軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十一話「遺跡の秘密」

トリア暦三〇一六年十月十六日。

ドクトゥスの西五十kmほどのところにあるハロックウッドという小さな村近く。

俺たちは銀色のゴーレムに誘われるように、古代の遺跡らしい場所に辿り着く。

ゴーレムが遺跡の中に入った後、俺とキトリー・エルバイン教授の二人で遺跡の入口を調査し始めると、突如、入口の一部が淡い光を放ち始めた。

キトリーさんは、その光に「魔力を流すように促しているわ」とやや興奮気味に声を発した。

(確かにそう見えるな。そう、“認証”を求めている感じだな。俺たちを、いや、俺を招き入れようと言う意志も感じる……罠である可能性も考えられんことはないが、危険な感じはないな……)

その光を見て、森の中に潜んでいたリディたちも慌てて近寄ってくる。

リディはその光を見て、「大丈夫なの?」と顔を顰め、「嫌な予感がするわ。一度、村に戻りましょう」と提案した。

ベアトリスたちもリディの提案に同意するように頷いていた。

興奮気味だったキトリーさんもその言葉で冷静さを取り戻した。

「そうね……私たちを拒絶している感じがするわ。一度、戻りましょうか」

「俺には拒絶しているようには感じられないが」

俺がそう呟くと、キトリーさんが「あなたにはどう感じられるの」と驚きを感じさせる声で聞いてくる。

「俺には、“ここに入って来て欲しい”と言う意志だけが感じられます。もちろん、敵意などは感じません」

彼女は俺の言葉に少し考え、「あなただけが招待されているということね」と呟いていた。

「あなたが良ければ、調査してもらえないかしら、もちろん、危険があれば……」

そこまで口にしたところで、リディとベアトリスが「「駄目よ(だ)!」」と、同時に言葉を遮った。

リディはベアトリスに頷くと、彼女にしては珍しく、真剣な表情で俺を引き留めようとした。

「私も拒絶されているだけで、危険な感じはしないわ。けど、あなた一人を行かせるわけにはいかない」

彼女たちが俺のことを考えてくれているのは判るが、俺には危険な感じが全くしない。何らかの罠ということも考えられるが、罠であるなら、俺たちが疑問を持つような意志を感じさせないはずだ。

「罠なら、俺以外が不安に思うようなことはしないはずだ。確実さを求めるなら、全員が問題ないと感じさせた方がいいからな。もしかしたら、俺だけを引き込もうとする罠かもしれないが……いや、リディも危険な感じはしないんだろう? なら、試してみる価値はあるはずだ」

俺の言葉にリディが「でも……」と口篭る。

俺はキトリーさんに向かって、

「とりあえず、そこの光っているところに魔力を通してみます。もし、開くようなら、俺が偵察してきます」

キトリーさんは「無理はしないでね」というものの、俺の提案に笑顔で頷く。

まだ、納得していないリディたちを安心させるように、俺は笑顔を作り、右手をかざしながら、ゆっくりと魔力を流していく。

魔力を流し始めると、すぐに反応が現れた。

カチリという小さな音が聞こえたと思うと、すぐにゴゴゴという重い音と共に岩の扉がゆっくりと開き始めたのだ。

五秒ほどで扉が開き切る。

中にはステンレスのような鈍い銀色の通路があり、十mほど先にスライド式の扉が見えていた。

俺が入ろうとすると、ダンが俺を押しとどめ、「僕が先に入ります」と前に出る。

俺が何か言う前に、彼は警戒を強めるように視線を低くし、ゆっくりとした歩調で通路に入ろうとした。だが、ダンが足を踏み入れようとすると、拒絶するかのように弾き出されてしまう。何度か試してみたが、結果は同じだった。

どういう状況なのか、ダンに聞いてみると、

「入ろうとすると、足を押し返してくるんです。それも凄い力で……でも、乱暴な感じはしないですね。何って言ったらいいんだろう? そう、小さな子供が危ないところに入ろうとした時に大人が“危ないから”って、止めるような……すみません。うまく言えません……」

その後、キトリーさんを含め、俺以外の全員が試してみるが、皆同じように押し出されてしまう。

「どうやら、俺だけが招待されているみたいだな。一度、そこの扉まで行ってみる」

リディたちはまだ何か言いたそうだが、俺が「危険が無くても、すぐに戻ってくるつもりだ」と言うと渋々同意してくれた。

俺は剣を引き抜き、いつでも戦える体勢で通路に足を踏み入れた。ダンが言っていた押し戻される感覚はなく、全く抵抗を感じずに通路に右足を踏み入れることができた。

俺は「どうやら大丈夫そうだ。すぐに戻る」と笑顔を作って、そう言うと再び、中に視線を戻した。

中は昔のSF映画のような感じで、金属製の通路全体が間接照明で照らされているように淡く光っている。

(まるで白い装甲服に身を包んだ兵士たちが出てきそうな感じだ。もし出てきたら、俺は敬礼されるんだろうか?)

入る直前には、そんなつまらないことを考える余裕があった。

だが、完全に俺の体が通路に入りきると、状況が急変した。

十mほど先まで通路が見えていたはずが、俺が通路に入りきったところで突然視界が揺らぎ、周りの風景が一変したのだ。

俺は目眩のような一瞬の揺らぎの後、状況の変化に僅かに動揺した。だが、すぐに我に返り、周囲を見回した。

周囲は一瞬にして、十m四方ほどの部屋に変わっていた。俺は通路と同じように間接照明で淡く照らされた無機質な部屋に飛ばされていたのだ。

俺は僅かに焦りを感じ、強く剣を握り締める。だが、すぐに思い直し、俺を招き入れた相手が何らかのアクションを起こすまで待つことにした。

飛ばされた場所は研究室なのか、ガラス製のビーカーや試験管のような物がのった検査台や、培養用のクリーンベンチらしき物、大型の冷蔵庫のような設備が並んでいた。そして、僅かに消毒液のような塩素系の匂いも感じる。

(あの入口はダミーだったのか! どうやらテレポートか何かで飛ばされたようだな……しかし、ここは一体何なんだ? 見た感じじゃ、薬品会社の研究室みたいだが……)

相手の出方を待つだけでは芸がないと思い、少しでも情報を仕入れようと、この研究室のような部屋を慎重に探っていった。

部屋の奥にはガラス張りの区画があり、その横には奥に続くと思われる扉があった。

俺は手近にある机や棚などに、手がかりになるようなものがないか漁った。だが、書類らしきものは、メモを含めて一つも見付からない。仕方なく機器類を探っていくが、ガラス製の実験道具や撹拌機のような機器類があるだけで、特に手がかりになる物はなかった。そして、それらはきれいに整理され、クリーンルームなのか、埃は全く見られない。

(なぜ、ここに飛ばしたんだ? 床や扉を見る限り、ここはバイオハザード対策がされているようだ。こんなセーフティレベルが高そうな部屋に、外から来た俺を入れたのはなぜなんだろう?)

俺は疑問を抱えながら、ガラス張りの区画に近づいていった。

その区画の中は研究室より僅かに暗く、青白い光に包まれていた。そして、中はやや低温なのか金属製の壁に僅かだが霜が付いていた。

区画の中央には長さ二m、幅七十cmほどの金属製の半円筒形の容器があった。その容器の上半分はガラス張りになっており、中を見ることができた。

俺はガラスに張り付くように、その容器の中を覗き込んだ。そして、思わず息を止めた。

その容器の中に入っているものは、全裸の美女だったからだ。

その女性は二十代半ばくらいに見え、黒髪に通った鼻筋、彫りの深い顔つきは、地球で言えば、インドから中東辺りの人に近い感じだ。俺はそのオリエンタルな美しさに思わず息を止めてしまったのだ。

(キトリーさんの話だと、この遺跡は有史以前のもののはずだ。だとすれば、この女性は古代人なのか? だとすれば、大発見だが……それにしても、なぜ俺をここに呼び入れたんだ? そろそろ動きがあってもおかしくはないはずだが……)

俺がそんなことを考えていると、唐突に男の声が響く。

『どうだね、美しいだろう?』

俺はその声に剣を強く握り締めた。

その声はやや低音の落ち着いた感じの声に聞こえたが、実際には耳からではなく、脳に直接響くような感じだった。

『それは私の妻の“姿”なのだ』

俺は誰何するのを忘れ、「姿?」と呟く。

『そう、それは我が妻を模した“物”。 人造生命体(ホムンクルス) なのだよ』

俺はその完全な人体が人工物と言われ、一瞬、この異常な状況を忘れ言葉を失った。

(ホムンクルス……クローンじゃないのか?……)

俺が黙っていると、やや不本意そうな声が頭に響く。

『君はあまり驚いていないようだが……この“世界”では既に実用化されているのかな?』

「……いえ、驚き過ぎて声を失っただけですよ……私はザカライアス・ロックハート。この遺跡、失礼、この施設の調査の補助を頼まれた冒険者です。そろそろ、私をここに招き入れた理由を教えてもらえませんか?」

その声は『ハハハ!』と愉快そうな大きな笑い声を上げた。

『いや、失礼。君があまりに落ち着いているから、少し愉快な気分になっただけだよ』

そこで、その声は落ち着きを取り戻し、話を続けた。

『まずは自己紹介と言いたいところだが、既に名も体も捨てた身。適当に呼んでくれても構わぬよ』

俺が沈黙していると、その声は勝手に話を続けていく。

『君を招待した理由だが、私の 研究所(ラボ) の寿命が尽きようとしていてね。ラボの寿命が尽きれば、私の意識も消える。その前に少し話がしたくなった。まあ、そんな理由だよ』

(ラボの寿命が尽きれば、意識が消える? 精神生命体か何かなのか? それとも意識だけを何らかの道具に封じ込めた、そんな感じなんだろうか?)

その時、俺は自分が焦りを感じていないことに気付いていた。脱出する術もなく、相手の思惑も判らない状況だ。本来なら、焦りを感じるか、必死にここから出ようと考えるはずだが、なぜかそういう気にならない。

(なぜか落ち着く……精神に作用する術でも持っているのかもしれないが、今のところ、危険は一切感じない……いや、外ではリディたちが心配しているはずだ。何とかして、ここから出ないと……)

「私だけを招き入れた理由になっていませんね。それに私の仲間たちが心配しています。用件があるなら、早めに済ませて外に戻りたいのですが」

俺は単刀直入にそう告げる。

『理由についてはともかく、君の仲間のことは心配はいらないよ。左手の壁を見てみたまえ』

俺が左を向くと、そこにはプロジェクターか何かで映し出されているのか、外の風景が鮮明に映っていた。その映像はリディが右手を伸ばし、何か叫んでいる姿があり、それは一時停止ボタンを押した静止画像のように停止している。

映されている角度はやや上方からのもので、俺が登って調べた崖の上にある魔晶石からのもののようだ。

俺が「これは静止画像ですよね」と指摘すると、その声の主は驚いた声音で、

『君たちの世界では既に映写技術が実用化しているのか! “ウォーカー”の情報では文明度は低いと思っていたのだが……』

俺は自分が思ったより冷静さを欠いていることに気付く。

(不用意な一言だったな。確かにこの世界の人間なら、写真を見せられただけでも驚くはずだ。まして、静止画像などという言葉を使うはずもない……ウォーカー? ゴーレムのことか? 話題を変えるべきだな……)

「ウォーカーと言うのは、私たちを誘導した銀色のゴーレムのことですか?」

『……千年以上も経てば、文明が発達してもおかしくはない……うん? ああ、ゴーレムか……そうとも見えるな。ウォーカーは汎用型の研究支援装置だが、“ゴーレム”と言われれば、そう見えなくもない』

独り言を言っているのか、ブツブツと呟いている。そのため、一瞬、俺の言葉についていけなかったようだが、俺が話題を変えたことで、落ち着きを取り戻したのか、声の調子は元に戻っていた。

『先ほどの話だが、静止画像ではないのだよ。良く見なければ判らないだろうが、外とこのラボでは時間の流れが異なるのだよ。こちらの方が時間の進みが早い。おおよそ六十倍といったところだ』

そう言われても、ほとんど動いているようには見えない。

(六十倍ならこちらが一分としても、向こうは一秒。十秒くらい見ていても動いているように見えないのは仕方がないか……しかし、時間の流れが違うと言うのはどういうことなんだ?)

「時間の流れが違うという意味が判りませんが?」

『うむ。どういっていいのか難しいが……このラボは外の世界と切り離されている、一種の異空間なのだが……ここまでは理解できるかね?』

(亜空間って奴か? 物理法則が違うと考えれば、時間の流れが異なってもおかしくはないな。確かブラックホールの中は時間の流れが遅いとか何とか……相対論なんて齧ったこともないから何とも言えないが、こうなってくるとSFの世界だな……)

俺は小さく頷くとその声は話を続ける。

『ここまでは理解できると……このラボは位相変移理論の応用によって、異位相空間内に作られている。君が通ったゲートは……』

声の説明は徐々に理解できないほど難解になるが、俺の理解できる範囲で話をまとめてみると、位相変移理論という理論によって、俺たちのいた世界、つまり元の三次元空間と時空的に位相をずらした空間を作成し、その間に“ゲート”と呼ばれる変調装置を取り付ける。出入りするには、ゲートによって元の空間との間に流れる時空を変調させ、その間を通ることにより、転移するそうだ。

(さっぱり判らんが、ようは周波数変換とフィルタの組合せみたいなものだろう。どうやってできるのかは俺の頭では全くついていけないが……つまり、この空間は時間の調整ができるということか……)

『……そういうわけで、外の時間はそれほど進まぬということだ』

(こっちに一時間いても、外は一分か。なら、この声の相手をしてもいいだろう。というより、向こうが出してくれる気にならなければ、こっちは出て行くこともできないが……)

俺は腹をくくり、“声”と対話することにした。