないだろう。それに兵が少数なら、何とでもできる。

更に俺は人通りの多い街の中での対応を考えて、近接戦闘が得意なベアトリスとメルを護衛に選んでいる。

宿の方は気配察知の得意なガイとダンを配置し、念のため治癒魔法が使えるリディと狭い場所でも細かい魔法の制御ができるシャロンを残している。もっとも盗賊たちを使って宿を襲撃してくる可能性は低いと考えていた。

宿は商業地区の大通りに面しており、襲撃しようとしても秘密裏に行うことは困難だ。更に言えば、マドックと共にいた盗賊たちでは余りに怪し過ぎ、すぐに守備隊に通報されるだろう。

少数の 手練(てだれ) による暗殺ならないわけではないが、手練がいるなら、昨日の襲撃のときにマドックの配下に紛れ込ましていたはずだ。

警戒すべきはハロルドなる人物くらいだ。そのハロルドにしても、俺たちが警戒を怠らなければ容易に手を出せないはずだ。

ガイとダンという優秀なスカウト二人に、リディとシャロンの魔術師二人の組み合わせは強力だ。それを掻い潜ってマドックの暗殺を行えるほどの人材なら、もっと早い段階で自らが動いている。

そして、大事なことは今日の夜には兄たちと合流するということだ。これで敵は更に焦りを募らせる。そうなってくれれば、こちらのものだ。焦りを感じた状態でアクションを起こしてくれれば、敵は必ずミスをする。

「それにもし襲われたら、俺が命に換えても守ってみせるよ。闇属性魔法を使えば、街の人に危害を与えずに敵を無力化できるんだ。俺を信じてくれ」

そこまで言うと、ガイも納得し、「マドックのことはお任せ下さい」と小さく頭を下げた。

話し合いが終わった後、セオフィラス、セラフィーヌ、ソフィアの三人に街に出られると告げると、三人は俺たちと出かけられると聞いて飛び上がるように喜んだ。ペリクリトル、ドクトゥスと大都市を見た後だが、初めての旅ということもあり、色々な街を見て回れることが嬉しいらしい。

父たちが正装に着替えて出発すると、俺たちも装備を整え、午前十時頃に街に繰り出していった。

ロークリフの街は活気のある街で、宿の周りの商業地区では既に露天商が店を開け、大声で呼び込みをしている。宿場町ということもあり、俺たちのような旅行者に対しては、かなり積極的に声を掛けてくる。

「カエルム中部の珍しい果物だよ! アウレラ街道じゃ、ここにしかないよ!」

「ジルソールのガラス製品だ! ウェルバーンに戻るなら、ここで買わなきゃ損だよ!」

物流の拠点らしく、様々な物品が取引されている。

また、食べ物を売る屋台が軒を連ねている地区では、弟のセオと妹のセラは珍しい菓子やうまそうな匂いをさせる串焼きなどを見ながら、どれにしようかと相談している。

末の妹のソフィアはベアトリスの肩に腰かけ、「遠くまでよく見えるよ!」とはしゃいでいる。ソフィアなのだが、なぜかベアトリスを気に入り、暇があるとじゃれついている。ベアトリスの方も「あたしを怖がらない小さな子もいるんだね」と言いながらも満更ではないようだ。

メルと俺はセオとセラの後ろで警戒を怠らない。

ガイには弟たちが襲われる可能性は低いと言ったが、相手の思惑が分からない以上、絶対はない。

二時間ほど街を散策した後、大通りに面した屋台で昼食を取った。カエルム帝国北部の名物である 大角牛(グレートホーン) の串焼きや、ファータス河の大きな川エビを焼いた物など、味付けもラスモア村やドクトゥスとは異なり、ハーブやスパイスがふんだんに使われている。

途中で何度か視線を感じたものの、接触らしい接触も無く、無事に宿に戻る。

メルは気を張り続けていたためか、部屋に入るなり、ふぅーと息を吐き出した。ベアトリスですら安堵の表情を浮かべている。

ガイに宿の様子を聞くが、宿を見張っている様子もなく、何事も起こらなかったそうだ。ガイ、ダン、リディの三人が誰も人の気配を感じなかったことから、マドックは標的とならなかったようだ。

俺たちが戻ったときには、既に父たちも戻っており、ボイエットとの会談の様子を聞いてみたが、ボイエットは体調不良ということで代理の役人が応対したそうだ。そのため、予定を切り上げて早めに帰ってきたとのことだ。

父もバイロンもボイエットが出てこなかったこと以外、変わったことはなく、対応した役人におかしな素振りはなかったと言っている。

(あくまで想像に過ぎないが、敵に街の中で動かせる戦力は少ないということだな。俺たちが三箇所に分散したのに、俺たち以外に見張りすら付けていない。その少ない戦力を最も手薄な俺たちに付けたのに手を出さなかった。いや、手を出せなかったのだろうな。感じた視線は複数じゃなかったし、ベアトリスも同じことを言っている……これでちょっかいを諦めてくれればいいんだが、マドックを押さえている限り、手を出してくる可能性はなくならないな……)

俺は自分の推論、敵に優秀な暗殺者はいないことと、まだ強引な手に出る可能性があることなどを話していく。

父はそれに頷くが、「結局、警戒し続けなければならんということだな」と言ってやや憮然とした表情をする。長男の晴れの結婚式までに何とか片付けてしまいたかったようだ。

午後四時頃、宿の主人が父に客が来たことを伝えてきた。

俺たちが宿の入口にいくと、そこには兄ロドリックが立っていた。