軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十二話「ある文明の終焉」

トリア暦三〇一六年十月十六日。

俺は遺跡の中に入り、遺跡の主と出会った。正確にはその声を聞いているだけだが、彼が確かに存在していると強く感じていた。

そして、ここが俺たちのいた世界と隔絶された異空間であり、時間の流れが六十倍だと聞かされる。

俺は相手の出方を見つつ、会話を望む声の主との対話を選択した。

俺は対話のきっかけを作ろうと、「こちらから質問してもいいでしょうか?」と口火を切る。

『何かね?』

俺には彼が生徒の質問に答える教師のように思えていた。

(どうもラスペード先生と話している感じがするな。この人も研究者なんだろうな……)

気を取り直して、質問を始める。

「まずは、あなたはどのくらい前から、ここにいるのでしょうか? 私のいた世界で言うと何年くらい前かという意味ですが」

『正確には判らないが、おおよそ四千年と言うところではないかな』

俺はその事実に興奮を隠せなかった。

「で、では! 今の世界になる前の、我々が失った歴史をご存知だと!」

俺の興奮に声の主は愉快そうに答える。

『失った歴史……確かにそう言えるね。あの“大災厄”の混乱の後、いつの間にか、このような世界になっていたのだから……』

最後には感慨深げな声音になり、懐かしむような、それでいて、達観したような印象を受ける。だが、俺の好奇心は止まらなかった。

「それはどういうことなのでしょうか? “大災厄”とは一体何を指すのでしょうか?」

『そうだね……では、私の思いつくままに話させてもらおう。私の生きた時代は魔道工学と呼ばれる技術の発達した時代だった。魔道工学とは、世界を構成するエネルギー、我々は“マナ”と名付けたのだが、それを利用しやすい形に変換する技術なのだ。我々はその技術を極め、更には 転移門(ゲート) と呼ばれる転送システムを世界に構築した。今思えば、理想郷と呼ぶにふさわしい世界だった……』

彼のいた時代は、魔道工学と呼ばれる魔法と科学技術をミックスしたような特異な技術を使い、繁栄を極めていたようだ。 転移門(ゲート) と呼ばれる転送システムによって、世界中にネットワークを張り巡らせ、タイムラグなしの物流を実現した。また、俺たちが“精霊の力”と呼ぶ自然界に存在するエネルギーを自在に取りだし、その力を利用した機械システム、俺が見たゴーレムのような支援装置を労働力とした。更にはインターネットのような情報通信システムも構築していたようで、無限に近いエネルギーと、ロスのないコミュニケーションシステムにより、貧困や紛争と言った問題を解決していたのだ。

『……転移門があれば、どのような場所でも一瞬にして行ける。これにより、都市間に横たわる“距離”と言う名の障壁がなくなったのだ。マナをエネルギー源とした産業革命は国家間の貧富の差を取り去った。マナはどこにでも存在し、容易に、かつ、大量に取り出せるエネルギーだった。そして、それはあらゆる形に変換でき、誰でも簡単に使えるのだ。我々は労働を機械に任せ、余った時間を我々にしかできない創作や研究にあてた。そして、それに没頭した……』

(それだけで国家間の紛争が無くなるとは思えないな。何か別の理由があるのかもしれない。この人が知らないこともあるだろうし、俺たちと別の精神形態かもしれないからな……)

『……だが、そんな世界もそれほど長くは続かなかった。そう、僅か五百年で終焉を迎えてしまったのだ』

「五百年ですか……私にはかなり長い期間だと思いますが?」

『そうかね? 我々の平均寿命から言えば、半生にしかならん期間だ』

どうやら、古代人たちはエルフ並みの寿命だったようだ。そう考えれば、俺たち人間の五十年くらいの感覚だ。短いと言えるかもしれない。

俺が黙っていると、彼は再び話を始めた。生まれつきなのか、孤独に耐えていたからかは判らないが、相当な話好きのようだ。彼は懐かしむかのようにゆっくりと自らのことを語っていく。

『……その頃、私は生命科学の研究者だった。特に人体とマナとの関係を解き明かそうと日々、研究していた……もちろん、私にも家族はいた。そう、愛する妻が常に私の傍らにあった……だが、その愛する妻は突如病に倒れた。その時は妻の病が世界の破滅に繋がることだとは、夢にも思わなかった。だが、妻の病と世界の破滅は同じ原因だったのだ……』

彼の妻の病気は、人体を構成する細胞が新陳代謝によって再生される際、まったく別の細胞に取って代わられるものだったそうだ。最初はごく僅かなエラーだが、徐々にそのエラーは大きくなり、ある時点で一気に進行する。一種の癌のようなものだが、根本的に異なるのは、新しい細胞によって作られた器官は、全く別のものとして機能するということだ。つまり、人から別の生き物に変わっていく、そんな恐ろしい病気だった。

『……最初は全く原因が掴めなかった。我々研究者が最初に考えたことは、遺伝子の異常だった。だが、それでは説明のつかないことが多かった。あまりに我々の持つ知識、常識とはかけ離れ、相容れないものだったのだ……だが、全く別のところからの情報で、我々は何が起こっているのか、少しずつ理解し始めた。我々だけでなく、あらゆる生命に同じような現象が見られたのだ。更に、深刻な地域では生物だけでなく、情報すら変化していた。そこに至って、我々はこれが単なる病気ではないことに気づいたのだ……』

彼らはすべての情報が書き換えられつつあると知り、世界の成り立ちそのものが変化し始めているのではないかという仮説を立てた。最初は荒唐無稽な仮説だと見向きもされなかった。だが、変化の激しい地域に調査団を派遣されると、空間の歪みが観測される。そして、そこでは未知のエネルギーが流入している事実が確認された。

『……そして、気づいた時には全世界に汚染が広がっていた。転移門によるネットワークが、裏目に出たのだ。もちろん、我々も防疫処置はしていた。だが、それが何によって広がっていくのか、判っていなかったのだ…… 』

「その汚染は何によって広がったのでしょうか?」

彼は搾り出すように『マナだ』と答える。

『我々のエネルギー源であるマナが媒介していたのだ。転移門を動かすエネルギーも当然マナだ。汚染地域から流入するマナによって、汚染が拡大したのだ』

彼の声からは絶望しか感じられなかった。俺は彼の考えが理解でき、何も言えなくなっていた。彼は重苦しい空気を変えようと、話題を変えた。

『……私が妻にした応急処置が、偶然、私を救うことになった』

「処置とは?」

『私が行ったのは、彼女を 研究所(ラボ) に運び込み、時間の流れを相対的に遅くしたことなのだ。そして、私自身は別のラボで彼女を救う方法を研究した。私の入ったラボは、そのラボとは全く逆に時間の流れが速いところだった。そう、彼女の進行を遅らせる一方で、私の研究時間をとる処置だったのだ…… 』

彼は妻を五十分の一の時間の流れの場所に隔離し、自らは逆に十倍の流れの場所で研究を行った。相対的には五百倍の時間を得たことになり、研究がうまくいけば、妻を救えると考えた。

『だが、最後まで根本的な解決手段を見付けることは出来なかった。そして、僅か一年、これは通常の時間の流れの話だが、僅か一年で世界は崩壊した。転移門によるネットワークとマナを使った情報通信網……我々はそれを自らの手で断ち切った。だが、高度に分業化された世界は、マナなしでは成立し得なかったのだ……』

詳しく聞いていくと、転移門によるネットワークにより、低コストの物流が発達したことから、食料を含め、あらゆるものが最適な条件の場所で作られるようになっていた。気候の安定している中緯度地域では穀物が、南方では様々な果実や香辛料が、北方では工業製品が……それぞれの土地の特性にあった物が作られ、それらは転移門を通じて交換される。その巨大なネットワークによって、人々の生活は成り立っていた。まさに命の綱とも言えるネットワークを断ち切ったことで、あらゆる場所で物資の需給バランスが崩れたのだ。

『我々も手をこまねいていたわけではないが、マナを利用した機器の使用ができない状況では、食料の生産は困難を極めた。僅かに気象条件の良い場所で生存の可能性があった。だが、シミュレーションによる解析の結果では、どのような好条件を与えられても、文明は維持し得ないという結果だった。私は実際に起こったことを直接確認したわけではない。だが、君の話を聞く限り、我々の文明は滅んだのだろう。それは私の行った狭い範囲の調査結果とも一致する。もしかしたら、私のような者が生き残っているかもしれないが、可能性は非常に低いだろう』

「なぜなのでしょうか? これだけの技術を持っているなら、他の人も助かっているのではないでしょうか?」

『先ほども言ったが、私が生き残ったのは偶然の産物なのだよ。私はこの研究室を大災厄の前から保有していた。研究の過程で加速と保存が必要だったからだが、その結果、このラボは汚染を免れたのだ。私は妻の体以外、汚染されたものは持ち込まなかった。そして、妻の体もすぐに廃棄したのだ。彼女の魂と記憶を取り出して……』

「魂と記憶を取り出して?」

『そう、先ほど言った通り、私は妻を救う方法を見付けられなかった。その間にも妻の体は徐々に蝕まれていった。私は比較的早い段階で、彼女の体を放棄する決断をしたのだ。なぜなら、私の研究は人体の再構築、魂と記憶を人工生命へ転写することによる不死の研究だったからだ』

「不死の研究……つまり、魂と記憶を取り出し、新しい体に移植するということですか?」

『その通り。人の記憶は脳にある。だが、では魂はどこにあるのか。君に判るかね?』

俺は 頭(かぶり) を振り、「判りません。ですが、私たちは魔晶石に宿ると考えるものが多いようです」と答えた。

『魔晶石……うん? 魔力結晶のことかな? 生命体から取り出せる結晶のことで間違いないかね?』

俺は大きく頷く。

『魔力結晶、君たちの言う魔晶石に魂は宿る。私もそう考えた。そして、私は正しかった。その証拠が今の私という存在だ』

彼は魔晶石、彼らの言う魔力結晶に魂が宿ると考え、それを抜き出し、新たな魔力結晶に移す技術を開発したようだ。更に記憶を脳から直接取りだし、記憶媒体に移すことも可能にしていた。どうやら、俺がいた二十一世紀初頭の地球を超える、かなり進んだ文明だったようだ。

『蝕まれた妻の体は、処置を行ったラボごと廃棄した。そして、取りだした魂と記憶のみを汚染されていない、クリーンなラボに移したのだ。私は研究に没頭したため、六十年ほど外の世界とは隔絶していた。つまり、君たちの時間の流れで言えば、三千年ということになる……』

彼は妻の魂と記憶を人工生命体、ホムンクルスに移す研究に没頭し、彼の体感時間で六十年、外の世界では三千年という歳月が流れていた。その間、大災厄の汚染はこの研究室で発見されなかった。彼の取った処置が正しかったというのは、そのことを指すようだ。

「つまり、今から千年前に外の世界と繋いだということですか? ですが、なぜ?」

『千年前、こちらでは二十年前だが、その時、私は絶望していたのだ。もう、どうなってもいいと。半ば自棄になっていた……そう、妻を取り戻すことができないという事実を認めた日だったのだ……』

彼は妻の魂と記憶をホムンクルスに移す研究を進め、魔力結晶と人工の脳に彼女の魂と記憶を転写した。

『……彼女は帰って来なかった。正確に言えば、私の愛した、かつての妻はもう存在していなかったのだ……』

彼の研究はうまくいき、記憶はほぼ完璧に転写できた。だが、魂については失敗した。転写自体はうまくいったらしい。しかし、彼女の魂は、彼と過ごした頃の彼女の魂は、そこには無かったのだ。

『……成功の興奮の中、私は妻の名を叫んだ。だが、彼女は混乱し、私に見向きもしなかった。そう、彼女の魂は魔力結晶という牢獄の中で発狂し、壊れていたのだ。私は何が起こったのか、判らなかった。そして、絶望の中、自殺するつもりで外の世界を覗いてみたのだ……』

「なぜ、奥さんの魂は壊れてしまったのでしょうか? 大災厄の影響だったのでしょうか?」

『いや、これは私の犯したミスのせいだ。魔力結晶の中は、外部と隔絶された世界だ。その孤独に妻は耐えられなかった。実際、自分の魂を移すまで、そのことに気付かなかった。私が外部との接続を絶たれたのは、入出力装置の接続と言う極短時間に過ぎなかった。だが、その短時間でさえ、孤独は耐え難かった。暗闇の中、音も匂いもなく、時間の概念さえない。そして、自分の存在すら疑問を持つほどの孤独……その孤独な世界に私は妻を封じ込めてしまったのだ。知らなかった、それしか手段がなかったという言い訳はできない。それほど、絶望的な場所だった……』

俺は想像すらできず、何も言えなかった。

『私は自らの魂と記憶を消去し、命を絶とうと考えた。だが、死ぬ前に外の世界がどうなったのかが、ふと気になった。ラボに異常が起きようが、死ぬ気でいる私には関係がない。だから、死を前に自らの好奇心を満たすことにした。そして、外の世界と繋いだ……懸念していたラボへの影響だが、 大した(・・・) 影響は出なかった。私はラボにある機械を改造し、周辺を調査した……』

彼は小型の探査装置を作り、数十年、彼にとっては一年ほど掛けて、この辺りを調査したそうだ。さすがに飛行型は作れなかったそうで、周囲百km四方くらい、カエルム帝国北部域の一部を調査しただけのようだ。

『……私はあの“大災厄”で、少なくとも、この“第三大陸”においては、我々の文明は崩壊していると結論付けた』

「それはなぜでしょうか?」

『まず、私のいた生命工学者のコミュニティが痕跡を残すことなく、消滅していた。更に、我々がいた時、今から四千年前にはここに山脈などなかったのだよ。そして、東にもあれほど大きな山脈はなかった。この辺りもそうだが、東にも多くのコミュニティがあったはずなのだ』

「サエウム山脈、それにアクィラ山脈がなかった……地殻変動か何かで、地形が変わってしまったということですか?」

『恐らく、君の言う通りなのだろう。我々のコミュニティがあった場所は、森と湖に囲まれた美しいところだったのだ。もう一つ、我々の文明が崩壊したと思った理由がある』

俺は「地形以外にですか?」と口に出していた。

『そうだ。もう一つの理由は、ここに住む人々では我々の技術、魔道工学は使えぬと判断したことだ。だが、君に会って、考えが変わったがね……』

「その“魔道工学技術”が使えない理由は何なのでしょうか? そしてなぜ、私が関係するのでしょう?」

彼はその直前の重苦しさを忘れ、少しだけ愉快そうに答えを口にした。

『君の同胞は不完全なのだ。今まで遠距離からしか観察していないが、マナとの親和性が完全である存在は見付けられなかった。そして、今日、君と言う完全な親和性を持つ存在と出会い、考えを変えたのだ』

「マナとの親和性ですか? もしかして、私が全属性の魔法を使えることと関係があるのでしょうか?」

『その通り。正確に言えば少し違うのだが……私の解釈では、魔道工学の理論を人体の身で再現したものが“魔法”なのだ。実際、我々はすべてのマナを扱えた。ごく稀に体質的に扱えない者もいたが、それは先天的に目が見えぬ、耳が聞こえぬ者と同じで、先天的な障害と看做されていた。そして、私の調査した範囲では、先天的な障害、つまり不完全な者しかいなかった。よって、ここでは我々の文明は継承されず、独自の文明が発達したのだろうと。だが、君を見て少し考えを変えた。君は我々と同じ資質を持つ。更に私の説明をほぼ理解していた。だから、どこかに我々の文明が継承されているのではないかと考えたのだ』

(何か拙い方向に話が進みそうだな。話題を戻すべきか……)

俺は話題を戻すため、更に質問する。

「千年前に絶望して、自ら命を絶とうとされたとおっしゃいました。ですが、その後もこの研究室で二十年の時を重ねている。それはなぜなのでしょうか?」

『未だに大災厄の影響があったのだよ。見た方が早いな。奥の扉を開けて、中を見てみたまえ』

俺は言われるまま、奥の扉を開けた。そこにはゴーレム、“ウォーカー”が鎮座していた。

『そのウォーカーの後ろ、腰の辺りを見てみたまえ。面白いものが見えるはずだ』

俺はウォーカーの後ろに回り、言われるまま、腰の部分を見た。そこには小さな文字が書かれていた。

(シリアルナンバーとか製造元でも書かれているのか? うん? これは!)

俺が見た文字は、以前ラスペード教授の研究室で見た出鱈目な文字の羅列だった。

『その文字は我々の使っているものではない。そう、未だに影響が残っていたのだ。そして、その影響はこのラボにも出ている。私の持っていた資料類はすべて出鱈目な物に変わっていたのだ。記憶媒体に残るものも含めて。私は興味を持ったのだよ。私の妻を奪ったものが何であったのかと。それを知るために、私はその研究に没頭した……』

「それで判ったのでしょうか? その“大災厄”と言われるものが何かは」

彼は小さく笑った後、『結局、何も判らなかったよ』と告げる。

『私の寿命が尽きようとしているが、結局、何が起こったのか、誰が起こしたのかは全く判っていない。手掛かりすらね。まあ、私は生命工学の研究者であって、歴史や文明論に詳しいわけではない……』

彼は自らの思索による原因の究明が不可能だと気付き、死を前にして誰かに自らの存在とこの世界に起きたことを伝えようと思ったそうだ。そのためにウォーカーをあえて目立つように歩かせ、知的レベルの高い研究者が来るように仕向けたそうだ。

『本来なら、君と一緒にいた女性を招待するつもりだったのだが、君と言う存在に気付いた。我々と同じ資質を持つ君にこそ、私の思いを伝えるべきだろうとね』

俺はそれに対して、何も答えなかった。彼も答えを期待しているわけではないだろう。

俺はその後、様々なことを尋ねていった。

彼は俺の質問に丁寧に答えてくれた。魔道工学とは何か。第三大陸とは。彼らの文明はいつから始まったのか。どのようなものを食べ、何を考えていたのか……気付けば、脈絡の無い、様々なことを尋ねていた。

この研究室に来てから、数時間ほどが経った頃だろうか、彼は徐に切り出してきた。

『楽しい時間だが、そろそろ時間切れのようだ。君を招待するために時間の流れを変えた。その影響で戻すエネルギーがギリギリになってね……一つだけ、君に面白い技術を教えてあげよう。君なら 機器(システム) の助けなしに次元操作ができるはずだ。我々が使っていた理論なのだが……』

彼はそう言って、この研究室のような異次元空間を作り、操作する技術を教えてくれた。そう、アイテムボックスとかインベントリーなどと言われる便利な魔法のことだ。

『……理屈はそれほど難しくはない。時空間の流れに変調を加えて、異空間を繋ぎ込めばいいだけだ。その辺りの理屈は君なら理解できているんだろう?』

「理解はできませんが、イメージは出来ます。ここでやってもいいですか?」

『もちろん大丈夫だ。我々は普通に使っていたのだから』

俺は小さく頷き、イメージを作っていく。

SFなどで使われる時空連続体という概念で異空間に干渉する。最初は空間の流れを変調させるのが難しかったが、彼のアドバイスを聞きながら、少しずつうまくなっていった。

そして、遂に異空間を完成させた。

『素晴らしい! 機械の補助なしに、この短時間で修得してしまえるとは……後は簡単だ。先ほども説明したが、その空間は泡のようなもの。君と言う 錨(アンカー) がある限り、いつでも呼び出せる。使い方は教えるまでもないと思うが、念のために注意事項を伝えておこう』

注意事項は簡単なことだった。

本来なら補助装置の入出庫管理機能を使って、物品の数量管理などを行うが、ここにはそんな便利なものはない。だから、入れたものは覚えておく必要がある。そうしないと、何が入っているのか判らなくなり、取り出せなくなるのだ。

『もう少し早く君に会えていたら良かった。そう十年ほど前なら……』

彼の言う十年前は俺にとっては五百年前だ。当然、不可能な話だが、それを否定する言葉は言わなかった。

「そうですね。もう少し話をしたかったと思います。では、私はこれで仲間のところに帰りたいと思います」

『そうだな。最後にここにあるものは好きな物を持っていくといい。使えぬ物が多いが、ラボの寿命が尽きれば、異空間で消滅するだけだ。欲しいものがあれば遠慮せず持って行きたまえ』

俺は彼に礼を言い、実験道具などを、新たに覚えた 収納魔法(インベントリー) に放り込んでいく。と言っても、それほど多くの物があるわけではなかった。元々あった物以外、汚染を恐れて処分されており、数個の実験用の機材と情報が書き換えられた資料くらいしか持ち帰る気が起きる物がなかったのだ。

奥の部屋にあるゴーレム、ウォーカーを連れていこうとしたが、この研究室のエネルギーを使っているため、既に動かすことはできなかった。インベントリーに入れようにもさすがに大き過ぎて入らないため、俺は泣く泣く諦めた。

俺が「これで十分です」と言い、入ってきた時に立っていた場所に向かった。その途中、彼は遠慮がちに提案してきた。

『その 人工生命体(ホムンクルス) はどうかね? 記憶は消してあるが、能力的には十分だ。できれば、君が引き取ってくれるとありがたいのだが……』

「しかし……」

俺が口篭ると、彼は更にホムンクルスを勧めてきた。

『あれは所有者に絶対的な忠誠を示す。君がこれからやろうとすることに必ず役に立つはずだ。先ほども言ったが能力的には全く問題ない。技能の修得も短期間で済むはずだ……』

ホムンクルスの肉体的能力は、標準的な人間の五倍程度。そして、もちろん魔法についても全属性が使える。

それでも俺は連れて行くことを断った。

「しかし、この姿は奥様に似せて作られたものでは? それなら、あなたと一緒にいるのが、一番いいような気がします」

彼を気遣うような言葉を使ったが、俺には彼に言っていない懸念があった。

もし、大災厄の影響が残っているなら、このホムンクルスはどうなるのか。変質して、俺たちに牙を剥くことはないのか。それが心配だったのだ。

『そうか……そうだな。確かに私と共に消滅する方がいいだろう。気遣いには感謝するよ』

俺は大きく頭を下げ、

「あなたと出会えたことは一生忘れません。では、奥様の魂と再び逢えることを祈っております」

『ああ、ありがとう。では、時間のようだ。君と出会えて良かったよ。それでは……』

次の瞬間、俺は外の世界に戻されていた。

外では閉まった扉の前で、リディたちが扉を開けようと、無理に魔力を流したり、拳で叩いたりしていた。俺は彼女たちの後ろに戻されたようで、焦っている彼女たちは、俺に気付けなかった。

「もう大丈夫だ。帰って来たよ」

俺がそう言うと、全員が一斉に振り返る。

そして、リディがもの凄い勢いで俺の胸に飛び込んできた。

「心配したのよ! 本当に心配したのよ!」

俺は彼女を強く抱きしめながら、

「済まなかった。でも、すぐに戻ってきただろう?」

外の世界は、俺が消えてから五分も経っていなかった。

俺はキトリーさんに「この遺跡の扉は二度と開きません。ここを掘っても、中には何もないでしょう」と告げる。

彼女はいろいろ聞きたそうだったが、俺の様子を見て、小さく頷くだけだった。

俺は「じゃあ、戻ろうか」と明るい調子で告げた。

全員が頷き、森の中に入っていく。

俺は一度だけ、崖の方を振り返る。そして、小さく頭を下げ、再び歩き始めた。

俺たちは遺跡を後にし、ハロックウッド村を経てホリウェルの街に戻った。

その夜、俺は全員にあの研究室で見たことを話した。

キトリーさんは最初興奮気味に話を聞いていたが、徐々に冷静さを取り戻し、最後には考え込むような感じで黙ってしまった。

そんな空気を読んだのか、リディがなぜホムンクルスを連れ出さなかったのかと尋ねてきた。

「一番の理由は“汚染”の懸念だな。あの人は人工物であるホムンクルスは変質しないと言っていたが、人工とは言え“生命体”なんだ。そんな賭けには出れないよ」

リディは納得するように頷くが、少し意地悪そうな顔を作り、

「でも、美人だったんでしょ。それにあなたの言うことなら何でも聞くって。男の人の夢なんじゃないのそう言うのって」

どこで仕入れたのか、痛いところを突いてきた。

正直なところ、リディたちに出会っていなければ、リスクを承知で連れ出したかもしれない。あの美しい女性が自分の思い通りになるのなら、男なら絶対に迷うはずだ。だが、俺は迷わなかった。俺を心から愛してくれるリディたちがいるから。

それでも、素直にそれを言葉にするのには抵抗があった。

「そうだな。勿体無いことをしたよ。リディと違って、我儘を言わないだろうし」

俺の一言に、彼女は口を尖らせ、拗ねたような表情を作る。

「そんな意地悪を言うのね。いいわ。もっと我儘を言って困らせてあげるわ」

そこで俺たちは同時に噴き出した。

(こんな他愛のない会話ができる。俺にはこれが一番の幸せだ。ならば、これ以上何を求める必要があるのか……)